「やっぱりね」
「知ってたわ」
「え、お前らそうなったの?!」
振替休日明けの下駄箱に、颯太のでかい声が響いた。下校中の生徒たちがこっちを向く中、僕は慌てて颯太を校舎の外に出した。
「あんまり騒がないでよ! 言いふらしてほしいわけじゃないんだから」
「いや、でも……え?」
ピロティに連れ出されても、颯太はまだ僕と朝陽を交互に見ていた。夏帆が特大のため息をつく。
「むしろ、なんでそんな意外なの? どう見ても距離近すぎたじゃない」
「だって、こいつら最初っからそうだったじゃん! しぐさ語とか何とか言って」
「まあ、俺もそれは反省してる。おかげで晴のやつ、俺が押し倒したって全然気づかな――」
電光石火、僕は朝陽の顎をむんずとつかんだ。ついでにキスしてしまいたくなったけど、〈黙れ〉の意味だけを込めてその顔を突き放す。
理央がピロティの柱に寄りかかって、やれやれと首を振った。
「まあ、とにかくよかったよ。朝陽、ちゃんと告白したんだ」
「違うよ、僕が先に言ったんだけど?」
僕は思わず口をはさんだ。こういうのは、正確にしておくべきだ。
「朝陽が待っててくれたのはありがたいけどさ。でも、決着つけたのは僕だから。昨日だって朝LINEしたの僕が先だし、デートの場所も雑にしか言わないから結局僕が考えてるし――」
四人の視線に気づいて、僕は急に黙った。ニヤニヤしてる颯太、生温かい目をしている夏帆と理央、そして……この上なく嬉しそうな朝陽。
「晴。お前、そんなに情熱的な奴だったんだな」
「ほんと。人たらしが恋人になるとこうなるのね」
「なあ晴、録音し忘れたから、もう一回」
「……言わない! もう僕帰るから、じゃあね!」
この世のありとあらゆるものに当たり散らしたいのを我慢しながら、僕はさっさと走り出した。
◇
それから一週間もたたないうちに、僕はひとつの厄介な事実を知った。
付き合ったとたん、立花朝陽は遠慮をなくした。
とにかくどこにでもくっついてくるし、人前でのスキンシップはしぐさ語の範囲を超えている。でも、一番困るのは、からかいに見せかけたそれが、全部本心だと僕が知っていることだった。
「朝陽ー。そろそろ席戻ったら?」
文化祭翌週の中間テストという鬼スケジュールを乗り切った今、僕はまた席替えで朝陽と離されていた。それが不満なこの男は、毎時間のように隣の宮地くんの席を占領しにきている。
教室に戻ってきた宮地くんが、入り口の方から僕を見ながら、ニヤッと笑って朝陽をげんこつで追い出すようなジェスチャーをした。僕がごめんね、と手を合わせていると、朝陽が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「そろそろって、まだ五分もあるぞ。あと、お前はそれ誰にでもやるなってば」
「ただのジェスチャーだよ。だいたいお前、そこにいたって何もしないじゃん」
「いいだろ、別に。俺はただ、晴の隣にいたいだけ」
「……そういうこと、よく平気で言えるよね」
「じゃあ、言わなければいい?」
手を伸ばしてきた朝陽の指が、僕の前髪をさらりとよける。思わず見てしまった顔があまりにも嬉しそうで、僕はそれ以上の文句をため息に変えて、仕方なく笑った。
別に言おうとも秘密にしようとも決めたわけじゃないけど、クラスの大半はなんとなく察してるみたいだった。それでも、相変わらず僕は次の授業の宿題を聞かれていたし、相変わらず朝陽は体育のチーム分けで引っ張りだこだった。そして、相変わらず僕らがたまに揃って消えても、誰も何も言わなかった。
「晴って、持久力そこまでないよな」
屋上につながる階段の踊り場で、僕は座り込んで息を切らしていた。平然と見下ろしてくる朝陽を睨んで、ぐいと口元をぬぐう。
「お前と一緒にしないでくれる? 昼休みいっぱい使ってキスするバカがどこにいるんだよ」
「でも、これぐらいは慣れてもらわないと」
しゃがみ込んできた朝陽が、顔を寄せてくる。切れ長の瞳が、僕を見つめてすっと細まった。
「晴。そろそろ良いよな?」
「……何が?」
答える代わりに、朝陽の大きな手が、無言で僕の太ももを掴んだ。密着した手のひらが、ゆっくりと腰の方に上ってくる。薄い唇から八重歯をのぞかせたその顔は、これまでになくオオカミみたいだった。
「今週末、俺んち来いよ。もっと〈話そう〉ぜ。――最後まで」
かっと顔に血が昇るのを感じながら、僕は朝陽の顎を掴んで、しぐさ語と、ついでにキスの両方で黙らせた。それでもいたたまれなくなって、壁ぎわで体を丸める。満足そうな朝陽の笑い声とともに、パシャリ、と音が聞こえてきて、僕はうめいた。
「撮んないでよ、こんなところ」
「いいじゃん。俺しか知らない晴だから」
「そういう問題じゃないんだよ」
僕はようやく顔から腕を下ろすと、隣に座り込んできた朝陽に少しだけ場所をあけてやりながら、無理やり話題を変えた。
「写真、あれから普通だね。鳥居の前のも、再現してないのに戻ってたし……。本当に、これで終わったのかな」
「何がだ? なあ、この写真ホーム画面にしていい?」
「人の話聞いてる?」
そう言いながらも、あきらめ半分に朝陽のスマホを奪って、インカメを起動して自分でポーズをとる。
「ホームに使うなら人に見られるんだから、もっと爽やかな顔のやつあげるよ。ほら」
「……お前、そういうとこだぞ。おい、角度つけんなって」
「やだよ。僕、こっちの方が盛れるから」
「どっちでも変わんねえよ。普通に綺麗なんだから」
「……お前、ほんとそういうとこだぞ」
結局、そのまま話が逸れてしまって、写真の話がちゃんとできたのは放課後だった。掃除が終わった教室の窓際に座りこんで、いつもみたいに朝陽と無言で会話していた僕に、夏帆がうんざりした顔で写真調査ノートを渡してきた。
「これ、もういいんじゃない? 最近全然出なくなったし、誤解されそうな恋人系の写真は全部戻ったし、何よりもう誤解でも何でもないじゃない」
「そうだよなー」
颯太が頭の後ろで手を組んで、僕にニヤッと笑いかけた。
「結局、本当にそうなったんだもんな。やっぱり写真は、ずっとお前らをくっつけようとしてたんじゃね?」
「それは、違うんじゃないかな」
そう言ったのは、理央だった。僕が床に置いたノートをぱらぱらとめくっている。
「もしそうだったら、わざわざ不仲写真が写ったりしないでしょ。前に夏帆も言ってたけど……単純に、『その時の二人が自分からは選ばないこと』が写ってたのかもなって」
「……それで、僕らが現実でもそのしぐさを『選んだ』から戻ったってこと?」
「うん」
理央が朝陽を見て、小さく笑った。
「だから、再現はしたけどしぐさ語に入れなかった最初のキスだけ戻らなかった。でもその後、朝陽が先に晴を好きになってからは――」
「おい理央。いつから気づいてたんだ?」
「――からは、晴からキスしてる写真に変わって」
「そうね。それで、今度は晴も自分からいちゃつくようになったら――」
「ねえ夏帆。それ、いつから気づいてたの……?」
「――なったら、不仲写真が増えたのね。いつからって、夏休みあたりよ。少なくとも、休み明けには絶対そうだと思ってたわ」
「えっ、ならオレにも教えろよ!」
「ごめんね颯太。でも、朝陽がまだいってないことをおれが言うのも違うかなって」
手を合わせる理央と憤慨する颯太を見ながら、僕はため息をついた。確かに、僕主導の写真が増えたのは、僕が朝陽の家の前で写真を破ったあたりだった。ってことは、あの時から、朝陽の中ではもう僕にそういうことをするのが「選択肢」に入ってたわけで……。
さっき見た朝陽の舌なめずりするような顔を思い出してしまい、僕は小さく咳払いした。
「ちえっ、まあ、いいけどさ。結局お前ら、写真の通りに選んだんだし」
「それは違うぞ」
朝陽が口をはさんだ。
「写真に出たこと、全部やったわけじゃないし。それに俺、写真に言われて晴を好きになったわけじゃないから」
「……そうだね」
それは、僕だってそうだ。破った写真も、再現しなかった写真もあった。音楽室での朝陽のキスだって、夏祭りでの僕のキスだって、写真の再現とは関係なかった。朝陽が選んで、僕が選んだ。横から伸びてきた朝陽の腕が、腰を軽く抱き寄せてくる。不思議と落ち着く体温に、回った腕の手首を軽く二回たたいた。
「あんたらが丸投げなお願いしたから、神社の神様が『それぐらい自分で考えて選びなさい』ってうんざりしたんじゃないの?」
「たしかに。でもそれなら、これから朝陽たちが選ばないことって何だったんだろうね?」
「ははっ、それ面白そう! 写るか試してみるか? お互い別の人と歩いてるとか……写真の中だけ別れてる的な?」
「やめてよ、縁起でもない」
僕はやれやれと首を振って、朝陽の手をしっかりと握った。朝陽がちょっと目を見張り、それから嬉しそうに笑う。
「もう写真はこれで終わりでいいでしょ。だいたい、もしそんなものが写ったとしても、現実で同じことするほど、僕は不誠実じゃないよ」
「いや、わかんないぞ。なんせ誰でもたらしこむ晴だし」
「颯太は僕の何を知ってるわけ?」
「試してみたっていいだろ。ほら二人とも、こっち向けよ」
颯太が構えたスマホのレンズが、苦笑する僕と、ここぞとばかりにくっついてくる朝陽をとらえる。そして、シャッターがきられる直前――
〈――こっち向けよ〉
朝陽が、僕にキスをした。
四人分の目が、点になった。すぐに夏帆がげんなりとし、理央がため息をつき、颯太が爆笑し始める。狐につままれたような気分で朝陽を見ると、すぐ横でオオカミが二ッと笑った。
「仕返し」
「……いつの話してるんだよ……」
「俺、記憶力いんだよな」
「――あれ」
意外そうな声がして、みんなが振り向いた。
颯太が掲げているスマホの中には、いま撮られたばかりの僕と朝陽の写真が写っている。ただし、なぜかキスはしていなかった。それどころか、朝陽もまだ僕の腰に腕を回していない。颯太がスマホを構える少し前みたいに、隣り合って座る僕らが、ただこっちを見て笑っている。
「え? なに?」
「また始まったってこと……?」
みんなの顔に、再び好奇心が戻ってきた。すぐに夏帆がノートを引き寄せて、理央が写真の時間を確認する。
「撮るタイミング、外れたのかな」
「いや、ばっちりだったはず」
「どういうこと? 異常写真が選ばないことを写すなら、今のあんたらなら普通にこれぐらいやるんだからおかしいじゃない」
「もしかしたら、逆なんじゃね? その距離にいてキスしない方がおかしいって思われたとか」
「……それ、あり得るのが腹立つわ……」
わいわいと騒ぐ三人を見ながら、朝陽が僕の腰へ回した腕に軽く力を込めた。スマホの写真を一度だけちらりと見てから、すぐに僕へ眉を上げる。
「遅れてんな」
僕は笑った。そして、朝陽の胸に手を置いた。
「そうだね」
それだけ言って、寄せられてきた唇を、当たり前みたいに迎えに行く。
写真の中だけが、まだキスしていなかった。
(完)
「知ってたわ」
「え、お前らそうなったの?!」
振替休日明けの下駄箱に、颯太のでかい声が響いた。下校中の生徒たちがこっちを向く中、僕は慌てて颯太を校舎の外に出した。
「あんまり騒がないでよ! 言いふらしてほしいわけじゃないんだから」
「いや、でも……え?」
ピロティに連れ出されても、颯太はまだ僕と朝陽を交互に見ていた。夏帆が特大のため息をつく。
「むしろ、なんでそんな意外なの? どう見ても距離近すぎたじゃない」
「だって、こいつら最初っからそうだったじゃん! しぐさ語とか何とか言って」
「まあ、俺もそれは反省してる。おかげで晴のやつ、俺が押し倒したって全然気づかな――」
電光石火、僕は朝陽の顎をむんずとつかんだ。ついでにキスしてしまいたくなったけど、〈黙れ〉の意味だけを込めてその顔を突き放す。
理央がピロティの柱に寄りかかって、やれやれと首を振った。
「まあ、とにかくよかったよ。朝陽、ちゃんと告白したんだ」
「違うよ、僕が先に言ったんだけど?」
僕は思わず口をはさんだ。こういうのは、正確にしておくべきだ。
「朝陽が待っててくれたのはありがたいけどさ。でも、決着つけたのは僕だから。昨日だって朝LINEしたの僕が先だし、デートの場所も雑にしか言わないから結局僕が考えてるし――」
四人の視線に気づいて、僕は急に黙った。ニヤニヤしてる颯太、生温かい目をしている夏帆と理央、そして……この上なく嬉しそうな朝陽。
「晴。お前、そんなに情熱的な奴だったんだな」
「ほんと。人たらしが恋人になるとこうなるのね」
「なあ晴、録音し忘れたから、もう一回」
「……言わない! もう僕帰るから、じゃあね!」
この世のありとあらゆるものに当たり散らしたいのを我慢しながら、僕はさっさと走り出した。
◇
それから一週間もたたないうちに、僕はひとつの厄介な事実を知った。
付き合ったとたん、立花朝陽は遠慮をなくした。
とにかくどこにでもくっついてくるし、人前でのスキンシップはしぐさ語の範囲を超えている。でも、一番困るのは、からかいに見せかけたそれが、全部本心だと僕が知っていることだった。
「朝陽ー。そろそろ席戻ったら?」
文化祭翌週の中間テストという鬼スケジュールを乗り切った今、僕はまた席替えで朝陽と離されていた。それが不満なこの男は、毎時間のように隣の宮地くんの席を占領しにきている。
教室に戻ってきた宮地くんが、入り口の方から僕を見ながら、ニヤッと笑って朝陽をげんこつで追い出すようなジェスチャーをした。僕がごめんね、と手を合わせていると、朝陽が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「そろそろって、まだ五分もあるぞ。あと、お前はそれ誰にでもやるなってば」
「ただのジェスチャーだよ。だいたいお前、そこにいたって何もしないじゃん」
「いいだろ、別に。俺はただ、晴の隣にいたいだけ」
「……そういうこと、よく平気で言えるよね」
「じゃあ、言わなければいい?」
手を伸ばしてきた朝陽の指が、僕の前髪をさらりとよける。思わず見てしまった顔があまりにも嬉しそうで、僕はそれ以上の文句をため息に変えて、仕方なく笑った。
別に言おうとも秘密にしようとも決めたわけじゃないけど、クラスの大半はなんとなく察してるみたいだった。それでも、相変わらず僕は次の授業の宿題を聞かれていたし、相変わらず朝陽は体育のチーム分けで引っ張りだこだった。そして、相変わらず僕らがたまに揃って消えても、誰も何も言わなかった。
「晴って、持久力そこまでないよな」
屋上につながる階段の踊り場で、僕は座り込んで息を切らしていた。平然と見下ろしてくる朝陽を睨んで、ぐいと口元をぬぐう。
「お前と一緒にしないでくれる? 昼休みいっぱい使ってキスするバカがどこにいるんだよ」
「でも、これぐらいは慣れてもらわないと」
しゃがみ込んできた朝陽が、顔を寄せてくる。切れ長の瞳が、僕を見つめてすっと細まった。
「晴。そろそろ良いよな?」
「……何が?」
答える代わりに、朝陽の大きな手が、無言で僕の太ももを掴んだ。密着した手のひらが、ゆっくりと腰の方に上ってくる。薄い唇から八重歯をのぞかせたその顔は、これまでになくオオカミみたいだった。
「今週末、俺んち来いよ。もっと〈話そう〉ぜ。――最後まで」
かっと顔に血が昇るのを感じながら、僕は朝陽の顎を掴んで、しぐさ語と、ついでにキスの両方で黙らせた。それでもいたたまれなくなって、壁ぎわで体を丸める。満足そうな朝陽の笑い声とともに、パシャリ、と音が聞こえてきて、僕はうめいた。
「撮んないでよ、こんなところ」
「いいじゃん。俺しか知らない晴だから」
「そういう問題じゃないんだよ」
僕はようやく顔から腕を下ろすと、隣に座り込んできた朝陽に少しだけ場所をあけてやりながら、無理やり話題を変えた。
「写真、あれから普通だね。鳥居の前のも、再現してないのに戻ってたし……。本当に、これで終わったのかな」
「何がだ? なあ、この写真ホーム画面にしていい?」
「人の話聞いてる?」
そう言いながらも、あきらめ半分に朝陽のスマホを奪って、インカメを起動して自分でポーズをとる。
「ホームに使うなら人に見られるんだから、もっと爽やかな顔のやつあげるよ。ほら」
「……お前、そういうとこだぞ。おい、角度つけんなって」
「やだよ。僕、こっちの方が盛れるから」
「どっちでも変わんねえよ。普通に綺麗なんだから」
「……お前、ほんとそういうとこだぞ」
結局、そのまま話が逸れてしまって、写真の話がちゃんとできたのは放課後だった。掃除が終わった教室の窓際に座りこんで、いつもみたいに朝陽と無言で会話していた僕に、夏帆がうんざりした顔で写真調査ノートを渡してきた。
「これ、もういいんじゃない? 最近全然出なくなったし、誤解されそうな恋人系の写真は全部戻ったし、何よりもう誤解でも何でもないじゃない」
「そうだよなー」
颯太が頭の後ろで手を組んで、僕にニヤッと笑いかけた。
「結局、本当にそうなったんだもんな。やっぱり写真は、ずっとお前らをくっつけようとしてたんじゃね?」
「それは、違うんじゃないかな」
そう言ったのは、理央だった。僕が床に置いたノートをぱらぱらとめくっている。
「もしそうだったら、わざわざ不仲写真が写ったりしないでしょ。前に夏帆も言ってたけど……単純に、『その時の二人が自分からは選ばないこと』が写ってたのかもなって」
「……それで、僕らが現実でもそのしぐさを『選んだ』から戻ったってこと?」
「うん」
理央が朝陽を見て、小さく笑った。
「だから、再現はしたけどしぐさ語に入れなかった最初のキスだけ戻らなかった。でもその後、朝陽が先に晴を好きになってからは――」
「おい理央。いつから気づいてたんだ?」
「――からは、晴からキスしてる写真に変わって」
「そうね。それで、今度は晴も自分からいちゃつくようになったら――」
「ねえ夏帆。それ、いつから気づいてたの……?」
「――なったら、不仲写真が増えたのね。いつからって、夏休みあたりよ。少なくとも、休み明けには絶対そうだと思ってたわ」
「えっ、ならオレにも教えろよ!」
「ごめんね颯太。でも、朝陽がまだいってないことをおれが言うのも違うかなって」
手を合わせる理央と憤慨する颯太を見ながら、僕はため息をついた。確かに、僕主導の写真が増えたのは、僕が朝陽の家の前で写真を破ったあたりだった。ってことは、あの時から、朝陽の中ではもう僕にそういうことをするのが「選択肢」に入ってたわけで……。
さっき見た朝陽の舌なめずりするような顔を思い出してしまい、僕は小さく咳払いした。
「ちえっ、まあ、いいけどさ。結局お前ら、写真の通りに選んだんだし」
「それは違うぞ」
朝陽が口をはさんだ。
「写真に出たこと、全部やったわけじゃないし。それに俺、写真に言われて晴を好きになったわけじゃないから」
「……そうだね」
それは、僕だってそうだ。破った写真も、再現しなかった写真もあった。音楽室での朝陽のキスだって、夏祭りでの僕のキスだって、写真の再現とは関係なかった。朝陽が選んで、僕が選んだ。横から伸びてきた朝陽の腕が、腰を軽く抱き寄せてくる。不思議と落ち着く体温に、回った腕の手首を軽く二回たたいた。
「あんたらが丸投げなお願いしたから、神社の神様が『それぐらい自分で考えて選びなさい』ってうんざりしたんじゃないの?」
「たしかに。でもそれなら、これから朝陽たちが選ばないことって何だったんだろうね?」
「ははっ、それ面白そう! 写るか試してみるか? お互い別の人と歩いてるとか……写真の中だけ別れてる的な?」
「やめてよ、縁起でもない」
僕はやれやれと首を振って、朝陽の手をしっかりと握った。朝陽がちょっと目を見張り、それから嬉しそうに笑う。
「もう写真はこれで終わりでいいでしょ。だいたい、もしそんなものが写ったとしても、現実で同じことするほど、僕は不誠実じゃないよ」
「いや、わかんないぞ。なんせ誰でもたらしこむ晴だし」
「颯太は僕の何を知ってるわけ?」
「試してみたっていいだろ。ほら二人とも、こっち向けよ」
颯太が構えたスマホのレンズが、苦笑する僕と、ここぞとばかりにくっついてくる朝陽をとらえる。そして、シャッターがきられる直前――
〈――こっち向けよ〉
朝陽が、僕にキスをした。
四人分の目が、点になった。すぐに夏帆がげんなりとし、理央がため息をつき、颯太が爆笑し始める。狐につままれたような気分で朝陽を見ると、すぐ横でオオカミが二ッと笑った。
「仕返し」
「……いつの話してるんだよ……」
「俺、記憶力いんだよな」
「――あれ」
意外そうな声がして、みんなが振り向いた。
颯太が掲げているスマホの中には、いま撮られたばかりの僕と朝陽の写真が写っている。ただし、なぜかキスはしていなかった。それどころか、朝陽もまだ僕の腰に腕を回していない。颯太がスマホを構える少し前みたいに、隣り合って座る僕らが、ただこっちを見て笑っている。
「え? なに?」
「また始まったってこと……?」
みんなの顔に、再び好奇心が戻ってきた。すぐに夏帆がノートを引き寄せて、理央が写真の時間を確認する。
「撮るタイミング、外れたのかな」
「いや、ばっちりだったはず」
「どういうこと? 異常写真が選ばないことを写すなら、今のあんたらなら普通にこれぐらいやるんだからおかしいじゃない」
「もしかしたら、逆なんじゃね? その距離にいてキスしない方がおかしいって思われたとか」
「……それ、あり得るのが腹立つわ……」
わいわいと騒ぐ三人を見ながら、朝陽が僕の腰へ回した腕に軽く力を込めた。スマホの写真を一度だけちらりと見てから、すぐに僕へ眉を上げる。
「遅れてんな」
僕は笑った。そして、朝陽の胸に手を置いた。
「そうだね」
それだけ言って、寄せられてきた唇を、当たり前みたいに迎えに行く。
写真の中だけが、まだキスしていなかった。
(完)
