青春18きっぷ、文学少女の乱読旅行記

 山陽本線の黄色い電車を降りた瞬間、瀬戸内の暴力的な陽光が私を射抜いた。
 海と山に挟まれた細長い街、尾道。

 石段の続く坂道を上るたびに、背中を大胆に露出した黒のキャミソールドレスが、じっとりと汗を吸い上げて肌に張り付く。冷房で冷えた電車の座席から解き放たれ、私の身体は再び真夏の熱気を貪欲に吸い込んでいた。

「……あかん、暑すぎる。階段、何段あんねんこれ」

 額の汗を手の甲で拭いながら、荒い息を吐く。

 胸元が上下し、汗の粒が白い谷間を滑り落ちていく。ふと、微かな機械音が耳に届いた。

 ――カシャ。

 小さく、けれど鋭いシャッター音。

 驚いて視線を上げると、坂の踊り場にある木陰に、一人の男が立っていた。
 首から提げているのは、黒光りする古いライカのレンジファインダー。

 リネンの開襟シャツにパナマ帽を被り、涼しげな目元に薄い笑みを浮かべた都会的な男。年齢は二十代後半といったところか。

「勝手に撮らないでいただけますか?」

 私は眉をひそめ、すかさず完璧な「よそ行き」の標準語で咎めた。胸元を手で隠す仕草を添えて、清楚な女子大生の警戒心を演じる。

 だが、男は悪びれる様子もなく、カメラを下ろすと静かに微笑んだ。

「すまない。でも、あまりに完璧な構図だったから。白昼の坂道、汗ばんだ肌、そして――今にも誰かに貪られたがっているような、無防備な背中」
「……なっ、失礼ですね」
「失礼かな? 君こそ、その服、誰に見せるために着ているの?」
 男はゆっくりと石段を降りてきた。

 彼の纏う空気は、城崎の青年のような稚拙さも、鳥取の漁師のような粗野さも、松江の元教師のような湿り気もなかった。どこまでも乾いていて、洗練されていて、底知れない冷たさを秘めている。

「僕は蓮見(はすみ)。東京で雑誌の写真を撮ってる。君、一人旅?」
「……ええ。文学部の一人旅ですけど、ナンパならお断りします」
「文学部、ね」蓮見は私のボストンバッグから覗く文庫本の背表紙をちらりと見て、喉の奥でくつくつと笑った。「いいね。物語のヒロイン気取りの女の子は、レンズを通すと一番淫らに写るんだ」

 その言葉に、背筋を冷たいものが走った。

(……何この男。今までの連中と、文体が違いすぎる)

 不快感と同時に、下腹の奥がじわりと熱を帯びるのを、私は否定できなかった。