しばらくして、母が何かプリントアウトした紙を手に戻ってくる。
「今日診てもらえるところ探してみよう。お母さん片っ端から電話するから」
あんまり優しい言葉に、私は情けなくてまた泣けてくる。
「私もする……」
数字は判るのだ。
ただ、漢字が使用されていたら、病院名も判らない。
でも数字は判るし電話を使う事も出来る。
母が蛍光ペンでぐるっと丸を描く。
そこに並ぶ電話番号にひたすら二人で電話した。
そして何十件目でようやく色よい答えが返ってくる。
『今日の午後四時半からなら、大丈夫です。予約取られますか?』
感じの良い女性の声だった。
丁度のタイミングでキャンセルが出たのだと云う。
「じゃあ宜しくお願いします」
『それではお待ちしておりますね』
さかもとメンタルクリニック。
その心療内科は、私の理解できる言葉で掲載されていた。
「四時半から予約とれた。さかもとメンタルクリニック。でも住所が読めない」
「どれどれ。――隣の市だね。駅前にあるみたい」
車を出そうかと言う母に、断った。
流石に小学生じゃあるまいし。
四駅先なんて、各駅停車に乗っても十分かからない。
掲載されていた簡単な地図を複合機でコピーして、電話番号もメモしておく。
ああ、これでどうにかなる。とその時は安堵したのだが、自分で考えているよりも、行った事の無い場所に行くのは大変だった。
考えてみれば、どっちが南口なのか判らない。
降車した瞬間脳裏に過ぎる。
が、よくよく考えてみると、漢字の下には必ず英語が表記されてあった。
私は外国人か。と自分に心の中で突っ込みをいれて、改札を出る。
地図を眺め、通りの数を数え、きちんと三本目の角を右に曲がった。
それなのに肝心の、さかもとメンタルクリニックが入っている金沢ビルが見つからない。
当然だった。
なぜならば今の私には、漢字が読めないのだ。
地図にはひらがなばかりの住所が書き込まれている。
母に読み上げてもらって自分で書いた。
腕時計を確認すると余裕を持って、家を出たにも関わらず、予約の時間まであと五分を切っていた。
今日、初めて知った事なのだけど、どこの心療内科も精神科も繁盛しているようで、もうこれを逃すと後は無い。
明日明後日を過ぎた週明け。
つまり月曜日には何が何でも学校に行きたい。
溜まっている課題や、受けそびれた小テストの事を考えると、憂鬱になる。
私は交差点で立ち止まり、電話した。
切羽詰った声になってしまった。
「すいません。近くまで来ていると思うのですが、場所がわからないんです!」
暑くも無いのに、掌に汗を掻いていた。
背中がじくじくと痛む。
『近くに何が見えますか?』
自動ドアーの向こうにATMが見える。
正面は銀行だ。
そして後ろを振り返った。靴が並んでいる。
「銀行と靴屋がある交差点に居ます」
『それなら、銀行の並びに金沢ビルがあります。三階が当院となっています』
半ばパニックになりかけていた私は、女性の言葉に心から感謝し、横断歩道を渡った。
そして、さかもとメンタルクリニックと書かれてある看板をようやく見つけた。
小さな建物だった。
ビルと言うより、マンションと言った方がしっくりくるじゃない。
内心で毒づいたものの、若干及び腰でその建物に入った。



