追憶の夏Ⅱ ~晩夏の誓い~

 カーテンの隙間から陽光が漏れ出ている。どうやら今は朝らしい。何度目だろうか。登る太陽が憎いと思ったのは。
 ずっと布団の上で寝ていたかったが、空腹がそれを邪魔する。本当はあまり顔を合わせたくはないのだけれど、仕方がないので重い体を起こす。
「…おはよ、じいちゃん」
「おう、虹輝!ゆっくり寝れたか?」
 居間に顔を出すとじいちゃんがテレビを見ながら朝ご飯を食べていた。テーブルの上に俺の分の朝食も置いてある。
「朝ご飯…わざわざありがとう」
「どうしたんだ急に。わしが朝ご飯作ってるのはいつものことだろう」
 じいちゃんは明るい口調でそう言う。わざと雰囲気を明るくしているのは何となく伝わってくる。
「いやそうなんだけど…俺、最近外出れてないからさ」
 その一言でじいちゃんは一瞬笑顔を緩める。箸を置き立ち上がって俺の目の前に来ると…俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「生きてりゃいろんなことがある。一度立ち止まることを、わしは間違いだとは思わない」
 そう言ってじいちゃんは自席へと戻る。俺もそれに倣い、朝ご飯を口に入れ始める。
 10分ほどで食べ終わり、すぐさま自室へと戻る。自室に戻ってから何をするのかと言われれば、再び布団の上に横になるだけだ。
 布団の上で目を瞑りこの夏の出来事を思い出す。もう俺には、それしかできないんだ。

 俺が通う簡薙村の簡薙高校には”探検”と呼ばれる制度がある。簡薙高校の2年生は6月頭から9月末までの4ヶ月間、全員が“探検”という行事に参加する。
 まず、探検の間は授業は全て中止される。生徒たちは村に関する一つのテーマを決めて、4ヶ月間ひたすらそのテーマについて調べる。村人に聞き込みをしたり、文献を漁ったり、時には村外の研究者にインタビューしに行くなど、とにかく自由に時間を使える。
 探検の後半では、そうして積み上げてきた成果を論文やらプレゼン資料やらにまとめて、最終週に皆で大がかりな発表会を行う…というのが探検の一連の流れらしい。
 4ヶ月も授業をしなくて良いというのはとても魅力的なように思えるのだが、実際に探検をやり遂げた先輩たちの話を聞くと、「毎朝ホームルームだけは行われるからいつも通り早起きしないといけない」だとか「自由過ぎて何から手をつけて良いのか分からない」とか「夏休みの特別感が失われる」とか、こちらはこちらで実際は厄介な側面もあるのだと分かる。
 高校二年生である俺は例に漏れず探検活動に励んだ。学校に近い祖父の家を借りながら、幼馴染の森山俊道と成川夢香と一緒に村の不思議な神社とその伝承について多方面から調査を進めた。
 その活動の中で俺は、伊美時音という女の子と不思議な出会いをする。彼女は柴戸剛という男と共に20年後の未来から村が崩壊する未来を変えに来たのだった。
 村の崩壊を防いだ後、時音は過去を変え未来を変えた代償としてこの世界から消えた。

 時音がこの世界から消えた翌日、俺は心に穴が空いた気分を味わった。心臓や脳を留めていたネジが全て外れた感覚とでも言おうか。思考回路が麻痺していたのだ。結局その日は誰にも連絡することなく一日中部屋の天井を眺めていた。
 天井を眺めながら、俺は様々なことを考えた。俊道と夢香に一切連絡を取っていないこと。まだ1か月ほど残っている探検活動のこと。自分の未来のこと。居なくなった時音との思い出。
 思い出を回想する時は何ら問題は無いが、未来についての思考が一定の深さまで沈むと体が悲鳴を上げた。考えれば考えるほど容赦ない現実に引き戻されそうになるから、体がそれを拒絶しているのだろう。だから、一日中考え事をしていると言ってもそれによって生産的な何かが生まれるわけではない。未来を考えるよりも思い出を反芻する方がよほど心臓に優しい。
 時音が居なくなってから3日。俺は今日も時音との思い出を回想し続ける。そうしないと時音が過去になってしまうから。

 目を瞑ってどれだけ時間が経ったのかは分からない。突如ピンポーンと、家のチャイムが鳴った。そういえば最近じいちゃんが最新式のインターホンを買っていたことを思い出す。
 今日じいちゃんは留守にすると言っていたはず。つまり俺が応対しなければならない。酷く億劫だったがこの田舎で居留守を使うのも気が引けた。
 インターホンのモニターまで足を運び画面を覗く。するとそこには。
「うーん虹輝居ないかなぁ?」
「ちょっとカメラに近づきすぎ!不審者だって通報されちゃうよ!」
 カメラの前で右往左往する幼馴染二人の姿。俺は迷う。出るべきか出ないべきか。
 ずっとスマホの電源はオフにしていて連絡が付かないから家を訪ねてきたのだろう。本来幼馴染に居留守を使う理由なんて無いが…。
 俊道と夢香は時音が未来から来たことも未来のために散っていったことも知らない。俺以外の村人は時音が急に転校したという認識を持っている(生前に時音が計らったのだろう)。だから俊道と夢香は「俺が仲良くなった女の子が転校していったから引き籠っている」という認識をしている可能性が高い。というか、村人全員がそう思っているのだろう。
 その認識の齟齬を目の当たりにするのが恐怖でしかなかった。俺にとって時音は村を救ったヒロインであり、実際にそうなのにそれを知っているのは俺だけ。俺が時音は未来から来たヒロインなんだと喚いたところで俺の精神状態が疑われて終わるだけだ。
 考えた末、俺は居留守を使った。罪悪感が全くなかったわけじゃない。だけれど、やはり俺はまだ人と関わりたくない。
 こうしては俺は現実から目を背け続ける。

 翌日。また同じ時間にインターホンが鳴った。