青春18きっぷ、文学少女の乱読旅行記

 彼のネクタイは少し歪み、シャツの襟元からは、真面目そうな白い肌が覗いている。けれど、資料をめくる指先は小さく震えていた。緊張か、それとも疲労か。

「あの……。そんなに根詰めて読んだら、酔っちゃいますよ?」

 私は、最高級の「よそ行き」の標準語で声をかけた。
 青年が驚いて顔を上げる。彼の目に、窓からの光を背負い、ドレスの裾から白い脚を覗かせた私の姿が飛び込んだ。

「あ、えっと……。すみません、急ぎの資料で」
「就職活動ですか? 大変ですね、こんなに暑いのに」

 私は微笑みながら、自分の向かい側の席をトントンと叩いた。

「こっち、風が通りますよ。冷房の吹き出し口の真下なんです」

 誘いに抗えるはずもなかった。青年は、吸い寄せられるように私の向かい側に座った。狭いボックス席。二人の膝が、触れそうで触れない距離に近づく。

 列車が大きく揺れた。

 その拍子に、青年の資料が床に滑り落ちる。私は彼よりも早く身を乗り出し、それを拾い上げた。

「あ、すみません……っ」
「いいですよ。……あ、これ。御社の強み、ですか?」

 拾い上げる際、私のドレスの胸元が、彼の目の前で大きくしなった。
 至近距離で晒される、真っ白な乳房の膨らみと、シルクのレース。

 青年の息が止まるのが分かった。資料を返す際、私は彼の指先に、自分の指をそっと重ねた。

「頑張ってくださいね。お疲れなら……少し、肩の力を抜いてもいいんじゃないですか?」

 標準語で囁きながら、テーブルの下で、私の素足を彼のスラックスの膝に、そっと押し当てた。
 ガタゴト、と振動が激しくなる。

「……誰にも見えてませんよ。トンネル、また来ますから」

 鈍行列車という名のアンソロジー、その第一章は、まだ始まったばかり。