小鳥遊くんの心の声は、存外騒がしい

『あーあ、まじでサイアクなんだけど。あの女、男がいたのかよ。今まで、散々貢がせといて。クソッ!』

『えー、Kくん熱愛発覚!? 嘘でしょ……、これまでめちゃくちゃ課金してきたのに。こんなの、ファンへの裏切りじゃん!』

『今日の合コン、写真で見た感じだと美人揃いだったよなぁ。えっぐい加工ばっかじゃ、なきゃいいけど……。お持ち帰り出来っかなぁ?』

 いつもの、満員電車。聞こえてきた心の声に辟易しながら、唯一の防具であるヘッドフォンをリュックから取り出した。

『あの人たぶん、妊婦さんだよな? けどここからだと、席が離れてるし……。うぅ、どうしよう? 出来れば、代わってあげたいけど……』

 その善良な声の主を探し、顔を上げる。するとそこには同じクラスの地味系男子、小鳥遊くんがいた。

 今にも死にそうな顔をして、ああでもない、こうでもないとひとり思い悩む小鳥遊くん。……ほんと、真面目過ぎだろ。
 少し呆れながら、彼の視線の先を追う。するとそこには、マタニティマークをバッグに付けた妊婦さんが青白い顔で立っていた。

『うぅ……、つら……。優先席の前じゃないし、席譲ってくれる人なんていないよね。タクシー、乗れば良かった。……大丈夫と思ったけど、失敗した』

 次に脳内に響いてきたのは、彼女の前に立つ、愛らしい女子高生の声だった。
 
『わぁ、妊婦様じゃん。これ見よがしに、マタニティマークなんかつけて。だる……、優先席行けよ。絶対に、目合わさないでおこっと』
 
 ……見た目はとても可愛いけどこいつ、中身終わってんな。
 
 俺も妊婦さんからは少し離れた位置に座っていたけれど、小鳥遊くんよりはまだ近い。
 だからヘッドフォンをリュックにしまい直して席を立ち、女性に声をかけた。

「あの……、もしよかったらどうぞ」

「えぇ、いいんですか?」

 ホッとしたように綻ぶ、女性の表情。にっこりと笑みを返し、そのまま手すりに掴まった。
 何度もお礼の言葉を口にしながら、席に着く妊婦さん。
 その時再び、女子高生の声が頭の中に響いてきた。

『わぁ、かっこよ……。時々電車で見かける、イケメンくんじゃん! ……席、譲っとけばよかったかな?』

 不快な視線と計算高い心の声にげんなりしながら、視線を足元へ落とす。
 するとその時、再び小鳥遊くんの声が聞こえてきた。

『よかった、あの人座れたんだ……。ってあれ、同じクラスの結城くん!? ってことは、結城くんが席を譲ってあげたのかなぁ? いい人なんだな、見た目と違って』

 おい! 見た目と違ってって、なんだよ!?

 あまりにも失礼な、心の声。それに驚き、心の中でツッコミを入れながら彼の方を見た。
 すると小鳥遊くんはビクッと大きく体を揺らし、ものすごい勢いで俺から視線をそらした。

『ヤバ! 目、合っちゃった。こっち見んな、クソ陰キャとか、思われちゃったかな……。うぅ……、まだ見られてる。てか結城くん、やっぱりめっちゃイケメンだよな。うらやましい。爪の垢を煎じて、飲ませて欲しい。いや、そんなことをお願いしたら、ドン引きされるだろ! けどほんと、綺麗な顔だなぁ……』

 時間にすると、1秒にも満たないくらいの短い時間だったと思う。
 だけどその間に小鳥遊くんは、めちゃくちゃたくさんの言葉を発した。……心の中で。

 なんだよ? あいつ。普段は静かなくせに、頭の中ではめっちゃしゃべるじゃん。……オモロ。
 それに、爪の垢を煎じて飲ませて欲しいって……。そんなことをしても、顔の造りは変わらなくね!?

 思わずプッと噴き出すと、こちらを向いていた小鳥遊くんとまたしても目が合い、彼の体がさっき以上に大きく跳ねた。
 ヒラヒラと、彼に向かい手を振る。すると小鳥遊くんはキョロキョロと左右を確認し、振られているのが自分だと理解した瞬間大きく瞳を見開き、それから小さく手を振り返した。

 狭い隙間を縫って、彼の側に移動する。その間小鳥遊くんは、信じられないものでも見るような視線を俺に向けていた。

「よ、小鳥遊くん。お前も、今帰り?」

 笑顔で聞くと、彼はコクコクと無言のまま何度もうなずいた。
 でもその間も彼の頭の中は、驚くほどせわしなく騒ぎまくっていた。

『え、えぇ!? なんで結城くん、こっちに移動してきたの!? もしかして……』

 もしかして、いったい何だというのか? 心の声の続きが気になり、笑顔のまま全神経を集中させる。
 すると次の瞬間、またしても小鳥遊くんの暴言にも似た発言が脳内に響いてきた。
 
『もしかしてずっと見てたのに気が付いて、これから僕、締められる!?』

 締められるって、なんだよ……。俺は、昭和のヤンキーか!
 ……それにしてもほんと、こいつの中での俺のイメージ、悪過ぎだろ。

 とはいえそれも、仕方のないことなのかもしれない。 
 彼は俺が属しているグループと、これまでほとんど接点がなかった。
 というかたぶん、ずっと意図的に避けられていたように思う。

 でも別にそれを俺は、責めるつもりはない。避けてこそいなかったものの、俺だって自発的に彼に関わろうとしたことはなかったし。

「小鳥遊くんも、いつもこの路線? 電車では、初めて会った気がするけど」

 コクコクとうなずく小鳥遊くん。しかし続いて響いてきた彼の心の声は、ちょっと意外なものだった。
 
『僕のほうは、結構な頻度で見かけてたけど。まぁでも、そうだよね。……僕みたいな地味陰キャ、視界に入ったとしてもノーカンだよね。っていうか、結城くん、なんでわざわざこっちに移動して来たんだろう? これってもしかして、目的の駅に着くまでの間、自分を楽しませろっていうことなのかな? ……陽キャ、こわ!!』