休日に好きなやつと二人で原宿に来て、肩を抱かれながら街を歩き、同じストローで飲み物まで飲む。
ここまで揃ったら、普通はデートだと思うよな?
ところが残念なことに、僕たちの場合は違うんだ。
律がこの街に来た目的は、僕とのデートじゃなく、前世の恋人を探すことだからだ。
前世の律と彼女は30年前まで東京に住んでいて、ロックが好きで、原宿にも何度も遊びに来たらしい。だから律は、小遣いやバイト代を貯めては、名古屋から東京まで彼女の生まれ変わりを探しに来ている。
往復の交通費だけでも高校生にはかなり痛いのに、律はそのためなら平気で何か月も節約する。昼飯を購買のパン一個で済ませている日なんかは、僕の弁当からおかずを分けてやることもあるんだ。
もちろん、僕も毎回一緒に来ている。
律が心配だからとか、少しでも長くそばにいたいからとか、そんな本当の理由は言えないので、「原宿で服を買いたいから」だと押し通している。
毎回買い物に付き合わされている律は、僕を相当なおしゃれ好きだと思っているかもしれない。
律の前世の話を本気で信じている友人は少ない。
中学の頃は、変わった設定を作って目立ちたいだけだとか、スピリチュアル好きなヤバい奴だとか、陰で言うやつもいた。
僕でさえ、最初に聞いたときは冗談だと思ったんだから、無理もない。
それでも僕が信じるようになったのは、中学の修学旅行で初めて東京に来たときのことがあったからだ。
自由行動で原宿に立ち寄った律は、地図も見ないまま竹下通りを外れ、複雑な裏道を迷わず歩いた。やがて古着屋の入った雑居ビルの前で足を止めると、ここは昔、地下にライブハウスがあったはずだと言い出したんだ。
今は看板も入口も残っていなかったのに、律は地下に続く階段の位置だけでなく、その途中に青い鳥の絵が描かれていることまで知っていた。
気になった僕たちが古着屋の店員に尋ねると、地下はかなり前まで本当にライブハウスで、壁画も改装せず残してあると教えてくれた。店の奥から階段を見せてもらったら、ポスターで半分隠れた壁に、色褪せた青い鳥がいた。
閉店したのは、僕たちが生まれるより前だったらしい。
それだけじゃない。律は僕らが実物を見たこともないPHSを「ピッチ」と呼び、ポケベルの数字だけで文章を伝える方法を知っている。昭和のロックバンドや昔のドラマにもやたら詳しくて、カラオケでは僕の親どころか祖父母の世代の曲まで歌えるんだ。
ネットで調べたと言われれば、それまでかもしれない。
でも僕には、律がわざわざそんな嘘をつく理由が思いつかなかった。
それに、昔のことを話すときの彼は、ただ知識を披露しているようには見えないんだ。昨日食べた夕飯を思い出すのと同じ自然さで、自分が見た街や、使っていた物や、隣にいた人について語っている。
だから僕は、律を信じている。
信じているからこそ、困ってるんだけどさ。
日曜の竹下通りは、まっすぐ歩くことさえ難しいほど混んでいた。色とりどりの看板が隙間なく並び、揚げ物の匂いや甘い菓子の香りが人の熱気に混じっている。
律は店先の商品ではなく、すれ違う女の人の顔を確かめながら歩いていた。長い金髪をハーフアップにした長身の男がきょろきょろしているものだから、向こうからもかなり見られている。
そのうち何人が、律の探している相手なんだろう。
美紀がどんな顔に生まれ変わったのか、今は何歳なのか、そもそも日本にいるのかさえわからない。それでも律は、会えばきっとわかると言っている。
「めぐ、もう少しこっちに寄れ。人にぶつかるぞ」
律が僕の肩に腕を回し、そのまま自分の横に引き寄せる。
人混みではぐれないためだとわかっていても、意識せずにはいられない。肩にかかる腕の重さも、歩くたびに触れる腰も、全部。
「律のほうがよそ見してるじゃん。前見ないと危ないよ」
「人を探してるんだから仕方ないじゃんか。めぐは俺から離れなければ大丈夫」
「僕を迷子になる小学生みたいに扱わないでくれる?」
「違うし。小学生なら、もう少し目を離しても平気だと思うわ」
それはつまり、小学生より僕のほうが心配だという意味だろうか。
反論しようとしたけれど、律の腕が僕の肩を抱いたままなので、結局何も言えなかった。
好きな相手に「離れるな」と言われて、まともな判断力を保てるほど僕は鈍感じゃないんだ。
しばらく歩いたところで、喉が渇いた僕たちは、店先でレモンスカッシュとクレープを買った。
律はチョコバナナ、僕はイチゴと生クリーム。店の横で並んで立ち、僕がレモンスカッシュを飲んでいると、律がこちらに顔を寄せてきた。
「めぐ、それ一口ちょうだい」
「律も同じの持ってるじゃん」
「もうなくなった」
「飲むの早すぎない?」
答える代わりに、律は僕の手首を軽くつかみ、僕が持っていたカップのストローに口をつけた。
同じストロー。……間接キス。
僕が飲んでいたものを、律が飲んでいる。そんな当たり前の事実だけで、ストローが急にとんでもない物に見えてくる。
返されたカップを受け取ったものの、次にどんな顔して口をつければいいんだろう。今さら躊躇したら、意識していることがばれちゃいそうだ。
「めぐ、クレープ食わないの?」
「食べるけど、ちょっと待って」
「クリーム溶けるぞ」
律は僕が固まっている理由なんて気づかず、自分のクレープを僕の口元に差し出した。
「これも食べる?」
「自分で持てるよ」
「いいから早く食え。垂れてる」
「ちょっ、押しつけんなし」
唇に生クリームが触れ、仕方なく一口かじる。
僕が飲み込むまで律は目の前で待っていて、それから当然のように尋ねてきた。
「うまい?」
「……うん」
「じゃあ、そっちも一口」
「またぁ?」
「交換だろ」
拒めるわけもなく、今度は僕がイチゴの入った部分を律に食べさせた。
何だろう、この状況。
同じストローで飲み物を分け合い、お互いのクレープを食べさせ合っている。こんなの、どう考えてもデートじゃん。
実際、近くを通った女の子二人が僕たちを見て、小声で何か話しながら笑っていた。
お願いだから勘違いしないでほしい。僕は付き合いたいけど、付き合ってはいない。
そのあと入った服屋でも、律の距離感はおかしいままだった。
僕がハンガーに掛かったシャツを眺めていると、律が淡い水色のパーカーを持ってきて、僕の胸元に重ねる。
「これ、めぐに似合いそう」
「そうかな。僕、こういう色あんまり着ないけど」
「髪の色とも合う。着てみろよ」
律に背中を押されるまま試着室に入り、言われたとおり着替える。カーテンを開けると、すぐ前で待っていた彼がフードの形を直してくれた。
鏡には、僕の肩に手を置いて満足そうにしている律まで映っている。
彼氏と服を選びに来たみたいだ、なんて考えるのは僕の自由だよな。口に出さなければ誰にも迷惑はかけないはずだ。
「やっぱり似合う。買えば?」
「うん。律が選んでくれたから買うわ」
「俺が選んだら買うのか?」
「ちょうど服が欲しかったからだよ」
危ない。
僕はどうして、ときどき自分から秘密をばらしそうになるんだろう。慌ててタグを確認すると、予定より少し高かったけれど、買わないという選択肢はない。
店を出てからも、律は行き交う人たちを目で追っていた。
僕に似合う服を選んだ数秒後には、もう別の誰かを探している。その横顔を見ていると、さっきまでデートみたいだと思って浮かれていた自分が、急にひどく単純な人間に思えてくる。
それでも律は、僕が人の流れから少し外れるたび、肩を抱いて自分の隣に戻した。
どっちか一つにしてほしいよな。
僕じゃない人を探すなら、せめて僕に期待させるようなことはしないでほしい。でも本当に離されたら、それはそれで耐えられそうにない。
駅のほうに戻ろうとしたところで、僕たちと同じくらいの年に見える女の子二人が近づいてきた。二人とも服も髪もきれいに整えていて、結構可愛い。
「ねえ、二人とも高校生?」
「よかったら、このあと一緒に遊ばない?」
声をかけられた律が、二人の顔を順番に見る。
その目がいつもより長く相手に留まった気がして、僕の指は買い物袋の持ち手を強く握った。
もしかして律は、この二人のどちらかに何かを感じたんだろうか。
そんな考えが浮かんだ直後、律の腕が僕の背中に回った。体ごと抱き寄せられ、肩が彼の胸元にぶつかる。
「ごめん。俺たち付き合ってるから」
耳のすぐ上から聞こえた言葉に、何を言われたのか理解するまで少し時間がかかった。
女の子たちは僕と律を交互に見たあと、納得したように顔を見合わせた。
「あ、そうなんだ。ごめんね」
「邪魔しちゃった。二人ともお幸せに」
二人は手を振り、人混みの中に戻っていった。
律の腕はまだ僕の背中に回ったままだ。
付き合ってる。
もちろん嘘だ。声をかけてきた女の子を手っ取り早く断るための、何の意味もない言葉だとわかっている。
それなのに頭の中では、律の声でその一言だけが何度も繰り返されていた。
「ちょっと律、なんであんな嘘つくんだよ」
「彼女がいるって言ったら、めぐだけ誘われるかもしれないじゃん。これなら二人まとめて断れるし」
「だからって、付き合ってることにしなくてもよくね?」
「嫌だったん?」
そう尋ねながら、律が僕の顔をのぞき込んでくる。
嫌だったと言えば、今すぐ腕を離されるかもしれない。そんな可能性を考えた時点で、僕に選べる答えなんて一つしかなかった。
「……別に、嫌じゃないけど」
「ならいいじゃん」
律は納得すると、また僕の肩を抱いたまま歩き始めた。
その目は相変わらず、雑踏の中に美紀を探している。
前世の恋人を探しながら、今世の親友を抱き寄せて、僕たちは付き合っているなんて平然と言う。律の中では、きっと何も矛盾していないんだろう。
でもさ、こんなのをデートじゃないと言い張るほうが、前世を信じるより難しいと思わない?
ここまで揃ったら、普通はデートだと思うよな?
ところが残念なことに、僕たちの場合は違うんだ。
律がこの街に来た目的は、僕とのデートじゃなく、前世の恋人を探すことだからだ。
前世の律と彼女は30年前まで東京に住んでいて、ロックが好きで、原宿にも何度も遊びに来たらしい。だから律は、小遣いやバイト代を貯めては、名古屋から東京まで彼女の生まれ変わりを探しに来ている。
往復の交通費だけでも高校生にはかなり痛いのに、律はそのためなら平気で何か月も節約する。昼飯を購買のパン一個で済ませている日なんかは、僕の弁当からおかずを分けてやることもあるんだ。
もちろん、僕も毎回一緒に来ている。
律が心配だからとか、少しでも長くそばにいたいからとか、そんな本当の理由は言えないので、「原宿で服を買いたいから」だと押し通している。
毎回買い物に付き合わされている律は、僕を相当なおしゃれ好きだと思っているかもしれない。
律の前世の話を本気で信じている友人は少ない。
中学の頃は、変わった設定を作って目立ちたいだけだとか、スピリチュアル好きなヤバい奴だとか、陰で言うやつもいた。
僕でさえ、最初に聞いたときは冗談だと思ったんだから、無理もない。
それでも僕が信じるようになったのは、中学の修学旅行で初めて東京に来たときのことがあったからだ。
自由行動で原宿に立ち寄った律は、地図も見ないまま竹下通りを外れ、複雑な裏道を迷わず歩いた。やがて古着屋の入った雑居ビルの前で足を止めると、ここは昔、地下にライブハウスがあったはずだと言い出したんだ。
今は看板も入口も残っていなかったのに、律は地下に続く階段の位置だけでなく、その途中に青い鳥の絵が描かれていることまで知っていた。
気になった僕たちが古着屋の店員に尋ねると、地下はかなり前まで本当にライブハウスで、壁画も改装せず残してあると教えてくれた。店の奥から階段を見せてもらったら、ポスターで半分隠れた壁に、色褪せた青い鳥がいた。
閉店したのは、僕たちが生まれるより前だったらしい。
それだけじゃない。律は僕らが実物を見たこともないPHSを「ピッチ」と呼び、ポケベルの数字だけで文章を伝える方法を知っている。昭和のロックバンドや昔のドラマにもやたら詳しくて、カラオケでは僕の親どころか祖父母の世代の曲まで歌えるんだ。
ネットで調べたと言われれば、それまでかもしれない。
でも僕には、律がわざわざそんな嘘をつく理由が思いつかなかった。
それに、昔のことを話すときの彼は、ただ知識を披露しているようには見えないんだ。昨日食べた夕飯を思い出すのと同じ自然さで、自分が見た街や、使っていた物や、隣にいた人について語っている。
だから僕は、律を信じている。
信じているからこそ、困ってるんだけどさ。
日曜の竹下通りは、まっすぐ歩くことさえ難しいほど混んでいた。色とりどりの看板が隙間なく並び、揚げ物の匂いや甘い菓子の香りが人の熱気に混じっている。
律は店先の商品ではなく、すれ違う女の人の顔を確かめながら歩いていた。長い金髪をハーフアップにした長身の男がきょろきょろしているものだから、向こうからもかなり見られている。
そのうち何人が、律の探している相手なんだろう。
美紀がどんな顔に生まれ変わったのか、今は何歳なのか、そもそも日本にいるのかさえわからない。それでも律は、会えばきっとわかると言っている。
「めぐ、もう少しこっちに寄れ。人にぶつかるぞ」
律が僕の肩に腕を回し、そのまま自分の横に引き寄せる。
人混みではぐれないためだとわかっていても、意識せずにはいられない。肩にかかる腕の重さも、歩くたびに触れる腰も、全部。
「律のほうがよそ見してるじゃん。前見ないと危ないよ」
「人を探してるんだから仕方ないじゃんか。めぐは俺から離れなければ大丈夫」
「僕を迷子になる小学生みたいに扱わないでくれる?」
「違うし。小学生なら、もう少し目を離しても平気だと思うわ」
それはつまり、小学生より僕のほうが心配だという意味だろうか。
反論しようとしたけれど、律の腕が僕の肩を抱いたままなので、結局何も言えなかった。
好きな相手に「離れるな」と言われて、まともな判断力を保てるほど僕は鈍感じゃないんだ。
しばらく歩いたところで、喉が渇いた僕たちは、店先でレモンスカッシュとクレープを買った。
律はチョコバナナ、僕はイチゴと生クリーム。店の横で並んで立ち、僕がレモンスカッシュを飲んでいると、律がこちらに顔を寄せてきた。
「めぐ、それ一口ちょうだい」
「律も同じの持ってるじゃん」
「もうなくなった」
「飲むの早すぎない?」
答える代わりに、律は僕の手首を軽くつかみ、僕が持っていたカップのストローに口をつけた。
同じストロー。……間接キス。
僕が飲んでいたものを、律が飲んでいる。そんな当たり前の事実だけで、ストローが急にとんでもない物に見えてくる。
返されたカップを受け取ったものの、次にどんな顔して口をつければいいんだろう。今さら躊躇したら、意識していることがばれちゃいそうだ。
「めぐ、クレープ食わないの?」
「食べるけど、ちょっと待って」
「クリーム溶けるぞ」
律は僕が固まっている理由なんて気づかず、自分のクレープを僕の口元に差し出した。
「これも食べる?」
「自分で持てるよ」
「いいから早く食え。垂れてる」
「ちょっ、押しつけんなし」
唇に生クリームが触れ、仕方なく一口かじる。
僕が飲み込むまで律は目の前で待っていて、それから当然のように尋ねてきた。
「うまい?」
「……うん」
「じゃあ、そっちも一口」
「またぁ?」
「交換だろ」
拒めるわけもなく、今度は僕がイチゴの入った部分を律に食べさせた。
何だろう、この状況。
同じストローで飲み物を分け合い、お互いのクレープを食べさせ合っている。こんなの、どう考えてもデートじゃん。
実際、近くを通った女の子二人が僕たちを見て、小声で何か話しながら笑っていた。
お願いだから勘違いしないでほしい。僕は付き合いたいけど、付き合ってはいない。
そのあと入った服屋でも、律の距離感はおかしいままだった。
僕がハンガーに掛かったシャツを眺めていると、律が淡い水色のパーカーを持ってきて、僕の胸元に重ねる。
「これ、めぐに似合いそう」
「そうかな。僕、こういう色あんまり着ないけど」
「髪の色とも合う。着てみろよ」
律に背中を押されるまま試着室に入り、言われたとおり着替える。カーテンを開けると、すぐ前で待っていた彼がフードの形を直してくれた。
鏡には、僕の肩に手を置いて満足そうにしている律まで映っている。
彼氏と服を選びに来たみたいだ、なんて考えるのは僕の自由だよな。口に出さなければ誰にも迷惑はかけないはずだ。
「やっぱり似合う。買えば?」
「うん。律が選んでくれたから買うわ」
「俺が選んだら買うのか?」
「ちょうど服が欲しかったからだよ」
危ない。
僕はどうして、ときどき自分から秘密をばらしそうになるんだろう。慌ててタグを確認すると、予定より少し高かったけれど、買わないという選択肢はない。
店を出てからも、律は行き交う人たちを目で追っていた。
僕に似合う服を選んだ数秒後には、もう別の誰かを探している。その横顔を見ていると、さっきまでデートみたいだと思って浮かれていた自分が、急にひどく単純な人間に思えてくる。
それでも律は、僕が人の流れから少し外れるたび、肩を抱いて自分の隣に戻した。
どっちか一つにしてほしいよな。
僕じゃない人を探すなら、せめて僕に期待させるようなことはしないでほしい。でも本当に離されたら、それはそれで耐えられそうにない。
駅のほうに戻ろうとしたところで、僕たちと同じくらいの年に見える女の子二人が近づいてきた。二人とも服も髪もきれいに整えていて、結構可愛い。
「ねえ、二人とも高校生?」
「よかったら、このあと一緒に遊ばない?」
声をかけられた律が、二人の顔を順番に見る。
その目がいつもより長く相手に留まった気がして、僕の指は買い物袋の持ち手を強く握った。
もしかして律は、この二人のどちらかに何かを感じたんだろうか。
そんな考えが浮かんだ直後、律の腕が僕の背中に回った。体ごと抱き寄せられ、肩が彼の胸元にぶつかる。
「ごめん。俺たち付き合ってるから」
耳のすぐ上から聞こえた言葉に、何を言われたのか理解するまで少し時間がかかった。
女の子たちは僕と律を交互に見たあと、納得したように顔を見合わせた。
「あ、そうなんだ。ごめんね」
「邪魔しちゃった。二人ともお幸せに」
二人は手を振り、人混みの中に戻っていった。
律の腕はまだ僕の背中に回ったままだ。
付き合ってる。
もちろん嘘だ。声をかけてきた女の子を手っ取り早く断るための、何の意味もない言葉だとわかっている。
それなのに頭の中では、律の声でその一言だけが何度も繰り返されていた。
「ちょっと律、なんであんな嘘つくんだよ」
「彼女がいるって言ったら、めぐだけ誘われるかもしれないじゃん。これなら二人まとめて断れるし」
「だからって、付き合ってることにしなくてもよくね?」
「嫌だったん?」
そう尋ねながら、律が僕の顔をのぞき込んでくる。
嫌だったと言えば、今すぐ腕を離されるかもしれない。そんな可能性を考えた時点で、僕に選べる答えなんて一つしかなかった。
「……別に、嫌じゃないけど」
「ならいいじゃん」
律は納得すると、また僕の肩を抱いたまま歩き始めた。
その目は相変わらず、雑踏の中に美紀を探している。
前世の恋人を探しながら、今世の親友を抱き寄せて、僕たちは付き合っているなんて平然と言う。律の中では、きっと何も矛盾していないんだろう。
でもさ、こんなのをデートじゃないと言い張るほうが、前世を信じるより難しいと思わない?

