追憶の夏Ⅱ ~晩夏の誓い~

「すごーい、新幹線なんて久しぶりに見たよ!」
「夢香、僕たちが乗る新幹線そっちじゃないよ」
「ありゃ、危ないとこだった」
「俺も間違えるところだったわ…」
 車と電車での移動を終えて遂に駅までやってきた。ここからは俊道の父とも別れて俺たち3人の旅が始まる。駅が複雑に入り組んでいるため(田舎育ちの俺たちがそう感じているだけなのかもしれないが)俺たちは迷子になりそうになりながらも、通行人に道を聞くなどしてなんとか新幹線のホームまで辿り着いた。
 目的の新幹線に乗り込み予約していた座席へ到着。
「一生のお願い!私窓側が良いなぁ」
「ここで一生のお願い使うのかよ」
「まぁ僕はすぐトイレいけるように通路側で良いかな」
「俺も真ん中で良いや。夢香の一生のお願いを消費させてあげよう」
 こうして座席が確定したので各々の席に腰を下ろす。とはいえ車でも電車でも座りっぱなしだったのであまり休まらない。
「ふぅ、ここからあと2時間か」
「…分かってはいたつもりだけど、かなりの長旅だね」
「私暇つぶし用のトランプ持ってきたからみんなでやろうよ」
 トランプで遊んでいると以外にも時間はあっという間に過ぎていった。ちなみに俊道は結構顔に出やすいタイプなのでトランプを使ったゲームだと連敗を重ねていた。

 京都駅でも半ば迷子になりながらも、何とか外へ出る。簡薙村の数十倍の人口密度に圧倒されながらひとまず休める場所を探す。幸運にもちょうど3人で座れそうなベンチがあった。
「あそこで休めそうだな」
 荷物を置いて腰かける。
「それにしても暑っついねぇ」
「8月の京都とはいえこんなに暑いとはね」
 駅を出た瞬間、体が締め付けられているかのような暑さに見舞われた。簡薙村は緑が多い故に天然の熱気が籠っている印象だったが、こちらは地面や建物が陽光を強く反射しているが故の暑さだと思った。それに加えて人の数も多いのだから溜まったもんじゃない。
「ねね、写真撮ろうよ」
「いいね、京都上陸記念」
 夢香がスマホのカメラを構えたので俺もカメラに向けてピースする。シャッター音がパシャリと数回鳴った。
「今送るね」
 するとメッセージアプリの俺たち3人のグループに写真が投下された。
「こんな感じでいっぱい写真残そうね、せっかくの旅行だから」
「俺も沢山写真撮ろっかな」
「僕も僕もー」
 そんな会話を交わしながら先程撮った写真を見る。画面の中の俺は、笑っていた。先週自宅の鏡で見た生気を失った顔とは比べ物にならないほどに。
 それから俺たちは早めの昼食を済ませ、最大の目的である京都大学へ早々に足を運ぶことにした。バスに乗って京都大学近辺へと向かう。バスの中も相変わらず混んでいた。
 大学に着く頃に俺は体力をごっそりと削られていた。ここでようやく自分は人混みが苦手なのだということに気付く。
「牧浦教授の研究室は事前に父さんから聞いてるから任せて」
 それに比べて俊道はあまり疲弊していなさそうだった。
「俊道、人混み平気なタイプだったのか?」
「うん、多分そうかも。将来は県外に出て都会の方で勉強してみたいからさ、あんまり人混みに抵抗が無いんだと思う」
「…そっか、すごいな」
 俊道は将来都会の方に出て介護について学びたいと思っていると聞いたことがある。高校2年の夏の時点でそこまで具体的な進路が決まっているのはすごいことだと思う。
 このような話をする時、俺は決まって劣等感に苛まれる。結局のところ俺は自分の将来については決めあぐねている。時音が拓いてくれた平和な未来で俺はどう生きていくのか。
『人間いつか死ぬのなら、私は生きている長さに大きな意味は無いと思う。大事なのはさ、命の長さじゃなくて生きてる間に何ができたかなんじゃないかな』
 時音の…村の未来の為に散っていった少女の言葉を思い出す。生きた証。生きている間に何ができたか。
 考えても分からないんだ。どうやったら俺は生きた証を残せるんだ。教えてくれよ、時音。

 思考の檻に囚われたまま歩いていると目的の研究室へと着いたらしく、俊道が立ち止まった。
「ここ…だね」
「なんか緊張するね」
「研究室なんて入ったこと無いもんな…」
 3人で立ち尽くしていると、眼前の扉が勝手に開いた。
「おや、君たちが…簡薙村の?」
 中から一人の男が出てきた。俊道から見せて貰った写真と目の前の男性が脳内で一致する。
「はいそうです。森山俊道と申します」
「森山…!やはり君が彼の息子なのか!どうぞ中へ入って」
 
 見渡す限りの資料の山。メモが書きなぐられたホワイトボード。見るからに重要そうな文献。大学の研究室は同じ世界に存在しているはずなのに別次元のように映った。
「森山から話は聞いているよ。探検活動で何か聞きたいことがあるんだろう?」
 黒淵の眼鏡をかけた明らかに賢そうなこの方が牧浦優作教授で間違いないようだった。
「はい、僕たち探検で山の中にある神社について調べているんです。それで色々な言い伝えや迷信がある神社を上手く村の集客に生かせないかなと思っていて…神社についての村人の印象とか他の集落での集客の実践例とかは集めたんですけど、いまいちまとめられなくて…」
 すごい。俊道が俺たちの探検について全て簡潔に話してくれた。これは頭が上がらない。
「それで過疎を専門にしている私の元に来たという訳だな」
 牧浦教授は顎に手を当てて何かを考えこんでいた。
「私も村出身として簡薙村を守るためにここで研究を続けているから、君たちみたいな若者が興味を持ってくれてすごく嬉しいよ。しかし…現代における過疎化というのはかなり対策が難しいんだ。実際、探検活動のテーマに過疎化対策を選ぶチームは結構多いのだけど、実績を残せたチームを僕は知らない」
 過疎化対策が簡単なのだったら廃村などは問題になっていないのだろう。残念ながら簡薙村の過疎化対策はほぼ不可能なのが現実なのかもしれない。
「だが、まだ希望を捨ててはならない。君たちの探検では山の神社にフォーカスを当てているんだね?ちなみにそれはどうしてだい?」
 逡巡の後に夢香が答えた。
「神社には人が行方不明になるだとか、色んな迷信があって…それを突き止めたいっていう好奇心と、そのマイナスのイメージを上手く利用して村興しができないかなっていう思いがあったんです。神社を忌避している村人は結構多いんですけど、村の外にとってはオカルト的な魅力を感じてもらえたりするんじゃないかって」
「なるほどね…素晴らしい着眼点だ」
 自分らの探検を大学の教授に褒められるのは何となく不思議な気分だ。
「言う通り、村人にとってあの神社は触れてはならない禁忌という認識が広がっている。あれを村興しに利用しようなんていうのは大人たちはまず思いつかないだろうね。かく言う私も…あの神社で不思議な体験をしたんだ」
 最後の一言で心臓が跳ねる。
「不思議な体験…?」
「あれは、大学1年生で夏休みに村に帰省した時だったかな。友達数人で遊び半分で山を登ったんだよ。そしたら神社の近くに見知らぬ男性が倒れていてね。声を掛けたら目を覚ましたんだ。首元に赤いスカーフを巻いている高校生くらいの男の子で、簡薙高校の生徒さんかなと思ったんだけど本人は違うと言ってね。そしたら彼は警戒したような表情で言ったんだ。『今は西暦何年だ?』とね。その時の西暦を正直に答えたら何やら独り言を呟きながら奥の方へ走っていったんだ。20年以上も前の出来事だけど、衝撃だったもんで今でも鮮明に覚えているよ」
「その人はどうなったんですか?」
 俊道が尋ねる。
「あれ以来一度も会っていない。彼はもしかしたら神社の不思議な力で時間を超えてしまったのかもしれないね」
 心拍数が上がり続ける。俺の中で、一つの可能性が生まれたからだ。
 首元に赤いスカーフを巻いていてタイムリープをしてもおかしくない男子高校生。俺はその人物に心当たりがあった。
 柴戸剛。まさか君なのか…?
 時音たちは村が崩壊する未来を変えるためにいくつもの時代を渡り歩いたと聞いた。つまり20年以上前の時代に時音と柴戸が降り立っていた可能性もゼロではないのだ。
「とまぁこんな具合に、あの神社は中々不思議なものだと思うよ。観光スポット…とまではいかなくても、十分に人を惹きつける要因にはなりうる」
「なるほどなるほど…」
 夢香は熱心にメモを取りながら聞いている。俺もはやる気持ちを抑えながらそれに倣った。
 それから、牧浦教授は過疎化対策の成功例や失敗例を詳細に語ってくれた。それはインターネットでは絶対に得られないような有益な情報の数々だった。改めて研究職の偉大さを思い知る。俺たちはその貴重な情報をできる限り手のひらに収めて持って帰ろうと、必死にメモを取った。
 時間を忘れて話を聞いていると、気付けば太陽が沈もうとしている。
「本日は貴重な時間を頂きありがとうございました!」
 深々とお辞儀をして牧浦教授に感謝を伝える。
「礼には及ばないよ。むしろ君たちのおかげで僕も簡薙村のことを久々に思い出せたよ。探検活動も残り少ないだろうから、最後までファイトだ」
 ありがたいお言葉を頂き、俺たちは研究室を後にした。

 再びバスに乗り、予約していた宿へと向かう。
「いやぁ凄い話が聞けたね。二人はどれが一番印象に残ってる?」
「俺は、牧浦教授が神社の近くで不思議な体験をした話かな」
「あ~あれね!あの教授でさえ解明できないってことは本当に不思議な力で時間が歪んだかもって思っちゃう」
 俺の中ではぶっちぎりにあの話が一番有益だった。形は歪であっても柴戸たちの存在を覚えている人が俺以外に居るのだ。柴戸たちの存在はまだこの世界に薄っすらと残っているのだ。そんな自己満足にも似た感情が沸いてきた。
 バスが目的地で止まり、人を捌け出す。俺らもそれに流されてバスを降りる。そこから更に10分ほど歩くと俺たちが泊まる宿が見えてきた。
「お、あそこか…」
 扉を開けると年季の入った内装が目に入った。しかしながら受付のスタッフは常に笑顔で対応してくれて、非常に良い印象を受けた。流石京都である。
「お部屋205号室となっておりますー」
 受付を済ませて部屋の鍵を受け取り、階段を登る。側方に和を感じさせる温かな障子のランプが置いてある通路をまっすぐ進むと205号室が見えてきた。
 俊道が鍵を差し込みガチャリと開錠する。中は一面が畳で覆われていて壁には障子が使われている、いかにも京都らしい和風な部屋だった。10畳ほどのスペースがあり、3人が問題なく寝泊まりできそうだ。ちなみに男女混合で部屋を使う訳なので部屋に元々置いてあった仕切り壁でスペースを分けておこうという話になった。夢香は「あんまそういうの気にしないよ~」なんて言っていたが、流石にそこらへんはしっかり分別を付けなければならないと思う。
「すごい、めっちゃ和風だね」
 俊道が上下左右をぐるぐる見渡しながら呟く。
「心が洗われますなぁ」
 夢香も畳の上に大の字になりながら何やら悦に浸っていた。ちなみに俺は長旅で汗をかいたので早くシャワーか風呂に入りたい。
「ここって部屋にシャワーついてるんだっけ」
「いや、共同の風呂しかないね。安いところに泊めさせてもらってるからそれくらいは仕方ないのかもね」
「そうだったのか…俊道、もう風呂入らないか?」
「いいよーん」
「じゃ私部屋で待ってるね」
 リュックから着替え一式を取り出して部屋の外へ出る。共同風呂は確か4階にあるはずだ。
「うぇ、そういえばエレベーター無いんだった…」
「良くも悪くも昔ながらの宿って感じだな」
 仕方がないので階段を地道に登っていく。段を登る度にカツカツと俺たちの足音が木霊して耳を通り抜けた。登るのは疲れるが、こういうのも案外悪くない。
 4階に到着し男湯の暖簾をくぐる。幸い、今の時間は俺たち以外風呂を使っていないようだった。準備を整えて風呂場へと踏み入れる。
「おおお、随分と広いなぁ」
 ヒノキ風呂と呼ばれるものだろうか、茶色の四角い湯舟だ。よくよく観察すると天然を感じさせる無造作な木目が入っている。その中から湯気が立ち込めており、どこか現実離れした雰囲気が漂っていた。
「この宿は温泉ではないらしいけど、ここまで雰囲気出てるとそんなのどうでもよくなっちゃうね」
「ほんとそうだよな、不思議だ」
 まずはシャワーで一日分の疲労を洗い流した後、いよいよ湯舟に入る。やはり家の風呂よりも熱い。足を入れるだけでやっとだ。
「ふぅ、癒されるね」
「俊道もう首まで浸かってんのか!?」
 俺も俊道に負けじと体を湯に沈める。少しずつ熱さにも慣れてくる。これがヒノキ風呂の力なのか、足の先から首元までの不純物が取り除かれていくようなそんな感覚があった。
「最高だな」
 しばらくの間ヒノキ風呂を堪能する。どれくらい時間が経ったかは分からない。俊道が切り出した。
「…良かった」
「何が?」
「虹輝が…少しは嫌な事忘れられてそうで」
 イヤナコト。嫌な事。時音が居なくなったこと。生きる希望が消えかけていたこと。この2週間、ずっと脳の中にこびりついていたもの。今日を振り返れば、牧浦教授から神社の話を聞いた時以外俺は純粋に旅行を楽しんでいた。嫌な事を忘れられていた…のか?
「そっか…俺は、楽しめてたんだ…」
 俺は何となく察する。この旅行の本当の目的は、探検活動を進めることじゃなくて俺を元気づけることなんじゃないか?
「ありがとな俊道。それと…最近の俺、」
「ストップ。旅行中はさ、楽しいことだけ考えよーぜ?話したいことがあるなら旅行が終わった後にいくらでも聞くから」
「…ごめん」
 気になることは沢山あるだろうに、この2週間の間二人は詮索しないでいてくれた。幼馴染の優しさを目の当たりにし、俺は一つ決心をする。
 この旅行が終わったら、二人に全てを打ち明ける。

 風呂から上がり、館内着の浴衣に着替える。紺色の浴衣を身に纏ったことで一気に旅行ムードが出てきたような気がする。再び階段で移動し205号室へ戻る。
「おかえりー、わっ!浴衣良いね!私も霊灯祭の時の浴衣持ってくればよかったー」
「一応言っておくとこれ館内着だからね…」
 その後、夢香も風呂に入り、夢香が帰ってきた後は夕飯会場に足を運んで美味しい料理の数々に舌鼓を打った。部屋に戻ってくる頃には外はすっかり暗くなっていた。
 夕食から帰ると既に旅館スタッフによって3人分の布団が敷かれていた。
「わーいお布団だ~」
 夢香が勢いよく布団にダイビングする。明らかにテンションが高い。
「さぁさぁ何する?皆で枕投げ大会でもしちゃう?」
「3人しかいないのに…」
 俊道の冷静なツッコミに思わず苦笑する。
「じゃーどうするのさ虹輝君」
「え、俺…?えーと、確かこの旅館卓球台あるよな?せっかくの旅館だし卓球とかどうだ?」
 受付の方に許可を取れば卓球台があるスペースを貸してもらえると、チェックインの際に言われたのが記憶に残っている。
「僕、賛成」
「ふふん、私は枕投げだけじゃなくて卓球も強いからな覚悟しろぉ」
「じゃあもう少し休憩したらフロントの方に行ってみよっか」
「そうだね…って私の宣戦布告を無視するな~!」

 午後8時。無事に卓球台と道具一式を借りることに成功した。
「勝負だ虹輝君。負けた方が明日の昼ご飯おごりね!」
「なんだそりゃ」
「戦利品が無いと勝負事は楽しくないからね!」
 おそらくそんなことは無い。とはいえここまで来て勝負を降りるという選択肢も無い。
「審判は僕やるね。実際の試合と同じ11点先取でやろうか」
 じゃんけんの結果、夢香のサーブから試合が始まった。

「…7対2」
「な、なんでぇ…」
 気付けば俺が5点分の大差でリードしていた。夢香は球を打つスピードこそ速いのだが、如何せん同じ場所にしか打ってこないため同じ場所にラケットを構えておくだけで勝手に夢香がミスをしてくれるというのがほとんどだ。
「負けた方が昼飯を奢る。そうだよな?」
「ま、まだまだこれからだし!」
 その後は、やる気の火が灯った夢香が少しだけ打つスピードに緩急を付けてくるようになった。しかし根本的な部分はあまり変わっていなかったようで、ゲーム展開がひっくり返るようなことは無かった。
「11対4。ゲームセットだね」
 翌日の昼飯を賭けた戦いは結局俺が制した。
「うわー負けちゃった。こうなったら、としみー私と勝負だ!」
 俺たち3人の卓球対決はまだまだ終わりそうにない。

「としみーめっちゃ強いねぇ」
「へへへ、褒められちゃった」
「言われてみれば体育で卓球やったときにも俊道結構強かった記憶あるかもな」
 あの後色々なルールで40分ほど卓球を楽しみ、そろそろ部屋に戻ろうかということになった。フロントにいたスタッフさんに道具を返却する。
「そういえば、今近くで花火やってるみたいですよ」
 返却の際、スタッフさんがそう言った。3人で顔を見合わせる。
「うちの屋上からも見えるかもしれませんので、ぜひ屋上の方に行ってみてはいかがでしょう」
「そうなんですか!ありがとうございます!」
 急いで3人で階段を登る。
「屋上行こ行こ!」
「というかここ屋上なんてあったんだな、知らなかった」
 階段を登り続けていると屋上の入り口が見えてきた。特に立ち入り禁止とも書かれていなかったので扉を開けて外へ出る。
「え、すげぇ」
 屋上は思ったよりも数倍広くベンチとテーブルが数組置かれていた。しかも障子ランプの明かりも点在しており、幻想的に映った。何人かの先客がいたが、混んでるわけではないので俺たちも屋上に足を踏み入れる。
「あ、上見て!」
 夢香の声につられて上を見る。夜空の中に光を見る。花火だ。
「旅先でこんなの見れるなんて最高じゃん…」
 紅、藍、緑、大輪の花。頭上の朗景。夏の残り香を運ぶ光の束。
「……」
 簡薙村で時音と一緒に見た花火がフラッシュバックする。

『これなら花火見えやすいよ!』
 幻聴。もう聞くことすら叶わないはずの、時音の楽しそうな声。
『もう私、後悔はないや』
 花火が終わった後の、消え入りそうな言葉。
 無意識に蓋をしていた記憶が、止めどなく溢れてくる。やめろ。これは俊道と夢香と一緒に、大切な幼馴染と一緒に見ている花火だ。過ぎ去った思い出と混濁するな。俊道も夢香もこんなに俺のことを想ってくれているのに、俺はまだ追憶に身を委ねるのか。過去の世界を生き続けるのか。
 いいや、違う。俺は、今を生きるんだ…!

「虹輝…?」
「…ごめん、花火綺麗すぎてボーっとしちゃってた」
「ふ、なんだそりゃ」
 今を、生きる。思い出に浸り続ける時間は、もう終わったんだ。そうでもしないと、俊道にも夢香にも…そして時音にも、顔向けできないから。
「2人ともー、せっかくだしベンチ座ろうよ」
 夢香は気付かぬ間にベンチに座っていた。
「いいねいいね、ほら、虹輝も」
 俊道に手を引かれ、ベンチに座り込む。思ったよりも頭上が見えやすい。3人並んで、花火が上がり終わるまでずっと空を見ていた。

 やがて俺たちは部屋に戻り、寝る準備をする。
「明日も朝早めだからね、そろそろ寝ようか」
 俊道が布団に潜りながら言った。
「そうねー、私も卓球で白熱したら疲れちゃった。皆明日もよろしく!」
 仕切りの向こうから夢香の声も聞こえてくる。
「おやすみ、二人とも」
 明日はどんなことが起こるのだろう。俺は明日に思いを馳せながら眠りについた。