私×0.5+わたし×0.5=◎


「安藤さん、安藤さん」

 受付の女性が身を乗り出した。
 少し考え込んでいた為、名前が呼ばれたのに気がつかなかった。
 診察室で大泣きしていたであろう「サノさん」が、俯きがちに立っている。
 巨漢が一人で座席の一列を占拠している為、会計待ちの間、座れないのだ。
 私は、慌てて荷物を持って、診察室へと向った。

 そして新しい世界へと、足を踏み入れた。

 どうか漢字が帰ってきますように。

 先生は、壮年の男性だった。
 親しげに細められた際に出来た、目尻の皺に好感を持てる。
 それなのに私の足は竦んでしまってそこから動かない。
 どうすれば良いのだ。
 先生は籐で出来たかごに荷物を置いてと言う。

 ああ、そうだ。
 普通そうだ。

 心の中で何度も頷きながら、私は荷物を置いてから丸い椅子に座った。

「それで、どうしたのかな?」

 喉の奥が、引き攣れたように、答えた私の声は掠れていた。

「漢字が、突然理解できなくなりました」

「いつから?」

「三日前突然に、です」

「その前に何か、大きな変化とかありましたか?」

 カルテに何かを書きつけながら問う。

 大きな変化。
 ああ、あの日の朝から小説が読めなくなったのだ。

「その日の朝に、小説が読めないなあと思ったんですけど……疲れているのかと思って。でも、学校に行って教科書を開いたら、書かれてある漢字が、ぜんぶ真っ黒く塗りつぶされて見えたんです」

「ひらがなとかカタカナは判る?」

「はい。あと数字も。漢字以外は書く事ができます」

 先生はうんうん、と言いながらペンを走らせる。
 私は先生の書く文字がとても細かいのが気になり、手元をじっとみつめていた。

「他に何かあるかな、例えばやる気が出ないとか、直ぐ泣きたくなるとか」

 すぐ泣きたくなる。

「夜、なかなか眠れないとか、寝ても直ぐ起きてしまうとか」

 すぐ起きてしまう。

「最近すぐ泣いてしまいます。すぐ起きてしまいますし、ベッドに入ってから進路の事とか色々考えてしまって、なかなか寝付けません」

「色々って悩みとかかな?」

「いえ……」