夏休みの宿題は、二日先のノルマ分まで済ませてあった。頼まれていた買い物も行ったし、お昼の皿洗い当番も終わってる。
そんなわけで、珍しくヒマだった。
僕はベッドに寝転がって、スマホの写真を整理していた。最近の写真は、五人で遊びに行ったものばかりだ。特大の水鉄砲を持った朝陽の上に、バケツごと水をぶちまけようとしてる夏帆。マイクを握って熱唱してる颯太と、その動画を撮りながら片手で耳を塞いでる理央。当然、僕と朝陽の写真もたくさんあったけど、どれも普通の写真のままだった。あの変な現象も、今は夏休みなのかもしれない。
そんなことを考えていると、スマホの上の方にピコンとメッセージが表示された。朝陽だ。
『今日の夕方ヒマか?』
夏休みに入ってから、朝陽はなぜか毎日のようにメッセージをよこしてきていた。その大半はどうでもいい内容だったけど、今日のこれはちゃんと中身がありそうだ。僕はごろりとうつ伏せになると、肘をついて少しだけ身を起こした。
『特に予定はないけど。なんで?』
『俺んちの近くで祭りやるんだ。お前も来いよ』
『いいね』
ちょうど持て余していた時間に面白そうな予定が入って、僕は口元をゆるめた。ソースの匂いを想像して、早くもお腹がすいてくる。
『何時に行けばいい? あの駅前でいいの?』
『五時前だと助かる。早めについたら電話して』
『りょうかーい』
僕はスタンプをポンと送ると、電車の時間を調べるために路線アプリを立ち上げた。
◇
「……で、『助かる』ってそういうこと?」
駅まで迎えに来た朝陽が僕を引っ張って行ったのは、川へ続く道に面した商店街だった。歩行者天国のコーンが立てられた一角に、射的や輪投げなんかの定番遊びをいくつか集めた、子供向けの縁日スペースがある。
「いつも助かるわあ、朝陽くん」
「お友達まで連れてきてくれてありがとう。今年もよろしくね」
「任せてください。俺ら、こういうの得意なんで」
朝陽は、顔見知りらしい地元のおばちゃんたちと、人懐っこく話している。
「僕、遊ぶ側じゃなくて運営する側で呼ばれたの?」
「祭りに来たことには変わらないだろ」
「この詐欺師!」
小声で悪態をつきながらも、他の人たちにはにっこりと笑う。こうなった以上は、いっちょ頑張ってやるしかない。
僕の担当は、縁日エリアに入るための受付だった。来た子の腕に細い紙のリストバンドを巻いてあげて、出ていく時には参加賞の記念品を渡す。
「こんにちは。三名様でしょうか?」
「ねーママ、あたしあれほしい!」
「あたしも! うさちゃんのシール!」
「あれは射的の景品だよ。やってみる? ちょっと難しいかもしれないけど……」
「いい、やるの!」
「じゃあ、あのお兄さんのところに行ってごらん。頑張ってね!」
朝陽は、射的のブースを担当していた。僕が鎖骨のあたりで指を二本立てると、朝陽は頷き、笑顔で子供たちを手招きした。
「それじゃ二人とも、一緒にやってみような! まず、この鉄砲をこうやって持って――」
背の高い朝陽が、女の子の横にしゃがみながら、僕の背後へ少しだけ顎をしゃくる。僕は入り口に向き直り、折りたたみ机の上にそうっと手を伸ばしかけていた小さな男の子に、にっこりと笑った。
認めたくはないけど、朝陽の人選は正しかった。こういう子供向けイベントの運営なんて、まさに僕が得意な分野だ。次々に来る子供たちに話しかけ、親御さんも気遣い、みんなが笑顔で帰ってくれるようにする。うん、かなり楽しい。人も多すぎず少なすぎずのちょうどいい塩梅で、朝陽や他の人たちのブースからも明るい笑い声が響いていた。
異変が起きたのは、七時過ぎだった。
三人兄弟のような小学生たちを案内して顔を上げた僕は、受付の前に人が増えているのに気づいた。やばい、急に混んできてる。さっきまで普通だったのに、いったい何があったんだろう……?
ジジ、というノイズ音に続いて、そばの電信柱近くに設置されていたスピーカーから、その答えは流れてきた。
『誠にご迷惑をおかけいたします……「妖怪たちの盆踊り」は、機材トラブルのため、三十分繰り下げて開始いたします……』
「晴」
肘を掴まれて、僕は振り返った。休憩に入ったスタッフの代わりに、今だけ隣の輪投げも担当していた朝陽が〈どうする?〉と目で聞いてくる。
「これ、盆踊り勢がみんなこっち流れてきてるよね。人数制限しようか?」
「でも、それだと通路に人が溢れて邪魔になるだろ」
「そうだけど……」
迷っている間にも、人はどんどん増えていく。勝手に出口からエリアに入ろうとする子、並ぶ場所がわからなくてきょろきょろしている親子。左の方ではヨーヨーのスタッフが、景品が切れたと声を上げている。いろいろとタイミングが悪すぎて、余裕はまったくない。
ない、んだけど――
「まあ、そのままやるか」
朝陽が肩をすくめた。
「子供たち待たせるのも悪いし。動線整理すれば、なんとかなるだろ」
「そうだね。そしたら、まずヨーヨーの方に予備の景品回してくれる?」
「了解」
一度だけぐっと僕の肩を掴んで、朝陽が離れていく。僕も深く息を吸ってから、お客さんたちに向き直って、大きく腕を上げた。
「お待たせして申し訳ありません! 出口をふさいじゃうので、これから入る人はこのタイルに沿って二列に並んでください! 順番にご案内しますね、まず……」
目の回るような戦いが始まった。笑顔で挨拶してリストバンドを渡しながら、肩越しにちらりと振り返る。朝陽が指を一本立てたので、とりあえず今の子は射的に回した。ついでに朝陽が左を差してから手を伏せたので、ヨーヨーの方を見ていた親子にはさりげなくくじ引きを勧める。二人ともお客さんに向かって話し続けながら、しぐさと目線だけで短く指示し合い、そのスピードがどんどん早くなってくる。
「こんにちは! 何名様ですか?」
背中で、朝陽に指を四本。
「おっ、いいの取れたな。参加賞忘れんなよ」
肘をつかまれ、軽く下に引かれる。
「あっ、忘れ物ですか?」
(さっきのハンカチ回して)
「花火大会の会場だって?」
(案内マップ三枚くれ)
目まぐるしくやり取りするうちに、だんだん僕らはゾーンのような状態に入り始めた。ゲームとかで夢中になってるときに感じる、ひとつ間違えたらすべてが終わるような、でも坂を駆け降りるのを止められないような、スリル満点の高揚感。指一本ですべてが伝わり、目が合うだけで考えてることがわかる。なんだ。なんだこれ。めちゃくちゃ楽しい。
朝陽の顔にも、不敵な笑みが浮かんでいた。
「輪投げちょうど空きましたよ、楽しんでください!」
「よーしお前ら、三人まとめて一緒に来い!」
手を上げる。顎をしゃくる。胸を叩く。足を鳴らす。もう、しゃべってる方が遅いぐらいだった。一学期の間に、僕らがずっと積み上げてきた、僕ら二人だけに通じる感覚。一言もしゃべってないのに、これ以上ないってぐらいにかみ合った連携プレーが――最高に、気持ちが良かった。
川の方から花火の音が聞こえてきて、ようやく人の波が引き始めた。休憩を終えて帰ってきたおじさんたちが、大盛況のエリアを見て目を丸くする。
「おっ、こんなに人きてたのか! 悪かったな、忙しかっただろ」
「俺らが代わるから、お前らもしばらく休憩行ってこい」
「あ、はい! それじゃ、これだけ片づけたら行ってきます!」
受付係の名札を外して、空になった参加賞の箱をいくつかまとめて持ち上げる。同じように段ボールを抱えた朝陽と連れ立って、僕らはバックヤードにしている路地へ向かった。喧騒から離れるなり、一気に言葉が噴き出す。
「人やっば! マジで死んだんだけど」
「でも、全部回せただろ?」
「ほんと奇跡だよ。僕ら天才じゃないの?」
「ああ、俺もそう思ってた」
まだ興奮がおさまらないまま、必要以上に大きな声で互いをたたえ合う。
「てか、最後のよく伝わったね。めっちゃ適当に指示出したのに」
「ああ、お前が指でこうやったやつ? そりゃあれは〈迷子〉以外に読めないだろ」
どさりと段ボールを置いた僕は、袖で汗をぬぐいながら笑った。
「平然と言うけど、普通わからないからね?」
「直前にお前があの子の方見たじゃん。わかるだろ」
「お前、ほんと僕のことよく見てるよな。それだけは認めるわ」
――何気なくそう言ったとたん、朝陽の口調が、微妙に変わった。
「……本当に?」
僕は目を上げた。路地の向こうの明るい商店街を背に、朝陽がこっちを見ていた。表通りの方からは、祭りのにぎやかな音が聞こえてくる。それなのになぜか、この路地だけ、急に静かになったみたいだった。
「本当に、認めてくれんの」
朝陽が、ゆっくりと言った。僕は段ボールを潰して端に寄せながら、首を傾げた。
「そりゃ、客観的に言ってそうでしょ。あれだけのことやりきったんだから――」
振り返った僕の、言葉が途切れた。
朝陽が目の前にいて、僕をじっと見つめていた。二人とも、まだ少し息を弾ませていた。さっき子供に綿あめを押し付けられていた朝陽からは、かすかな甘い匂いがした。
朝陽の手が、僕の顔を挟んだ。そのまま、そっと引き寄せかけて……急に、ぎゅっと眉を寄せて、途中で止まる。さっきさんざん無言で会話してたから、今も僕は、朝陽が何をしようとしたのかすぐにわかった。
わかったから、ちょっとイラついた。
「何?」
僕は朝陽を見上げて、胸ぐらをつかんで引き寄せた。
「――やるなら、ちゃんとやれよ」
唇がぶつかった瞬間、朝陽が息をのんだ。
少しだけ顔を離すと、信じられない、って顔をした朝陽と目が合った。なんだよ。こうしようとしたんじゃないの?
もう一度口をふさぐと、朝陽の手にぎゅっと力がこもった。頬を挟んでいた手が、頭や腰に回って、急いでるみたいに僕を引き寄せる。〈落ち着け〉の意味を込めて、僕も朝陽の腰に腕を回した。下唇がそっと噛まれて、音にならない朝陽の声が聞こえる。
〈晴。もっと〉
〈こう……?〉
朝陽がわずかに顔の角度を変え、腰へ回した腕を強めた。
〈足りない。こっちも〉
〈……わかった〉
目を閉じたまま、何度も触れ合わせる唇の動きだけで会話する。さっき屋台を回していた時の高揚感が、再び僕の中で燃え上がり始めていた。言葉がなくても、僕の言いたいことが全部伝わる。もう、目すら合わせなくても、朝陽の言いたいことが全部わかる……。
――ん?
いきなり、僕は目を開けた。まるで誰かに、横っ面を張り飛ばされたみたいだった。はじかれたように顔を上げると、朝陽の顔がすぐそこにあった。髪にもぐりこんだ朝陽の手。お互いの身体に回した腕。少し濡れた、朝陽の唇。……今、僕はいったい――何をしたんだ?
呆然とする僕の後ろで、ドン、と花火の音が聞こえた。
そんなわけで、珍しくヒマだった。
僕はベッドに寝転がって、スマホの写真を整理していた。最近の写真は、五人で遊びに行ったものばかりだ。特大の水鉄砲を持った朝陽の上に、バケツごと水をぶちまけようとしてる夏帆。マイクを握って熱唱してる颯太と、その動画を撮りながら片手で耳を塞いでる理央。当然、僕と朝陽の写真もたくさんあったけど、どれも普通の写真のままだった。あの変な現象も、今は夏休みなのかもしれない。
そんなことを考えていると、スマホの上の方にピコンとメッセージが表示された。朝陽だ。
『今日の夕方ヒマか?』
夏休みに入ってから、朝陽はなぜか毎日のようにメッセージをよこしてきていた。その大半はどうでもいい内容だったけど、今日のこれはちゃんと中身がありそうだ。僕はごろりとうつ伏せになると、肘をついて少しだけ身を起こした。
『特に予定はないけど。なんで?』
『俺んちの近くで祭りやるんだ。お前も来いよ』
『いいね』
ちょうど持て余していた時間に面白そうな予定が入って、僕は口元をゆるめた。ソースの匂いを想像して、早くもお腹がすいてくる。
『何時に行けばいい? あの駅前でいいの?』
『五時前だと助かる。早めについたら電話して』
『りょうかーい』
僕はスタンプをポンと送ると、電車の時間を調べるために路線アプリを立ち上げた。
◇
「……で、『助かる』ってそういうこと?」
駅まで迎えに来た朝陽が僕を引っ張って行ったのは、川へ続く道に面した商店街だった。歩行者天国のコーンが立てられた一角に、射的や輪投げなんかの定番遊びをいくつか集めた、子供向けの縁日スペースがある。
「いつも助かるわあ、朝陽くん」
「お友達まで連れてきてくれてありがとう。今年もよろしくね」
「任せてください。俺ら、こういうの得意なんで」
朝陽は、顔見知りらしい地元のおばちゃんたちと、人懐っこく話している。
「僕、遊ぶ側じゃなくて運営する側で呼ばれたの?」
「祭りに来たことには変わらないだろ」
「この詐欺師!」
小声で悪態をつきながらも、他の人たちにはにっこりと笑う。こうなった以上は、いっちょ頑張ってやるしかない。
僕の担当は、縁日エリアに入るための受付だった。来た子の腕に細い紙のリストバンドを巻いてあげて、出ていく時には参加賞の記念品を渡す。
「こんにちは。三名様でしょうか?」
「ねーママ、あたしあれほしい!」
「あたしも! うさちゃんのシール!」
「あれは射的の景品だよ。やってみる? ちょっと難しいかもしれないけど……」
「いい、やるの!」
「じゃあ、あのお兄さんのところに行ってごらん。頑張ってね!」
朝陽は、射的のブースを担当していた。僕が鎖骨のあたりで指を二本立てると、朝陽は頷き、笑顔で子供たちを手招きした。
「それじゃ二人とも、一緒にやってみような! まず、この鉄砲をこうやって持って――」
背の高い朝陽が、女の子の横にしゃがみながら、僕の背後へ少しだけ顎をしゃくる。僕は入り口に向き直り、折りたたみ机の上にそうっと手を伸ばしかけていた小さな男の子に、にっこりと笑った。
認めたくはないけど、朝陽の人選は正しかった。こういう子供向けイベントの運営なんて、まさに僕が得意な分野だ。次々に来る子供たちに話しかけ、親御さんも気遣い、みんなが笑顔で帰ってくれるようにする。うん、かなり楽しい。人も多すぎず少なすぎずのちょうどいい塩梅で、朝陽や他の人たちのブースからも明るい笑い声が響いていた。
異変が起きたのは、七時過ぎだった。
三人兄弟のような小学生たちを案内して顔を上げた僕は、受付の前に人が増えているのに気づいた。やばい、急に混んできてる。さっきまで普通だったのに、いったい何があったんだろう……?
ジジ、というノイズ音に続いて、そばの電信柱近くに設置されていたスピーカーから、その答えは流れてきた。
『誠にご迷惑をおかけいたします……「妖怪たちの盆踊り」は、機材トラブルのため、三十分繰り下げて開始いたします……』
「晴」
肘を掴まれて、僕は振り返った。休憩に入ったスタッフの代わりに、今だけ隣の輪投げも担当していた朝陽が〈どうする?〉と目で聞いてくる。
「これ、盆踊り勢がみんなこっち流れてきてるよね。人数制限しようか?」
「でも、それだと通路に人が溢れて邪魔になるだろ」
「そうだけど……」
迷っている間にも、人はどんどん増えていく。勝手に出口からエリアに入ろうとする子、並ぶ場所がわからなくてきょろきょろしている親子。左の方ではヨーヨーのスタッフが、景品が切れたと声を上げている。いろいろとタイミングが悪すぎて、余裕はまったくない。
ない、んだけど――
「まあ、そのままやるか」
朝陽が肩をすくめた。
「子供たち待たせるのも悪いし。動線整理すれば、なんとかなるだろ」
「そうだね。そしたら、まずヨーヨーの方に予備の景品回してくれる?」
「了解」
一度だけぐっと僕の肩を掴んで、朝陽が離れていく。僕も深く息を吸ってから、お客さんたちに向き直って、大きく腕を上げた。
「お待たせして申し訳ありません! 出口をふさいじゃうので、これから入る人はこのタイルに沿って二列に並んでください! 順番にご案内しますね、まず……」
目の回るような戦いが始まった。笑顔で挨拶してリストバンドを渡しながら、肩越しにちらりと振り返る。朝陽が指を一本立てたので、とりあえず今の子は射的に回した。ついでに朝陽が左を差してから手を伏せたので、ヨーヨーの方を見ていた親子にはさりげなくくじ引きを勧める。二人ともお客さんに向かって話し続けながら、しぐさと目線だけで短く指示し合い、そのスピードがどんどん早くなってくる。
「こんにちは! 何名様ですか?」
背中で、朝陽に指を四本。
「おっ、いいの取れたな。参加賞忘れんなよ」
肘をつかまれ、軽く下に引かれる。
「あっ、忘れ物ですか?」
(さっきのハンカチ回して)
「花火大会の会場だって?」
(案内マップ三枚くれ)
目まぐるしくやり取りするうちに、だんだん僕らはゾーンのような状態に入り始めた。ゲームとかで夢中になってるときに感じる、ひとつ間違えたらすべてが終わるような、でも坂を駆け降りるのを止められないような、スリル満点の高揚感。指一本ですべてが伝わり、目が合うだけで考えてることがわかる。なんだ。なんだこれ。めちゃくちゃ楽しい。
朝陽の顔にも、不敵な笑みが浮かんでいた。
「輪投げちょうど空きましたよ、楽しんでください!」
「よーしお前ら、三人まとめて一緒に来い!」
手を上げる。顎をしゃくる。胸を叩く。足を鳴らす。もう、しゃべってる方が遅いぐらいだった。一学期の間に、僕らがずっと積み上げてきた、僕ら二人だけに通じる感覚。一言もしゃべってないのに、これ以上ないってぐらいにかみ合った連携プレーが――最高に、気持ちが良かった。
川の方から花火の音が聞こえてきて、ようやく人の波が引き始めた。休憩を終えて帰ってきたおじさんたちが、大盛況のエリアを見て目を丸くする。
「おっ、こんなに人きてたのか! 悪かったな、忙しかっただろ」
「俺らが代わるから、お前らもしばらく休憩行ってこい」
「あ、はい! それじゃ、これだけ片づけたら行ってきます!」
受付係の名札を外して、空になった参加賞の箱をいくつかまとめて持ち上げる。同じように段ボールを抱えた朝陽と連れ立って、僕らはバックヤードにしている路地へ向かった。喧騒から離れるなり、一気に言葉が噴き出す。
「人やっば! マジで死んだんだけど」
「でも、全部回せただろ?」
「ほんと奇跡だよ。僕ら天才じゃないの?」
「ああ、俺もそう思ってた」
まだ興奮がおさまらないまま、必要以上に大きな声で互いをたたえ合う。
「てか、最後のよく伝わったね。めっちゃ適当に指示出したのに」
「ああ、お前が指でこうやったやつ? そりゃあれは〈迷子〉以外に読めないだろ」
どさりと段ボールを置いた僕は、袖で汗をぬぐいながら笑った。
「平然と言うけど、普通わからないからね?」
「直前にお前があの子の方見たじゃん。わかるだろ」
「お前、ほんと僕のことよく見てるよな。それだけは認めるわ」
――何気なくそう言ったとたん、朝陽の口調が、微妙に変わった。
「……本当に?」
僕は目を上げた。路地の向こうの明るい商店街を背に、朝陽がこっちを見ていた。表通りの方からは、祭りのにぎやかな音が聞こえてくる。それなのになぜか、この路地だけ、急に静かになったみたいだった。
「本当に、認めてくれんの」
朝陽が、ゆっくりと言った。僕は段ボールを潰して端に寄せながら、首を傾げた。
「そりゃ、客観的に言ってそうでしょ。あれだけのことやりきったんだから――」
振り返った僕の、言葉が途切れた。
朝陽が目の前にいて、僕をじっと見つめていた。二人とも、まだ少し息を弾ませていた。さっき子供に綿あめを押し付けられていた朝陽からは、かすかな甘い匂いがした。
朝陽の手が、僕の顔を挟んだ。そのまま、そっと引き寄せかけて……急に、ぎゅっと眉を寄せて、途中で止まる。さっきさんざん無言で会話してたから、今も僕は、朝陽が何をしようとしたのかすぐにわかった。
わかったから、ちょっとイラついた。
「何?」
僕は朝陽を見上げて、胸ぐらをつかんで引き寄せた。
「――やるなら、ちゃんとやれよ」
唇がぶつかった瞬間、朝陽が息をのんだ。
少しだけ顔を離すと、信じられない、って顔をした朝陽と目が合った。なんだよ。こうしようとしたんじゃないの?
もう一度口をふさぐと、朝陽の手にぎゅっと力がこもった。頬を挟んでいた手が、頭や腰に回って、急いでるみたいに僕を引き寄せる。〈落ち着け〉の意味を込めて、僕も朝陽の腰に腕を回した。下唇がそっと噛まれて、音にならない朝陽の声が聞こえる。
〈晴。もっと〉
〈こう……?〉
朝陽がわずかに顔の角度を変え、腰へ回した腕を強めた。
〈足りない。こっちも〉
〈……わかった〉
目を閉じたまま、何度も触れ合わせる唇の動きだけで会話する。さっき屋台を回していた時の高揚感が、再び僕の中で燃え上がり始めていた。言葉がなくても、僕の言いたいことが全部伝わる。もう、目すら合わせなくても、朝陽の言いたいことが全部わかる……。
――ん?
いきなり、僕は目を開けた。まるで誰かに、横っ面を張り飛ばされたみたいだった。はじかれたように顔を上げると、朝陽の顔がすぐそこにあった。髪にもぐりこんだ朝陽の手。お互いの身体に回した腕。少し濡れた、朝陽の唇。……今、僕はいったい――何をしたんだ?
呆然とする僕の後ろで、ドン、と花火の音が聞こえた。
