蛇に見初められた太郎さん

「んで、どこ行くの?」
 本当に嬉しいのか、全身で喜びを表している蛇沼を諌めていると、大型犬と接している気分になってくる。
「太郎さんはどこ行きたい?」
「どこ行きたい、か……」
 行き先は蛇沼に任せても良いのだが、きっと、こう聞くってことは僕の意思を尊重したいのだろうからここは僕なりに提案してみることにした。
「本が読めるカフェがあるんだけど、そこ行かない……?」
「なにそれ!行きたい!」
 興味があるか、一瞬不安になったが、意外と食いつきが良くて安心した。実際に着いても楽しめると良いのだが。
 今の場所からカフェへは徒歩で行ける距離なので歩き始める。カフェまでの道のりを話しながら歩いていると、話題は僕のことになりつつあったので、今日ずっと気になっていた事柄を切り出した。
「あのさ、蛇沼ってさ……」
「竜也って呼んで」
「あ、竜也ってさ、なんで僕のこと好きになったの?」
「え……」
「え?」
 僕が質問を投げかけた瞬間、竜也(そう呼んで欲しいらしい)が面食らった顔をしてそれに驚いた自分と顔を見合わせる。
「あ……ごめん、太郎さんがそこに興味あると思わなくて……嬉しくて……だから!決して理由がないとかではないから安心して!」
 僕のために焦って弁明している姿が、可愛くてついつい笑ってしまう。
「なに?何で笑ってるの」
「いや、なんか可愛くて」
「俺は可愛くないよ!可愛いのは太郎さんでしょ!」
 可愛い、って言われてムキになってるのもなんだか可愛くて。そうこうしているうちにカフェに着いたので理由は聞きそびれてしまったが、もうちょっと後でもいいのかな、と思えたのだった。
「見て、カップルサービスなんてやってるんだって」
 ここには何度か来ているが、カップルで入店すると、ドリンク一杯無料なんてサービスをやっているのが珍しくてまじまじと見てしまう。
「へぇ〜これ同性でも効くのかな」
 それを竜也にも共有すると、そう言いながら店に入っていく。
「え?なに?何しようとしてんの!?」
慌てて追いかけると、すでに人数を伝えてカップルサービスって……と聞いている最中だった。
「ちょ!竜也!僕らカップルじゃないし!」
 おかげで僕が割り込むと、店員さんがめちゃくちゃびっくりした顔をしていた。
(そうだよね……こんなイケメンの隣がオタクだなんて思わないもんね……しかも、カップルサービスのこと言い出すし……)
「同性だとダメなん……っ!」
「ほら!店員さん困ってるから、もう行くぞ!」
 竜也の口を塞いでカウンターから引き剥がし、手を引いて席まで連れて行くと、完全に拗ねた顔をした竜也が身を縮こめて席に座った。
「竜也、突っ走りすぎ」
「ご、ごめん……」
「そもそも僕らカップルじゃないから!」
「そ、そうでした……」
 僕に注意されている間、一八〇をゆうに超えるであろう長身を縮めて座っている竜也。落ち込みすぎて垂れ下がった耳と尻尾が見えてくるくらいだ。
「ここは俺が奢るから……許してっ!ね?」
「ま、まあいいけど……」
 こんなに可愛くおねだりされたら許さざるを得ない、と思う僕も余程、甘すぎるのだろう。和解した僕らがメニューを見始めると、なぜか店員さんが一杯のドリンクを持って僕らの席に来た。
「こちら、どうぞ」
「頼んでないですけど……」
「あ、こちらはカップルサービスです!同性の方々でも大丈夫ですので……ごゆっくりどうぞ〜」
 店員さんが去ったあと、嬉しそうな顔をした竜也と顔を見合わせた。
「んふふ」
「良かったね」
「ほんとに、嬉しい」
 カップルサービスのドリンクを前に屈託もなく笑う竜也を見たら同性とか異性とか、カップルとかカップルじゃないとか、もうどうでもいいか、と思うのだった。
「ね、一緒に飲も」
「え?僕はいいよ……」
 このドリンク、カップルサービスなだけあって一つのグラスにファンシーな色のドリンクが入っていてそれにハート型のダブルベッドストローが刺さっている、といういかにも顔を近づけて飲んでください、と言われているような代物なのだ。それを人目もある中で、飲むなんて……なんというか、恥ずかしい。
「俺だけで飲んでたらなんか変じゃん!」
「そ、そうかな?」
「そうだよ!」
 とぼけてなんとか回避しようとしても無理そうなので飲むことにしたが、恥ずかしい気持ちは健在なので、条件をつけてみたら恥ずかしくなくなるだろうか。
「の、飲むから……目瞑ってて!」
「分かった、瞑るよ?」
「うん……」
 同時にストローに口を付けて飲んでみる。竜也が目を瞑っているものの、顔自体は近いのでやはり恥ずかしくならないというのは無理なようだった。
「やっぱ、無理!」
 途中で恥ずかしさが限界突破して半量も飲みきらないうちに口を離してしまった。
「恥ずかしい?」
「うん……」
「じゃあ、太郎さんも瞑ったら?」
「あ、たしかに……?」
 竜也の提案通り、今度は両方が目を瞑って飲むことにした。再度、そのスタイルで挑戦してみると、あっという間に全量を飲みきってしまったようで、空を吸う音がした。
「飲みきった?」
「うん、目開けていいよ」
 ゆっくりと、目を開けていくと、目の前が少し暗くなっていてそのうち唇に柔らかいものが触れる。数秒してキスをされたのだと気づいて自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
「え……ちょ、なにしてんの」
「ごめん、我慢できなくなった」
 竜也の顔を見ると、僕が目を瞑るまでのわんこみたいな無邪気さはもうなくなっていて、あのスタジオの時みたいな鋭い視線に絡めとられて体が熱くなっていく。
「太郎さん、ごめん」
「え、ちょ!」
 それは何に対しての謝罪なのか、竜也は突然、僕の手首を掴んで(会計を手早く済ませて)店の外へ走り出した。
「誰にもその顔、見せないで」
 店を出てすぐ、そう言われて竜也が着ていた上着を僕に被せた。事態がいまいち飲み込めないまま走り続けて、街の様相がピンク色に変わっていくのだけが分かった。
「ど、どこ行くの……!?」
 明らかに街の雰囲気が健全から不健全へと変わった途端、歩を緩めた竜也にやっと、行き先を聞けた。
「……」
 その沈黙でどこに行くかが、分かったような分からないような、分かりたくないような。そんな気持ちだった。沈黙を貫く竜也はとあるホテルに僕の手を引いて入っていく。ホテル内に入ると、竜也が粛々と手続きを進めてあっという間に部屋まで来てしまった。
「嫌だったら、突き飛ばしていいから」
 ベッドに投げられて押し倒されながら深く口付けをされる。
(全然、嫌じゃない……!けど……)
 僕には竜也に一つ伝えてないことがあって、そのせいでこの行為がダメになる可能性があるのだ。一体どうなってしまうのだろう。