青春18きっぷ、文学少女の乱読旅行記

 私の斜め向かいのボックス席に座っていたのは、チェックのシャツに眼鏡をかけた、ひどく純朴そうな少年だった。

 手元には分厚い理系の専門書と、真新しいノート。

 大きなリュックサックの脇には、初めての一人旅なのだろう、折り目のついたガイドブックが几帳面に差し込まれている。

 年齢は十八か十九。女性の視線慣れしていないその横顔は、あまりにも無防備で、あまりにも清潔だった。

(……見ぃつけた。最後の、真っ白な原稿用紙)

 私はストールを少しだけずらし、首筋の痛々しい噛み跡をわざと晒した。

 そして、ふらりと立ち上がると、列車の揺れによろめくふりをして、彼が座るボックス席へと倒れ込んだ。

「きゃっ……!」
「うわっ……! だ、大丈夫ですか!?」

 少年が慌てて私の身体を支える。

 彼の腕に、私の胸の柔らかさが押し当てられる。少年が息を呑み、顔を一瞬で林檎のように真っ赤にした。

「ごめんなさい……っ。少し、貧血を起こしてしまって……」

 私は弱々しく微笑み、彼の隣のシートに腰を下ろした。
 声は、消え入りそうなほど可憐な標準語。

「あ、あの、水、飲みますか? 僕、ペットボトルの未開封のやつ持ってますから!」

 慌てふためく少年の、あまりの誠実さに、私の心の中で黒い悦虐の笑みが広がる。

「ありがとう。優しいんですね、君。……私、シィカって言います。君は?」
「あ、僕……透(とおる)です。京都の大学の、一回生で……」
「透くん。……ねえ、透くんは、大人の女の人の体温って、知ってる?」

 透が目を見開いた。
 私は彼の手を取り、自分のドレスの裾から、生暖かい太ももの内側へと滑り込ませた。

「ひっ……! あ、あの……!?」
「しーっ。声を出したら、前の車両の人に見つかっちゃうよ」

 私は彼の耳元に唇を寄せ、甘く湿った息を吹きかけた。

「私、悪い男の人に傷つけられて、すごく寒いの。……透くんのその綺麗な手で、私を温め直してくれない?」