追憶の夏Ⅱ ~晩夏の誓い~

 翌日。予定していた時間に目を覚まし、寝坊しかけている俊道を無理やり起こしながら支度をする。
「俊道起きろよ…忘れ物したら大変だぞ?」
「ふわぁーあ、分かってるよ…」
 本当に分かっているのだろうか…。
 朝食は自分たちで用意するプランにしてあるのでコンビニで軽くパンかおにぎりを買う予定だ。バスの時間に遅れないよう、早めにチェックアウトを済ませる。
 午前中に京都駅を散策し、昼頃の新幹線に乗ってそのまま帰路に着くというのが今日の主な流れだ。そのためまずは京都駅行きのバスに乗る。相変わらずバスは混んでいて寿司詰め状態だ。
 15分ほどのバス移動を乗り越え、1日ぶりに京都駅へ到着する。
「よーし無事来れたね!お土産とか買っちゃおう」
「迷子にだけならないように、3人で固まって行動しようね…もう通行人捕まえて道を聞くのは極力やりたくないからさ…」
「了解了解、迷子にだけは気を付けよう」
 簡薙村の敷地面積よりも大きいのではないかと錯覚してしまうほど大きな京都駅を3人で固まって回っていく。多種多様な店があり、ここだけで1日中時間をつぶせそうな雰囲気さえある。
 時間をかけて各々お土産と昼ご飯を購入し(昨日の卓球対決で負けた夢香が俺の分の昼食も買ってくれた)、時間に余裕を持ってホームに到着する。
 まだ時間はあったが、ここから先4時間越えの移動が待っているためあまり体力は消耗したくないという意見が一致した。ホームで気長に新幹線を待つ。
「2人ともお土産何買ったんだ?」
「僕は定番の八ツ橋買ったよ。あとはクッキーとか」
「私もクッキーいっぱい買ったよ!家族にクラスメイトに近所のおばあさん達に…お土産あげたい人いっぱいいるからさ」
 俺たち3人とも両手にお土産袋を抱えており、合計したらすごい量になりそうだ。

 やがて新幹線到着のアナウンスが入る。俺たちの旅行もこれで終わりかと思うと少し寂しい。
「機会があったら…また3人でどっか行こうよ」
「俊道…」
「としみーの言う通りだね。今度は2泊くらいの大きめの旅行とかできるんじゃない?絶対また行こう!」
「夢香…」
 俺が感傷に浸っているのを察してか、2人は前向きな言葉をかけてくれた。
「あぁ…絶対また行こうな!」
 そう決意し、やってきた新幹線に乗り込む。
 あっという間に俺たちの京都旅行は終わりを迎えた。

 俊道の父の車に乗せられて簡薙村に到着する頃には既に夕日が沈みかけていた。1日ぶりに簡薙村の景色を見て文字通り実家のような安心感を感じた。旅行で非日常を味わうのも楽しいが、やはり故郷が一番心の安寧を保てる。
 そして何より、今の俺には簡薙村から一度距離を置くことが必要だったのかもしれないと思う。簡薙村には、思い出が強く染み込みすぎているのだ。今は無き想い人の面影が、どうしようもないくらいに残ってしまっているのだ。まだ俺は時音のことを過去にはできないけれど…だからといって現在を疎かにはしない。してはいけないんだ。現在を共に生きてくれるかけがえのない幼馴染が、2人もいるのだから。
「「ありがとうございました」」
 車から降りる。辺りを見回し、改めて人の少なさと村の雄大な自然を実感する。
「じゃ、今日は解散かな」
「待って、2人とも!」
 呼び止められた2人は不思議そうな顔で俺を見る。
「明日…2人で俺の家に来てくれないか?色々、話したいことがあるんだ」
 昨日の夜俊道に言われたこと。旅行が終わった後、話を聞いてくれると、そう言っていた。きっと今しかない。今を逃したら、俺はこれからも幼馴染に隠し事をし続けることになる。
 2人はすぐさま笑顔になって頷いてくれた。
「オッケー、じゃあ明日また会おう!」
 夢香はお土産袋を重そうに抱えながら笑顔で帰っていった。
「俺も…今日は帰るね。改めてありがとな俊道」
「ま、別に感謝されるようなことはやってないけどね~。じゃあね虹輝ゆっくり休めよ」
 俺も両手と心に様々な物を背負って歩き始める。今夜は、明日2人にどうやって時音のことを打ち明けるかを考えるのに時間を費やしそうだ。
「ただいま、じいちゃん」
「はっはっは、誰かと思えば虹輝じゃないか!よく帰ってきた!」
 じいちゃんも相変わらず元気そうで安心する。旅行に行くより前は俺が引き籠っていたせいで随分と迷惑をかけてしまったから、元気になったみたいで安心する。
 じいちゃんは俺の顔を凝視して言った。
「うーん?なんか顔色良くなったんじゃないか?あれか、都会の方からパワーを貰ってきたんだな」
「都会のパワーって何なのさ」
 苦笑しながら答える。だが、俺の顔色が良くなったというのはきっと本当のことなのだろう。
 その後風呂に入ってじいちゃんが用意してくれた夕飯を食べ、旅の疲れからか俺はものすごい早さで布団に吸い込まれていった。

 次に気が付いた時には夜が明けていた。スマホで現在時刻を確認する。午前9時。俺はかなり深い眠りを彷徨っていたようだ。幸い、今日は学校に行って点呼を取られる日ではない。
 そうだ、夢香たち。俺の家に来てほしいと昨日頼んだのだった。今になって肝心な時間を伝え忘れていたことに気付く。だがきっと2人が都合良い時間に来てくれるだろうと思い、特に連絡はしなかった。2人が来るまでは引き続き部屋でゆっくりしよう。そう思い窓を開けると肌寒い風が吹き込んできた。少し前までは夏真っ盛りだったのに、8月末になって少しずつ秋の気配が見え隠れしていた。
 夏風とも秋風とも言えないような風に揺られながら部屋でゴロゴロしていること約1時間。インターホンが鳴った。
「…来たか」
 体を起き上がらせて玄関へ向かう。扉を開けると幼馴染2人が居た。
「おはよー虹輝君!」
「…寝ぐせついてる、さては寝てたな?」
 俊道に指摘されて初めて身支度を整えていないことに気付く。
「あ、やべ。ちょっと待ってて!」
 急いで洗面台に行き顔を整えた。自分の家から出ないからといって油断してしまっていた。改めて2人を自室へ招く。
「この前私たちが綺麗にしたまま保たれてて素晴らしい」
「流石の俺でもそんなすぐには散らかさないよ…」
 夢香は俺の部屋に入るなりそんなことを言った。また夢香たちを部屋の掃除に付き合わせるわけにもいくまい。
「今日は…2人に話さなきゃいけないことがあるんだ」
 座布団を用意し2人と向かい合って座る。
「今から話す内容は、常識から外れた話だし話すとかなり長くなるってのもあって簡単には信じてもらえないかもしれない。でも、この夏本当に起こった話なんだ。どうか最後まで聞いて欲しい」
「当たり前よ。最後まで聞くよ」
 俺は話し始めた。7月上旬に時音から神社にまつわるタイムリープを打ち明けられたことから始まり…。時音が20年後の未来から来たこと。20年後の簡薙村では人と人との繋がりが希薄になったことで神社の守護の力が弱まり、人が住める環境ではなくなったこと。時音たちはそんな最悪な未来を変えようとしたこと。その計画にはもう一人の協力者、柴戸剛が居たこと。時音たちの頑張りによって村の崩壊は防がれたこと。村の未来を変えた代償として時音と柴戸は未来世界に帰った後消滅してしまったこと。俺が意気消沈していたのはそれが原因だということ。そして…時音は急な転校で姿を消したのではなく、誰よりも村の明るい未来を祈りながらその命ごと消えていったこと。俺たちが初めて神社に訪れた際俺たちを鬼の形相で追い払ったのが柴戸剛で、だけれど本当は悪いヤツなんかじゃないこと。
 この夏に起きた出来事を一つ一つなぞるように、思い出を優しく撫でるように語って聞かせた。昨日の夜に布団の中で話す順番や内容を粗方決めておいたおかげで、思っていたよりも流暢に聞かせることができた。
「…村の未来が変に変わるのを防ぐために、俊道と夢香には言い出せなかった。今まで黙ってて、本当にごめん」
 今更遅いかもしれないが、俺は頭を下げた。
 沈黙が部屋を支配した。これだけ大きな隠し事をしてきたのだから、罵倒の1つや2つ覚悟していた。それなのに、沈黙を破った俊道の声は酷く冷静な物だった。
「…僕はどうしようもなく身勝手な人間だからさ、一つだけ言わせてほしい」
「うん」
「…幼馴染にも言えない秘密があるってのは分かるけど…今回の件は話してほしかったな。僕たちに話すことで未来が少し変わってしまうのはあくまで可能性の話でしょ?もし話してくれたら、僕たちは確実に時音に協力した。僕たちも虹輝が背負ってるものを一緒に背負いたかったし、神社の力の詳細を知らされていれば探検活動だってもっと円滑に進められたかもしれない。今更後出しでこんなこと言うのが卑怯だとは分かってるけど…僕はどうしようもなく身勝手な人間だから、これだけは言いたかった」
「それは…本当にその通りだと思う」
 俺は俊道たちに時音の秘密を明かすことでバタフライ効果が起き、未来に少なからず影響を与えることを恐れた。だがしかし、それはあくまで理論上の話であり可能性の話でもあるのだ。だったら、バタフライ効果が起こらない可能性に賭けて俊道と夢香に助けを求めるべきだったのかもしれない。そうすれば…時音が消滅しない方法を考えられた可能性もゼロではない。もう今となっては、何が正解だったのか分からなかった。
「今のは、僕の身勝手な部分からの発言。これから言うのは、僕の心からの思いだ」
「えっ」
 そう言って俊道は、俺の手を握ってきた。
「…気づいてやれなくて、ごめん。時音が急に居なくなったと思ったら虹輝とも連絡取れなくなって…。僕と夢香は、そこでやっと気づいたんだ。自分たちが何か重大な見落としをしてるんじゃないかって」
 俊道は俯いたまま辛そうに言葉を紡いでいる。やめてくれ。俺は幼馴染にそんな表情をしてほしくないんだ。
「虹輝君が秘密にしていたこととはいえ、あれだけ一緒にいて全く詮索しなかった私たちにも責任はあると思うの。だから…虹輝君だけが罪悪感に溺れる必要は全く無いんだよ」
「夢香…どうしてっ…どうして俺のことを怒らないんだ」
「怒ったって何も始まらないよ。ただの自己満足になっちゃう」
 夢香は笑顔でそう言った。
「虹輝を何とか外に引っ張り出そうとして旅行を計画したけど、それが思いの外大成功だった。こうして虹輝が自分から打ち明けてくれるようになったし」
「やっぱりあの旅行は俺のために…」
「牧浦教授に話を聞きたい気持ちと虹輝を元気づけたい気持ちと、半分半分かな。虹輝が楽しんでくれて嬉しいよ」
「そっか…ありがとな2人とも」
 時音が居なくなったことで、俺は自分が持っていた全てを奪われた感覚に陥っていた。でもそれは俺の勘違いだったのだ。時音が居なくなった後も、俺にはこんなに温かい幼馴染が残っていたんだ。危なく、目の前の大切なものを見落としたままでいるところだった。
「旅行だけで完全に傷が治ったわけじゃないと思う。だけど、傷は残っても痛みはずっと続くわけじゃない。上手く時音との思い出と向き合いながら、未来に進んでいこう。勿論、僕たちができることは何でもやる」
「としみーの言う通りだね。時音ちゃんが身を犠牲に未来を繋いでくれたのなら、私たちもそれに応えよう」
「あぁ…うぁぁぁっ…!」
 俺は久しぶりに涙を流した。喪失からくる悲哀の涙ではない。俊道と夢香の優しさに触れた、温かな涙だ。
 泣き止むまでの間も、2人はそばにいてくれた。涙の雨が止んで心が晴れた気分になる。
 俺は、もう1度未来に進む決心をした。