女の子は苦手。
だから極力関わらずに生きていきたい、けど――。
「あのっ、藍ちゃん先輩ですよね!?」
「わたしたちずっと先輩の隠れファンやってて……!」
1日に1回はこうして声をかけられる。
「えーっと……どちらさま?」
なんとか笑顔で返せたけれど、かなりぎこちなかっと思う。それにもかかわらず、声を掛けてきた女の子たちはうれしそうに頬を紅潮させた。
おれのことを「先輩」と呼んだことや上靴の色からこの子たちが1年生だということはわかった。でも、それだけ。まったく知らない子たちということに変わりはなく、矢継ぎ早に告げられる熱烈な思いに相槌を打ちながら、どう話を切り上げて教室に帰ろうかと逡巡していたとき。
「七瀬」
聞き馴染みのある低音が鼓膜を揺らした。
パッと振り返るとそこには彼がいて。心配そうな顔でこちらへと歩み寄ってきていた。
「常盤……!」
あぁもう大丈夫だと緊張の糸が緩み、強張った身体から力が抜けていく。
おれの隣に並んだ常磐はしれっと肩に右腕を回し、そっと抱き寄せてきた。ハーブ系の香りがふわっと舞い、鼻腔をくすぐる。
「ごみ捨てに行ったっきり戻ってこないと思ったら……なに、知り合い?」
いつもより音程を落とした声で尋ねながら、彼女たちに視線を向ける常磐。
睨むのはさすがにやり過ぎじゃ……と止めようとしたけれど、彼女たちにとってはファンサービスみたいなものだったらしい。浮ついた様子でずいっと距離を詰めてきた。
「す、涼先輩!」
「えっと、わたしたち藍ちゃん先輩のファンで――」
「あぁそう。七瀬、帰ろ」
常磐から質問したくせにこれ以上聞くことはないと言わんばかりに180度方向転換をきめ、救出、もとい回収される。
おれとしてはありがたいけれど、彼女たちが悪気をもって話しかけてきたわけじゃないとわかっているので、少しだけ申し訳なく思う。でもそれは杞憂だったようで、肩越しに振り返って見た彼女らはなにやら抱きあって喜びを分かち合っていた。
あの様子なら大丈夫そうと安心し、今度は上目がちに常磐を見やる。
「常磐。このまま帰るのはいいけど1回教室寄って荷物取らなきゃ」
「もう持ってる」
「えっ嘘」
ほら、と差し出してきた左手には、確かに2人分のスクールバッグが握られていた。
「おーさすが。ありがと」
おれの分を受け取ると、肩に回されていた腕もスルッと離された。
布越しに伝わってきていた重さとぬくもりがなくなるのはさびしいと素直に言えるわけもなく。
「さっきのこともありがと」
ただ、さっき助けてくれたことに対する感謝を伝えるに留めた。
「べつに、いつものことだし」と素っ気なく返してくるのがすごく常磐らしくて、つい笑みがこぼれた。
常磐との出会いは高校に入学して間もない頃。
昇降口で女の先輩4、5人に囲まれ「インスタ交換しよ」とか「一緒に帰ろうよ」とか「彼女いる〜?」みたいなことを口々に言われ、困り果てていたとき。
藁にもすがる思いでたまたま通りかかった男子生徒の腕にぎゅっと抱きついて、苦し紛れにこう叫んだんだ。
「あのっ、おれこの人と一緒に帰る約束してるんで……!!」と。
必死すぎて思い出すだけでも恥ずかしい。
でもそれがきっかけで常磐との出会えたわけだから、まるっきり黒歴史というわけではない。
常磐にしてみればふつーに帰ろうとしただけなのによくわからない男子にいきなり抱きつかれ、よくわからない出来事に巻き込まれたのだから不運以外のなにものでもないはずなのに。話を合わせてくれただけじゃなく、一緒に帰りながらおれの事情を話すと「じゃあ俺といれば。クラス一緒だし」と受け入れてくれたのだ。あのときの心情を、なんといえばいいか。まるで月が自分にだけひかりを向けてくれたような高揚感をよく覚えている。
それ以来、学年が上がってもずっとおれを守り続けてくれている。
ほら、今だって。
「あ、藍ちゃーん!」
「藍"ちゃん"って呼ぶな」
「え〜涼くん厳し」
渡り廊下で絡んできた女の子集団を簡単にあしらってくれた。
常盤は本当になんてことないようにおれを守る。ちょっとくらい見返りを求めてきたっていいのに。例えば、コンビニのアイスを俺に奢らせるとか。
「七瀬、まだ悩んでんの?」
アイスケースの前で悶々としていると、いつものアイスを手に取った常盤がおれの顔を覗き込んできた。頭と頭が当たりそうな距離に心臓が跳ねる。
「そ、そう。いつものもいいなって思うけどたまには違うのにしようかなって」
「ふーん。じゃ、先レジ並んどくわ」
「おっけー」
俺が親指と人差し指で丸を作り常盤が背を向けたところで深く息を吐きだした。
さすがに不意打ちは心臓に悪い。余計な感情まで顔に出ていなかっただろうかと心配しつつ、もう一度深呼吸してから飲むアイスを手に取った。
会計を済ませコンビニからでると、常盤はすでにカップ入りのかち割り氷をつまんでいた。その隣に並び、飲むアイスのキャップを外した。
名は体を表すとはよく言ったもので、木陰のような涼しさを纏う横顔をちらりと盗み見る。あぁ、やっぱり綺麗だなんて思いながら。
――おれが好きだと言ったらどんな顔するんだろう。
ありもしない未来を想像をしてしまう。
常盤のことは花が咲くのおんなじように、気づいたときにはもう、好きで、大好きで。
でも、常盤を困らせることだけはしたくないから、この気持ちを伝えない。そう決めている。べつにどうにかなりたいわけじゃないし。
ただ、放課後、コンビニに寄ってアイスを食べる。
この時間だけ、おまえはおれのもの。――なんてね。
たまたま始まったこの習慣。アイスを食べ終われば後は帰宅するだけ。だから少しでも長く一緒にいられるように溶けるまで待たなければならない飲むアイスを選んだというのに、夏の暑さにやられ、すでにふにゃふにゃになっていた。作戦失敗と仕方なしに飲み口を口に運ぶ。すると今度は常盤がおれのことを見ていることに気づいた。なにやら怪訝な顔をしている。
「さっきからちらちら見てくるのなに? なんかついてる?」
「いや、おれもおまえも女の子寄りの名前してんのになんでおれは『藍ちゃん』でおまえは『涼くん』なんだろって思って」
テキトーに思いついた話題を振ると、常盤は「あーね」と言いながら、溶けてただの水分と化したかち割り氷を一気に流し込んだ。
「そりゃ俺と比べてお前は、なんつーか……」
「なんだよ」
「麗しい、から?」
「――は?」
麗しい?
日常生活でめったに聞かない単語に、思考が疑問符で埋めつくされる。
さらに常磐が目を丸くするおれなんてお構いなしに「どうやったらそのアイスがほっぺにつくんだよ」とハンカチで拭ってくるものだから余計意味がわからなくなる。
「なんか顔赤くね? 熱中症?」
「違うからほっといて」
顔を逸らして答えるも、その声は掠れていて動揺していることが丸わかりだった。それでも、かろうじて言葉を紡ぐ。
「麗しいって……どういう意味?」
「え、知らねーの?」
「単語の意味訊いてんじゃねーよ」
釣られて雑な口調で返すと、常盤はくしゃっと笑った。教室では見られない笑顔に心を掴まれる。いつもよりなんだか幼く見えて。そんな常磐をおれが独占していると思うと、渇きが癒えていくようだった。
一通り笑った常磐は、余韻を残したままおれに向かって手を伸ばしてきた。そして壊れ物を扱うときのようにそっと触れる。
「色素の薄い髪と白い肌。長いまつ毛。口元のほくろ」
次々とあげられるおれの特徴と、骨ばった手の感触。夏の暑さも相まって、白昼夢を見ているようだった。
常磐は最後におれの首元に顔を寄せた。
「あと、なんかいい匂いもするし。そういうところ」
きっと、常磐にとってこれはからかいの延長なのだと思う。だって伏し目がちにちいさく笑っているから。
でもおれにとっては効果絶大で。悔しいのに、ただ翻弄されることしかできなかった。
◇
常磐はモテる。とにかくモテる。それこそ、放課後おれを教室に残して呼び出された場所に行くくらい。
常磐が持てる理由はよくわかる。身長高いし手骨ばってるし黒髪はサラサラだし目はキリッとしててかっこいいし。それだけ容姿が整っている上に、おれが困ってたら絶対助けてくれるくらいやさしいのだから女の子が放っておかないのも無理はない。おれもそのひとりだと考えるとライバルの多さに気が滅入りそうになるので、見て見ぬふりを決め込む。
ひとり残された教室はもの寂しく、特にすることもないので、スクールバッグを枕替わりにしてうたた寝しよう。常磐が帰ってきたら起こしてくれるだろうと、目を瞑ろうとしたとき。
ガラッ、と扉が開く音がして、反射的に目をぎゅっと瞑った。
なんにもやましいことはないけれど、咄嗟に狸寝入りしてしまった手前急に起きるのはなんだか気まずい。できることなら早く出て行ってくれ。そう念じていると、足音がこちらに近づいてくるのがわかった。
――もしかして常磐?
なら起きても大丈夫かと起きようとしたけれど、それよりも先に頭に手が添えられ、硬直してしまった。
――え、な、な、なに……!!?
「やっぱり。七瀬寝てんのか」
騒がしいおれの心の中とは真逆の静かな声が落ちてきて、それが常磐のものだとわかると、また違った緊張が走った。常磐が寝てるって思うくらい顔に出ていないのはよかったけれど、依然として心臓はドッドッと激しく脈打っている。このままだと、バレるのも時間の問題じゃ……。
俺の動揺をなにも知らない常磐は、毛並みに沿ってゆっくり頭を撫でてくる。その手つきがあまりにもやさしいから、ドキドキの奥に安心感が芽生える。
頭を撫でられるのは幼いころ両親に撫でられて以来だ。つまり、大きくなってからはこれが初めて。
だんだんと緊張がほぐれていって、なんだか眠たくなってきた。このまま一睡するのもアリかもしれない。手から伝わる体温も気持ちよくて、ずっとこの時間が続いてほしいとすら思ってしまう。
――あれ、でもなんでおれ撫でられてるんだろ。
そう疑問に思ったときだった。
弾力のあるやわらかいものが、ふに、と押し当てられた。
――え。
バチッと目を開けると、常磐の端正な顔が鼻先が当たるくらい近くにあって。今なにをされたのか、疑念が確信に変わった。
常磐は目を丸くして数歩後ずさった。その拍子に机にぶつかりガタッと大きな音が鳴る。口が「七瀬……」と動くが声は出せていない。
「常磐、今のって」
「悪い、起こそうとしたら当たった」
「え」
おれが言い終わるよりも先に常盤が言葉を被せてきた。素っ気ない口調はいつもと変わらない。でも、態度に違和感しかなかった。明らかに焦っていて、突き放すような言い方だった。
常盤がスクールバックを持って背を向ける。その背中は、俺を待っていなかった。
「用事あるから、今日は先帰るわ。おつかれ」
「待っ――」
おれも制止もきかず、常盤はそのまま教室を後にした。
残されたのはやわらかい唇の感触だけ。そっと手で触れてみれば、さっきのは夢じゃなかったんだと実感させられた。でも、なんで。
なんで常盤はおれにキスしたんだろう。
魔が差したとか冗談でこんなことするような人じゃない。ただの欲求不満……でもないはず。それならおれじゃなくても告白してくれた女子の中からテキトーに選ぶだろう。
そんなんじゃなくて、わざわざおれにキスした理由。しかも、おれが寝ていると確信しての行動だとしたら、おのずと答えはひとつに導かれた。
――おれのことが好きだから?
いや、早まるな。そんなのただの希望的観測に過ぎない。
冷静なおれと興奮気味のおれを行ったり来たりして頭が沸騰しそうになる。
どのみち、真相を知っているのは常盤だけ。
明日本人に訊いてみないことにはなにも始まらない。
そう思い立ち上がろうとしたけれど、あまりにも衝撃的な出来事だったからか腰がぬけており、しばらく教室の中で悶えるはめになった。
◇
「お、おはよー、常盤」
「はよ」
昨日のことを思い出しぎこちない挨拶をしたおれとは対照的に、何事もなかったかのように返してた常盤。ポーカーフェイスがうまいのは知っているけれど、ここまで変化がないと常磐にとって昨日のことは大したことじゃないのかなと不安になってしまう。
どう切り出そうかとしり込みしている間に、常磐は後ろの男子と話し始めてしまった。
クラス、いや学年全体で常磐とおれは2人組みたいな扱いを受けているけれど、なにもずっとふたりきりでいるわけじゃない。他の男子を交えて会話することが大半で、正真正銘ふたりきりになるのは下校のときくらい。
元々そんな感じだから気にすることじゃないってわかってる。
でも、おれのことなんて視界に入れず後ろのやつと話す常磐を見ると胸が痛んだ。まるで昨日のことには触れるなと言われているみたいだった。
その後もふたりきりになれるようさりげなく動いてみたものの、どれも上手くいかなかった。いつもは他の誰かが話しかけてきてから話すのに、今日は常磐から話しかけていることの方が多かった気がする。
――もしかして、避けられてる……?
そんな不安が脳裏をよぎり、急に怖くなった。
昨日のことを訊くということは、その答えがなんであれ、おれらの関係に変化を与えるということ。
良い方向に転べばいいけれど、拗れてしまえば今まで通りふたりでいられなくなるかもしらない。そんなの、嫌だ。
世の中何事もはっきりさせることが正しいとは限らない。時にはうやむやにしておく方が人間関係はうまくいく。
だったらこのままなにも言わない方がいいのかな。常磐だって掘り返してほしくなさそうだし。でも、このまま微妙な距離感でいるも、苦しい。
いろんな考えが絡み合って縛られ、身動きが取れなくなっても、時間は平等に過ぎていく。
とうとうなにも言えないまま掃除を終え、教室に戻っていたとき。
「涼くんってさー、やっぱ藍ちゃんにガチなん?」
「は?」
曲がり角から女の子たちが常磐に絡んでいる声が聞こえた。
話題が話題なだけにこのまま出て行くわけにもいかず、咄嗟に壁に隠れて様子をうかがう。
「や、だって昨日藍ちゃんにキスしてなかった!?」
え、と漏れそうになった声を手で塞いで抑える。まさか昨日のあれを見られていたなんて。
「うちらたまたま教室の前通ったとき見ちゃったんだよね〜」
「てかてか、内緒で付き合ってたりする!?」
「それか涼くんの片思い?」
女の子たちの茶化したような声に、足がすくんで一歩も動けなくなった。心臓がバクバクとなにかに追われているように暴れ、冷や汗が背中を伝う。
おれは昔から、女の子の遠慮もなしに人の心に詰め寄ってくるところが怖い。
ちょっとやそっとのことで恋愛に結びつけて「◯◯のこと好きなの?」って勘ぐってくる。中には自分のことが好きだと勘違いして周りに両思いだと言いふらしている子もいたし、「わたしと✕✕、どっちが好きなの!?」と問い詰められきた子もいた。
高校では「藍ちゃん」なんて呼ばれてインフルエンサーみたいな扱いを受けている。悪感情を持たれるよりはマシだけど、それでもしんどいときはしんどい。
女の子は苦手。それはこの先もずっと変わらないと思う。
だから極力関わらずに生きていきたい、けど――。
「あれは、ただの事故だから……!」
守られてばっかりいるのは、違うんじゃないかな。
おれがいきなり飛び出してきたことで、女の子たちだけじゃなく常磐まで驚いた顔でおれを見た。でもそんなこと気にする余裕なんてなくて。
初対面のときのように常磐の腕にしがみついた。
「それに、片思いしてるの、おれの方だから!!」
半ば叫ぶように宣言すると、ややあって常磐が口を開いた。
「……本気で言ってる?」
「あ、」
常磐の言葉で自身の過ちに気づき、血の気が引いた。
勢いあまって言ってしまった。ただ昨日のキスが事故ってことだけ伝えればよかったのに。
どうしよう。もう取り返しがつかない。おれの気持ちが、常磐に知られて――。
「わっ」
グイッと腰を抱き寄せられたかと思えば、唇を塞がれた。
「えっ、なっ……!」
「俺も七瀬のこと好き」
そう告げる常磐は、見たことないくらいやさしい表情を浮かべていた。
おれは胸がきゅって切なくないて、なぜか泣きそうになった。
常磐はそんなおれを宥めるように頭をぽんぽんっと撫でたあと、顔だけ女の子たちに向けた。
「そういうことだから。わかった?」
いつもの静かな声とは違って、どこか弾んでいて自慢げだった。そして抱きしめる腕を離し、代わりにおれの腕を引いた。
「帰ろ、七瀬」
その反対の手にはスクールバッグが握られていた。
おれと一緒に帰るつもりだったのだと知れて、心があたたかくなった。
残された女の子たちはというと、「ふたりともお幸せにね〜」と手を振っていた。
女の子は苦手。だって怖いから。
でも頑張って勇気をだしてみたら、案外怖くないかもって思えた。
それもこれも常磐がずっと守り続けてくれたおかげだ。
ひとりだったらとても気づけなかったこととたしかなぬくもりを抱え、校門をくぐり抜けた。
◇
「……さっき、ありがとう」
学校から1番近い歩道橋を渡り終えたところで常磐がぽつりと呟いた。
「え?」
「女子苦手なくせに俺のこと助けてくれただろ」
「あぁ、あれ……」
ほとんど叫んだだけだったけれど、それを助けたと言えるんだろうか。でも改めてお礼を言われるとうれしくて、頬が熱くなった。
「べつに、いつもおまえにしてもらってることだし」
「あと、今日1日ごめんな。昨日のこと七瀬に訊かれたらうまく答えられる自信なくて、ちょっと避けてた」
申し訳なさそうに目を伏せるな常磐を見ていると、なんだかおれの方が胸が痛くなる。だから常磐が抱える罪悪感を少しでも軽くしたくて、ふるふると首を振った。
「ううん。それより……こんなこと訊いていいのかわかんないけど、いつから?」
「なにが?」
「おれのこと……その、好きになったの」
自分で言い出したくせに途中で恥ずかしくなって最後の方は掠れてしまった。それでも常磐は聞き取ってくれたようで、顔をこちらに寄せておれの目をまっすぐ捉えた。
「初対面で抱きつかれたときから」
「えっ!?」
驚きのあまり後ずさると、常磐はくすっと笑った。
「ぷるぷる震えながら助けを求めてきた七瀬がかわいくて、あー俺が守んないとなって思――」
「あああ待って待ってそこまで! そこまで!!」
おれの失態まですらすらと話し始めるものだから慌てて手で口を塞ぐと、常磐はその手をとってするりと繋いできた。しかも、恋人繋ぎで。
あまりに自然な動作に反応が一拍遅れる。
夏の暑さのせいか、慣れない状況に対するかすかな緊張のせいか、手がじんわりと汗ばんできた。手汗の多さと知られないよう今すぐにでも拭き取りたいけれど、一度繋いだ手を離したくもなくて。
ジレンマを抱えながら信号を渡ったところで、いつものコンビニが見えた。
このままいつものようにアイスを食べ、解散することになるだろう。
それでも今日は、いつもより一緒にいられる気がした。
〈了〉
だから極力関わらずに生きていきたい、けど――。
「あのっ、藍ちゃん先輩ですよね!?」
「わたしたちずっと先輩の隠れファンやってて……!」
1日に1回はこうして声をかけられる。
「えーっと……どちらさま?」
なんとか笑顔で返せたけれど、かなりぎこちなかっと思う。それにもかかわらず、声を掛けてきた女の子たちはうれしそうに頬を紅潮させた。
おれのことを「先輩」と呼んだことや上靴の色からこの子たちが1年生だということはわかった。でも、それだけ。まったく知らない子たちということに変わりはなく、矢継ぎ早に告げられる熱烈な思いに相槌を打ちながら、どう話を切り上げて教室に帰ろうかと逡巡していたとき。
「七瀬」
聞き馴染みのある低音が鼓膜を揺らした。
パッと振り返るとそこには彼がいて。心配そうな顔でこちらへと歩み寄ってきていた。
「常盤……!」
あぁもう大丈夫だと緊張の糸が緩み、強張った身体から力が抜けていく。
おれの隣に並んだ常磐はしれっと肩に右腕を回し、そっと抱き寄せてきた。ハーブ系の香りがふわっと舞い、鼻腔をくすぐる。
「ごみ捨てに行ったっきり戻ってこないと思ったら……なに、知り合い?」
いつもより音程を落とした声で尋ねながら、彼女たちに視線を向ける常磐。
睨むのはさすがにやり過ぎじゃ……と止めようとしたけれど、彼女たちにとってはファンサービスみたいなものだったらしい。浮ついた様子でずいっと距離を詰めてきた。
「す、涼先輩!」
「えっと、わたしたち藍ちゃん先輩のファンで――」
「あぁそう。七瀬、帰ろ」
常磐から質問したくせにこれ以上聞くことはないと言わんばかりに180度方向転換をきめ、救出、もとい回収される。
おれとしてはありがたいけれど、彼女たちが悪気をもって話しかけてきたわけじゃないとわかっているので、少しだけ申し訳なく思う。でもそれは杞憂だったようで、肩越しに振り返って見た彼女らはなにやら抱きあって喜びを分かち合っていた。
あの様子なら大丈夫そうと安心し、今度は上目がちに常磐を見やる。
「常磐。このまま帰るのはいいけど1回教室寄って荷物取らなきゃ」
「もう持ってる」
「えっ嘘」
ほら、と差し出してきた左手には、確かに2人分のスクールバッグが握られていた。
「おーさすが。ありがと」
おれの分を受け取ると、肩に回されていた腕もスルッと離された。
布越しに伝わってきていた重さとぬくもりがなくなるのはさびしいと素直に言えるわけもなく。
「さっきのこともありがと」
ただ、さっき助けてくれたことに対する感謝を伝えるに留めた。
「べつに、いつものことだし」と素っ気なく返してくるのがすごく常磐らしくて、つい笑みがこぼれた。
常磐との出会いは高校に入学して間もない頃。
昇降口で女の先輩4、5人に囲まれ「インスタ交換しよ」とか「一緒に帰ろうよ」とか「彼女いる〜?」みたいなことを口々に言われ、困り果てていたとき。
藁にもすがる思いでたまたま通りかかった男子生徒の腕にぎゅっと抱きついて、苦し紛れにこう叫んだんだ。
「あのっ、おれこの人と一緒に帰る約束してるんで……!!」と。
必死すぎて思い出すだけでも恥ずかしい。
でもそれがきっかけで常磐との出会えたわけだから、まるっきり黒歴史というわけではない。
常磐にしてみればふつーに帰ろうとしただけなのによくわからない男子にいきなり抱きつかれ、よくわからない出来事に巻き込まれたのだから不運以外のなにものでもないはずなのに。話を合わせてくれただけじゃなく、一緒に帰りながらおれの事情を話すと「じゃあ俺といれば。クラス一緒だし」と受け入れてくれたのだ。あのときの心情を、なんといえばいいか。まるで月が自分にだけひかりを向けてくれたような高揚感をよく覚えている。
それ以来、学年が上がってもずっとおれを守り続けてくれている。
ほら、今だって。
「あ、藍ちゃーん!」
「藍"ちゃん"って呼ぶな」
「え〜涼くん厳し」
渡り廊下で絡んできた女の子集団を簡単にあしらってくれた。
常盤は本当になんてことないようにおれを守る。ちょっとくらい見返りを求めてきたっていいのに。例えば、コンビニのアイスを俺に奢らせるとか。
「七瀬、まだ悩んでんの?」
アイスケースの前で悶々としていると、いつものアイスを手に取った常盤がおれの顔を覗き込んできた。頭と頭が当たりそうな距離に心臓が跳ねる。
「そ、そう。いつものもいいなって思うけどたまには違うのにしようかなって」
「ふーん。じゃ、先レジ並んどくわ」
「おっけー」
俺が親指と人差し指で丸を作り常盤が背を向けたところで深く息を吐きだした。
さすがに不意打ちは心臓に悪い。余計な感情まで顔に出ていなかっただろうかと心配しつつ、もう一度深呼吸してから飲むアイスを手に取った。
会計を済ませコンビニからでると、常盤はすでにカップ入りのかち割り氷をつまんでいた。その隣に並び、飲むアイスのキャップを外した。
名は体を表すとはよく言ったもので、木陰のような涼しさを纏う横顔をちらりと盗み見る。あぁ、やっぱり綺麗だなんて思いながら。
――おれが好きだと言ったらどんな顔するんだろう。
ありもしない未来を想像をしてしまう。
常盤のことは花が咲くのおんなじように、気づいたときにはもう、好きで、大好きで。
でも、常盤を困らせることだけはしたくないから、この気持ちを伝えない。そう決めている。べつにどうにかなりたいわけじゃないし。
ただ、放課後、コンビニに寄ってアイスを食べる。
この時間だけ、おまえはおれのもの。――なんてね。
たまたま始まったこの習慣。アイスを食べ終われば後は帰宅するだけ。だから少しでも長く一緒にいられるように溶けるまで待たなければならない飲むアイスを選んだというのに、夏の暑さにやられ、すでにふにゃふにゃになっていた。作戦失敗と仕方なしに飲み口を口に運ぶ。すると今度は常盤がおれのことを見ていることに気づいた。なにやら怪訝な顔をしている。
「さっきからちらちら見てくるのなに? なんかついてる?」
「いや、おれもおまえも女の子寄りの名前してんのになんでおれは『藍ちゃん』でおまえは『涼くん』なんだろって思って」
テキトーに思いついた話題を振ると、常盤は「あーね」と言いながら、溶けてただの水分と化したかち割り氷を一気に流し込んだ。
「そりゃ俺と比べてお前は、なんつーか……」
「なんだよ」
「麗しい、から?」
「――は?」
麗しい?
日常生活でめったに聞かない単語に、思考が疑問符で埋めつくされる。
さらに常磐が目を丸くするおれなんてお構いなしに「どうやったらそのアイスがほっぺにつくんだよ」とハンカチで拭ってくるものだから余計意味がわからなくなる。
「なんか顔赤くね? 熱中症?」
「違うからほっといて」
顔を逸らして答えるも、その声は掠れていて動揺していることが丸わかりだった。それでも、かろうじて言葉を紡ぐ。
「麗しいって……どういう意味?」
「え、知らねーの?」
「単語の意味訊いてんじゃねーよ」
釣られて雑な口調で返すと、常盤はくしゃっと笑った。教室では見られない笑顔に心を掴まれる。いつもよりなんだか幼く見えて。そんな常磐をおれが独占していると思うと、渇きが癒えていくようだった。
一通り笑った常磐は、余韻を残したままおれに向かって手を伸ばしてきた。そして壊れ物を扱うときのようにそっと触れる。
「色素の薄い髪と白い肌。長いまつ毛。口元のほくろ」
次々とあげられるおれの特徴と、骨ばった手の感触。夏の暑さも相まって、白昼夢を見ているようだった。
常磐は最後におれの首元に顔を寄せた。
「あと、なんかいい匂いもするし。そういうところ」
きっと、常磐にとってこれはからかいの延長なのだと思う。だって伏し目がちにちいさく笑っているから。
でもおれにとっては効果絶大で。悔しいのに、ただ翻弄されることしかできなかった。
◇
常磐はモテる。とにかくモテる。それこそ、放課後おれを教室に残して呼び出された場所に行くくらい。
常磐が持てる理由はよくわかる。身長高いし手骨ばってるし黒髪はサラサラだし目はキリッとしててかっこいいし。それだけ容姿が整っている上に、おれが困ってたら絶対助けてくれるくらいやさしいのだから女の子が放っておかないのも無理はない。おれもそのひとりだと考えるとライバルの多さに気が滅入りそうになるので、見て見ぬふりを決め込む。
ひとり残された教室はもの寂しく、特にすることもないので、スクールバッグを枕替わりにしてうたた寝しよう。常磐が帰ってきたら起こしてくれるだろうと、目を瞑ろうとしたとき。
ガラッ、と扉が開く音がして、反射的に目をぎゅっと瞑った。
なんにもやましいことはないけれど、咄嗟に狸寝入りしてしまった手前急に起きるのはなんだか気まずい。できることなら早く出て行ってくれ。そう念じていると、足音がこちらに近づいてくるのがわかった。
――もしかして常磐?
なら起きても大丈夫かと起きようとしたけれど、それよりも先に頭に手が添えられ、硬直してしまった。
――え、な、な、なに……!!?
「やっぱり。七瀬寝てんのか」
騒がしいおれの心の中とは真逆の静かな声が落ちてきて、それが常磐のものだとわかると、また違った緊張が走った。常磐が寝てるって思うくらい顔に出ていないのはよかったけれど、依然として心臓はドッドッと激しく脈打っている。このままだと、バレるのも時間の問題じゃ……。
俺の動揺をなにも知らない常磐は、毛並みに沿ってゆっくり頭を撫でてくる。その手つきがあまりにもやさしいから、ドキドキの奥に安心感が芽生える。
頭を撫でられるのは幼いころ両親に撫でられて以来だ。つまり、大きくなってからはこれが初めて。
だんだんと緊張がほぐれていって、なんだか眠たくなってきた。このまま一睡するのもアリかもしれない。手から伝わる体温も気持ちよくて、ずっとこの時間が続いてほしいとすら思ってしまう。
――あれ、でもなんでおれ撫でられてるんだろ。
そう疑問に思ったときだった。
弾力のあるやわらかいものが、ふに、と押し当てられた。
――え。
バチッと目を開けると、常磐の端正な顔が鼻先が当たるくらい近くにあって。今なにをされたのか、疑念が確信に変わった。
常磐は目を丸くして数歩後ずさった。その拍子に机にぶつかりガタッと大きな音が鳴る。口が「七瀬……」と動くが声は出せていない。
「常磐、今のって」
「悪い、起こそうとしたら当たった」
「え」
おれが言い終わるよりも先に常盤が言葉を被せてきた。素っ気ない口調はいつもと変わらない。でも、態度に違和感しかなかった。明らかに焦っていて、突き放すような言い方だった。
常盤がスクールバックを持って背を向ける。その背中は、俺を待っていなかった。
「用事あるから、今日は先帰るわ。おつかれ」
「待っ――」
おれも制止もきかず、常盤はそのまま教室を後にした。
残されたのはやわらかい唇の感触だけ。そっと手で触れてみれば、さっきのは夢じゃなかったんだと実感させられた。でも、なんで。
なんで常盤はおれにキスしたんだろう。
魔が差したとか冗談でこんなことするような人じゃない。ただの欲求不満……でもないはず。それならおれじゃなくても告白してくれた女子の中からテキトーに選ぶだろう。
そんなんじゃなくて、わざわざおれにキスした理由。しかも、おれが寝ていると確信しての行動だとしたら、おのずと答えはひとつに導かれた。
――おれのことが好きだから?
いや、早まるな。そんなのただの希望的観測に過ぎない。
冷静なおれと興奮気味のおれを行ったり来たりして頭が沸騰しそうになる。
どのみち、真相を知っているのは常盤だけ。
明日本人に訊いてみないことにはなにも始まらない。
そう思い立ち上がろうとしたけれど、あまりにも衝撃的な出来事だったからか腰がぬけており、しばらく教室の中で悶えるはめになった。
◇
「お、おはよー、常盤」
「はよ」
昨日のことを思い出しぎこちない挨拶をしたおれとは対照的に、何事もなかったかのように返してた常盤。ポーカーフェイスがうまいのは知っているけれど、ここまで変化がないと常磐にとって昨日のことは大したことじゃないのかなと不安になってしまう。
どう切り出そうかとしり込みしている間に、常磐は後ろの男子と話し始めてしまった。
クラス、いや学年全体で常磐とおれは2人組みたいな扱いを受けているけれど、なにもずっとふたりきりでいるわけじゃない。他の男子を交えて会話することが大半で、正真正銘ふたりきりになるのは下校のときくらい。
元々そんな感じだから気にすることじゃないってわかってる。
でも、おれのことなんて視界に入れず後ろのやつと話す常磐を見ると胸が痛んだ。まるで昨日のことには触れるなと言われているみたいだった。
その後もふたりきりになれるようさりげなく動いてみたものの、どれも上手くいかなかった。いつもは他の誰かが話しかけてきてから話すのに、今日は常磐から話しかけていることの方が多かった気がする。
――もしかして、避けられてる……?
そんな不安が脳裏をよぎり、急に怖くなった。
昨日のことを訊くということは、その答えがなんであれ、おれらの関係に変化を与えるということ。
良い方向に転べばいいけれど、拗れてしまえば今まで通りふたりでいられなくなるかもしらない。そんなの、嫌だ。
世の中何事もはっきりさせることが正しいとは限らない。時にはうやむやにしておく方が人間関係はうまくいく。
だったらこのままなにも言わない方がいいのかな。常磐だって掘り返してほしくなさそうだし。でも、このまま微妙な距離感でいるも、苦しい。
いろんな考えが絡み合って縛られ、身動きが取れなくなっても、時間は平等に過ぎていく。
とうとうなにも言えないまま掃除を終え、教室に戻っていたとき。
「涼くんってさー、やっぱ藍ちゃんにガチなん?」
「は?」
曲がり角から女の子たちが常磐に絡んでいる声が聞こえた。
話題が話題なだけにこのまま出て行くわけにもいかず、咄嗟に壁に隠れて様子をうかがう。
「や、だって昨日藍ちゃんにキスしてなかった!?」
え、と漏れそうになった声を手で塞いで抑える。まさか昨日のあれを見られていたなんて。
「うちらたまたま教室の前通ったとき見ちゃったんだよね〜」
「てかてか、内緒で付き合ってたりする!?」
「それか涼くんの片思い?」
女の子たちの茶化したような声に、足がすくんで一歩も動けなくなった。心臓がバクバクとなにかに追われているように暴れ、冷や汗が背中を伝う。
おれは昔から、女の子の遠慮もなしに人の心に詰め寄ってくるところが怖い。
ちょっとやそっとのことで恋愛に結びつけて「◯◯のこと好きなの?」って勘ぐってくる。中には自分のことが好きだと勘違いして周りに両思いだと言いふらしている子もいたし、「わたしと✕✕、どっちが好きなの!?」と問い詰められきた子もいた。
高校では「藍ちゃん」なんて呼ばれてインフルエンサーみたいな扱いを受けている。悪感情を持たれるよりはマシだけど、それでもしんどいときはしんどい。
女の子は苦手。それはこの先もずっと変わらないと思う。
だから極力関わらずに生きていきたい、けど――。
「あれは、ただの事故だから……!」
守られてばっかりいるのは、違うんじゃないかな。
おれがいきなり飛び出してきたことで、女の子たちだけじゃなく常磐まで驚いた顔でおれを見た。でもそんなこと気にする余裕なんてなくて。
初対面のときのように常磐の腕にしがみついた。
「それに、片思いしてるの、おれの方だから!!」
半ば叫ぶように宣言すると、ややあって常磐が口を開いた。
「……本気で言ってる?」
「あ、」
常磐の言葉で自身の過ちに気づき、血の気が引いた。
勢いあまって言ってしまった。ただ昨日のキスが事故ってことだけ伝えればよかったのに。
どうしよう。もう取り返しがつかない。おれの気持ちが、常磐に知られて――。
「わっ」
グイッと腰を抱き寄せられたかと思えば、唇を塞がれた。
「えっ、なっ……!」
「俺も七瀬のこと好き」
そう告げる常磐は、見たことないくらいやさしい表情を浮かべていた。
おれは胸がきゅって切なくないて、なぜか泣きそうになった。
常磐はそんなおれを宥めるように頭をぽんぽんっと撫でたあと、顔だけ女の子たちに向けた。
「そういうことだから。わかった?」
いつもの静かな声とは違って、どこか弾んでいて自慢げだった。そして抱きしめる腕を離し、代わりにおれの腕を引いた。
「帰ろ、七瀬」
その反対の手にはスクールバッグが握られていた。
おれと一緒に帰るつもりだったのだと知れて、心があたたかくなった。
残された女の子たちはというと、「ふたりともお幸せにね〜」と手を振っていた。
女の子は苦手。だって怖いから。
でも頑張って勇気をだしてみたら、案外怖くないかもって思えた。
それもこれも常磐がずっと守り続けてくれたおかげだ。
ひとりだったらとても気づけなかったこととたしかなぬくもりを抱え、校門をくぐり抜けた。
◇
「……さっき、ありがとう」
学校から1番近い歩道橋を渡り終えたところで常磐がぽつりと呟いた。
「え?」
「女子苦手なくせに俺のこと助けてくれただろ」
「あぁ、あれ……」
ほとんど叫んだだけだったけれど、それを助けたと言えるんだろうか。でも改めてお礼を言われるとうれしくて、頬が熱くなった。
「べつに、いつもおまえにしてもらってることだし」
「あと、今日1日ごめんな。昨日のこと七瀬に訊かれたらうまく答えられる自信なくて、ちょっと避けてた」
申し訳なさそうに目を伏せるな常磐を見ていると、なんだかおれの方が胸が痛くなる。だから常磐が抱える罪悪感を少しでも軽くしたくて、ふるふると首を振った。
「ううん。それより……こんなこと訊いていいのかわかんないけど、いつから?」
「なにが?」
「おれのこと……その、好きになったの」
自分で言い出したくせに途中で恥ずかしくなって最後の方は掠れてしまった。それでも常磐は聞き取ってくれたようで、顔をこちらに寄せておれの目をまっすぐ捉えた。
「初対面で抱きつかれたときから」
「えっ!?」
驚きのあまり後ずさると、常磐はくすっと笑った。
「ぷるぷる震えながら助けを求めてきた七瀬がかわいくて、あー俺が守んないとなって思――」
「あああ待って待ってそこまで! そこまで!!」
おれの失態まですらすらと話し始めるものだから慌てて手で口を塞ぐと、常磐はその手をとってするりと繋いできた。しかも、恋人繋ぎで。
あまりに自然な動作に反応が一拍遅れる。
夏の暑さのせいか、慣れない状況に対するかすかな緊張のせいか、手がじんわりと汗ばんできた。手汗の多さと知られないよう今すぐにでも拭き取りたいけれど、一度繋いだ手を離したくもなくて。
ジレンマを抱えながら信号を渡ったところで、いつものコンビニが見えた。
このままいつものようにアイスを食べ、解散することになるだろう。
それでも今日は、いつもより一緒にいられる気がした。
〈了〉



