追憶の夏Ⅱ ~晩夏の誓い~

 俺は、2週間分の遅れを取り戻す勢いで探検活動に勤しんだ。
 京都で得た有力な情報、そして俺が打ち明けた神社の秘密という2つの強力な情報ソースのおかげで探検は急速に進んでいった。気が付けば暦の上では9月になっている。今月の末までには探検活動の論文、プレゼンテーション用の資料の2つを完成させなければならない。
「うーん、どういうまとめ方にしよっか」
「やっぱり神社を観光資源にして村を活性化させられる可能性には言及したいよな」
 締め切り前に余裕を持って完成させるために、月初めのうちから論文の構成を練っておく。だがしかしイマイチ上手く進まなかった。ちなみにプレゼン当日に最優秀探検賞というのが校内で一組だけ表彰されることになっており、俺たちは密かにそれも狙っている。
「いっそ時音のこと書いちゃおーぜ」
「それは流石に一線を越えてるんじゃないか…?」
「でもさ、時音ちゃんって村を救った英雄なわけでしょ?本来なら銅像とか建てて語り継がれるべき人のはずだけどね」
 時音を象った銅像が村のどこかに建てられる様子を妄想する。何だかシュールな画になりそうで思わず吹き出す。
「ちょっ、何で笑うのさ」
「いや、時音の銅像を想像したら面白くて」
 最近、時音のことが話題に出てきても俺は発作が起きなくなっていて、その多くを笑い話で片づけられるようになっていた。時音が過去になってしまったようで寂しいのは否めないが、これが正しい過去との向き合い方なのだろう。
 君だって、きっとそう言ったはずだ。
「じゃあさ、時音が置いていったこの資料を使うのはどうだ?」
 そう。時音が居なくなった後に例の小屋を探索したら、時音が今まで俺に見せてくれた資料が束になって置いてあったのだ。きっと自分たちは消えるからという理由で俺に託してくれたのだろう。
「いいね、この時代で私たちしか持ってない資料を見せびらかしちゃおう~」
 資料をまとめてあるファイルを取り出す。中身はかなり年季の入ってしまっている物ばかりだが、まだ形を保っている。
 守り神の概要を記したもの、守護の力について記したもの、過去改変を行った人物の手記、時音の手によってあえて破られていたその続きの部分。俺が時音や柴戸に見せて貰った資料は一通りここにある。達筆で書かれた資料たちを眺めていた時。
「…待てよ?」
 ふとした一瞬、頭の中に天啓が走る。
「どうしたの虹輝君?」
「久々に手記を見て、ふと思ったんだ。時音との思い出を覚えているのが俺だけなら…俺が手記にして残せば良い!」
 時音は未来世界に帰った後、消える前に手記を書き残すことができたのだろうか。書き残し切れていない可能性も十分にあるし、書ききれていたとしてもそれはかなり内容を削ぎ落としたものになっているだろう。
 だったら、俺が残す。俺には時間がたっぷりある。時音との思い出や時音の使命を余すことなく文字に起こすことができる。家に引き篭もっている間にひたすら時音との思い出を回想していたおかげで、俺の記憶はまだまだ風化しそうにもない。時音が残した功績を記憶だけに留めるのはあまりにも勿体なさすぎるのだ。
「名案だね。手記に残してプレゼンの時にそれを紹介して、それに村の人が興味を持ってくれれば時音の功績が明るみになるわけだ」
「俊道のそれも良い案なんだけど…俺に考えがある」
 俺はスマホを操作して、目的の画面を2人に見せる。
「これは…小説が読めるサイト?」
「そう。こういうサイトは他の人が書いた小説を読むだけじゃなく、誰でも自由に小説を書いて投稿することができる!つまり…俺は、時音との思い出を小説にして残したい」
 予想していた通り、2人は驚きの声を上げた。
「しょ、小説!?」
「あぁ。時音と出会ってから今に至るまでを、物語にするんだ。少数の村人しか見られない手記っていう形で残すくらいなら、全世界誰でも見れる形で時音の生きた証を残す。小説の舞台に簡薙村の名前をそのまま使えば村のアピールにも繋がる」
「村のアピールにも繋がるのは良いと思うけど…虹輝って小説書けたっけ?」
「本読むのは結構好きだけど実際に書いたことは無い。だから今日から探検活動の合間を縫って少しずつ試行錯誤してみようと思うんだ」
 この場の思いつき程度だった思考が、形を伴って脳内で再構築されていった。
 6月頭から9月までのこの期間にあった出来事を小説にする。登場人物は基本的には架空の名前を使うが、時音の功績を残すのが目的だから時音と、それから柴戸だけは実名を使わせてもらう。更に簡薙村の名前も使うことで知名度に僅かながら貢献できる可能性もある。
 村の崩壊を止め代償として散っていった時音のことを、俺の視点から鮮明に文字に起こす。きっと途方もない時間がかかるし、小説が完成したとしてもそれが大多数の目に留まるとも限らない。それは2人も同じように思っていたようで…。
「小説が完成しても…色んな人に見てもらえるとは限らないんじゃない?」
「…そうかもな」
 実際、ただの一般人が書いた小説など見向きもされないものが殆どなのだ。界隈の中でさえ、話題になるような作品はほんの一握りだろう。
「それでも、時音の勇姿を歴史に残すんだ。だって俺は…」
 この言葉を口にするのも、あの日以来だった。
「時音のことが、好きだから」
 消えゆく間際に愛を誓ったあの日の記憶。時音が居なくなったあの日から俺の時間は止まったままだった。ずっと過去に縋り続けて未来への思考を放棄していた。それでも…今こうして再び口にすることで、俺は未来に進めるような気がした。
 思えば、この気持ちを2人に話すのも初めてかもしれない。夢香は何やらニヤニヤしていた。
「ひゃー、愛ってやつですなぁ!虹輝君がそこまで言うんなら小説書くの手伝うよ!簡薙村の自然風景の描写とかいっぱい考えたいな」
「僕も協力するよ。探検活動と虹輝の小説、両方頑張ろう」
「ありがとう!!」
 ここから、また忙しない日々が始まった。
 探検活動の論文と小説、3人で協力しながら2つを同時並行で進めていった。特にも小説の方は、中々上手に書けている実感が湧かなかった。
「ここって漢字違うんじゃない?温かいじゃなくて暖かいだと思うな」
「うわ確かに。気付かないところだった危ない危ない」
 それでも、1日1日が経過していく度に少しずつ進捗があった。俺たちは前に進み続けた。3人で支えあいながら、目の前の課題に取り組んでいく。

 時間は瞬く間に過ぎ去り、9月21日。あっという間に探検活動最終日となってしまった。今日は各探検グループが簡薙高校の体育館で全校生徒の前でそれぞれの成果を発表する。全校生徒だけでなく村役場の議員や村長といった偉い人も来ており、村単位で重要視されているイベントなのだと分かる。
 俺たちは次に出番を控えており、ステージ袖に待機していた。
「はー、緊張するなぁ…」
「大丈夫だよとしみー。プレゼン何回も練習したでしょ」
「そうだ。俺たちが今までやってきたことを話すだけだから大丈夫」
 そうは言ったものの、俺も人前で話すのは得意ではないため中々に緊張する。そろそろ前のグループの発表が終わりそうだ。俺は深呼吸をする。

ー虹輝なら、きっと大丈夫だよ!

 大切な人の声が聞こえた気がして、後ろを振り返る。
「ん、どうした?」
「なんか虹輝も緊張してそうだね」
 2人は特に何も感じていないようだ。やっぱり、幻聴だろうか。冷静に考えれば当たり前だ。今更時音の声が聞こえてくるはずなんてない。それでも俺は…今も尚生きている時音の魂が俺たちのことを見に来てくれたんじゃないかと、勝手にそう思うことにした。君は言っていた。肉体が死んでも魂は生き続けるのだと。君の魂がまだ生き続けていると考えた方が、何だか前向きに生きられるような気がする。
 外から拍手が聞こえてきた。次はいよいよ俺たちの番だ。
「よーし、いっちょやってきますか!」
「僕も頑張る…」
「行こう。俺たちの集大成を見せるんだ」

 俺たちのプレゼンが始まった。村の神社に対する村人の意識や簡薙村の知名度などに言及しながら論を展開していく。話し終えた夢香からマイクを渡された。俺の番だ。
「…自分たちは、調査を重ねて神社に関する複数の資料を手に入れました。画面の方をご覧ください」
 例の資料の写真がスクリーンに映し出される。聞き手の間…特にも簡薙村の大人たちの間でざわつきが生まれた。無理もない、これは未来で書かれたものであり俺たちしか存在を知らない資料なのだから。
「これらの資料に書いてあるように、神社は不思議な力を有しています。村人の失踪事件の記録もあるほどです。神社に対する畏怖の念がぬぐい切れないのも事実だと思います。ですが…」
 会場は静まっている。皆が俺の話を聞いている。
「私はこの夏、神社で不思議な出会いをしました」
 再び会場で騒めきが生まれる。
「山を調査していたところ、その人は突然現れました。自らを20年後の未来から来たと名乗っていました。その人は私に、人と対話することの大切さや人生観を教えてくれました。ですがその人は使命を果たしたと言わんばかりにあっという間に未来へと帰っていきました」
 騒めきは止んでおり、会場全体が俺の話に耳を傾けてくれていた。
「この話を信じるかどうかは人次第だと思います。ですが、一つだけ言わせてください。あの神社は…不思議な存在であると同時に、村に希望を与えてくれる存在でもあると思うのです。だから…あの神社を利用した村興しは、きっと村の未来を明るい方向へと導いてくれると思います」
 あの神社は時音を消滅させた張本人ではあるのだけれど、神社が無かったら俺が時音と出会えていなかったというのもまた事実だ。時音と出会っていなければこんなに感情を揺さぶられることも無かったのかもしれないが…俺は、時音と出会ったことが間違いだとは絶対に思わない。
「村の良さ、そして神社について村外の人に知ってもらうための具体的な取り組みとして、私たちは簡薙村を舞台にした小説を書いています。まだ未完成ですが、小説には簡薙村の実名を使う予定です。そこで簡薙村の知名度に貢献できたらと思っています。以上が私たちの探検活動です」
 言い終えた瞬間、けたたましい拍手が会場全体に鳴り響いた。
「お疲れ様~!」
「はー、めっちゃ緊張した」
「何とか最後まで発表できたな」
 舞台袖でお互いを労いあう。4か月もの間作り上げてきた探検がひとまずゴールラインに達したのだ。その達成感はひとしおだ。
「あとは…小説が完成すれば、本当の本当に終わりだね」
「そうだね、私たちの活動はもう少しだけ続く!」
 そうだ。まだ俺たちの小説は未完成だ。あれを完結させるまで…俺たちの夏は終わらない。
「ありがとな、2人とも付き合ってくれて。もう少しだけ、よろしく頼む」