写真の中だけ、もうキスしてる

 はっきり言って、ただのホラーだ。まったく身に覚えのない、自分のキス写真。それもまさに今、世界で一番気に食わない人間ランキングに入った奴との。

「なにこれ……ちょ、え?」

 僕は颯太から、派手なカバーのスマホをひったくった。

「僕、こんなことしてないよ! 誰かの嫌がらせ? AIとか?」

「これ出してくるAI、趣味悪すぎるだろ」

 鼻を鳴らす立花に、覗き込んでいたみんなが笑う。

「でも朝陽、画にはなってるよ? 高瀬も顔きれいだし」

「そういう問題じゃないし、実際はしてないからね? とにかくみんな忘れてよ、これは消すから」

 そう言って颯太のスマホから、二度と見たくない光景を勝手に削除――

 ……しようとしたのに、なぜか写真は消えなかった。「削除しました」とメッセージは出てくるのに、フォルダを開き直すとまだそこにある。え。気持ち悪……。

「……これ、どういうこと?」

「オレ、変な設定したかなあ。貸してみ……あ、ほんとに消えないわ」

「何やっても消えないか? 一回他の端末に送っとけば元データは消せるとか、そういう抜け道もない?」

 ちょっと薄気味悪くなってきた僕らは、立花の提案も試してみることにした。でも、送った颯太の方でも、送られた僕の方でも、何をやっても写真は消えない。結果として、僕のアルバムに、宿敵とのキス写真が追加された。ふざけんなよ。

「最悪じゃん! 何してくれたんだよ!」

「ふうん。やっぱり消えないのか」

「お前のせいだろ! 颯太、それ立花にも送ってやれよ。僕だけ不公平だ」

「だってさ。立花、LINE教えてくんね?」

「今の流れで教える奴がいるか? 絶対、クラスLINEから俺のアカウント検索とかするなよ? 絶対だぞ?」

「あ、さっすがー! お前、ノリわかってるわ。ってか、どうせ送るなら、もうちょっと試してみてもいい?」

 いつの間にか掃除の時間も過ぎて、人はまばらになっていた。広くなった教室で、颯太が僕らにカメラを向けて、勝手にパシャリ、パシャリと写真を撮っていく。いや僕、こいつとのツーショットなんて望んでないんだけど……。

「うーん。さっきの以外は普通だな……あ、でも、やっぱりたまに面白いの混ざるわ。ほら」

 机の上に置かれたスマホの画面を、僕はこわごわと覗き込んだ。たしかに、大多数は普通だ。微妙な距離をあけて突っ立っている、僕と立花が写っている。でも、いくつかは明らかに「異常」だった。立花が、僕と手を繋いでいる。僕が、立花の頭を撫でている……うわあ。

「これとかめっちゃ仲良さそう。ほら、立花、晴の肩に顎乗せてんじゃん」

「ほんとだ」

 なんでもないように頷く立花に、無性にイラっとする。え、物理現象としても僕らのすることとしてもありえないのに、リアクションそれだけ?

「なに受け入れてんだよ」

「いや、確かにちょうど良さそうだなって」

「……は?」

 目を白黒させる僕に、立花が自分の鼻のあたりで、手のひらを水平に動かしてみせる。

「だってお前、俺より身長低いじゃん」

「たかが五センチくらいでしょ。変わんないって」

「五センチはけっこう変わるだろ。お前だって、もう身長伸びないんだから」

「じゃあその五センチ、今なくしてやるよ!」

 とうとう僕は立花の頭に手を伸ばして、ぐいっとその頭を押し下げた。つんのめりかけた立花が、体勢を立て直して、さすがに眉を上げる。

「お前、けっこう暴力的だよな」

「お前が余計なことばかり言うからだろ」

「身長が俺以下だって、事実を言っただけだぞ?」

「だからそれが余計だって言ってんの。どうしてお前は全部そう――」

「待って……あれ?」

 またもや颯太が声を上げた。

「おかしいな。オレ、さっき異常写真だけ別フォルダに移したんだけど、一枚普通になってる……どれか戻った?」

「……え?」

 僕は急いで確認した。肩に顎のせてるやつはまだあるし、手を繋いでるやつもある。他には……

「あ。お前が俺の頭撫でてたやつがなくね?」

「ほんとだ……普通の写真に戻ってる!」

「なんでだ? 時間経過とか?」

 僕は背筋を伸ばした。これは明らかに朗報だ。ちゃんと考えてみなくちゃいけない。

「颯太。最後にそのフォルダ見たのって、いつ?」

「ついさっき。適当に連写した後、一枚ずつ追加して」

「そのあと、僕らなにやってた?」

「喧嘩してただろ。身長がどうとか。それで晴が、立花の頭つかんで――」

「――待って」

 頭の中に、ひらめくものがあった。元に戻った写真をじっと見つめて、さっきまでここに写っていた構図と、現実で喧嘩してたときの体勢を思い出す。僕の手が立花の頭に乗って、肩のあたりまで押し下げていた。向かい合う位置関係も、ほぼ同じ。ってことは、まさか……?

「立花」

「ん?」

「ちょっと右手かして」

「なんで? ……ああ」

 僕がスマホに新しく拡大表示した写真を見て、立花が納得したように頷いた。

 そして、思いがけない優しい手つきで、僕の手をそっと握った。……は?

「……何やってんの?」

「写真の真似するんだろ? 繋いでるっていうより、俺がリードしてる感じじゃん」

「そうだけど……え、もっと嫌がるとかないの?」

「別に。好きでもないやつとこうしたって、何も感じないし」

「まあ、それはそうなんだけど……」

 たしかにそういう意味では、僕も別に何も感じない。でも、何も感じないからと言って平然とやられると、それはそれでなんか、なんかこう、ムカつくんだけどな……!

「で、颯太」

 甘んじて立花に手を握られながら、僕は気を取り直して颯太を見た。

「もう一回、写真見てみてくれない?」

 促されてカメラロールを確認した颯太が、びっくりした顔になった。

「あ! 手繋いでたやつ、元に戻ってるぜ!」

「やっぱりか!」

 僕は立花の手を放り出して、ぐっとガッツポーズをした。

「現実で再現したら、元に戻せるんだ。残りも、そうすればいいんだよ!」

 よかった。この異常写真も、永久に残るわけじゃないんだ。なんでいきなりこんなものが写り始めたのか、そっちも知りたいけど、ひとまず戻し方がわかったのは大きい。

 そう一人で頷いてたのに、颯太は若干変な顔をした。

「え……晴。この肩もたれとか、顎クイとか、ほんとに全部再現すんの?」

「うん。もちろん嫌だけど、写真が残る方がもっと嫌だし。ただ構図だけ真似すればいいんでしょ?」

 その点だけは、むしろ相手が立花で好都合かもしれない。意識するなんて絶対ありえない相手だから、僕だって平然とやればいいんだ。そんなことより、変な瞬間を切り取った写真が残り続ける方がおそろしい。

「じゃあ、この壁ドンも?」

「俺、普通にできるぞ」

「こっちの肩抱きも?」

「友達でもやるじゃん」

「それなら……最初の、このキスも?」

「――それだけは別だろ!」

 僕と立花の声が、きれいに重なる。よかった。そこは意見が合うらしい。

「なんで? 他はいいのに? お前らの基準、わけわかんねえよ!」

 混乱した颯太の声を聞きながら、僕はもう一度写真に目を落とした。顎クイだろうが壁ドンだろうが、別に好きでもないんだからなんだってできる。でも、キスだけは絶対に嫌だ。

 キスをしないで、キス写真を元に戻す。

 ……そんなこと、できるんだろうか?