「お兄ちゃん、おはよ!」
今朝の琴音も元気だ。流行りの曲を鼻で歌う姿も、登校の支度をしている姿も、どれもが琴音が自分自身を守るための盾であり仮面であることを俺は知っていた。友達が多い、クラスの人気者。
琴音の言ったことを鵜呑みにしていた。疑わず、信じることが琴音のためだと言い訳していたが、本当は、自分を守るための理由に過ぎなかった。
「恋仲さん、大丈夫だった?」
「少し怪我はしたけど、大したことなかった。すぐに退院できるらしいって」
「……そうなんだ」
「琴音は、平気か?」
「え、琴音? うん、平気平気! 心配してくれてありがと、お兄ちゃん」
琴音が入学してから二か月のことだ。琴音は一度、クラスというより学校全体で注目を浴びたことがある。俺の耳にも入ってくるくらい、ちょっとした騒ぎになった。悪い意味で目立ってしまったのだ。周囲から『怖い』と距離を置かれ、琴音への偏見が固定してしまった事件だった。
急にかんしゃくを起こして暴れ出した女子がいて、その兄貴が二年にいる。そういう話だ。幸い琴音はすぐに落ち着いたので、大きな問題にはならなかったけど、以降、琴音はクラスの中で腫物扱いされるようになった。担任の教師でさえも。
何回か確認しに行った。琴音は休み時間も一人で過ごして、誰も琴音に近づこうともしなかった。琴音に見つからないよう様子を見た限り、琴音は暗い顔を見せないよう、ニコニコと明るい表情を作っていたが、誰にも見向きもされていなかった。
『琴音は怖くないよ、だから話しかけて?』
そう視線で必死に訴えている琴音を見て、顔を背けてしまった。
「今日も遊びに行こうって誘われたんだけど、断ってきちゃった。お兄ちゃんのご飯作ったりとか、洗濯とかやらないとだし、琴音、忙しいからね!」
俺にはそう言っていて、いつか言われたその言葉だけを受け取っていた。本当は誰にも声を掛けられず一人で家に帰っている。俺はあくまで知らない風を装って、朝も「忙しいから」と、早めに学校に向かう琴音を黙って見てた。誰にも会わないよう時間を選び、自分から人を避けていたんだ。
俺は三国たちとつるんでいると、くだらないことで気が紛れたので楽だった。そっちがあまりにも気楽すぎて、琴音を見ようとしなくなった。最低だったのは、俺はこうして友達と仲良くやれるのだから、琴音だって出来るはずだと理想を押し付けていたことだ。
琴音をそういう目で見ているにも関わらず、友達が出来たって報告は信じられなかった。取り繕った笑顔じゃなく、子供のようにはしゃいで喜んでいたので、疑う気持ちよりもあったけど心底安心したんだ。それがたこ焼きパーティなんかまでやるような仲になって、あのときは気まずかったけど、心の中では、誰かと喋る琴音を見て嬉しかった。
「琴音、昨日のことだけど……」
「あっ、そろそろ行かなくちゃ! お兄ちゃん、お昼はカップ麺でいい? 台所にある袋の中に沢山入ってるから、好きなの食べて!」
琴音は空気に敏感だから俺の真面目な雰囲気に感づいたのかもしれない。作り笑いと嘘の元気を振りまいて、聞かないようにして慌ただしくリビングを出る。
「……お兄ちゃん」
「うん?」
そのまま出て行ってしまうと思ったが、扉を開ける寸前で琴音は振り返った。前髪を撫でながら、別なことを言いたげな顔つきだった。
「……ううん。なんでもない」
にこっとあどけない顔で笑う。
「あのさ! 今日の夜、話したいことがあるんだ」
せっかく振り向いてくれたので、話を切り出した。
「すごく大事な話なんだ」
きっと、琴音も同じことを言いたかったんだと思う。
「うん。わかった……。それじゃ、行ってきます。お兄ちゃん」
「ああ、行ってらっしゃい。気をつけてな」
琴音がずっと助けを求めていたことに気付いていながら、それを無視し続けた俺には、お兄ちゃんを名乗る資格なんてなかったのかもしれない。昨日は琴音と話すことはできなかったけど、今日こそこれからのこと、家族のことを琴音と話そう。琴音のお兄ちゃんであることを、改めて自覚するんだ。
琴音が学校に行ってから数分後、
『オニイチャン、ゴメンネ』
と、メッセージが届いた瞬間、画面上部のアカウント名が目に飛び込んできた。
『蔦森琴音』その四文字が、心臓が捻り潰されたみたいにどくどくどくと脈を打つ。急いで玄関のドアを開け、手すりに捕まって琴音の姿を探すがどこにもいない。電話を掛けても通じない。メッセージも入れても、既読にもならなかった。
――そんなことあるはずがない!
『琴音なのか?』
聞くだけでも身の毛がよだつ。ありえない質問だ。恋仲になりすましたこいつは、俺に妹がいることを知っているだけだ。それ以外考えられない。
『ハハハハアハハハハ』
返って来るのは昨日と同じだ。不気味な笑い声。
『お兄ちゃん、ごめんね。赦して赦して、赦して赦して赦して』
立ち眩みがする。頭がおかしくなりそうだ。琴音が、正体?
違う! そんなことがあってたまるか。
今すぐブロックしてやりたいけど、正体も目的もわからない以上、遮断することなんてできなかった。
『琴音なのか!? 電話くれ、チャットでもいいから!』
返事はなかった。
今すぐ学校に行きたい。そうすることは簡単だが、その後のことを考えると迂闊に行動できない。もし、事態が悪化して停学期間が延長されたり、それ以上のことがあったら、お終いだ。目も当てられない。けどこれは事件だ。事情を話せば、融通は利くかもしれない。
藁にも縋る思いで学校に電話する。低く掠れた、聞き覚えのない声が電話に出た。
「蔦森です。二年の蔦森善吉です。昨日、恋仲さんが階段から滑って病院に行きましたよね? そのとき、スマホを落として、誰かに盗まれたみたいで、そいつが学校にいるかもしれないんです。俺のクラスの誰かだと思います。グループチャットで恋仲を追い出したんです! 見張っててくれませんか。だれか……、変なやつです……!」
「つたもり、蔦森……はい、蔦森さんね。ええっと、岡崎先生! 二番ですー!」
保留音が流れる。俺の話を聞いていたのか? 担任が電話口に出ると、何も伝わっておらず、また一から説明しなければならなかった。
「はあ、蔦森。いいか。クラスのプライベートなグループのことには、先生たちは原則関与しない。学校の連絡グループには恋仲はちゃんと居るぞ。大人しくしていろ、三国たちとのことといい、今はそんなこと気にしないで自分のことに集中するんだ。今はしっかり反省すること。先生は、お前の為のことを思って言ってるんだぞ」
何も聞いちゃくれない。信じようともしない。俺は返答せずそのまま電話を切った。今度は兄に電話を掛けて、怪しい動きがあれば教えてと伝える。「わかった」と返事はあったが、なんとも心もとないものだった。
「ああ、くそ!」
過剰に反応しているだけかもしれない。そう思えたらどんなに楽か。
* * *
昼の十二時過ぎ。食欲はなかったが、カップ麺を流し込んだ。自室にこもり、反省文の清書に取り掛かっていたが一向に進まない。恋仲のことが気になって仕方がなかった。また兄に電話を掛けようと思ったら、
『恋仲です。新しいスマホに変えました』
ぽろんと、デコグマのスタンプと一緒にメッセージが届いた。ペンを投げ、食い入るように画面を見る。
『本物です』
『恋仲! 今どこ? 平気?』
『はい。ちょっと腕が痛いですが、歩けますし大丈夫です。今ちょうどお店を出たところです。これから学校に向かいます』
『行かなくていいよ! 今日は……ゆっくり休んだ方がいい』
なりすましとの会話のことは言わないでおく。
『ありがとうございます。でも、行けるときには行きたいんです。本当は少しだけ休みたい気持ちもありました。でも昨日、えっと……、元気をもらえましたから。私、頑張りたいんです』
赤面したデコグマが画面を占領する。恋仲の感触と唇の柔らかさを思い出す。その後のなりすましや、奇怪なメッセージの恐怖がそれに勝ってしまって、病室での夢のような時間を記憶の片隅に追いやってしまっていた。
俺は恋仲と触れ合ったんだ。それは紛れもない事実で、一生に一度の瞬間だった。心は例の悪劣なアカウントのせいで荒んでいたが、それとは別に身もだえそうにもなる。何人もの感情を抱えた俺が、体内に潜んでいるかのようだった。素直に喜べない。それすらも、狙いすまされているようだ。
登校しようとする恋仲は止めたい。昨日の今日だし、今日くらいは自分のために休んでほしい、そう伝えたかった。
『心配かけてごめんなさい。きっとみんなビックリしますよね。私は言ったんです。逃げないって。それを証明したいんです。強がりだって、バレちゃいましたけど』
俺が返事をためらっていると、続けてメッセージが流れる。語尾に笑いを付けた恋仲の言葉で、どんな顔をしているか想像できた。
――それでも学校に行く。
逃げない。証明する。
これが、恋仲なんだ。なら、俺が言うべき言葉は――。
『頑張れ、恋仲』
『はい。頑張ります!』
この二言とスタンプ二つ。それで恋仲との会話は終わった。
やっぱり、恋仲は凄い。俺とは違って絶対にブレたりしない。悩んでも、泣いても、叫んでも、自分で決めた道から曲がろうとしない。
――だからこそ世界は、たった一つの拒絶という感情で、道を塞いでくるんだ。
課題も思うように進まずただ時間だけが流れた。
窓に映る景色は、昨日見た病室と同じように、青から橙へと色を変えていった。
スマホを握りしめながら空の変化を眺め、紫色に差し掛かる頃、唐突にメッセージが流れてきた。
『屋上。今すぐ来い』
その文字の下には、割れて歪んだスマホの写真が添付されていた。恋仲の盗まれたスマホとよく似ていた。いや、恋仲のスマホそのものだった。
理解した瞬間、鼓動が激しく乱れ始めた。まるで、待ち侘びていたかのように世界の口が開いたようだった。粘着質な糸を引いて、その牙を剥き出しにしてきている。妄想を振り払う。ためらう時間すら惜しい。
気づけば俺は、何もかもを放り出して――校門を抜け、校舎へ向かって走っていた。
今朝の琴音も元気だ。流行りの曲を鼻で歌う姿も、登校の支度をしている姿も、どれもが琴音が自分自身を守るための盾であり仮面であることを俺は知っていた。友達が多い、クラスの人気者。
琴音の言ったことを鵜呑みにしていた。疑わず、信じることが琴音のためだと言い訳していたが、本当は、自分を守るための理由に過ぎなかった。
「恋仲さん、大丈夫だった?」
「少し怪我はしたけど、大したことなかった。すぐに退院できるらしいって」
「……そうなんだ」
「琴音は、平気か?」
「え、琴音? うん、平気平気! 心配してくれてありがと、お兄ちゃん」
琴音が入学してから二か月のことだ。琴音は一度、クラスというより学校全体で注目を浴びたことがある。俺の耳にも入ってくるくらい、ちょっとした騒ぎになった。悪い意味で目立ってしまったのだ。周囲から『怖い』と距離を置かれ、琴音への偏見が固定してしまった事件だった。
急にかんしゃくを起こして暴れ出した女子がいて、その兄貴が二年にいる。そういう話だ。幸い琴音はすぐに落ち着いたので、大きな問題にはならなかったけど、以降、琴音はクラスの中で腫物扱いされるようになった。担任の教師でさえも。
何回か確認しに行った。琴音は休み時間も一人で過ごして、誰も琴音に近づこうともしなかった。琴音に見つからないよう様子を見た限り、琴音は暗い顔を見せないよう、ニコニコと明るい表情を作っていたが、誰にも見向きもされていなかった。
『琴音は怖くないよ、だから話しかけて?』
そう視線で必死に訴えている琴音を見て、顔を背けてしまった。
「今日も遊びに行こうって誘われたんだけど、断ってきちゃった。お兄ちゃんのご飯作ったりとか、洗濯とかやらないとだし、琴音、忙しいからね!」
俺にはそう言っていて、いつか言われたその言葉だけを受け取っていた。本当は誰にも声を掛けられず一人で家に帰っている。俺はあくまで知らない風を装って、朝も「忙しいから」と、早めに学校に向かう琴音を黙って見てた。誰にも会わないよう時間を選び、自分から人を避けていたんだ。
俺は三国たちとつるんでいると、くだらないことで気が紛れたので楽だった。そっちがあまりにも気楽すぎて、琴音を見ようとしなくなった。最低だったのは、俺はこうして友達と仲良くやれるのだから、琴音だって出来るはずだと理想を押し付けていたことだ。
琴音をそういう目で見ているにも関わらず、友達が出来たって報告は信じられなかった。取り繕った笑顔じゃなく、子供のようにはしゃいで喜んでいたので、疑う気持ちよりもあったけど心底安心したんだ。それがたこ焼きパーティなんかまでやるような仲になって、あのときは気まずかったけど、心の中では、誰かと喋る琴音を見て嬉しかった。
「琴音、昨日のことだけど……」
「あっ、そろそろ行かなくちゃ! お兄ちゃん、お昼はカップ麺でいい? 台所にある袋の中に沢山入ってるから、好きなの食べて!」
琴音は空気に敏感だから俺の真面目な雰囲気に感づいたのかもしれない。作り笑いと嘘の元気を振りまいて、聞かないようにして慌ただしくリビングを出る。
「……お兄ちゃん」
「うん?」
そのまま出て行ってしまうと思ったが、扉を開ける寸前で琴音は振り返った。前髪を撫でながら、別なことを言いたげな顔つきだった。
「……ううん。なんでもない」
にこっとあどけない顔で笑う。
「あのさ! 今日の夜、話したいことがあるんだ」
せっかく振り向いてくれたので、話を切り出した。
「すごく大事な話なんだ」
きっと、琴音も同じことを言いたかったんだと思う。
「うん。わかった……。それじゃ、行ってきます。お兄ちゃん」
「ああ、行ってらっしゃい。気をつけてな」
琴音がずっと助けを求めていたことに気付いていながら、それを無視し続けた俺には、お兄ちゃんを名乗る資格なんてなかったのかもしれない。昨日は琴音と話すことはできなかったけど、今日こそこれからのこと、家族のことを琴音と話そう。琴音のお兄ちゃんであることを、改めて自覚するんだ。
琴音が学校に行ってから数分後、
『オニイチャン、ゴメンネ』
と、メッセージが届いた瞬間、画面上部のアカウント名が目に飛び込んできた。
『蔦森琴音』その四文字が、心臓が捻り潰されたみたいにどくどくどくと脈を打つ。急いで玄関のドアを開け、手すりに捕まって琴音の姿を探すがどこにもいない。電話を掛けても通じない。メッセージも入れても、既読にもならなかった。
――そんなことあるはずがない!
『琴音なのか?』
聞くだけでも身の毛がよだつ。ありえない質問だ。恋仲になりすましたこいつは、俺に妹がいることを知っているだけだ。それ以外考えられない。
『ハハハハアハハハハ』
返って来るのは昨日と同じだ。不気味な笑い声。
『お兄ちゃん、ごめんね。赦して赦して、赦して赦して赦して』
立ち眩みがする。頭がおかしくなりそうだ。琴音が、正体?
違う! そんなことがあってたまるか。
今すぐブロックしてやりたいけど、正体も目的もわからない以上、遮断することなんてできなかった。
『琴音なのか!? 電話くれ、チャットでもいいから!』
返事はなかった。
今すぐ学校に行きたい。そうすることは簡単だが、その後のことを考えると迂闊に行動できない。もし、事態が悪化して停学期間が延長されたり、それ以上のことがあったら、お終いだ。目も当てられない。けどこれは事件だ。事情を話せば、融通は利くかもしれない。
藁にも縋る思いで学校に電話する。低く掠れた、聞き覚えのない声が電話に出た。
「蔦森です。二年の蔦森善吉です。昨日、恋仲さんが階段から滑って病院に行きましたよね? そのとき、スマホを落として、誰かに盗まれたみたいで、そいつが学校にいるかもしれないんです。俺のクラスの誰かだと思います。グループチャットで恋仲を追い出したんです! 見張っててくれませんか。だれか……、変なやつです……!」
「つたもり、蔦森……はい、蔦森さんね。ええっと、岡崎先生! 二番ですー!」
保留音が流れる。俺の話を聞いていたのか? 担任が電話口に出ると、何も伝わっておらず、また一から説明しなければならなかった。
「はあ、蔦森。いいか。クラスのプライベートなグループのことには、先生たちは原則関与しない。学校の連絡グループには恋仲はちゃんと居るぞ。大人しくしていろ、三国たちとのことといい、今はそんなこと気にしないで自分のことに集中するんだ。今はしっかり反省すること。先生は、お前の為のことを思って言ってるんだぞ」
何も聞いちゃくれない。信じようともしない。俺は返答せずそのまま電話を切った。今度は兄に電話を掛けて、怪しい動きがあれば教えてと伝える。「わかった」と返事はあったが、なんとも心もとないものだった。
「ああ、くそ!」
過剰に反応しているだけかもしれない。そう思えたらどんなに楽か。
* * *
昼の十二時過ぎ。食欲はなかったが、カップ麺を流し込んだ。自室にこもり、反省文の清書に取り掛かっていたが一向に進まない。恋仲のことが気になって仕方がなかった。また兄に電話を掛けようと思ったら、
『恋仲です。新しいスマホに変えました』
ぽろんと、デコグマのスタンプと一緒にメッセージが届いた。ペンを投げ、食い入るように画面を見る。
『本物です』
『恋仲! 今どこ? 平気?』
『はい。ちょっと腕が痛いですが、歩けますし大丈夫です。今ちょうどお店を出たところです。これから学校に向かいます』
『行かなくていいよ! 今日は……ゆっくり休んだ方がいい』
なりすましとの会話のことは言わないでおく。
『ありがとうございます。でも、行けるときには行きたいんです。本当は少しだけ休みたい気持ちもありました。でも昨日、えっと……、元気をもらえましたから。私、頑張りたいんです』
赤面したデコグマが画面を占領する。恋仲の感触と唇の柔らかさを思い出す。その後のなりすましや、奇怪なメッセージの恐怖がそれに勝ってしまって、病室での夢のような時間を記憶の片隅に追いやってしまっていた。
俺は恋仲と触れ合ったんだ。それは紛れもない事実で、一生に一度の瞬間だった。心は例の悪劣なアカウントのせいで荒んでいたが、それとは別に身もだえそうにもなる。何人もの感情を抱えた俺が、体内に潜んでいるかのようだった。素直に喜べない。それすらも、狙いすまされているようだ。
登校しようとする恋仲は止めたい。昨日の今日だし、今日くらいは自分のために休んでほしい、そう伝えたかった。
『心配かけてごめんなさい。きっとみんなビックリしますよね。私は言ったんです。逃げないって。それを証明したいんです。強がりだって、バレちゃいましたけど』
俺が返事をためらっていると、続けてメッセージが流れる。語尾に笑いを付けた恋仲の言葉で、どんな顔をしているか想像できた。
――それでも学校に行く。
逃げない。証明する。
これが、恋仲なんだ。なら、俺が言うべき言葉は――。
『頑張れ、恋仲』
『はい。頑張ります!』
この二言とスタンプ二つ。それで恋仲との会話は終わった。
やっぱり、恋仲は凄い。俺とは違って絶対にブレたりしない。悩んでも、泣いても、叫んでも、自分で決めた道から曲がろうとしない。
――だからこそ世界は、たった一つの拒絶という感情で、道を塞いでくるんだ。
課題も思うように進まずただ時間だけが流れた。
窓に映る景色は、昨日見た病室と同じように、青から橙へと色を変えていった。
スマホを握りしめながら空の変化を眺め、紫色に差し掛かる頃、唐突にメッセージが流れてきた。
『屋上。今すぐ来い』
その文字の下には、割れて歪んだスマホの写真が添付されていた。恋仲の盗まれたスマホとよく似ていた。いや、恋仲のスマホそのものだった。
理解した瞬間、鼓動が激しく乱れ始めた。まるで、待ち侘びていたかのように世界の口が開いたようだった。粘着質な糸を引いて、その牙を剥き出しにしてきている。妄想を振り払う。ためらう時間すら惜しい。
気づけば俺は、何もかもを放り出して――校門を抜け、校舎へ向かって走っていた。
