今日一日の課題を終える。それは決して褒められた出来ではないけど、やり終えた俺を待っていたのは心地の良い疲労感だった。こんなに家が広く感じるのも初めてだったし、こんなに孤独を感じるのも初めてだった。
扉の鍵が開く音がする。俺に配慮しているのか静かに琴音が帰宅する。鍵の音に合わせるようにリビングを飛び出る。
「あっ、お兄ちゃん……」
「おかえり、琴音。……ご飯、ありがとう。ごちそうさま。それと……、ごめん。迷惑かけた」
琴音は戸惑う表情を見せていたが、顔を伏せながら首を左右に振った。
「ね、聞いて? お兄ちゃんは悪くないんだよ? 悪いのは全部あいつなんだから」
琴音の語気は荒かった。すたすたと俺の横を通り過ぎる。琴音の表情は見ることができなかった。琴音のことを考えると胸が張り裂けそうになる。
自分に向き合うことは、琴音とも向き合わなくちゃいけないことだ。思い出さないように、見て見ぬふりをしてきたことを考えなくてはならない。
――琴音の日々の偽装と、作り話を避けては通れない。
都合のいいように理解し鵜呑みにして、目を逸らし続けてきた事実。俺も琴音の物語に甘えていた。偉そうな事を言ったけど、俺はなんら父と変わらなかった。
考えるだけで後頭部がズキズキと痛む。これ以上は限界だと体がすぐ拒否反応を起こす。抗うのは勇気がいる。いつもなら、ここから先は考えるのを止めて現実逃避する。でも今は、恋仲が後ろで寄り添ってくれると思うと、もう一歩先へ踏み出せそうな気がした。
シャワーを浴びて、再びA4の紙に反省の言葉を書き出す。しっかりと自分のことを省みて、罰を受けて、反省して学校に戻る。また行くんだ。恋仲が居るあの教室へ。
『この停学中、ちゃんと反省して、課題もして面談もする。必要なら、三国にもちゃんと謝る。巻き込んで本当にごめん。俺と関わらなければ、こんな辛い目に合うこともなかった』
それだけ書いて送信。すぐに既読がつく。恋仲からの返信はない。きっと、俺が次の文を打っていることに気づいている。
罰ゲームで告白して、泣いて謝って友達になって。気づけば好きになっていて、ほんとに意味不明で馬鹿な俺だけど……。
『でも俺は、恋仲と出会えてよかったって、友達になれてよかったって思ってる。だから、良かったらこれからも俺と友達でいてほしい! 次、学校で会うときは、変わった俺の姿を見せるから!』
最後は勢いに任せて送信した。恋仲からの返信を待つ。しかし、なかなか返ってこなかった。いきなりこんな感情爆発の長文を送られたって返答に困るよな。と、一度スマホを閉じようとしたが、クラスのグループチャットのメッセージ未読数が、早送りされているかのように上がっていくのに気づいた。
何かあったのか?
覗こうとする指先が何かを察知しているのか冷たくなっていく。
≪無言女と、勘違い主人公(坊主)≫
添付動画:後ろから抱きしめるように止めている恋仲の姿と、俺の姿。
≪そもそも恋仲って声出せないんでしょ? 喋れないくせに必死だなw≫
≪三流恋愛ドラマかよw≫
≪蔦森のキレ顔、マジやっちゃってる顔でトラウマ。ホラーなんだけどww≫
≪そいや蔦森、入口の隣の花壇でこの前乱入してきた女子と水やりしてた≫
≪いきなり坊主にしてきたり、こいつの頭どうなってんのw 誰か花咲かせてやれよw≫
≪一生停学でいいよ。ついでに恋仲も特別クラスに戻ってくれないかな。こいつらのせいでクラスが注目されてる≫
三国の動画添付後、荒れ狂うようにチャットが流れていく。餌に貪りつくピラニアか何かのようだ。
≪画像もあるけど? みんないいねと拡散よろしく!w≫
三国の追加の一言で更に熱を帯びる。画面越しからでもその異様な空気にむせ返りそうになる。俺はその流れを閉じることもなくただ見つめることしかできない。ここで俺が何か発言しようものなら、この状態は収拾がつかなくなる。
クラスメイトの無自覚な暴言、笑いを取る為だけに発言される心ない言葉。
スマホを持つ手が震える。俺も今まではそっちの立場だった。つくづく自分勝手な思考だなと怒りを覚える。お前もだろ、と言われてしまったら、反論できないのが余計に胸を締め付ける。
もう無視しようと閉じようとしたそのときだった。
≪蔦森君を悪く言わないでください≫
送信元:恋仲
その一言でぴたり、とチャットの流れが止まった。
恋仲が発言した。
俺が知る限り、そんなことは一度も見たことがない。冷え切った指先が感覚を取り戻していき、全身を駆け巡るように血が巡る。恋仲の発言は続いた。
≪彼は、誰よりも優しい人です。それを知らないまま叩くのは、ただの暴力です≫
場は、恋仲に支配されたように静まり返っている。
≪自分が恥ずかしいと思わないのなら、どうぞ私にぶつけてください。私は逃げません≫
場は、恋仲に支配されたように静まり返った。スマホを抱えたまま丸くなる。視線が集まるクラスの中央に、たった一人で立つ恋仲の姿が浮かんだ。
友達だから友達を守る。ただ、それだけなんだ。傷だらけのはずなのに、俺のために前に立ってくれている。
絶対に学校に戻らなくちゃいけない。ただ戻るだけじゃない。今の現実もしっかり受け止めて、今度こそ、自信を持って恋仲の傍に立つ。
俺も逃げたりなんかしない――。
スマホを持つ手は、別の感情で震えていた。
扉の鍵が開く音がする。俺に配慮しているのか静かに琴音が帰宅する。鍵の音に合わせるようにリビングを飛び出る。
「あっ、お兄ちゃん……」
「おかえり、琴音。……ご飯、ありがとう。ごちそうさま。それと……、ごめん。迷惑かけた」
琴音は戸惑う表情を見せていたが、顔を伏せながら首を左右に振った。
「ね、聞いて? お兄ちゃんは悪くないんだよ? 悪いのは全部あいつなんだから」
琴音の語気は荒かった。すたすたと俺の横を通り過ぎる。琴音の表情は見ることができなかった。琴音のことを考えると胸が張り裂けそうになる。
自分に向き合うことは、琴音とも向き合わなくちゃいけないことだ。思い出さないように、見て見ぬふりをしてきたことを考えなくてはならない。
――琴音の日々の偽装と、作り話を避けては通れない。
都合のいいように理解し鵜呑みにして、目を逸らし続けてきた事実。俺も琴音の物語に甘えていた。偉そうな事を言ったけど、俺はなんら父と変わらなかった。
考えるだけで後頭部がズキズキと痛む。これ以上は限界だと体がすぐ拒否反応を起こす。抗うのは勇気がいる。いつもなら、ここから先は考えるのを止めて現実逃避する。でも今は、恋仲が後ろで寄り添ってくれると思うと、もう一歩先へ踏み出せそうな気がした。
シャワーを浴びて、再びA4の紙に反省の言葉を書き出す。しっかりと自分のことを省みて、罰を受けて、反省して学校に戻る。また行くんだ。恋仲が居るあの教室へ。
『この停学中、ちゃんと反省して、課題もして面談もする。必要なら、三国にもちゃんと謝る。巻き込んで本当にごめん。俺と関わらなければ、こんな辛い目に合うこともなかった』
それだけ書いて送信。すぐに既読がつく。恋仲からの返信はない。きっと、俺が次の文を打っていることに気づいている。
罰ゲームで告白して、泣いて謝って友達になって。気づけば好きになっていて、ほんとに意味不明で馬鹿な俺だけど……。
『でも俺は、恋仲と出会えてよかったって、友達になれてよかったって思ってる。だから、良かったらこれからも俺と友達でいてほしい! 次、学校で会うときは、変わった俺の姿を見せるから!』
最後は勢いに任せて送信した。恋仲からの返信を待つ。しかし、なかなか返ってこなかった。いきなりこんな感情爆発の長文を送られたって返答に困るよな。と、一度スマホを閉じようとしたが、クラスのグループチャットのメッセージ未読数が、早送りされているかのように上がっていくのに気づいた。
何かあったのか?
覗こうとする指先が何かを察知しているのか冷たくなっていく。
≪無言女と、勘違い主人公(坊主)≫
添付動画:後ろから抱きしめるように止めている恋仲の姿と、俺の姿。
≪そもそも恋仲って声出せないんでしょ? 喋れないくせに必死だなw≫
≪三流恋愛ドラマかよw≫
≪蔦森のキレ顔、マジやっちゃってる顔でトラウマ。ホラーなんだけどww≫
≪そいや蔦森、入口の隣の花壇でこの前乱入してきた女子と水やりしてた≫
≪いきなり坊主にしてきたり、こいつの頭どうなってんのw 誰か花咲かせてやれよw≫
≪一生停学でいいよ。ついでに恋仲も特別クラスに戻ってくれないかな。こいつらのせいでクラスが注目されてる≫
三国の動画添付後、荒れ狂うようにチャットが流れていく。餌に貪りつくピラニアか何かのようだ。
≪画像もあるけど? みんないいねと拡散よろしく!w≫
三国の追加の一言で更に熱を帯びる。画面越しからでもその異様な空気にむせ返りそうになる。俺はその流れを閉じることもなくただ見つめることしかできない。ここで俺が何か発言しようものなら、この状態は収拾がつかなくなる。
クラスメイトの無自覚な暴言、笑いを取る為だけに発言される心ない言葉。
スマホを持つ手が震える。俺も今まではそっちの立場だった。つくづく自分勝手な思考だなと怒りを覚える。お前もだろ、と言われてしまったら、反論できないのが余計に胸を締め付ける。
もう無視しようと閉じようとしたそのときだった。
≪蔦森君を悪く言わないでください≫
送信元:恋仲
その一言でぴたり、とチャットの流れが止まった。
恋仲が発言した。
俺が知る限り、そんなことは一度も見たことがない。冷え切った指先が感覚を取り戻していき、全身を駆け巡るように血が巡る。恋仲の発言は続いた。
≪彼は、誰よりも優しい人です。それを知らないまま叩くのは、ただの暴力です≫
場は、恋仲に支配されたように静まり返っている。
≪自分が恥ずかしいと思わないのなら、どうぞ私にぶつけてください。私は逃げません≫
場は、恋仲に支配されたように静まり返った。スマホを抱えたまま丸くなる。視線が集まるクラスの中央に、たった一人で立つ恋仲の姿が浮かんだ。
友達だから友達を守る。ただ、それだけなんだ。傷だらけのはずなのに、俺のために前に立ってくれている。
絶対に学校に戻らなくちゃいけない。ただ戻るだけじゃない。今の現実もしっかり受け止めて、今度こそ、自信を持って恋仲の傍に立つ。
俺も逃げたりなんかしない――。
スマホを持つ手は、別の感情で震えていた。
