私×0.5+わたし×0.5=◎

 最初に気がついたのは、小説の一頁目から次の頁へと、当たり前のように紙を捲れない、という事実だった。
 文字を目で追っているはずなのに、ひらがなとカタカナの間に並ぶ画数の多い文字が、ただの黒い■にしか見えない。
 無理に次の頁に進んでみると、文章の意味がまったく頭に入ってきていないことに気づく。

 必然。
 元の頁に戻ってもう一度最初から文章を目で追っていく。

 印字された一文字一文字を丁寧になぞって、物語は確かに進んでいるのだが、ひらがなとカタカナばかりが浮かび上がってきて、ちっとも物語の情景が結ばれないのだ。

 疲れているのだろうと、本を閉じた。
 硬い座席の背凭れに背中を預けて、目を瞑る。

 お尻から伝わってくるのは規則的な振動。
 朝の通学ラッシュの車内は、驚くほど静かである。
 瞼の裏に残されていた陽光の残滓が次第に消えて行き、電車が地下へと潜った事を知らせた。

 通学には乗換えを含めて一時間と少し掛かる。
 高校生にしては多少長いほうだとは思っていたが、苦痛になるほどではなかった。
 私の乗車する駅は東京メトロへと続く私鉄の始発駅で、十分も並べば、悠々座席を得ることが出来るからだ。
 次第に混み合う車内の中、始発組のサラリーマンや学生達は、みな、一様にその時間を有意義に使っていた。
 書類を眺める者や、英単語帳を捲る手。
 スマートフォンを取り出してSNSのタイムラインをスワイプする者。
 読書をしている人間も多く居る。
 新書サイズの本だったり文庫だったり。
 駅の売店で購入した週刊誌を眺めている人も居る。

 かくいう私も断然、読書派だった。
 活字を読むのがともかく好きだった。
 否、好きになったというべきか。

 中学生の時、過酷な高校受験のプレッシャーから逃れるように突如読書に目覚め、児童文学にはじまりジュブナイル、ミステリ、純文学、現代小説、ホラー。
 悪食だと我ながら思うが、ともかく貪るように活字を読んだ。
 電子書籍もそれなりに読むけれど、矢張り、あの紙を捲る感覚が良い。
 今も暇さえあれば読んでいる。
 当然、一時間強の通学時間は絶好の読書タイム。
 行きと帰りを合わせて、ごく普通の文庫本サイズなら二日で読破できる。

 目を閉じてしまうと、する事が無い。
 まだ結末を迎えていない物語を、頭の中で再度組み立てるのは、もったい無いな。
 犯人が判ってからの、楽しみにとっておこう。

 次第に胡乱になる思考は、眠りへの予感だった。
 しかし降車駅が間も無くやって来る事を、車内アナウンスから知り、目を開けた。
 視界は、ほぼ暗い色のスーツや、近隣の高校のブレザーで占められている。
 乗降が数度繰り返されて、私は腰を上げた。