幸せな時間をくれたあなたへ

夏休みになってからは、ずっと三浦君と会えない日が続いた。
 今はスマホで連絡先を交換すれば、いつでもどこでも繋がれる。
 でもその頃はまだガラケーすらなくて。
 電話番号を知っていたって、固定電話で連絡すると親がでてきて、それだけで緊張した。
 もちろん、三浦君の家の電話番号なんて知らないから、そんなことさえできない。

 お互いに部活動はやっていなかったから、学校に行くこともない。
 
 ふと思い立って、制服を着て学校へ行ったんだ。
 そこへ行ったって、彼はいない。
 でも、同じ時間を過ごした場所、そこにいられることで、ちょっとは気持ちが軽くなるかな。
 そんな軽い思いつきだった。

 遠くから運動部のかけ声が聞こえる。
 蝉時雨が高く鳴って、夏の青空の中へと消えていく。

 だれもいない教室に入って、ほっと溜息をつく。
 いつもはあんなに賑やかなのに、今はこんなに静かなんだね。
 三浦君の机の脇に立って、指先でそれをそっとなぞった。

 と、突然に、扉がガラリと開いた。

「……あれ? 久保田さん?」

「み……三浦君!! なんで……!?」

 入ってきたのは、制服姿の三浦君だった。
 毛穴から心臓が飛び出しそうになって、慌てて指を引っ込めた。
 
「宿題をしようと思ったんだけど、参考書が見当たらなかったんだ。だから、学校に置きっぱなしだったかなって思って、探しに来たんだ」

「そ、そうなんだ。そそっかしいね。あははは!」

「まあね。そういう久保田さんは、なんでここにいるんだ?」

「私は……えっと……」

 どうしよう、答えに困る。
 まさか、あなたに会えるかもって想ってだなんて、口が爆発したって言えない。

「私も、同じだよ。ちょっと忘れ物をして。えへへ」

「そっか。久保さんも俺と同じ、そそっかしいな」

 三浦君と同じ……その言葉だけで、なんだか心が躍った。
 それより、こんな偶然ってある?
 今回は運命の神様が、私に味方をしてくれたんだ。

「で、探し物は見つかったのか?」

「う、うん。大丈夫だよ!」

「そっか、良かったな。俺の方はどうかな」

 机の中やロッカーを、ごそごそと引っかき回す三浦君。

「見つからないや。もっかい家に帰って探すかなあ」

 ばつが悪そうな顔で頭を掻く姿が、なんだか可愛い。

「じゃあ俺、帰るわ」

「あ、うん……」

 そっか、そうだよね。
 用事が済んだら帰るよね。
 それは分かってる。けど……
 彼が出て行った教室で一人きりになって、また彼の机を撫でた。
 一目だけでも会えたんだ、そのことに感謝しよう。
 そう思い直して顎を上げると、

『ガラっ!!』

「わっ!?」

 また扉が開いて、そこに三浦君がいたんだ。

「あ、あのさ、久保田さん……」

「……なに……?」

「俺、英語の成績が上がったんだ。久保田さんに教えてもらったお陰だよ。だから……」

「……うん……」

「なにか、お礼がしたい」

 真っ赤な顔ね。
 でもそれはきっと、私も同じだった。
 胸の鼓動が痛くて、顔がとっても熱くて。

「うん……ありがとう……」

 素直に口から洩れて、一緒に並んで、人がいない静かな廊下を歩いた。
 本当は、お礼なんかいらなかったんだ。
 ただ三浦君と、同じ時間を過ごせたら。

「えっと、ここでいいかな? コーヒーが飲みたくなった時、たまに来るんだよ」

「あ、うん……」
 
 夏の日差しが眩しい。
 通学路の脇にあった喫茶店に入って、せっかく二人きりなのに、あまり喋れない時間を過ごしたっけ。
 でも私にとっては、珠玉のひと時に感じていたんだよ。
 ずっとこの時間が続いてくれないかなって想いながら。

 やがて、夏の暑さがまだ残る季節に、文化祭の準備が始まった。
 私たちのクラスの出し物はお化け屋敷。
 私も三浦君も、裏方の仕事だった。
 毎日遅くまで残って、絵の具で絵を描いたっけ。
 お墓の絵とか、古いお寺の絵とか、看板とかね。

「上手だな、久保田さんは」

「そうかな。でも、絵を描くのは好きなんだよ」

「俺はダメだ。こういうのは苦手だ」

 確かに、三浦君はあんまり上手じゃなかった。
 色の使い方もおかしいし、変なとこがはみ出しているし。

「ここはもうちょっと、暗い感じの色の方がいいよ」

「……そっか、そんなものかな」

 慣れない筆遣いだけど、でも丁寧に直していく三浦君。
 ぶっきらぼうに見えても、真面目なんだ。
 二人で肩を寄せ合って、同じ絵を紡いでいく。
 こんな時間が、何だか愛おしい。

「久保田さ~ん、それが出来たら、こっちもお願い!」

「は~い。じゃあ私、行くね」

「ああ。ありがとな」

 もっと傍にいたかったけれど、他にも沢山やることがあった。
 みんなで走り回って、ワイワイと騒いで、暗い夜道を一緒に帰った。
 三浦君はいつも無口で、一番後ろからついて来ていたっけ。
 かく言う私だって、似たようなものだったんだけど。

「お墓の絵、上手にできてたよ」

「そうかな。ありがとう、久保田さんが教えてくれたお陰だよ」

 たまに見せてくれる、照れたような笑顔が嬉しくて。

「なあ、腹減らない? たまにはファミレスでも寄ってかないか?」
「あ、いいわね、それ賛成!」
「おう、行こうぜ行こうぜ!! なあみんな!?」

 クラスの子が、そんな言葉で盛り上がっている。

「ねえ、三浦君はどうするの?」

「俺はどっちでもいいかな。久保田さんはどうするのさ?」

 三浦君は、あんまり乗り気じゃないみたい。
 でも楽しそうだな、たまにはこんなのも。

「い、行ってみようよ、せっかくだからさ! お腹も減ってるし」

「……そだな。じゃあ、そうしようかな」

 二人で一緒に帰ろうって言うことだってできたけど、それを口にする勇気はなかった。
 それに、みんなとの時間も大切にしたいって思った。
 きっとこんな時間だって、今しかないかもって思ったから。
 その夜は遅くまで、ファミレスで騒いだっけな。

 三浦君はご飯を食べた後、ずっとチビチビとメロンソーダを飲んでいるだけだったけど。
 でも、口元はちょっとだけ笑ってた。
 みんながいるからあまり話しかけられなかったけれど、同じ時間を過ごしているんだなって思えて、嬉しかったよ。

 文化祭の当日は、どこの教室も、人でいっぱいだった。
 私たちのお化け屋敷も忙しくって、裏方の私たちも、呼び込みをしたり、看板を持って立ったり。

「朝美~、一緒に回ろうよお!」

「あ、うん!」

 みんなで順番に、他の場所を見て回ることになっていた。
 三浦君は……今は校庭で、看板を持って立っているんだっけ。

 一緒に回りたかったけど、それは叶わなかった。
 次はどうかな、いつか一緒に見て回りたいな。
 笑い声が弾ける学校の中で、そんなことを想ったっけ。