写真の中だけ、もうキスしてる

 自由行動は、三時間あった。さっきの写真は気になるけど、場所が写り込んでるから今はいったん忘れて楽しむしかない。一応課題として、班ごとに歴史地区内のチェックポイントを三か所回り、記念スタンプを集めることにはなっているんだけど……まあ、つまり、実質無法地帯の時間だ。

「え、理央。そのえげつない色のクレープ、さっき買ってたやつ?」
「うん、ごぼうクリームだって。颯太も一口いる?」
「うわー、匂いからして事故ってんぞ! オレはパス、晴にあげなよ」
「いや、僕より朝陽が食べたいって。仕方ないから譲ってあげるよ」
「お前ら、理央の舌は信用していいんだぞ? うん、ほら美味いじゃん」
「ねえ、あたしの探してるインスタのお店あった?」
「どれ? あっ、オレここ見た! さっき通り過ぎたぞ」
「何でそのとき言わないのよバカ。ちょっと戻っていい?」

 昔ながらの観光地を、わいわいと騒ぎながら歩いていく。くだらない冗談で笑ったり、変な銅像の前ではしゃいだり。その、どれもが……

「このメンバー、楽だな……」
「ん? 晴、なんか言った?」

 去年までなら、こういう班行動はたいてい僕がうまく回していた。でもこの五人は、僕が回そうとしなくても、それぞれが勝手に噛み合って、笑いが広がっていく。

 目当てのバターサンドを手に入れた夏帆に、僕はにこりとした。

「何でもないよ。それより、そろそろ一つ目のチェックポイントだから――」
「おっ、あれなんだ?」

 朝陽が、急に立ち止まった。古びたアーケードの少し奥まったところで、レトロな字体の看板がぴかぴか光っている。

「ゲーセンじゃね?」
「え、昔のってこと?」
「面白そうじゃん、行ってみようぜ!」
「ちょ、待って!」

 僕は慌ててスマホで時間を確かめた。

「せめて最初のスタンプ押してから戻ってこない? お昼の場所もまだ決めてないし――」

 すでに遅かった。朝陽に続いて颯太が、理央が、そして夏帆までもが興味津々でそっちに向かっている。僕はため息をついて、とぼとぼとみんなの後を追った。訂正。朝陽とだけは、一生噛み合う気がしない。

 外は古びていたけど、中は案外きれいだった。四方八方からいろんな曲と音声がごっちゃに聞こえてくる、まさにゲーセンの騒音だ。

「あっ、あたしあのでかいシロクマとりたいな。誰か得意な人いない?」
「それなら、この颯太様に任せてもらおう。ただ夏帆、予算は?」
「え? クレーンゲームに予算とかあるの?」

 颯太たちの声を聞き流しながら、ゆっくりと店内を見て回る。理央は音ゲーを見つけてさっそく小銭を入れ、朝陽はエアホッケーの筐体で試し打ちをしていた。目を上げた朝陽に、僕は腕組みした。

「一応言っとくけど、それ空気流した状態でやるものだからね?」
「知ってるよ。なんだ、宣戦布告か?」
「……え?」

 朝陽が投げてきた青いスマッシャーを、僕はとっさにキャッチした。パックをカツンと弾いて、朝陽が挑発的に笑う。

「勝負しようぜ、晴。五点先取で、制限時間はなし」
「何言ってんの? 二時までにバス戻らなきゃいけないんだよ?」
「いいじゃん。さんざん買い食いしたから、まだ腹減ってないだろ」
「そうだけど――」
「――それに、お前がストレート負けすれば、さっさと終わると思うけど?」

 その一言で、僕のスイッチが入った。

「……寝言は寝て言ってくれる?」

 本当に、この男は僕を苛立たせる天才だ。僕はスマッシャーを構えて、朝陽の対面に陣取った。 

「一回だけだからね! そっちが誘ったんだから、早くお金入れてよ」
「はいはい」

 楽しそうに笑う朝陽が運動部だということを、この時までなぜか僕は忘れていた。ゆったりと膝をためている、その構え方には隙がない。

 でも、僕だって運動神経は悪い方じゃない。こういうのは反射神経だし、パックをよく見て軌道を追えば――

「ゲームセット。はい、俺の勝ちー」
「いや、今のは練習だから!」

 僕は小銭をひっつかんで、強引に筐体へ押し込んだ。

「本番は今からでしょ。なに、それとも逃げんの?」
「ふん、もう一回負けたいって? しょうがないな」
「二人ともー、そろそろ行かないの?」

 遠くから聞こえてくる颯太たちの声に、僕は声を張り上げて叫び返した。

「ごめん、先行ってて! 五分で追いつくから」 
「あいよー」
「その一回が終わったら、ちゃんと来なさいよ?」

 三人が、ぞろぞろと引き上げていく気配がする。でも、僕の目には、余裕の笑みでパックを投げてはキャッチしている朝陽しか映っていなかった。僕がこの世で一番許せないのは、こいつに負けることだ。出会った時からそうなんだから、もうこれは本能と言ってもいい。

 二回戦は、もう少しだけ持ちこたえた。パックより朝陽を見ていた方が、動きが読みやすいことに気づいたのだ。こいつはシュートを打つ時に、右肩が先に上がる癖がある。だから……

「おい。お前、その観察すんのやめろよ」
「するだろ。お前の弱点が知りたいんだから」
「性格悪っ。じゃあ、今から三本勝負にしようぜ。いや……二本で十分か?」
「ほんと性格悪っ!」

 あと一回。いや、今のは俺がミスしたからもう一回。それなら、さっきのは僕もくしゃみしたからもう一回。白熱したエアホッケーは、僕も朝陽も一歩も譲らなかった。時間も状況も忘れて、ただお互いにめまぐるしく攻撃を叩き込んでいく。

「よっし!」

 朝陽のスマッシャーの脇ぎりぎりを通ってシュートを滑り込ませ、僕は拳を突き上げた。

「これでようやく勝ち数イーブンだ! ねえ朝陽、今の見た? 早く、次の試合を――」

 ポケットに振動を感じて、僕はいきなり口をつぐんだ。頭の芯から、ざっと血の気が引くのがわかる。青ざめたまま通話をとると、夏帆のめんどくさそうな声がした。

「もしもし晴? 今、どこにいるの? まさか、まだあのゲーセンとか言わないわよね……?」
「ほんっとにごめん! すぐ行く!」

 時間を確認すると、五分どころか二十分も経っていた。ありえない。この僕が時間をミスするなんてほんとにありえない。これじゃ、お昼の時間がなくなる……! 

「朝陽! お前のせいだぞ!」
「どうして?」

 走り出した僕に悠々と追いつきながら、朝陽が笑った。

「むしろお前のせいだろ。最初にあと一回って言い出したのは、お前の方だ」

「お前だってそのあと何回も追加したじゃん!」
「お前も途中で止めなかっただろ」
「そうだけど、ああもう……!」

 二段飛ばしで階段を駆け上がる。わっと通りに飛び出すと、外の爽やかな風が顔に当たった。

「お前といると、ほんとひとっつも予定通りにいかない……!」
「でも、楽しかっただろ!」
「それとこれとは別なんだよ!」

 後ろに向かって叫び返しながらも、なぜか口元が緩んでくる。街中を駆け抜けていくあいだ、朝陽の視線を背に感じながら、僕はずっと笑っていた。