俺の親友はまだゾンビじゃない



 懐かしい夢を見た。まだ学校に行けていて、横路と珍しく長話して、沢谷といつものように昼飯を食ってた。
 たった一年前の出来事なのに、遠い夢のようだ。
 そんな過去の夢を見た時は、さすがに虚しい気分になる。学校はゾンビの巣窟だし、横路や実家の家族は行方知れず。沢谷のことだって、生きていると思いながら何の連絡もなかった——んだが。

「今はうちに居るんだよなぁ」

 デカい黒猫のような寝相を見ながら、俺は確信した。
 沢谷は朝が弱い、と。
 どうやら毎朝、沢谷を起こすことが朝のルーティンになりそうだ。沢谷の弱点を一つ握ったかのような気分になりながら、沢谷を見ていると目が合った。

「起きてんのかい!」
「ん? おはよう、水野……」
「おう、おはよう。沢谷。
 ……なあ、腹減ってる?」
「うーん? まだ大丈夫」

 起き上がって伸びをする沢谷の足元を通り、廊下を通って玄関まで歩く。そこに鎮座するのは、昨日いろいろあって手に入れた配給物資の入ったミニコンテナボックスだ。
 
「そういえば中身、見てなかったね」
「だろ?」

 斜め後ろに立つ沢谷。そういえばコイツの配給物資ってどうなってるんだろうな。配給日の17時までに取りに来ない配給物資は、ドローンで回収されるって話だが。
 考えながら、ミニコンテナボックスを開ける。
 主に入っているのは、日持ちする野菜や米にレトルト食品。
 たまに食パンなんかのパン類も入っていて、そういう時はレアカードを見つけた気分になる。
 今回は——

「インスタントコーヒー?」

 ビニール製のいわゆる詰め替えパックを掲げると斜め後ろから、拍手が聞こえてきた。

「初めて見た。レアものだ」
「へー。……コーヒーフレッシュとガムシロップもあるぞ!?」
「アイスコーヒーにしよう」
「沢谷さん?」
「アイスコーヒー、作ってください」

 あの沢谷が一歩近づいてくる。コーヒーが好きだとは知っていたが、理性がちょっと溶けかけるまでとは思わなかった。もしかしたら、コーヒーを飲むのが数か月ぶりなのかも知れない。
 俺は朝飯にアイスコーヒーを作ることを約束してから、米袋を見た。うち炊飯器がないんだよな。また鍋で炊くしかあるまいか。
 冷蔵庫の中を思い浮かべる。
 ベーコン……昨日の昼に食べた。
 そういえば、スパムが缶詰であったな。
 あとは——そうだ。米が入ってるってことは、アレも入ってる可能性が高い。

「あるならやっぱり米袋の隣……お?」

 手が止まる。しばらくソレをじっと眺めていると、斜め後ろから心配そうな声がした。
 
「水野?」
「……あ、いや。なんでもない」 

 咄嗟にソレを米袋の影に隠す。焼きのりはジャガイモの下で潰れていた。ジャガイモを退かして焼きのりの袋を取り出してみる。——ちょっと海苔は破けてるが、これくらいなら大丈夫だろ。

「とりあえず白米、炊くか」
「炊飯器あったっけ?」
「ねぇよ。だから鍋炊きだ。すこし時間かかるぞ」

 鍋と計量カップを持ってきて、三合分の米を鍋に入れる。キッチンに移動して米を洗う。米を炊く時はいつものんびりと一時間ほど浸水させていたが、今日は沢谷もいるし浸水なしだ。
 水をきちんと計って、コンロに火をつける。
 ……よし、あとはとりあえず待つだけだ。
 視線を感じて振り向けば、8畳部屋に移動していた沢谷が目をくるくる回しながらこっちを見ていた。
 
「なんだ?」
「水野が、ご飯を炊いてる……」
「いやさすがに自炊にも慣れたしな」
「炊飯器のスイッチを押し忘れてた水野が」
「それは中一の時の話だろ!?」

 炊飯器の蓋を開けてみれば、水の中に生米が鎮座していた光景はなかなか忘れられるものじゃない。ちなみにその時はカレーライスを作っていて、沢谷は同じグループの女子たちとたいそう美味いカレーを作りあげていた。

「俺も成長するってことだ」
「俺がよそのグループから、炊きたての白米をもらってきてあげてたのに」
「素直に俺の成長を喜べぇ!」
「すごいよ。たくさん頑張ったんだね」
「それ親戚の幼児への褒め方だからな!? とりあえずありがとよ!」

 話をしている間にちょうど十五分経った。火を止めて蓋を開けてみる。……うん、ちゃんと炊けてるな。
 俺がドヤ顔で炊きたての白米を見せれば、沢谷は拍手してくれた。まあ、許してやるか。
 つぎはスパムの缶詰を開けて、スパムを適当な大きさに切る。ラップがもったいないから、手をよく洗ってから素手でおにぎりを握った。あつあつのスパムおにぎりに焼きのりを巻いて完成だ。
 つぎはアイスコーヒーだ。お湯を沸かして、冷凍庫を見てみる。氷はあるな。
 お湯が沸いたら、コップにインスタントコーヒーを入れて溶かす。ここまで来たらもうできたも同然だ。

「コーヒーフレッシュとガムシロップ、いるか?」
「どっちもいります」

 沢谷の声が僅かに声が弾んでる。やべぇぞ、アイスコーヒー。お前への沢谷の期待が、一杯数千円の本格コーヒー並みだ。
 ——ちゃんと味がするのだろうか。そんな野暮なツッコミは今だけは無視した。期待が高ければ高いほど、落胆も大きいだろうが、そんなことは沢谷だって分かっているはずだ。
 俺は昨日発掘したプラスチックのおぼんへ、スパムおにぎりの載った皿とアイスコーヒーの入ったコップを二つずつ載せた。
 
「できたぞ」
「うん」
「うわ、目の輝きが違う」
「うん」

 首振り人形になってる沢谷の前に、アイスコーヒーとスパムおにぎりを置く。もちろんコーヒーフレッシュとガムシロップも忘れずに、だ。
 沢谷はワクワクを隠せない顔で、コーヒーフレッシュとガムシロップをコップに入れて混ぜる。それからしっかりとコップを両手で持って、沢谷はコップを口元に傾けた。
 カランと氷の音がした。ついで床に転がる鈍いガラスの音。淡い灰色のひんやりマットの上に、黒い液体が流れていく。
 沢谷は呆然とそれを眺めてから、カーペットの上を流れるコーヒーを飲もうとした。
 
「沢谷!!」

 テーブル越しに沢谷の肩を掴む。沢谷が顔をあげた。
 目が光る。赤い——違う! 黒い瞳に俺の顔が映っている。

「水野」
「俺のをやるから、今度はもうちょっとゆっくり飲め」
「……水野」
「それとも作り直すか? うん、それがいい」
「近いよ」

 氷のように冷たいのに、熱湯のような熱さを感じる声だった。呆気にとられている間に、沢谷の身体が離れていく。部屋の敷居を跨いだとき、もしかして出ていくんじゃないかと思ったが、沢谷は脱衣所からタオルを持ってきただけだった。

「ごめん、汚しちゃって」
「……あんまり気にするな。これ、洗えるし」
「そうなんだ」

 淡々とした会話が続く。掃除を終えると沢谷は、何事もなかったかのように席についた。そしてスパムおにぎりを口に運ぶ。

「美味しい」
「……そうか」
「水野も食べなよ」
「おう」

 俺もスパムおにぎりを食べる。米がすこし固い。炊きすぎたのか、時間が足りなかったのか。
 だが沢谷はそんなことは何も言わずに、スパムおにぎりを完食していた。