【完結】写真の中だけ、もうキスしてる

 フライドポテトは、いつどこで食べても絶対に美味しい。僕は百歳になっても、このしょっぱい幸せを食べ続けてる自信がある。

「なんかわかったような、ますますわかんなくなったような感じね」

 ファミレスのテーブルの上には、食べ散らかされた皿の間にこれまでの写真が並んでいた。夏帆が、少しのびてきた髪を手でまとめては離しながら、条件を整理したノートをもう一度見返す。

「基本的には、構図や場所を再現すれば戻るのよね。でも最初のキス写真だけは、場所が写りこんでないのに、再現しても戻らない……」
「あと、カメラもなんでもいいみたいだね」

 理央が、端に置いてあったチェキ写真の縁を弾いた。

「夏帆のチェキでも、おかしくなる時はおかしくなったし。写る時間も場所も、全然法則性ないしなあ……」
「なー理央、場所が写ってるやつって、いつも一度に一枚しかなくね?」
「あ、たしかに。他のは同時に何枚か出るけど、場所写真は一つ消さないと次のが出てない気がする」
「なんかもう、いろいろ複雑になりすぎだよね」

 もう一本ポテトをケチャップに浸して、僕は眉を寄せた。

「夏帆。美術館で、写真は僕らにありえないことを写してるだけとか言ってたっけ?」
「あ、そうそう。もう、ここまで発生条件バラバラだと、法則なんかないのかもと思って。だから、あんたらが一緒に写ってる写真のうち、何枚かがランダムに『ありえない構図』になってるだけじゃない?」
「じゃあさじゃあさ、晴と朝陽がどんなことでもできるようになったら、写真は止まるってことか?」
「それは無理じゃないかな? 人間、どれだけ仲良くてもできないことっていっぱいあると思うから」
「ねえ理央、それ実質、もう解決方法はないって言ってるよね……?」

 パスタの最後の一本を器用にくるくると丸めている理央の前で、僕は思わず頭を抱えた。いや……まだこの予想が正しいと決まったわけじゃない。諦めずに考えれば、何か方法はあるはずだ。このまま一生朝陽に縛られ続けるなんて、それこそありえない。

 気を取り直そうとレモンティーに手を伸ばしかけたところで、ポケットの中でスマホが震えた。メッセージは、向かいに座る男からだった。いつの間に撮っていたのか、一昨日のゲーセンでエアホッケーをしてるときの僕の写真だ。続いて送られてきた『必死。笑』という煽りに、僕はテーブルの下ですぐさま返信を打ち返した。

『真剣って言えよ』
『一緒じゃん。楽しそうだし』
『立花朝陽に負けるのだけは許せない顔ですが?』
『じゃあこれは?』

 ひと呼吸おいて、今度は別の写真が送られてくる。商店街を全力疾走してる、僕の姿だ。朝陽を少し振り返った僕の横顔は、ちょっと引くぐらい無防備に笑っていた。……なんだこれ。こんなの、新手の異常写真だ。

『珍しくいい顔してたけど?』
『盗撮じゃん。後でスマホかして、消すから』
『甘いな。もうバックアップ取ってある』
『最低。お前も僕に授業ノートせびる脅迫に使うつもり?』
『いや? 普通に気に入ったから持ってるだけ』
『もっと意味わかんないんだけど』

 顔を上げて朝陽をじとりと睨むと、奴は夏帆の話に相槌を打ちながら、僕の方にわざとらしくウィンクを投げてきた。こいつ。

「あ、やべ。シャー芯切れた。晴、持ってない?」

 写真の横で、僕のノートを写していた颯太が声を上げる。僕は筆箱を探りかけて、途中で手を止めた。

「あー……そう言えば、僕も使い切ったんだった。ちょっとコンビニ行ってこようかな。颯太、HBでいい?」
「さんきゅ。あとで払うわ」
「あ、じゃあついでに、あたしもヘアゴムお願いしていい? 黒の無地で、紐じゃなくて輪っかになってるやつ」
「はーい。他に買い出しある人ー?」
「俺も行くわ」

 なぜか朝陽は、自分で席を立った。もしかしてお前の場合は、僕に自分で行けよって言われると思った? うん、当たりです。

「じゃあ、ちょっと行ってくる。まだしばらくここいるよね?」
「ん、いってらー」

 外に出ると、いろんな食べ物の混じった匂いが消えて、代わりに少し甘い土と風の匂いがした。沈みかけた太陽が放つ強いオレンジ色の下、コンビニまでの短い距離を、朝陽と並んでぶらぶらと歩く。

「一昨日の決着、どっかでつけないとなあ」

 パックを打つしぐさをする朝陽に、僕はぐるんと目玉を回した。

「そんなに気に入ったの?」
「うん。いつもすましてる晴の、必死な顔見れるから」
「ほんと趣味悪いよお前。あと僕、別にすましてないし」
「褒めてんだぞ? 運動部でもないのに、ちゃんと勝負になってたじゃん。意外と鍛えてたりすんのか?」

 そう言って、僕の腰のあたりへ手を伸ばしてきた朝陽が、シャツをぐっと掴んだ。そのまま、無造作にぴらっと捲り上げられる。……は?
 僕は思わず、その腕を捻り上げた。

「痛ってえ!」
「え、こわいこわい! なんで外でノーモーションでそういうことできんの?」
「お前こそ、なんで本気で人の腕折ろうとできんの? ちょ、晴、マジで痛い、放せって」
「うっ、ならお前もそっちの手はなせよ! 指食い込んでる、爪切ってこい」

 無様にひとかたまりになったまま、コンビニの駐車場をよろよろと歩いていく。自動ドアを通ったところで、僕らはようやく相手を放した。少し弾んだ息を整えながらちらっと朝陽を見ると、奴は腕をさすりながらふっと笑った。

「傷害未遂のお詫びに、お前が俺にロールケーキ奢るっていうのは?」

 僕も、フンと鼻で笑い返した。

「逆ならいいよ。今日はファミレス戻るからダメだけど、貢ぎ物はいつでも待ってるから」

 朝陽の肩を軽く叩いて、僕はシャー芯を探しに奥へ向かった。

 ◇

 ファミレスに戻ると、僕のポテトが半分になっていた。え……買い出し行った人に対して、この仕打ち?

「おかえりー」
「ありがと、晴。はいお金」
「こんなにかかってないよ。お釣りあったかな」
「いいぜこのままで。ポテト代だと思って」
「盗み食いの自覚はあるんだ……」

 颯太がぺろっと舌を出して笑う。それから、ふいに理央の方に手を伸ばして、その手を二回たたいた。あ。それって……

「……何やってんだ?」

 ノートから顔を上げた理央だけでなく、それを見ていた朝陽まで面食らった顔をした。

「何って、お前らよくやってんじゃん。これで会話するやつ」
「颯太、今のどういう意味だか知ってんの?」
「えーと、『そこの塩取って』って言ったつもりなんだけど」
「わかるわけないよ! おれは朝陽じゃないんだから」
「あはは! 頑張れ颯太」
「ふーん……」

 笑ってる僕とは対照的に、腰を下ろした朝陽はなぜか微妙な顔をしていた。すぐにスマホが振動して、メッセージを通知する。

『あれ、俺たちじゃなくても使えるんだな』
『通じてないみたいだけどね。意味と文脈ちゃんと読めないと使えないよ』
『それもそうか』

「ねえ」

 短いやり取りをしていると、夏帆がペンを置いて、僕に写真を一枚渡してきた。僕が買ってきたヘアゴムで髪を縛りながら、写真の方へ顎をしゃくる。

「とりあえず、場所写真を消化するのを優先した方がいいって結論になったんだけど、どう? なんか連作っぽいから、たどっていったらもう少し手がかりがあるんじゃないかと思って」
「賛成」

 僕は頷いて、渡されたチェキ写真をじっと見た。視聴覚室での最悪な押し倒しポーズを再現したあとに現れた、ちょっとこれまでとは毛色の違う写真だ。現実では、僕が仕返しに朝陽を床に引きずり下ろそうとしていたはずなのに、写真の中の僕は朝陽に背を向けていて、朝陽が引き止めるように僕の腕を掴んでいる。背景にあるパソコンのモニターには、どこかの門らしき景色が映っていた。

「結局これ、どこの門なんだろうね?」
「それが問題なのよね。学校の裏門かなと思ったんだけど……」
「いやー、裏門はもっとシンプルだぞ。オレよく遅刻するからわかるもん」
「……え、これ」

  理央の戸惑った声に、みんなが顔を上げた。

「よく見たら、これ朝陽んちの門じゃん。そうだよね?」
「……まあ、そうだな」

 腕組みする朝陽に、颯太と夏帆が驚きの声をあげた。

「えっ、マジで?」
「朝陽の家って、こんなお上品な感じなの?」
「絶対めっちゃ広いじゃん。みんなでゲーム持って行くか」
「たしかに広かったよ。部屋もけっこうあったし……」

 わいわいと盛り上がる三人の横で、朝陽は珍しく黙っていた。困ったようなその表情が、僕はちょっと気になった。いつもの朝陽なら、こういうの悪ノリしそうなのに。なにか知られたくない事情があるとか? でも、理央が行ったことあるなら、家庭に問題があるってわけでもなさそうだ。

「なあ、いつ行く? オレ明日ひまだぜ。それか、明後日の土曜とか」
「明後日はあたし午前練。でも、終わってからなら行けるわ。だって晴、なるべく早くやりたいよね?」
「もちろん」

 僕は頷いた。この変な現象が始まって、もう一月以上が経っている。そろそろちゃんと解決して、いい加減に解放されたい。

「それにこれ、わりとぬるい構図じゃん。さっさと終わらせて、早く次行こう。だろ、朝陽?」
「……ああ。楽勝に決まってんだろ?」

 いつもの返事が、一瞬遅れる。

 どのゲームを持っていこうかと楽しそうに話し始める颯太や理央の横で、僕が渡した小さなその写真を、朝陽は長いことじっと見つめていた。