放課後、防音室に集まった創とつばめは、律の提案を聞いてもすぐには答えなかった。
創はベースを膝に載せたまま銀縁眼鏡を押し上げ、つばめはドラムスティックを両手で転がしている。
僕はギターを抱えて、律の隣に立っていた。話し合いの最中までくっついてる必要はないのに、律がいつもどおり肩が触れる距離にいるせいで、昨日までの険悪な問題はもう半分くらい解決したように思えてしまう。
「美紀に向けた曲は、コンクールではやらない」
律が二人を順番に見た。
「めぐから話聞いて、一晩考えた。去年と同じ曲で出たいのは俺だけだし、三人に付き合わせることじゃないよな」
「俺は別に、付き合わされているとは思ってないよ。あの曲はいい曲だと思ってる」
創が平坦な声で訂正した。
「ただ、コンクールで勝つために一番合った選曲じゃないと思う」
「僕も同じです。あの曲が嫌いなわけじゃありません」
つばめも続けて、スティックの先で自分の膝を軽く叩いた。
「それで、どの曲にするんですか?」
「既存曲にはしない。今の四人に合わせて、新しく作りたい」
「締め切りまで三か月ですよ」
「間に合わない?」
「普通のバンドなら厳しいと思います。でも、僕たちならできます」
つばめは小柄で、普段の声も表情も控えめなのに、こういうときだけ妙に頼もしい。
創はスマートフォンを取り出して予定表を開き、コンクールまでの日数を確認している。
「最初の一か月で曲を完成させれば、残り二か月を練習に使えるな。余裕があるとは言えないけど、不可能でもない」
「創、何か使えそうなフレーズはある?」
「いくつかある。だけど、先に新曲の方向性を決めたい」
律は少し考えたあと、鏡に映る僕たち四人を見た。
これまでの曲を作るとき、律は最初から歌詞の題材を持っていた。美紀さんとの思い出や、彼女に伝えたい言葉が先にあって、僕たちはその世界に音を足してきたんだ。
でも今回は、まだ誰に向けて何を歌うのかさえ決まっていない。
「去年より上手くなったって、四人ともわかる曲にしたい。俺の歌を聞かせるだけじゃなくて、ベースもドラムもギターも、どれか一つ欠けたら成り立たないようなやつ」
「具体性に欠けるな」
創から容赦のない評価が返ってくる。
「今から考えるんだよ。創はどんなことがしたい?」
「ベースをイントロの中心に置きたい。去年は音数を抑えてボーカルを支える構成にしたけど、今ならもっと前に出ても全体を崩さずに弾ける」
「つばめは?」
「テンポが速い曲がいいです。ただ大きな音を出すだけじゃなくて、前半は細かく抑えて、後半で一気に広げたいです」
「めぐは?」
三人の顔が僕に向く。
自分の希望を言うのは、なぜか律に反対意見を伝えるより気恥ずかしかった。これまで僕は、律の声を一番きれいに聞かせることばかり考えてギターを弾いてきたからだ。
「僕は、創のベースと掛け合わせるようなフレーズを弾いてみたい。ギターソロも入れたいけど、速く弾くだけじゃなくて、聞いたあとに残るメロディーにしたい」
「やっぱり、めぐのソロは長くしよう」
「まだ曲もできてないのに、そこだけ決めるの?」
「めぐのギターを格好よくするのは決定事項だから」
「そういう個人的な希望を先に入れるから、話がややこしくなるんだ」
創に指摘されても、律は悪びれた様子を見せなかった。
僕としても反対する理由はない。律に必要とされるなら何小節でも弾きたいけど、顔に出すと創に呆れられそうだから黙っておいた。
創はスマートフォンをアンプの上に置いて、録音を始める。続いてベースを構えると、低く短い音をいくつか鳴らした。
同じフレーズを繰り返しながら、少しずつ音の位置を変えていく。規則正しく聞こえた流れが途中で一度だけ外れて、次の小節で元に戻る。そのずれが、前に進みながら何かに手を引かれているようで耳に残った。
つばめがそこにドラムを重ねる。
初めは控えめなリズムだったけど、ベースの繰り返しをつかむと、細かな音を隙間に差し込み始めた。力強さだけで押すんじゃなくて、次に大きく鳴る瞬間を待たせる叩き方で、聞いている僕の指まで動かしたくなる。
僕もアンプの電源を入れて、二人の音を追いかけるようにギターを弾いた。
創と同じ旋律をなぞってから、途中で別の音に分かれる。次に戻ってきたときには、さっきより少し高い場所で重なった。
三人だけでも曲の形が見え始めたところで、律がマイクを手に取った。
歌詞はまだない。律は僕たちの演奏を聞きながら、ラララという声だけで旋律を探していく。
低く掠れた音がベースに寄り添い、ドラムが大きく開くところで一気に高くなる。僕がギターの音を変えると、律もすぐに反応して歌い方を変えた。
何度も同じ曲を合わせてきた僕には、それが偶然じゃないとわかる。律は僕のギターを聞き、僕は彼の声に合わせて次の音を選んでいた。
一度も練習したことのない曲なのに、行き先だけは互いにわかっているような感覚があった。
演奏が途切れると、スマートフォンに録音されたばかりの音を四人で聞き返した。
まだ曲と呼べるほど整ってはいない。それでも、誰か一人の後ろを三人がついて行くような音ではなかった。
創のベースが道を作り、つばめのドラムが前に押し、僕のギターと律の声が互いを追い手を取り合って進んでいる。今の四人だから生まれた形が、短い音源の中にもう見えていた。
「これを元に作ればいいと思う」
律がスマートフォンを指さした。
「歌詞はどうする?」
創に尋ねられ、律は鏡の中の僕たちをもう一度見た。
「誰か一人に気づいてもらうための歌じゃなくて、俺たち四人がどこまで行けるかって歌にしたい」
「それなら、バンド名に負けないくらい新しく生まれ変わった曲にしてください」
つばめが言うと、創も異論はないらしく頷いた。
こうして僕たちは、三か月後のコンクールに向けて、今ある曲のどれかを選ぶんじゃなく、それぞれが身につけた技術を出し切れる新曲を作ることに決めた。
律がこれまで書いてきた歌には、いつも「君」がいた。
その言葉が指す相手は美紀さんで、僕がどれだけ近くでギターを弾いても、歌の中に自分の居場所はなかった。
でも、これから作る曲の主語は「僕たち」だ。
律の「君」にはなれなくても、「僕たち」の中には僕もいる。
たったそれだけの違いなのに、次に鳴らす音は、これまでよりずっと遠くまで届くような気がした。
創はベースを膝に載せたまま銀縁眼鏡を押し上げ、つばめはドラムスティックを両手で転がしている。
僕はギターを抱えて、律の隣に立っていた。話し合いの最中までくっついてる必要はないのに、律がいつもどおり肩が触れる距離にいるせいで、昨日までの険悪な問題はもう半分くらい解決したように思えてしまう。
「美紀に向けた曲は、コンクールではやらない」
律が二人を順番に見た。
「めぐから話聞いて、一晩考えた。去年と同じ曲で出たいのは俺だけだし、三人に付き合わせることじゃないよな」
「俺は別に、付き合わされているとは思ってないよ。あの曲はいい曲だと思ってる」
創が平坦な声で訂正した。
「ただ、コンクールで勝つために一番合った選曲じゃないと思う」
「僕も同じです。あの曲が嫌いなわけじゃありません」
つばめも続けて、スティックの先で自分の膝を軽く叩いた。
「それで、どの曲にするんですか?」
「既存曲にはしない。今の四人に合わせて、新しく作りたい」
「締め切りまで三か月ですよ」
「間に合わない?」
「普通のバンドなら厳しいと思います。でも、僕たちならできます」
つばめは小柄で、普段の声も表情も控えめなのに、こういうときだけ妙に頼もしい。
創はスマートフォンを取り出して予定表を開き、コンクールまでの日数を確認している。
「最初の一か月で曲を完成させれば、残り二か月を練習に使えるな。余裕があるとは言えないけど、不可能でもない」
「創、何か使えそうなフレーズはある?」
「いくつかある。だけど、先に新曲の方向性を決めたい」
律は少し考えたあと、鏡に映る僕たち四人を見た。
これまでの曲を作るとき、律は最初から歌詞の題材を持っていた。美紀さんとの思い出や、彼女に伝えたい言葉が先にあって、僕たちはその世界に音を足してきたんだ。
でも今回は、まだ誰に向けて何を歌うのかさえ決まっていない。
「去年より上手くなったって、四人ともわかる曲にしたい。俺の歌を聞かせるだけじゃなくて、ベースもドラムもギターも、どれか一つ欠けたら成り立たないようなやつ」
「具体性に欠けるな」
創から容赦のない評価が返ってくる。
「今から考えるんだよ。創はどんなことがしたい?」
「ベースをイントロの中心に置きたい。去年は音数を抑えてボーカルを支える構成にしたけど、今ならもっと前に出ても全体を崩さずに弾ける」
「つばめは?」
「テンポが速い曲がいいです。ただ大きな音を出すだけじゃなくて、前半は細かく抑えて、後半で一気に広げたいです」
「めぐは?」
三人の顔が僕に向く。
自分の希望を言うのは、なぜか律に反対意見を伝えるより気恥ずかしかった。これまで僕は、律の声を一番きれいに聞かせることばかり考えてギターを弾いてきたからだ。
「僕は、創のベースと掛け合わせるようなフレーズを弾いてみたい。ギターソロも入れたいけど、速く弾くだけじゃなくて、聞いたあとに残るメロディーにしたい」
「やっぱり、めぐのソロは長くしよう」
「まだ曲もできてないのに、そこだけ決めるの?」
「めぐのギターを格好よくするのは決定事項だから」
「そういう個人的な希望を先に入れるから、話がややこしくなるんだ」
創に指摘されても、律は悪びれた様子を見せなかった。
僕としても反対する理由はない。律に必要とされるなら何小節でも弾きたいけど、顔に出すと創に呆れられそうだから黙っておいた。
創はスマートフォンをアンプの上に置いて、録音を始める。続いてベースを構えると、低く短い音をいくつか鳴らした。
同じフレーズを繰り返しながら、少しずつ音の位置を変えていく。規則正しく聞こえた流れが途中で一度だけ外れて、次の小節で元に戻る。そのずれが、前に進みながら何かに手を引かれているようで耳に残った。
つばめがそこにドラムを重ねる。
初めは控えめなリズムだったけど、ベースの繰り返しをつかむと、細かな音を隙間に差し込み始めた。力強さだけで押すんじゃなくて、次に大きく鳴る瞬間を待たせる叩き方で、聞いている僕の指まで動かしたくなる。
僕もアンプの電源を入れて、二人の音を追いかけるようにギターを弾いた。
創と同じ旋律をなぞってから、途中で別の音に分かれる。次に戻ってきたときには、さっきより少し高い場所で重なった。
三人だけでも曲の形が見え始めたところで、律がマイクを手に取った。
歌詞はまだない。律は僕たちの演奏を聞きながら、ラララという声だけで旋律を探していく。
低く掠れた音がベースに寄り添い、ドラムが大きく開くところで一気に高くなる。僕がギターの音を変えると、律もすぐに反応して歌い方を変えた。
何度も同じ曲を合わせてきた僕には、それが偶然じゃないとわかる。律は僕のギターを聞き、僕は彼の声に合わせて次の音を選んでいた。
一度も練習したことのない曲なのに、行き先だけは互いにわかっているような感覚があった。
演奏が途切れると、スマートフォンに録音されたばかりの音を四人で聞き返した。
まだ曲と呼べるほど整ってはいない。それでも、誰か一人の後ろを三人がついて行くような音ではなかった。
創のベースが道を作り、つばめのドラムが前に押し、僕のギターと律の声が互いを追い手を取り合って進んでいる。今の四人だから生まれた形が、短い音源の中にもう見えていた。
「これを元に作ればいいと思う」
律がスマートフォンを指さした。
「歌詞はどうする?」
創に尋ねられ、律は鏡の中の僕たちをもう一度見た。
「誰か一人に気づいてもらうための歌じゃなくて、俺たち四人がどこまで行けるかって歌にしたい」
「それなら、バンド名に負けないくらい新しく生まれ変わった曲にしてください」
つばめが言うと、創も異論はないらしく頷いた。
こうして僕たちは、三か月後のコンクールに向けて、今ある曲のどれかを選ぶんじゃなく、それぞれが身につけた技術を出し切れる新曲を作ることに決めた。
律がこれまで書いてきた歌には、いつも「君」がいた。
その言葉が指す相手は美紀さんで、僕がどれだけ近くでギターを弾いても、歌の中に自分の居場所はなかった。
でも、これから作る曲の主語は「僕たち」だ。
律の「君」にはなれなくても、「僕たち」の中には僕もいる。
たったそれだけの違いなのに、次に鳴らす音は、これまでよりずっと遠くまで届くような気がした。

