後宮で再会した彼が溺愛してくる件について
「ふぅ今日は洗濯物がよく乾きそう…!」
私はそう思い、額の汗を拭いながら服を洗う。服を洗っている水が冷たくて気持ちいい。
(今日も同じような日……)
そうして今日も、過去の自分自身を振り返るのだ。振り返ると、なんだか気持ちが満たされる。(?)
8歳の頃……
鶯が 鳴かぬ夜暗し 寂しけり
『できたぁっ!』
私は孤児だった。孤児である私の楽しみは、1人で俳句を詠むことだった。異国の文化である俳句が流れ、流行ってからはや数年。私は今でも俳句を詠んでいる。
(なかなかのできね…!)
もちろん、紙はないので地面に書いている。
私は自分が作った俳句に説明文を書くのも好きだった。
『この俳句は鶯が鳴かない夜は寂しくて、暗く見えるということを表している。鶯が鳴かない夜も暗いが、より一層暗く見えるということを表している。』
私は俳句の横に短い文章を添えた。すると、どこからともなく同じ年齢くらいの男の子が現れた。
『これは…何…?』
男の子が首を傾げながらそう言った。私は異国からの文化に敏感なので知っていたが、普通の人はなかなかわからないものなのだ。
『これはね、俳句っていって……』
私は俳句のことを一から説明した。すると、その男の子はニッコニコの笑みを浮かべた。
『お姉ちゃんの俳句すごいよ!』
そう言われて私はいい気になった。今思うと、あんな俳句、下手くそだが。
『じゃあ、作って欲しいものある?』
私がそう聞くと、男の子はよくわからないという表情をした。そこで、私はまだ自己紹介をしていないことに気づく。
『君、名前は?』
私がそう聞くと、その子は
『はるだよ!』
と答えた。はるという名前が可愛らしくていいなと思った。すると、男の子が『お姉ちゃんは?』と聞いてきた。
『聖良だよ』
私がそう言うと、男の子は"聖良!聖良聖良!"と連呼する。私は顔が赤くなる。
それから私たちは、同じ場所で毎日遊ぶようになった。お互いに笑いのネタを持ち込み、遊ぶのだ。時には俳句を詠むこともあった。
しかし、別れの時は突然来る。
私がある日、路地裏で遊んでいた時、お金持ちの貴族様が通った。その貴族様は私のことを気に入り、養子として迎えたいとおっしゃったのだ。しかし、私にはそれが受け入れられなかった。はるがいるから。
『できません!養子は無理です!私には大切な人がいるから…!』
私がそう言うと、貴族様は私の手を取った。すると、その子を呼んでこいと言われた。
『はる…!ちょっときて…!』
私がそう言うと、はるはてくてくとついてきた。すると、貴族様は友人を呼んだ。同じく子供に恵まれない友人を。
『その子はこの人が育てる。君はこちらにきてくれるかい?』
そう言われて私は頷いた。はると別れるのは悲しくても、はるの幸せを願わずにはいられないから。
『聖良ー!!!』
はるは連れていかれる私の背中を見てそう叫んでいた。
現在の私は貴族様のお屋敷で色々と働きながら生活している。養子と言っても家事も何もできなかったから。
「聖良、今日はもういいよ。仕事を辞めてのんびりしていなさい」
私の母となった莉亜さんが言った。莉亜さんは優しく、私は莉亜さんが大好きだ。私の父となった涼さんも同じようにお優しい。私は2人の優しさがありがたかった。
(もう…あれから10年になるのね……)
はると別れてから10年たった。私は18歳になった。はるの年齢は分からないが。
部屋に戻る。部屋は特に何も物がない。養子にしてもらっただけでもありがたいのに、物をせがむなんて、あり得ないと思ったからだ。きっと、その気持ちは莉亜さんも涼さんもわかっているはず。
(あ…買い物に行かなければ…!)
私は自分のかんざしがボロボロになっていたことを思い出す。新しい物を買わなければ、かんざしがなくなってしまう。
「莉亜さん、かんざしを買いに行ってきます」
私がそう言うと、莉亜さんがパタパタと走ってきた。そして、私の手にお札を2枚握らせた。しかも、高いものを。
「こんないただけないです…!」
私が反論すると、莉亜さんは首を横に振った。
「いい物を買って、長く使いなさい」
笑顔でそう言われて私は否定することができない。おとなしくこのまま買いに行くことにした。
「まぁ…!」
街は栄えていた。何せ、後宮が近いのだから。しかし、いつにもまして華やかな気がする。
「何があるのですか?」
私は近くにいた人に聞いてみた。すると、その人は笑顔で、
「この近くに後宮があるだろう?そこの後宮に斉王刃流という人が入ってくるんだってさ!なんだか、花嫁を探しているんだとか……」
と教えてくれた。私は「ありがとうございます」とお礼を言う。
(斉王刃流…って……"はる"じゃないよね…?)
私はふとそう思う。名前が一緒なのは偶然だろうか?
(きっと偶然よ…もう二度と会わないと心の中で誓ったのだから…)
私は思考を切り替えて、かんざしを選びに行った。
「このかんざし…!」
私は先ほど買ったかんざしを握りしめた。私にとって一番高額なものかもしれない。
(一目惚れしてしまった…!)
桜がついていて、とても綺麗なかんざし。お店に売っているのをみて一目惚れしてしまったのだ。そして、買った。値段は結構高かったが、そのぶん質が良さそうだ。
(莉亜さんが見たらどう思うかな〜)
私はウキウキの気分で家に帰った。すると、莉亜さんが走って飛び込んできた。
「聖良!後宮にいかない…?」
突然そう聞かれた。
(え…後宮……?)
莉亜さんに何を言われたのか分からなかった。後宮なんて、足を踏み入れられるような場所じゃない。
「え…えっと…なんで?」
私が聞くと、莉亜さんは顔を輝かせながら、
「斉王刃流様が聖良に後宮に来るよう命じたのよ…!なんでも、18歳で"せいら"という名前の子だけを集めているらしくって……今のところ聖良とあと2人だって」
と言った。斉王刃流様はせいらという名前の女の子を探しているらしい。
(まさか…本当にはる…?)
私の中に淡い期待が光った。本当にはるだったのなら、それ以上に素晴らしいことはないだろう。それに、莉亜さんと涼さんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
「私、後宮に行きます」
私はそう決断した。莉亜さんは笑顔で私の頭を撫でた。
「私たちに迷惑をかけているかどうかなんて、心配しなくていいのだからね…?聖良がいるだけで家は明るくなったのだから…」
莉亜さんは優しい瞳で私を見ながらそう言った。その言葉が嬉しくて、私は飛び上がりそうだった。
「ありがとう…お母さん、お父さん」
私がそう言うと、莉亜さんは目に涙を溜めて頷いた。
(初めて"お母さん"と"お父さん"って言った……)
自然と出てきたその言葉が私の心の中にストンと落ちてきた。すると、莉亜さんは目元を拭きながらこう言った。
「明日には後宮に出てくるように言われたのよ…いくらなんでも早すぎよね…でも、モノはあるからさっそく準備しちゃいましょう!」
気合いが入っているようだった。私は強く頷く。莉亜さんと一緒に後宮に出る準備をしたのだった。
「おやすみ…聖良」
衝撃的なニュースのせいで、体が疲れている。莉亜さんの表情も少し疲れが滲んでいる。
(本当にごめんなさい……)
私は心の中で謝った。私のわがままに付き合ってくれていた莉亜さんと涼さんに感謝だ。
「おやすみなさい」
私がそう言うと、襖が閉じられた。部屋の隅を見ると、明日着ていく着物がかけられている。それもまた、桜柄のものだった。
(しんじらんない…)
私は明日後宮にいくという実感が湧かなかった。明日の今頃にはきっと、ふかふかの布団で寝ているのだろう。
(いつか絶対に莉亜さんと涼さんに恩返しをします……)
私は心の中で自分だけの誓いを立てた。
次の日、昨日に続き、忙しかった。
着物を着たり、部屋のものを片付けたり……
それを手伝ってくれたのも莉亜さんと涼さんだった。申し訳ない気持ちがどんどん膨らんでいく。
(申し訳ない……)
私はずぅーんと気持ちが沈んだ。
「聖良!笑顔だよ!」
莉亜さんが笑いながらそう言った。疲れているはずなのに、必死に励ましてくれている。
「はい!」
私は頷いて、着物を着る。薄いピンク色の生地に金色やピンクの刺繍が刻まれた綺麗な着物だ。
「莉亜さん…この着物…ありがとうございます…!」
私がそう言うと、莉亜さんは私の手を握って、
「この着物は将来生まれてくるであろう娘に買ったんだけど…結局生まれなくってね…だけど、聖良が来てくれて嬉しい!」
莉亜さんの笑顔はとても素敵だった。
そうこうしているうちに、後宮から迎えが来た。お化粧も服装もその他もろもろもバッチリだ。
「お母さん、お父さん、今までありがとうございました」
私が頭を下げてそう言うと、2人は私の肩に手を置いた。
「聖良がいてくれて良かった…!」
「君はもう、本当の娘なんだよ」
そう言われて私は涙がこぼれそうになった。というか、こぼれていた。
「…っありがとう…っございました!がんばりますっ…!」
私がそう言って、迎えの車に乗り込む。すると、2人は私が見えなくなるまで手を振ってくれているようだった。
(孤児だった頃の辛い記憶が…癒されていった……)
あの2人の元で、生活していたことで私の辛かった記憶はほぼ癒されたようだった。それでも全てを癒すのは無理があった。あんなに辛いことをされたのに……
(とりあえず、斉王刃流よね…何者かしら…?)
私はドキドキした気持ちで後宮へ向かう。
後宮にだんだんと近づくにつれ、あたりは華やかになっていく。斉王刃流が来たと言うことで、みんながお祭り騒ぎになっているのだろう。
「着きますよ」
そう言われて窓を覗くと、先ほどの景色は一変し、荘厳な雰囲気の漂う後宮が広がっていた。
(ここで…やっていけるかしら……それに、斉王刃流はきっと…せいらという名前の娘をあと2人後宮に入るよう指示していた…と言うことは…その中から伴侶を決めるつもりなのかしら……)
私はさらにドキドキした。あの"はる"でもないのに、伴侶に選ばれたらどうしようと言う気持ちが出て来たからだ。しかし、これは自分の先走っている妄想に過ぎない。
「ふぅ……」
馬車が止まり、私は息を吐く。馬車から降りると、そこは重苦しい空気があった。なんというか…華やかだが、重い感じの空気だ。私はあまり好きではない。
「東雲聖良さんですね?お部屋にお通しするよう言われたので、お迎えにあがりました」
後宮の宦官にそう言われ、私は静かについていく。
「こちらでございます」
そう言われて、部屋に入る。そこには他に女性が2人いた。1人は目つきが鋭く、あまり関わりたくないという印象を持った。もう1人は嫌がらせが好きそうな顔をしていて、こちらもあまり関わりたくないという印象を持った。
「…もしかして、あなたもせいらというお名前なのかしら?」
嫌がらせが好きそうな方が話しかけてきた。私は頷く。
「わたくしは天津星羅よ。よろしく」
手を出され、私はよく分からないまま手を握る。怖いや恐ろしいというよりも困惑に近い感じだ。すると、ガタッと音を立てて目つきが鋭い方が立った。そして、私に近づいてくる。すると、顎を指でなぞられ、クイッと上に上げられた。
「妾は薄宮瀬衣良。よろしく」
同じように手を出され、私は手を握る。すると、天津さんが間に入ってきた。
「薄宮の御息女は黙っててくださる?」
と言ってきたのだ。すると、薄宮さんは、
「ほう…たかが天津家が妾に文句をつけるのか…」
と言った。2人の間に火花が散る。私は、止めようとするが、2人とも聞く耳を持たない。すると、扉が開いた。
「…せ、斉王刃流様…」
天津さんが言った。すると、薄宮さんが斉王刃流さんの方にまっすぐ走っていく。
「刃流〜!久しぶり!!」
先ほどとは打って変わってそう言った薄宮さんに対して、斉王刃流さんは、「久しぶり」と笑って返事をしている。そこへ、天津さんがやってきた。
「後宮の近くに屋敷を構えている天津家の娘です。よろしくお願いします」
と流れるような動作でお辞儀をした。すると、斉王刃流さんの目がこちらに向いた。一瞬、目を大きく開いた気がした。
「…東雲家の養子です。東雲聖良です」
私も短く自己紹介をする。すると、彼はなぜか頷いた。
「みんな、君たちは18歳でせいらという名前だよね?…僕は一週間後、この中から花嫁を決めるつもりだよ」
そう言われて、天津さんと薄宮さんの瞳が光る。すると、宦官が入ってきて、斉王刃流さんは退出してしまった。私たちはそれから無言だった。特に話すこともないが、妙にピリついた空気だった。
(何…これ……)
私がそう思っていると、案内役の人が来て、1人ずつ退出になった。一番最後になった私は斉王刃流のことを考える。
斉王刃流
家が大金持ち、大臣になっている、告白された人数は多過ぎて数えられないらしい
(こんな人がどうしてせいらって名前にこだわるのかな…やっぱり"はる"なのかな…?)
私がしこうを巡らせていると、部屋に着いてしまった。案内人の人はお辞儀だけして、どこかへ行ってしまった。
「はぁぁ〜」
布団に倒れ、ため息をひとつ。今日はいろいろなことが起こり過ぎた。頭の処理が追いつかない。布団もふかふかで何もかもがガラッと変わった。
「ん……」
布団に顔を沈めると、だんだん意識が遠のいていく。
そうして私は眠りに落ちた。
一日目
私が起きて後宮内を散歩していると、偶然にも斉王刃流さんにあった。
「おはようございます」
私が挨拶すると、斉王刃流さんは私をじっと見つめたまま動かなくなってしまった。
「斉王刃流様?」
私がそう言うと、彼はハッとした表情を浮かべた。私はそれを不思議に思う。昨日から彼の様子がおかしい気がするからだ。
「あ、ああすまない。えっと君は……」
彼は私の名前を覚えていないのだろうか。言葉の続きが聞こえない。
「東雲聖良です」
私がそう言うと、彼は1人で勝手に頷いている。何か理解したのだろうか。
「では、聖良、お昼の時間に私の部屋に来なさい」
そう言って斉王刃流様はどこかへ行ってしまった。
(斉王刃流様は人とお話しするのが苦手なのかな…?)
私はまたまた勝手な勘違いをしてしまった。
すると、後ろから誰かに肩を叩かれた。そこには天津さんと薄宮さんがいた。2人は私のことを睨んでいる。
「ど、どうかしましたか?」
私がそう聞くと、2人はさらに視線を強めた。
「昨日、会ったときあなたと斉王様が親しくなることはないだろうなと思った。だけど違ったようね」
「妾も同じだ。そなたなら私たちの思いを理解してくれて、一歩引いた態度をとってくれると思っていたのにな…」
2人はさらに目線を強める。先ほどよりもずっとずっと強く。
(どうして…)
私は一つのことが頭に浮かんだ。2人をどうやって鎮めるか。それは一つしかない。
(私が茶会で…斉王様の話をお断りするしか……)
そう思った。しかし、これを言ってしまうと後から取り返しがつかなくなる。
「どいてください」
私はそう言って2人の間を通り、その場を離れたのだった。
お昼の時間、私は斉王様の私室に向かった。扉を叩くと、中から斉王様が現れた。
「失礼します」
私はそう言って部屋の中に入った。部屋はおしゃれなものがいくつも置いてあり、全体的に落ち着いた印象だ。私はその部屋の角の方にある椅子に座る。すると、斉王様はテーブルを挟んで反対側に座った。
「今日は何の御用でしょうか?」
私がそう聞くと、斉王様はケラケラと笑った。
「使いの者のように堅苦しくしなくて良いぞ」
そう言われて私は体中に張り巡らせていた緊張を解く。それだけでもだいぶ解放感があった。
「ありがとうございます」
私がそう言うと、斉王様はまた笑った。そして、
「そなた、我と会ったことはないか?」
と唐突に聞いてきた。そのとき、私は"はる"と言う小さい頃にあった少年を思い出す。
「同じ名前の人に会ったことはあります…が……」
私がそう言うと、斉王様は身を前に乗り出してきた。
「それはいつ、何歳の時だ…?」
そう聞かれて私が、「…は」と答えようとした時、扉の向こうが騒がしくなった。
「どいて!斉王様は私のものよ!!」
「何を言っておる、妾のだ!」
天津さんと薄宮さんが言い争いをしていた。それを宦官が止めようとしているものの、何の歯止めにもなっていない。斉王様はそれを受け流そうとしているようだった。
(ここは…私が動かなくては……!)
場を鎮めるためには私が動かないといけないらしい。私は飲んでいたお茶をテーブルに置く。
「斉王様、今日はこれで失礼致します」
私がそう言うと、斉王様が「ちょ…ま……」と言っていた気がしたが、全て気にせず歩く。そして、部屋の扉を開くと、扉の前に2人が立っていた。
「何をしてるんですか…はしたないですよ…」
私がそう言うと、2人はさらに怒ったような顔をして、
「何を言ってるの?!」
「妾たちの邪魔をしたのはお前だろう?!」
とキレてきた。怒ったようなではなく、怒っている顔だった。
「斉王様と何の話をしていたのよ?」
天津さんにそう聞かれ、私は返答に困る。先ほどの話をしていいものなのか。
「お前、話さないと言うことは、何かやましいことでもあるの?!」
今度は薄宮さんにそう言われる。2人とも激昂していて、話が通じるような状態では全くない。
(どうすれば…っ…)
私が困っていると、薄宮さんがツカツカと近づいてきた。そして、手を挙げる。
(叩かれるっ……)
私はそう思って目をギュッと瞑った。すると、思っていた衝撃が来ない。目を恐る恐る開けると、斉王様が薄宮さんの手を掴んでいた。そして、薄宮さんを見る目はひどく冷たかった。
「瀬衣良、どう言うことだ…?」
天津さんは肩を震わせていた。しかし、斉王様の視線は薄宮さんにある。
「あ…ご…ごめんなさい…」
薄宮さんもまた、肩を震わせていた。そして、必死に謝っている。しかし、斉王刃流という人間はそんな甘いことが通用する者ではないのだ。
「薄宮瀬衣良、お前は後宮を追放する」
と言ったのだった。私には驚きだった。私に手をあげようとしたくらいで、そんな大きな処置をすることになるなんて。薄宮さんは泣いていた。私がその様子を見て心配していると、薄宮さんは私を鋭く睨みつけてきた。まるで、私が全て悪いと決めつけるように…
「天津星羅、お前は今回だけ見逃してやる」
そう言われて天津さんは少し嬉しそうだった。すると、斉王様が自分の部屋に帰っていく。その背中に薄宮さんは悲痛な叫び声を浴びせたのだった。
あの出来事以来、平和な日が続いている。
今日で一週間の期限の6日目だ。明日発表があるのだろう。
のんびりしていると、天津さんがやってきた。天津さんは私の部屋に入った。
「これを持って!」
そう言われて私はビリビリに破かれた布を持たされる。おそらく、天津さんの着物のものだろう。私はよくわからないまま持っていると、
「キャー!!助けて…っ…東雲さんがっ…」
と叫んだのだった。私は突然のことすぎて頭が回らなかった。すると、天津さんが少しニヤリと笑う。宦官などの働いている人が続々と入ってくる。
「東雲聖良、これはどういうことだ!」
宦官の1人が私の持っている布切れを指さしてそう言う。私は驚きと恐怖でその布切れを放してしまった。
「あ…いや…私はっ……」
私がそう言うと、宦官の1人が私を睨みつけてくる。すると、斉王刃流が現れた。
「聖良、どういうことだ…?」
そう聞かれ、私は
「私は何もしていないです!この布切れを持てと天津さんに言われただけなんです!!」
と言った。すると、天津さんは私を指さした。
「この人がっ…私の服を破いたんです!!凶器を持って!」
そう言われて、私は違うという顔をする。斉王刃流様は何とも言えない苦々しい顔をする。私は信じてもらえず、悲しかった。
「とりあえず…牢に…」
そう言われ、私はおとなしくついていくことにした。この状況ではどう言ったって、私が悪いと決めつけられるだろう。
(なんで…私のことを信じてくれないの……?)
私は悲しい気持ちでいっぱいになっていた。どうしたって覆せない状況に。
「おい、動け」
私は腕を引かれ、地下牢に連れて行かれた。地下牢は暗くて怖い空気が漂っている。私がそこに入ると、宦官たちは帰っていってしまった。そして、本当に真っ暗になってしまった。
(あぁ…終わった……)
私は即座にそう思った。
一時間くらい経ったのだろうか。コツコツという足音が聞こえて、誰かが入ってきた。
(誰……?)
私が足音がする方を見ると、そこには斉王刃流がいた。
「斉王様…?」
私がそう言うと、斉王様は優しい瞳をこちらに向けた。
「そなたは…本当にあのようなことをしたのか?抵抗するのを諦めたのではないか?」
一気に核心をつかれ、私はドキリとする。すると、斉王様は満足そうに頷いた。
「すまないが、君の家を全て調べてね…」
彼がそう言った。すると、斉王様は牢の扉の隙間に手を伸ばして私のほおに触れた。
「聖良…」
斉王様のその声でわかった。直感だけれども、目の前にいる斉王刃流は私が小さい頃に会っていたはるなんだと。
「はる…なの?」
私がそう聞くと、斉王刃流は笑顔になった。
「はる…なんだよね…?はる…はる…っ……」
私が涙を流すと、斉王刃流は…刃流は牢の鍵を開けた。
「会いたかった…刃流に会いたかった……」
そう言うと、刃流は私を抱きしめた。私も強く抱き返す。刃流の瞳は優しかった。昔は小さかったのに、今は私よりはるかに大きい。
「やっぱり…天津の御息女よりも…君を花嫁にしたい…」
刃流はふとそう言った。しかし、私が犯人だと思われているため、現在、それは叶わない。
「一つ作戦がある」
刃流は私にその作戦の内容を教えた。
「天津さん…」
私は天津星羅の部屋の扉を叩く。服装はボロボロのものを着て。
「はぁい…」
数秒後、天津さんの部屋の扉が開いた。天津さんは私を部屋に招き入れる。
「…あなた、追い出されるのね?」
天津さんはくすくすと笑った。
「良かったわ…私の身代わりになっていただいて…これで斉王刃流様は私のもの…!」
天津さんはそう言って高らかに笑った。すると、
「そこまでだ…天津星羅…」
刃流が出てきた。私の監視役に変装し、天津さんの部屋に一緒に入ったのだ。
「斉王刃流様…」
天津さんは絶句していた。しかし、刃流は私を優しい目で見て、天津さんを冷たい目で見ている。
「もう、全て聞かせてもらった…やはりお前が犯人だったのだな…!」
刃流の瞳はひどく冷たい。刃流が手を叩くと、外からたくさんの人が入ってきた。そして、刃流が「天津星羅を送り返す。捕まえろ」と言った瞬間、天津さんは拘束された。私は刃流に抱かれながら天津さんの様子を見る。天津さんは項垂れていた。
すると、刃流が私の肩に手を置いた。
「行こう」
そう言って私は天津さんの部屋から出たのだった。
こうして事件は一件落着。しかし、この事件の3日後、刃流と式を挙げるなんて知りもしない私だった。
「聖良!おはよう」
事件の次の日、刃流は笑顔で私に挨拶した。大臣としての仕事も多くあるはずなのに、朝から私の部屋に来ている。
「斉王様、お仕事はしないのですか?」
私の立場はあくまで下なので、かしこまった感じでそう言うと、刃流は顔を膨らませた。
「なんで刃流じゃないの?」
そう聞かれて私は、「私の立場は下なので」と答える。すると、刃流は、
「じゃあ、今日から俺のことは刃流と呼ぶ。命令だ」
「えっ…!」
あまりにおかしな命令だったので、声が漏れてしまった。
「…なんだ、悪い…?」
刃流はほおを少し赤くして、恥ずかしそうにそう言った。こうやって見ると、威厳のかけらもない。
「刃流…がなんだか子供っぽくって…」
私がそう言うと、刃流はまた顔を赤くした。りんごみたいだ。
「ふふっ」
私が笑うと、刃流は私に顔を近づけた。そして、
「聖良…ずっと言いたかったことがある」
と真剣な目で言ってきた。先ほどの子供っぽい空気が全くない。威厳が溢れ出ている。
「なに…?」
私がおそるおそる聞くと、刃流は
「聖良…ずっと探してた…ずっと…ずっと大好きだよ…」
と静かに告げた。私はその言葉に顔が赤くなる。
「…私もっ…会いたかった…」
私は刃流に抱きつく。すると、強くて大きな手が私を抱き返した。その温もりに私は涙をこぼす。
「大好き…」
私がそう言うと刃流は唇を近づけてきた。唇に柔らかい感触が残る。
「へっ…」
私がそう声を漏らすと、刃流は意地悪な笑みを浮かべて、
「今度は聖良が真っ赤!」
と言った。そして、刃流は満足気に部屋から出ていった。
「ふぅ今日は洗濯物がよく乾きそう…!」
私はそう思い、額の汗を拭いながら服を洗う。服を洗っている水が冷たくて気持ちいい。
(今日も同じような日……)
そうして今日も、過去の自分自身を振り返るのだ。振り返ると、なんだか気持ちが満たされる。(?)
8歳の頃……
鶯が 鳴かぬ夜暗し 寂しけり
『できたぁっ!』
私は孤児だった。孤児である私の楽しみは、1人で俳句を詠むことだった。異国の文化である俳句が流れ、流行ってからはや数年。私は今でも俳句を詠んでいる。
(なかなかのできね…!)
もちろん、紙はないので地面に書いている。
私は自分が作った俳句に説明文を書くのも好きだった。
『この俳句は鶯が鳴かない夜は寂しくて、暗く見えるということを表している。鶯が鳴かない夜も暗いが、より一層暗く見えるということを表している。』
私は俳句の横に短い文章を添えた。すると、どこからともなく同じ年齢くらいの男の子が現れた。
『これは…何…?』
男の子が首を傾げながらそう言った。私は異国からの文化に敏感なので知っていたが、普通の人はなかなかわからないものなのだ。
『これはね、俳句っていって……』
私は俳句のことを一から説明した。すると、その男の子はニッコニコの笑みを浮かべた。
『お姉ちゃんの俳句すごいよ!』
そう言われて私はいい気になった。今思うと、あんな俳句、下手くそだが。
『じゃあ、作って欲しいものある?』
私がそう聞くと、男の子はよくわからないという表情をした。そこで、私はまだ自己紹介をしていないことに気づく。
『君、名前は?』
私がそう聞くと、その子は
『はるだよ!』
と答えた。はるという名前が可愛らしくていいなと思った。すると、男の子が『お姉ちゃんは?』と聞いてきた。
『聖良だよ』
私がそう言うと、男の子は"聖良!聖良聖良!"と連呼する。私は顔が赤くなる。
それから私たちは、同じ場所で毎日遊ぶようになった。お互いに笑いのネタを持ち込み、遊ぶのだ。時には俳句を詠むこともあった。
しかし、別れの時は突然来る。
私がある日、路地裏で遊んでいた時、お金持ちの貴族様が通った。その貴族様は私のことを気に入り、養子として迎えたいとおっしゃったのだ。しかし、私にはそれが受け入れられなかった。はるがいるから。
『できません!養子は無理です!私には大切な人がいるから…!』
私がそう言うと、貴族様は私の手を取った。すると、その子を呼んでこいと言われた。
『はる…!ちょっときて…!』
私がそう言うと、はるはてくてくとついてきた。すると、貴族様は友人を呼んだ。同じく子供に恵まれない友人を。
『その子はこの人が育てる。君はこちらにきてくれるかい?』
そう言われて私は頷いた。はると別れるのは悲しくても、はるの幸せを願わずにはいられないから。
『聖良ー!!!』
はるは連れていかれる私の背中を見てそう叫んでいた。
現在の私は貴族様のお屋敷で色々と働きながら生活している。養子と言っても家事も何もできなかったから。
「聖良、今日はもういいよ。仕事を辞めてのんびりしていなさい」
私の母となった莉亜さんが言った。莉亜さんは優しく、私は莉亜さんが大好きだ。私の父となった涼さんも同じようにお優しい。私は2人の優しさがありがたかった。
(もう…あれから10年になるのね……)
はると別れてから10年たった。私は18歳になった。はるの年齢は分からないが。
部屋に戻る。部屋は特に何も物がない。養子にしてもらっただけでもありがたいのに、物をせがむなんて、あり得ないと思ったからだ。きっと、その気持ちは莉亜さんも涼さんもわかっているはず。
(あ…買い物に行かなければ…!)
私は自分のかんざしがボロボロになっていたことを思い出す。新しい物を買わなければ、かんざしがなくなってしまう。
「莉亜さん、かんざしを買いに行ってきます」
私がそう言うと、莉亜さんがパタパタと走ってきた。そして、私の手にお札を2枚握らせた。しかも、高いものを。
「こんないただけないです…!」
私が反論すると、莉亜さんは首を横に振った。
「いい物を買って、長く使いなさい」
笑顔でそう言われて私は否定することができない。おとなしくこのまま買いに行くことにした。
「まぁ…!」
街は栄えていた。何せ、後宮が近いのだから。しかし、いつにもまして華やかな気がする。
「何があるのですか?」
私は近くにいた人に聞いてみた。すると、その人は笑顔で、
「この近くに後宮があるだろう?そこの後宮に斉王刃流という人が入ってくるんだってさ!なんだか、花嫁を探しているんだとか……」
と教えてくれた。私は「ありがとうございます」とお礼を言う。
(斉王刃流…って……"はる"じゃないよね…?)
私はふとそう思う。名前が一緒なのは偶然だろうか?
(きっと偶然よ…もう二度と会わないと心の中で誓ったのだから…)
私は思考を切り替えて、かんざしを選びに行った。
「このかんざし…!」
私は先ほど買ったかんざしを握りしめた。私にとって一番高額なものかもしれない。
(一目惚れしてしまった…!)
桜がついていて、とても綺麗なかんざし。お店に売っているのをみて一目惚れしてしまったのだ。そして、買った。値段は結構高かったが、そのぶん質が良さそうだ。
(莉亜さんが見たらどう思うかな〜)
私はウキウキの気分で家に帰った。すると、莉亜さんが走って飛び込んできた。
「聖良!後宮にいかない…?」
突然そう聞かれた。
(え…後宮……?)
莉亜さんに何を言われたのか分からなかった。後宮なんて、足を踏み入れられるような場所じゃない。
「え…えっと…なんで?」
私が聞くと、莉亜さんは顔を輝かせながら、
「斉王刃流様が聖良に後宮に来るよう命じたのよ…!なんでも、18歳で"せいら"という名前の子だけを集めているらしくって……今のところ聖良とあと2人だって」
と言った。斉王刃流様はせいらという名前の女の子を探しているらしい。
(まさか…本当にはる…?)
私の中に淡い期待が光った。本当にはるだったのなら、それ以上に素晴らしいことはないだろう。それに、莉亜さんと涼さんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
「私、後宮に行きます」
私はそう決断した。莉亜さんは笑顔で私の頭を撫でた。
「私たちに迷惑をかけているかどうかなんて、心配しなくていいのだからね…?聖良がいるだけで家は明るくなったのだから…」
莉亜さんは優しい瞳で私を見ながらそう言った。その言葉が嬉しくて、私は飛び上がりそうだった。
「ありがとう…お母さん、お父さん」
私がそう言うと、莉亜さんは目に涙を溜めて頷いた。
(初めて"お母さん"と"お父さん"って言った……)
自然と出てきたその言葉が私の心の中にストンと落ちてきた。すると、莉亜さんは目元を拭きながらこう言った。
「明日には後宮に出てくるように言われたのよ…いくらなんでも早すぎよね…でも、モノはあるからさっそく準備しちゃいましょう!」
気合いが入っているようだった。私は強く頷く。莉亜さんと一緒に後宮に出る準備をしたのだった。
「おやすみ…聖良」
衝撃的なニュースのせいで、体が疲れている。莉亜さんの表情も少し疲れが滲んでいる。
(本当にごめんなさい……)
私は心の中で謝った。私のわがままに付き合ってくれていた莉亜さんと涼さんに感謝だ。
「おやすみなさい」
私がそう言うと、襖が閉じられた。部屋の隅を見ると、明日着ていく着物がかけられている。それもまた、桜柄のものだった。
(しんじらんない…)
私は明日後宮にいくという実感が湧かなかった。明日の今頃にはきっと、ふかふかの布団で寝ているのだろう。
(いつか絶対に莉亜さんと涼さんに恩返しをします……)
私は心の中で自分だけの誓いを立てた。
次の日、昨日に続き、忙しかった。
着物を着たり、部屋のものを片付けたり……
それを手伝ってくれたのも莉亜さんと涼さんだった。申し訳ない気持ちがどんどん膨らんでいく。
(申し訳ない……)
私はずぅーんと気持ちが沈んだ。
「聖良!笑顔だよ!」
莉亜さんが笑いながらそう言った。疲れているはずなのに、必死に励ましてくれている。
「はい!」
私は頷いて、着物を着る。薄いピンク色の生地に金色やピンクの刺繍が刻まれた綺麗な着物だ。
「莉亜さん…この着物…ありがとうございます…!」
私がそう言うと、莉亜さんは私の手を握って、
「この着物は将来生まれてくるであろう娘に買ったんだけど…結局生まれなくってね…だけど、聖良が来てくれて嬉しい!」
莉亜さんの笑顔はとても素敵だった。
そうこうしているうちに、後宮から迎えが来た。お化粧も服装もその他もろもろもバッチリだ。
「お母さん、お父さん、今までありがとうございました」
私が頭を下げてそう言うと、2人は私の肩に手を置いた。
「聖良がいてくれて良かった…!」
「君はもう、本当の娘なんだよ」
そう言われて私は涙がこぼれそうになった。というか、こぼれていた。
「…っありがとう…っございました!がんばりますっ…!」
私がそう言って、迎えの車に乗り込む。すると、2人は私が見えなくなるまで手を振ってくれているようだった。
(孤児だった頃の辛い記憶が…癒されていった……)
あの2人の元で、生活していたことで私の辛かった記憶はほぼ癒されたようだった。それでも全てを癒すのは無理があった。あんなに辛いことをされたのに……
(とりあえず、斉王刃流よね…何者かしら…?)
私はドキドキした気持ちで後宮へ向かう。
後宮にだんだんと近づくにつれ、あたりは華やかになっていく。斉王刃流が来たと言うことで、みんながお祭り騒ぎになっているのだろう。
「着きますよ」
そう言われて窓を覗くと、先ほどの景色は一変し、荘厳な雰囲気の漂う後宮が広がっていた。
(ここで…やっていけるかしら……それに、斉王刃流はきっと…せいらという名前の娘をあと2人後宮に入るよう指示していた…と言うことは…その中から伴侶を決めるつもりなのかしら……)
私はさらにドキドキした。あの"はる"でもないのに、伴侶に選ばれたらどうしようと言う気持ちが出て来たからだ。しかし、これは自分の先走っている妄想に過ぎない。
「ふぅ……」
馬車が止まり、私は息を吐く。馬車から降りると、そこは重苦しい空気があった。なんというか…華やかだが、重い感じの空気だ。私はあまり好きではない。
「東雲聖良さんですね?お部屋にお通しするよう言われたので、お迎えにあがりました」
後宮の宦官にそう言われ、私は静かについていく。
「こちらでございます」
そう言われて、部屋に入る。そこには他に女性が2人いた。1人は目つきが鋭く、あまり関わりたくないという印象を持った。もう1人は嫌がらせが好きそうな顔をしていて、こちらもあまり関わりたくないという印象を持った。
「…もしかして、あなたもせいらというお名前なのかしら?」
嫌がらせが好きそうな方が話しかけてきた。私は頷く。
「わたくしは天津星羅よ。よろしく」
手を出され、私はよく分からないまま手を握る。怖いや恐ろしいというよりも困惑に近い感じだ。すると、ガタッと音を立てて目つきが鋭い方が立った。そして、私に近づいてくる。すると、顎を指でなぞられ、クイッと上に上げられた。
「妾は薄宮瀬衣良。よろしく」
同じように手を出され、私は手を握る。すると、天津さんが間に入ってきた。
「薄宮の御息女は黙っててくださる?」
と言ってきたのだ。すると、薄宮さんは、
「ほう…たかが天津家が妾に文句をつけるのか…」
と言った。2人の間に火花が散る。私は、止めようとするが、2人とも聞く耳を持たない。すると、扉が開いた。
「…せ、斉王刃流様…」
天津さんが言った。すると、薄宮さんが斉王刃流さんの方にまっすぐ走っていく。
「刃流〜!久しぶり!!」
先ほどとは打って変わってそう言った薄宮さんに対して、斉王刃流さんは、「久しぶり」と笑って返事をしている。そこへ、天津さんがやってきた。
「後宮の近くに屋敷を構えている天津家の娘です。よろしくお願いします」
と流れるような動作でお辞儀をした。すると、斉王刃流さんの目がこちらに向いた。一瞬、目を大きく開いた気がした。
「…東雲家の養子です。東雲聖良です」
私も短く自己紹介をする。すると、彼はなぜか頷いた。
「みんな、君たちは18歳でせいらという名前だよね?…僕は一週間後、この中から花嫁を決めるつもりだよ」
そう言われて、天津さんと薄宮さんの瞳が光る。すると、宦官が入ってきて、斉王刃流さんは退出してしまった。私たちはそれから無言だった。特に話すこともないが、妙にピリついた空気だった。
(何…これ……)
私がそう思っていると、案内役の人が来て、1人ずつ退出になった。一番最後になった私は斉王刃流のことを考える。
斉王刃流
家が大金持ち、大臣になっている、告白された人数は多過ぎて数えられないらしい
(こんな人がどうしてせいらって名前にこだわるのかな…やっぱり"はる"なのかな…?)
私がしこうを巡らせていると、部屋に着いてしまった。案内人の人はお辞儀だけして、どこかへ行ってしまった。
「はぁぁ〜」
布団に倒れ、ため息をひとつ。今日はいろいろなことが起こり過ぎた。頭の処理が追いつかない。布団もふかふかで何もかもがガラッと変わった。
「ん……」
布団に顔を沈めると、だんだん意識が遠のいていく。
そうして私は眠りに落ちた。
一日目
私が起きて後宮内を散歩していると、偶然にも斉王刃流さんにあった。
「おはようございます」
私が挨拶すると、斉王刃流さんは私をじっと見つめたまま動かなくなってしまった。
「斉王刃流様?」
私がそう言うと、彼はハッとした表情を浮かべた。私はそれを不思議に思う。昨日から彼の様子がおかしい気がするからだ。
「あ、ああすまない。えっと君は……」
彼は私の名前を覚えていないのだろうか。言葉の続きが聞こえない。
「東雲聖良です」
私がそう言うと、彼は1人で勝手に頷いている。何か理解したのだろうか。
「では、聖良、お昼の時間に私の部屋に来なさい」
そう言って斉王刃流様はどこかへ行ってしまった。
(斉王刃流様は人とお話しするのが苦手なのかな…?)
私はまたまた勝手な勘違いをしてしまった。
すると、後ろから誰かに肩を叩かれた。そこには天津さんと薄宮さんがいた。2人は私のことを睨んでいる。
「ど、どうかしましたか?」
私がそう聞くと、2人はさらに視線を強めた。
「昨日、会ったときあなたと斉王様が親しくなることはないだろうなと思った。だけど違ったようね」
「妾も同じだ。そなたなら私たちの思いを理解してくれて、一歩引いた態度をとってくれると思っていたのにな…」
2人はさらに目線を強める。先ほどよりもずっとずっと強く。
(どうして…)
私は一つのことが頭に浮かんだ。2人をどうやって鎮めるか。それは一つしかない。
(私が茶会で…斉王様の話をお断りするしか……)
そう思った。しかし、これを言ってしまうと後から取り返しがつかなくなる。
「どいてください」
私はそう言って2人の間を通り、その場を離れたのだった。
お昼の時間、私は斉王様の私室に向かった。扉を叩くと、中から斉王様が現れた。
「失礼します」
私はそう言って部屋の中に入った。部屋はおしゃれなものがいくつも置いてあり、全体的に落ち着いた印象だ。私はその部屋の角の方にある椅子に座る。すると、斉王様はテーブルを挟んで反対側に座った。
「今日は何の御用でしょうか?」
私がそう聞くと、斉王様はケラケラと笑った。
「使いの者のように堅苦しくしなくて良いぞ」
そう言われて私は体中に張り巡らせていた緊張を解く。それだけでもだいぶ解放感があった。
「ありがとうございます」
私がそう言うと、斉王様はまた笑った。そして、
「そなた、我と会ったことはないか?」
と唐突に聞いてきた。そのとき、私は"はる"と言う小さい頃にあった少年を思い出す。
「同じ名前の人に会ったことはあります…が……」
私がそう言うと、斉王様は身を前に乗り出してきた。
「それはいつ、何歳の時だ…?」
そう聞かれて私が、「…は」と答えようとした時、扉の向こうが騒がしくなった。
「どいて!斉王様は私のものよ!!」
「何を言っておる、妾のだ!」
天津さんと薄宮さんが言い争いをしていた。それを宦官が止めようとしているものの、何の歯止めにもなっていない。斉王様はそれを受け流そうとしているようだった。
(ここは…私が動かなくては……!)
場を鎮めるためには私が動かないといけないらしい。私は飲んでいたお茶をテーブルに置く。
「斉王様、今日はこれで失礼致します」
私がそう言うと、斉王様が「ちょ…ま……」と言っていた気がしたが、全て気にせず歩く。そして、部屋の扉を開くと、扉の前に2人が立っていた。
「何をしてるんですか…はしたないですよ…」
私がそう言うと、2人はさらに怒ったような顔をして、
「何を言ってるの?!」
「妾たちの邪魔をしたのはお前だろう?!」
とキレてきた。怒ったようなではなく、怒っている顔だった。
「斉王様と何の話をしていたのよ?」
天津さんにそう聞かれ、私は返答に困る。先ほどの話をしていいものなのか。
「お前、話さないと言うことは、何かやましいことでもあるの?!」
今度は薄宮さんにそう言われる。2人とも激昂していて、話が通じるような状態では全くない。
(どうすれば…っ…)
私が困っていると、薄宮さんがツカツカと近づいてきた。そして、手を挙げる。
(叩かれるっ……)
私はそう思って目をギュッと瞑った。すると、思っていた衝撃が来ない。目を恐る恐る開けると、斉王様が薄宮さんの手を掴んでいた。そして、薄宮さんを見る目はひどく冷たかった。
「瀬衣良、どう言うことだ…?」
天津さんは肩を震わせていた。しかし、斉王様の視線は薄宮さんにある。
「あ…ご…ごめんなさい…」
薄宮さんもまた、肩を震わせていた。そして、必死に謝っている。しかし、斉王刃流という人間はそんな甘いことが通用する者ではないのだ。
「薄宮瀬衣良、お前は後宮を追放する」
と言ったのだった。私には驚きだった。私に手をあげようとしたくらいで、そんな大きな処置をすることになるなんて。薄宮さんは泣いていた。私がその様子を見て心配していると、薄宮さんは私を鋭く睨みつけてきた。まるで、私が全て悪いと決めつけるように…
「天津星羅、お前は今回だけ見逃してやる」
そう言われて天津さんは少し嬉しそうだった。すると、斉王様が自分の部屋に帰っていく。その背中に薄宮さんは悲痛な叫び声を浴びせたのだった。
あの出来事以来、平和な日が続いている。
今日で一週間の期限の6日目だ。明日発表があるのだろう。
のんびりしていると、天津さんがやってきた。天津さんは私の部屋に入った。
「これを持って!」
そう言われて私はビリビリに破かれた布を持たされる。おそらく、天津さんの着物のものだろう。私はよくわからないまま持っていると、
「キャー!!助けて…っ…東雲さんがっ…」
と叫んだのだった。私は突然のことすぎて頭が回らなかった。すると、天津さんが少しニヤリと笑う。宦官などの働いている人が続々と入ってくる。
「東雲聖良、これはどういうことだ!」
宦官の1人が私の持っている布切れを指さしてそう言う。私は驚きと恐怖でその布切れを放してしまった。
「あ…いや…私はっ……」
私がそう言うと、宦官の1人が私を睨みつけてくる。すると、斉王刃流が現れた。
「聖良、どういうことだ…?」
そう聞かれ、私は
「私は何もしていないです!この布切れを持てと天津さんに言われただけなんです!!」
と言った。すると、天津さんは私を指さした。
「この人がっ…私の服を破いたんです!!凶器を持って!」
そう言われて、私は違うという顔をする。斉王刃流様は何とも言えない苦々しい顔をする。私は信じてもらえず、悲しかった。
「とりあえず…牢に…」
そう言われ、私はおとなしくついていくことにした。この状況ではどう言ったって、私が悪いと決めつけられるだろう。
(なんで…私のことを信じてくれないの……?)
私は悲しい気持ちでいっぱいになっていた。どうしたって覆せない状況に。
「おい、動け」
私は腕を引かれ、地下牢に連れて行かれた。地下牢は暗くて怖い空気が漂っている。私がそこに入ると、宦官たちは帰っていってしまった。そして、本当に真っ暗になってしまった。
(あぁ…終わった……)
私は即座にそう思った。
一時間くらい経ったのだろうか。コツコツという足音が聞こえて、誰かが入ってきた。
(誰……?)
私が足音がする方を見ると、そこには斉王刃流がいた。
「斉王様…?」
私がそう言うと、斉王様は優しい瞳をこちらに向けた。
「そなたは…本当にあのようなことをしたのか?抵抗するのを諦めたのではないか?」
一気に核心をつかれ、私はドキリとする。すると、斉王様は満足そうに頷いた。
「すまないが、君の家を全て調べてね…」
彼がそう言った。すると、斉王様は牢の扉の隙間に手を伸ばして私のほおに触れた。
「聖良…」
斉王様のその声でわかった。直感だけれども、目の前にいる斉王刃流は私が小さい頃に会っていたはるなんだと。
「はる…なの?」
私がそう聞くと、斉王刃流は笑顔になった。
「はる…なんだよね…?はる…はる…っ……」
私が涙を流すと、斉王刃流は…刃流は牢の鍵を開けた。
「会いたかった…刃流に会いたかった……」
そう言うと、刃流は私を抱きしめた。私も強く抱き返す。刃流の瞳は優しかった。昔は小さかったのに、今は私よりはるかに大きい。
「やっぱり…天津の御息女よりも…君を花嫁にしたい…」
刃流はふとそう言った。しかし、私が犯人だと思われているため、現在、それは叶わない。
「一つ作戦がある」
刃流は私にその作戦の内容を教えた。
「天津さん…」
私は天津星羅の部屋の扉を叩く。服装はボロボロのものを着て。
「はぁい…」
数秒後、天津さんの部屋の扉が開いた。天津さんは私を部屋に招き入れる。
「…あなた、追い出されるのね?」
天津さんはくすくすと笑った。
「良かったわ…私の身代わりになっていただいて…これで斉王刃流様は私のもの…!」
天津さんはそう言って高らかに笑った。すると、
「そこまでだ…天津星羅…」
刃流が出てきた。私の監視役に変装し、天津さんの部屋に一緒に入ったのだ。
「斉王刃流様…」
天津さんは絶句していた。しかし、刃流は私を優しい目で見て、天津さんを冷たい目で見ている。
「もう、全て聞かせてもらった…やはりお前が犯人だったのだな…!」
刃流の瞳はひどく冷たい。刃流が手を叩くと、外からたくさんの人が入ってきた。そして、刃流が「天津星羅を送り返す。捕まえろ」と言った瞬間、天津さんは拘束された。私は刃流に抱かれながら天津さんの様子を見る。天津さんは項垂れていた。
すると、刃流が私の肩に手を置いた。
「行こう」
そう言って私は天津さんの部屋から出たのだった。
こうして事件は一件落着。しかし、この事件の3日後、刃流と式を挙げるなんて知りもしない私だった。
「聖良!おはよう」
事件の次の日、刃流は笑顔で私に挨拶した。大臣としての仕事も多くあるはずなのに、朝から私の部屋に来ている。
「斉王様、お仕事はしないのですか?」
私の立場はあくまで下なので、かしこまった感じでそう言うと、刃流は顔を膨らませた。
「なんで刃流じゃないの?」
そう聞かれて私は、「私の立場は下なので」と答える。すると、刃流は、
「じゃあ、今日から俺のことは刃流と呼ぶ。命令だ」
「えっ…!」
あまりにおかしな命令だったので、声が漏れてしまった。
「…なんだ、悪い…?」
刃流はほおを少し赤くして、恥ずかしそうにそう言った。こうやって見ると、威厳のかけらもない。
「刃流…がなんだか子供っぽくって…」
私がそう言うと、刃流はまた顔を赤くした。りんごみたいだ。
「ふふっ」
私が笑うと、刃流は私に顔を近づけた。そして、
「聖良…ずっと言いたかったことがある」
と真剣な目で言ってきた。先ほどの子供っぽい空気が全くない。威厳が溢れ出ている。
「なに…?」
私がおそるおそる聞くと、刃流は
「聖良…ずっと探してた…ずっと…ずっと大好きだよ…」
と静かに告げた。私はその言葉に顔が赤くなる。
「…私もっ…会いたかった…」
私は刃流に抱きつく。すると、強くて大きな手が私を抱き返した。その温もりに私は涙をこぼす。
「大好き…」
私がそう言うと刃流は唇を近づけてきた。唇に柔らかい感触が残る。
「へっ…」
私がそう声を漏らすと、刃流は意地悪な笑みを浮かべて、
「今度は聖良が真っ赤!」
と言った。そして、刃流は満足気に部屋から出ていった。



