文化祭が三日後に迫り、準備もいよいよ大詰めになっていた。朝陽が手伝う装飾班も、理央が班長の調理班も、みんなそれぞれの作業に追われている。
そんな中、運営班のみんなとシフトの最終調整をしていた僕は、肩を叩かれて振り返った。宣伝班の、女子二人だ。
「ねえ、宮地くん見なかった? これから最後の撮影なんだけど、どこにもいなくて」
「えっ、本当に?」
「宮地が遅刻とか、超珍しくね?」
驚いたのは、僕だけじゃなかった。宮地くんは真面目で、こういう時に連絡がつかなくなるような人じゃない。でも宣伝班の二人は、考え込むようにため息をついた。
「やっぱ、嫌なのかなあ。先週リハしたんだけど、ちょっと嫌そうだったんだよね」
「へえ、宮地が?」
「うん。あんまり映りたくないのかなって」
「……そう、なんだ」
僕は背筋を伸ばした。顔を曇らせているみんなを見ていると、体育祭で失格減点を受けて作戦を練り直したときのことを思い出す。やっぱりこういうお祭りに、トラブルはつきものだ。そしてそれを挽回するのは、僕の得意分野だった。
僕は宣伝班の二人に向かって、軽く胸を叩いてみせた。
「ちょっと僕、探してくるよ。その間、作業進めてていいからね」
「ありがと、助かる」
宮地くんの机にはカバンがひっかけてあるから、少なくともまだ校内にはいるはずだ。佐伯くんに残りの仕事を引き継ぐと、僕は足早に教室を後にした。
◇
図書館前の勉強スペースは、ピンクの紙の花で半分ぐらい装飾されたまま放置されていた。思った通り、宮地くんはそこにいた。前と同じ席で、ぼんやりと窓の方を眺めている。
「宮地くん」
声をかけると、宮地くんは静かに振り向いた。まるで、僕が来るのをわかってたような顔だった。
「今日、撮影だってみんなが探してたけど……何かあった?」
宮地くんは、すぐには答えなかった。しばらく黙ってから、少しだけ顔を背けて、ようやく重そうに口を開く。
「ごめん。やっぱり……やりたくなくて」
ぽつり、ぽつりと言葉が落ちていった。
「俺、そんなに目立つの好きじゃないから……特に、SNSで自分の顔出しとか。たしかに撮るのは好きだけど、撮られるのはちょっと嫌なんだよな」
「……そっか」
わかるよ、というように笑顔で頷きながらも、僕はため息を抑えられなかった。さてと、これはかなり困ったことになった。この様子じゃ、僕が何を言ってももう無理だろう。そうなると代役が必要だけど、こんな直前に誰か捕まえられるかどうか……。
かすかな苛立ちを表に出さないように、僕はわざとおどけた顔をした。
「もちろん、やりたくないなら無理にとは言わないよ。でも直前すぎて、ちょっと困るかな……嫌なら断ってもいいよって最初に言った気がするんだけど、もしかして僕めっちゃ声小さかったかな?」
そのとたん、宮地くんがこっちを見た。突き刺すような、鋭い視線だった。和らげようとした空気が音を立てて凍り付き、僕は思わず動けなくなった。
「……断れるわけなくない?」
普段の宮地くんからは考えられないほど、強い口調だった。
「絶対似合うとか君に言われて、みんなも盛り上がってて……あそこで嫌だって言ったら、俺が感じ悪いみたいじゃん」
「……いや、僕は……」
違う。そんなつもりじゃなかった。そう言いたいのに、口が動かない。
「高瀬に頼まれると、断りにくいんだよ。クラスのためだし、俺も頑張らなきゃって最初は思ったけど……でも、別にやりたかったわけじゃないから。――そういうの、君はわかってると思ってたのに」
僕は、一言も言い返せなかった。絶句している僕を見て、宮地くんは少し冷静になったみたいだった。
「ごめん。言いすぎた」
「……ううん。僕の方こそ、本当にごめん」
そう言って頭を下げようとしたのに、僕の体はなかなか動かなかった。どうするのが正しいのか、よくわからなくなっていた。ただ、やらなきゃいけないことははっきりしてる。僕は、なんとか口を動かした。
「それなら、宣伝班には僕から伝えて、代理を探すよ。目立つの大好きな人たちもたくさんいるし、なんとかなるって」
「……うん。そうしてもらえると助かる。俺も、落ち着いた頃に準備の手伝い戻るよ」
「ありがとう。ごめんね」
もう一度謝って、ひとまずその場を離れかける。その僕を、宮地くんが呼び止めた。
「高瀬」
「……なに?」
たぶん、僕はよほど酷い顔をしていたんだと思う。宮地くんの表情に、罪悪感が混ざるのがはっきりと読めた。あー……余計に最悪だ。
「別に俺、高瀬が嫌いってわけじゃないから。ただ……今回みたいなのは、もうやめてほしいってだけで」
「……わかってるよ。じゃあさ、もし気が向いたら……今度は僕を便利に使ってね?」
「……あはは。うん、ありがと」
なんとか軽口に戻して、手をあげてその場を離れる。うまく笑えた自信は、まるでなかった。
◇
お調子者の友達がいると、こういうときはめちゃくちゃありがたい。
およそ白衣に似合わないひょうきんなポーズをキメまくっている颯太と、それにヤジを飛ばしている宣伝班を見ながら、僕は静かに教室を抜け出した。シフトの最終調整は、そのまま佐伯くんに任せてあった。今、僕は使い物になる状態じゃない。いったん頭を切り替えてこないとダメだ。
特別教室棟につながる渡り廊下は、まだ装飾がなくて地味な校舎のままだった。窓の向こうに広がる校庭では、実行委員の腕章をつけた人たちが、大きな看板の組み立てを指示している。窓の手すりに腕を乗せて、僕は思わず長いため息をついた。
やっちゃった。ほんと……やっちゃったなあ。たしかに、SNSの顔出しと、体育祭の補欠を同じ負担に思っていいわけがない。そこを読み間違えたのは僕のミスで……いや、違うな。勝手に読まないで、もっとちゃんと話を聞けばよかったんだ。刺すような宮地くんの視線が、頭から離れなかった。
「お。晴じゃん」
聞き慣れた声に、僕はぎくりとした。見ると、美術室から持ってきたのか、冗談みたいに大きな発泡スチロール材をいくつか抱えた朝陽が、渡り廊下の向こうからのんびり歩いてくる。
返事をしないで窓に視線を戻すと、朝陽も何かを察したらしかった。スチロールの束を足元に置くと、〈どうした?〉と肩を叩いてくる。答えないでいると、もう一回。さらにもう一回手が上がりかけたところで、僕はようやく重い口を開いた。
「……何。トドメでも刺しにきたわけ?」
「トドメ? お前、誰かになんかされたの」
急に鋭くなった声とともに、朝陽が僕の肩を掴む。僕はもう、突っ込む気力すらなかった。
「いや。……宮地くんに、悪いことしたなと思って」
言葉が、自然と口から滑り出ていく。あらましを聞いた朝陽は、納得したようにため息をついた。
「あー。それは、お前が悪いわ」
「わかってるってば」
「でもお前、そういうの外す奴だっけ?」
「……今、それ言う?」
「だって、珍しいじゃん」
「そう、だよね」
僕は小さく唾をのんだ。口の中が乾いていた。
「宮地くんにも、そう言われた。……僕ならわかってると思ってた、って」
そうだ。だって、それが僕だ。相手がやってほしいことやかけてほしい言葉が読めて、すぐにそれに合わせられる。でも、勝手に決めつけて、都合のいい答えだけ拾って、合わせてもらっていたのは僕の方だった。肝心の宮地くんの言葉を、僕は一度もちゃんと聞こうとしてなかった。
「ふーん」
朝陽が頷いた。大きな手が、僕の肩を無造作にぽんと叩いた。
「宮地、はっきり言ってくれてよかったじゃん。ところでお前、運営班の仕事まだかかりそうか? 俺、昨日の黒ソーダ試してみたいから、終わったらコンビニ行きたいんだけど――」
「え……待って待って」
さすがに話が急すぎる。僕は目を白黒させて朝陽を見た。
「いま、僕の話聞いてた? コメントゼロなわけ?」
「ゼロじゃなかっただろ。お前が悪いって言ったじゃん」
「そうだけど……じゃなくて、もっと励ますとか、後始末の手伝いしてくれるとか」
「うーん。後始末は、お前がやるんだろ?」
「丸投げ? お前、ほんとに友達?」
「さあな」
朝陽が肩をすくめて、いつもみたいにニッと笑う。そして、こう言い放った。
「そんなことより、早く終わらせようぜ。――お前抜きでコンビニ行っても、俺つまんないし」
……こういう、ところなんだ。こいつの人たらしって。
その瞬間、僕はようやく全身で理解した。朝陽の無邪気な目は、いつもと何も変わらなかった。僕が間違えたことも、人を傷つけたこともわかったうえで、僕に合わせて態度を変えたりしない。何も考えてないみたいにただ事実だけを言って、当たり前のようにこれからも僕の隣にいる気でいる。……それが、どれだけありがたいことなのか。
思えば朝陽が面白がるのは、いつも僕が誰かに合わせる余裕をなくした時だった。最初に再現を夏帆に見つかって、しぐさ語の苦しい言い訳をした時。ゲーセンの対戦でムキになって、ありえないぐらい時間を忘れてた時。異常写真の中で朝陽に合わせてる僕じゃなくて、あのとき朝陽が撮った写真の中の、予定通りにいかなかったのにずっと笑ってる僕の姿。
こいつはずっと、そっちを見てたんだ。
どくり、と心臓が動くと同時に、朝陽が僕をつかまえた。
「晴。聞いてるか?」
返事を促すみたいに、軽いキスで口をとらえられる。反射的にキスを返してしまってから、僕は慌てて朝陽の胸を押した。
「何やってんだよ!」
朝陽はすぐに顔を離して、僕の目を覗き込んだ。
「嫌だった?」
「そう、じゃなくて……!」
嫌じゃない。だから、よくない。場所もよくないし、タイミングもよくないし、何より今の僕がよくない。さっき、胸のあたりで、変な音がした。ありえない、本当にありえないんだけど、もしかして僕、今こいつに……?!
「晴?」
朝陽の指が、僕の頬をなぞる。僕はその手から逃げるように顔を背けた。ついでに目も固く閉じて、あちこちに触れてくる朝陽を見ないようにする。
「……なあ。なんか今日、お前のしぐさ語わかりにくいんだけど」
「き、気のせいじゃないかな」
自分ですらまだ直視できない今の気持ちを、ましてこいつには絶対に知られたくない。
朝陽と通じたくないなんて、初めてのことだった。
そんな中、運営班のみんなとシフトの最終調整をしていた僕は、肩を叩かれて振り返った。宣伝班の、女子二人だ。
「ねえ、宮地くん見なかった? これから最後の撮影なんだけど、どこにもいなくて」
「えっ、本当に?」
「宮地が遅刻とか、超珍しくね?」
驚いたのは、僕だけじゃなかった。宮地くんは真面目で、こういう時に連絡がつかなくなるような人じゃない。でも宣伝班の二人は、考え込むようにため息をついた。
「やっぱ、嫌なのかなあ。先週リハしたんだけど、ちょっと嫌そうだったんだよね」
「へえ、宮地が?」
「うん。あんまり映りたくないのかなって」
「……そう、なんだ」
僕は背筋を伸ばした。顔を曇らせているみんなを見ていると、体育祭で失格減点を受けて作戦を練り直したときのことを思い出す。やっぱりこういうお祭りに、トラブルはつきものだ。そしてそれを挽回するのは、僕の得意分野だった。
僕は宣伝班の二人に向かって、軽く胸を叩いてみせた。
「ちょっと僕、探してくるよ。その間、作業進めてていいからね」
「ありがと、助かる」
宮地くんの机にはカバンがひっかけてあるから、少なくともまだ校内にはいるはずだ。佐伯くんに残りの仕事を引き継ぐと、僕は足早に教室を後にした。
◇
図書館前の勉強スペースは、ピンクの紙の花で半分ぐらい装飾されたまま放置されていた。思った通り、宮地くんはそこにいた。前と同じ席で、ぼんやりと窓の方を眺めている。
「宮地くん」
声をかけると、宮地くんは静かに振り向いた。まるで、僕が来るのをわかってたような顔だった。
「今日、撮影だってみんなが探してたけど……何かあった?」
宮地くんは、すぐには答えなかった。しばらく黙ってから、少しだけ顔を背けて、ようやく重そうに口を開く。
「ごめん。やっぱり……やりたくなくて」
ぽつり、ぽつりと言葉が落ちていった。
「俺、そんなに目立つの好きじゃないから……特に、SNSで自分の顔出しとか。たしかに撮るのは好きだけど、撮られるのはちょっと嫌なんだよな」
「……そっか」
わかるよ、というように笑顔で頷きながらも、僕はため息を抑えられなかった。さてと、これはかなり困ったことになった。この様子じゃ、僕が何を言ってももう無理だろう。そうなると代役が必要だけど、こんな直前に誰か捕まえられるかどうか……。
かすかな苛立ちを表に出さないように、僕はわざとおどけた顔をした。
「もちろん、やりたくないなら無理にとは言わないよ。でも直前すぎて、ちょっと困るかな……嫌なら断ってもいいよって最初に言った気がするんだけど、もしかして僕めっちゃ声小さかったかな?」
そのとたん、宮地くんがこっちを見た。突き刺すような、鋭い視線だった。和らげようとした空気が音を立てて凍り付き、僕は思わず動けなくなった。
「……断れるわけなくない?」
普段の宮地くんからは考えられないほど、強い口調だった。
「絶対似合うとか君に言われて、みんなも盛り上がってて……あそこで嫌だって言ったら、俺が感じ悪いみたいじゃん」
「……いや、僕は……」
違う。そんなつもりじゃなかった。そう言いたいのに、口が動かない。
「高瀬に頼まれると、断りにくいんだよ。クラスのためだし、俺も頑張らなきゃって最初は思ったけど……でも、別にやりたかったわけじゃないから。――そういうの、君はわかってると思ってたのに」
僕は、一言も言い返せなかった。絶句している僕を見て、宮地くんは少し冷静になったみたいだった。
「ごめん。言いすぎた」
「……ううん。僕の方こそ、本当にごめん」
そう言って頭を下げようとしたのに、僕の体はなかなか動かなかった。どうするのが正しいのか、よくわからなくなっていた。ただ、やらなきゃいけないことははっきりしてる。僕は、なんとか口を動かした。
「それなら、宣伝班には僕から伝えて、代理を探すよ。目立つの大好きな人たちもたくさんいるし、なんとかなるって」
「……うん。そうしてもらえると助かる。俺も、落ち着いた頃に準備の手伝い戻るよ」
「ありがとう。ごめんね」
もう一度謝って、ひとまずその場を離れかける。その僕を、宮地くんが呼び止めた。
「高瀬」
「……なに?」
たぶん、僕はよほど酷い顔をしていたんだと思う。宮地くんの表情に、罪悪感が混ざるのがはっきりと読めた。あー……余計に最悪だ。
「別に俺、高瀬が嫌いってわけじゃないから。ただ……今回みたいなのは、もうやめてほしいってだけで」
「……わかってるよ。じゃあさ、もし気が向いたら……今度は僕を便利に使ってね?」
「……あはは。うん、ありがと」
なんとか軽口に戻して、手をあげてその場を離れる。うまく笑えた自信は、まるでなかった。
◇
お調子者の友達がいると、こういうときはめちゃくちゃありがたい。
およそ白衣に似合わないひょうきんなポーズをキメまくっている颯太と、それにヤジを飛ばしている宣伝班を見ながら、僕は静かに教室を抜け出した。シフトの最終調整は、そのまま佐伯くんに任せてあった。今、僕は使い物になる状態じゃない。いったん頭を切り替えてこないとダメだ。
特別教室棟につながる渡り廊下は、まだ装飾がなくて地味な校舎のままだった。窓の向こうに広がる校庭では、実行委員の腕章をつけた人たちが、大きな看板の組み立てを指示している。窓の手すりに腕を乗せて、僕は思わず長いため息をついた。
やっちゃった。ほんと……やっちゃったなあ。たしかに、SNSの顔出しと、体育祭の補欠を同じ負担に思っていいわけがない。そこを読み間違えたのは僕のミスで……いや、違うな。勝手に読まないで、もっとちゃんと話を聞けばよかったんだ。刺すような宮地くんの視線が、頭から離れなかった。
「お。晴じゃん」
聞き慣れた声に、僕はぎくりとした。見ると、美術室から持ってきたのか、冗談みたいに大きな発泡スチロール材をいくつか抱えた朝陽が、渡り廊下の向こうからのんびり歩いてくる。
返事をしないで窓に視線を戻すと、朝陽も何かを察したらしかった。スチロールの束を足元に置くと、〈どうした?〉と肩を叩いてくる。答えないでいると、もう一回。さらにもう一回手が上がりかけたところで、僕はようやく重い口を開いた。
「……何。トドメでも刺しにきたわけ?」
「トドメ? お前、誰かになんかされたの」
急に鋭くなった声とともに、朝陽が僕の肩を掴む。僕はもう、突っ込む気力すらなかった。
「いや。……宮地くんに、悪いことしたなと思って」
言葉が、自然と口から滑り出ていく。あらましを聞いた朝陽は、納得したようにため息をついた。
「あー。それは、お前が悪いわ」
「わかってるってば」
「でもお前、そういうの外す奴だっけ?」
「……今、それ言う?」
「だって、珍しいじゃん」
「そう、だよね」
僕は小さく唾をのんだ。口の中が乾いていた。
「宮地くんにも、そう言われた。……僕ならわかってると思ってた、って」
そうだ。だって、それが僕だ。相手がやってほしいことやかけてほしい言葉が読めて、すぐにそれに合わせられる。でも、勝手に決めつけて、都合のいい答えだけ拾って、合わせてもらっていたのは僕の方だった。肝心の宮地くんの言葉を、僕は一度もちゃんと聞こうとしてなかった。
「ふーん」
朝陽が頷いた。大きな手が、僕の肩を無造作にぽんと叩いた。
「宮地、はっきり言ってくれてよかったじゃん。ところでお前、運営班の仕事まだかかりそうか? 俺、昨日の黒ソーダ試してみたいから、終わったらコンビニ行きたいんだけど――」
「え……待って待って」
さすがに話が急すぎる。僕は目を白黒させて朝陽を見た。
「いま、僕の話聞いてた? コメントゼロなわけ?」
「ゼロじゃなかっただろ。お前が悪いって言ったじゃん」
「そうだけど……じゃなくて、もっと励ますとか、後始末の手伝いしてくれるとか」
「うーん。後始末は、お前がやるんだろ?」
「丸投げ? お前、ほんとに友達?」
「さあな」
朝陽が肩をすくめて、いつもみたいにニッと笑う。そして、こう言い放った。
「そんなことより、早く終わらせようぜ。――お前抜きでコンビニ行っても、俺つまんないし」
……こういう、ところなんだ。こいつの人たらしって。
その瞬間、僕はようやく全身で理解した。朝陽の無邪気な目は、いつもと何も変わらなかった。僕が間違えたことも、人を傷つけたこともわかったうえで、僕に合わせて態度を変えたりしない。何も考えてないみたいにただ事実だけを言って、当たり前のようにこれからも僕の隣にいる気でいる。……それが、どれだけありがたいことなのか。
思えば朝陽が面白がるのは、いつも僕が誰かに合わせる余裕をなくした時だった。最初に再現を夏帆に見つかって、しぐさ語の苦しい言い訳をした時。ゲーセンの対戦でムキになって、ありえないぐらい時間を忘れてた時。異常写真の中で朝陽に合わせてる僕じゃなくて、あのとき朝陽が撮った写真の中の、予定通りにいかなかったのにずっと笑ってる僕の姿。
こいつはずっと、そっちを見てたんだ。
どくり、と心臓が動くと同時に、朝陽が僕をつかまえた。
「晴。聞いてるか?」
返事を促すみたいに、軽いキスで口をとらえられる。反射的にキスを返してしまってから、僕は慌てて朝陽の胸を押した。
「何やってんだよ!」
朝陽はすぐに顔を離して、僕の目を覗き込んだ。
「嫌だった?」
「そう、じゃなくて……!」
嫌じゃない。だから、よくない。場所もよくないし、タイミングもよくないし、何より今の僕がよくない。さっき、胸のあたりで、変な音がした。ありえない、本当にありえないんだけど、もしかして僕、今こいつに……?!
「晴?」
朝陽の指が、僕の頬をなぞる。僕はその手から逃げるように顔を背けた。ついでに目も固く閉じて、あちこちに触れてくる朝陽を見ないようにする。
「……なあ。なんか今日、お前のしぐさ語わかりにくいんだけど」
「き、気のせいじゃないかな」
自分ですらまだ直視できない今の気持ちを、ましてこいつには絶対に知られたくない。
朝陽と通じたくないなんて、初めてのことだった。
