後輩の黒瀬くんは、俺にだけ甘い

俺の名前は櫻田凌大(さくらだりょうた)。17歳。平凡な高校二年だ。
 夏が終わって、秋になった。はずなのに、まだまだ暑い。いつまでこの暑さに耐えなければいけないんだろか。
 六限目の体育が終わり、みんなゾロゾロと涼しい教室に戻っていく。帰る支度をするため、机の中からノートなどを取り出そうと机の中に手を入れた。
「ん?なんだこれ」
 机の中に、一通の封筒が入ってた。誰からだ?名前書いてないし…。封筒を開け、中身を見ると一枚の紙が入っていた。
「は…!?」
「びっくりした、どうした?凌大」
 隣にいた俺の親友、廣澤要芽(ひろざわかなめ)が俺の手にある手紙を覗き込んだ。
「え、これラブレターじゃん」
 要芽の言う通り、ラブレターだった。内容は、「放課後、体育館裏で待ってます。」とのこと。
「なんで俺?要芽の机と間違えたんじゃ…」
「いや、それはないでしょ。行ってきなよ」
「でも……」
「ほら、待ってるかもよ」
「う、うん」
 要芽に背中を押されて、指定された体育館裏に向かった。そこに待っていたのは——
「櫻田先輩、お疲れ様です」
 一年の子、だろうか。見たことはあるけど、話したことなんて……あ、あった。
 あれは、入学式の日のことだ。トイレから体育館に戻る時にこの子を見つけた。体育館に繋がる渡り廊下で黄昏ていたこの子の横顔が綺麗だったことを今でも覚えてる。
「君、一年?」
「はい」
「入学式始まってるよ?行かないと…」
「行きたくないんで、ここにいます」
「いや、でも…」
「あの、先輩ですか?」
「うん、二年の櫻田凌大」
「先輩、俺のことはほっといていいですよ」
「でも、人生で一回しかない入学式だよ?出なきゃ勿体ないよ」
「え〜」
「ほら、行くよ!」
「うわ、ちょ、」
 あの時、手を引っ張って無理やり参加させたっけ。なんか笑えてくるな。
 あの日以来、学校ですれ違うくらいで話したりしなかった。名前も聞き忘れてたし。
「あの時の子、だよね?」
「覚えてるんですか?」
「うん、入学式放棄しようとした子でしょ?」
 イタズラっぽく微笑みながら、聞いてみる。すると、「そうです」と恥ずかしそうに返してくれた。
「名前は?」
黒瀬雅哉(くろせまさや)です」
「この手紙、雅哉が入れたの?」
「はい!俺、櫻田先輩に話があって」
「話って?」
「俺、櫻田先輩のことが好きなんです」
「え?」
 聞き間違いだろうか。〝好き〟って聞こえたんだけど。
「ごめん、もう一回言って?」
「俺、櫻田先輩のことが好きです。付き合ってください」
 すき…すき……好き!?
 え、聞き間違いじゃないよ?絶対今、好きって…。
「ほ、本気?」
「はい、本気です。先輩のことが好きです」
「俺、男だよ?可愛い女の子の方がいいんじゃ?」
「興味ないです。先輩のことが好きなので」
 そんな真面目に言われても…。俺はまだ、整理できてないわけで。男どころか、女の子にも恋愛感情を抱いた事さえない。
「ダメですか?」
「ごめん。俺、アロマンティックなんだ」
 言いたくないけど、断る理由が見つからなかった。自分のセクシャルを知ってるのは要芽しかいない。まさか、こんなことでカミングアウトするとは。手が震える。もし、学校中に言いふらされたらどうしよう。言ったあとに後悔する。
「アロマンティック?」
「他者に恋愛感情を抱かない。俺は今まで人のことを恋愛として見たことがないんだ。だから…」
「じゃあ、俺にも恋愛感情を抱かないってことですか?」
「多分……」
沈黙が流れる。気まずい空気に耐えられそうになかったが、逃げることもできなかった。数秒の沈黙の後、口を開いたのは雅哉だった。
「先輩は、誰かを好きになったりしたいとか思わないんですか?」
「思うよ。その辺のカップル見て、いいなぁって。俺もあんなふうになりたいって」
「あの、先輩」
「ん…?」
「俺で、試してみませんか?」
「何を?」
「本当に、人に恋愛感情を抱かないのか」
「え……」
「俺、先輩のこと堕としますよ。絶対」
「でも……」
「無理にとは言いません。俺はただ、先輩のそばにいたいんです。ダメですか?」
 その飼い主への許可待ちのような子犬のような表情が、いじらしかった。
「ダメじゃない、いいよ」
「ありがとうございます!」
 尻尾があったら、はち切れるほど振ってるんだろうなと思うほどのテンションだ。犬に見える。
「早速なんですけど、一緒に帰りませんか?」
「うん…いいよ」
「ありがとうございます!」
 後輩と下校するなんて、初めてだ。部活に入っていない、俺にとって、後輩との関わりなんて皆無だった。そんな俺が、後輩から告白されて一緒に帰っている。今までじゃ、全く想像出来ないことだ。
 一緒に帰ることを承諾したものの、人見知りのせいで何も話せない……。
「先輩」
「は、はい!」
「どっから出してんすか、その声」
 緊張で声が裏返ってしまった。恥ずかしすぎる。だが、笑ってくれたから良しとしよう。
「な、なに?」
「先輩って、いつからアロマンティックなんですか?」
「いつからだろ……気づいたのは中学生の時かな…」
「そうなんですね、俺も中学の時にゲイって気づいたんです。同じクラスの男の子が好きで」
「そうなんだ…、付き合わなかったの?」
「はい…、その子に彼女ができたんです。俺、初めての失恋で、立ち直れないまま卒業して、気づいたら入学式で……そんな時、先輩に出会ったんです。あ、運命かもなんて思っちゃって……」
 照れくさそうに話す雅哉。そんな過去があったんだ。運命は人それぞれなのは知ってる。もし、俺と雅哉が出会ったことが運命なら、俺も人を好きになれるきっかけになるかもしれない。そう思った。でも……
——先輩!今日も一緒に帰りましょ?
——先輩!一緒にご飯食べませんか?
——先輩、可愛いです。
 溺愛されるなんて、聞いてないって。