全国本選の日、東京駅のホームに降りた律は、行き交う人々の顔を一度も見回さなかった。
以前なら、新幹線を降りた瞬間から美紀さんに似た女性を探し、僕が話しかけても半分しか聞いていなかった。
けれど今日は、背中に衣装を入れた鞄を負い、僕のギターケースを気にしながら、少し先を歩く創とつばめについていく。
東京に来る目的が変われば、同じ駅も別の場所に見えるらしい。
僕にとっても、今日のこの場所は律の前世の恋人を探しに来る街ではなく、四人で全国一を目指すために降りた場所になっていた。
会場に着くまで、律は普段と変わらないように振る舞っていた。創が作った当日の予定表を見て集合時刻が早すぎると文句を言い、つばめが持参した喉飴を勝手に二つ取って怒られている。
ただ、電車の窓に映る自分の姿を確かめる回数だけはいつもより多かった。
「律、髪なら乱れてないよ」
「髪を見てたんじゃない。今日の俺が、ちゃんと今の俺に見えるか確かめてた」
「鏡を見ても、そんなことまでわからないだろ」
「だから何度も見てる」
僕には、金色の髪を高い位置で結び、黒い衣装の上から十字架のチョーカーをつけた、いつもの律にしか見えない。
けれど、彼の内側にあったものは、この数か月で大きく変わった。
前世の記憶だと信じていた出来事を失い、生きる目的を失い、自分の歌まで捨てようとした律は、それでももう一度マイクを握ることを選んだ。
今日の彼が歌う『現在地』は、東海地区大会で披露したものと同じ曲でも、そこに込められる意味まで同じではないのだろう。
会場には各地区を勝ち上がったバンドが集まり、控室の廊下を歩くだけでも、ギターの調弦や発声練習の声が聞こえてきた。
演奏順を確認していた創は、ほかの出演者を見ても顔色を変えなかったものの、予定表の端は指の形に折れている。
つばめも落ち着いて座っているように見えて、膝の上では両手がずっと同じリズムを刻んでいた。
緊張しているのは僕と律だけじゃない。そう気づくと、自分の失敗で三人の音まで壊してはいけないという考えより、お互いに支え合えばいいのだと思えるようになった。
僕らの演奏順が近づき、ステージ袖に移動すると、律がマイクを持ったまま振り返った。
「今日も、後ろを見て歌っていい?」
「本番直前に確認することなの、それ」
「東海大会では、見るならギターソロの前後にしろと言ったが、今日も同じで構わない」
創がベースの音量を確かめながら答える。
「僕は律先輩が客席ばかり見ていた頃より、今のほうが演奏しやすいです」
「そんなに見てたか?」
「かなり見ていました。美紀さんらしい人がいないか探して、歌詞を間違えたこともあります」
「それ、今言う必要ある?」
つばめの指摘に律が眉を寄せたため、僕たちは揃って笑った。
これほど大きな舞台の直前なのに、四人で話していると放課後の防音室と変わらない。
僕らは手を重ね、東海地区大会のときと同じように、律が一番上から三人分を包んだ。
「この四人で、全国一になろう」
律の歌をたった一人の誰かに見つけてもらうためでじゃなく、ここにいる四人の音をたくさんの人に届けるために、律はそう言った。
バンド名が呼ばれ、照明の下に出る。客席は後方まで暗く、そこにいる一人一人の顔までは見えなかった。
律は中央のマイクの前に立っても、暗がりに誰かの姿を探さなかった。
創のベースから始まるイントロを聞き、つばめのドラムが重なると、僕のギターを確かめるようにこちらを見る。
最初の歌詞が、広い会場に放たれた。
『君の声が 僕の現在地を教えてくれる』
その「君」が誰なのか、僕は知っている。
律が歌詞を書いた日には、今は僕だと言ってくれた。やがて四人を表す言葉になり、聞く人によって違う誰かを重ねられる一節になっても、律が僕を見て歌うたび、最初に与えられた意味が失われたわけじゃないと思ってしまう。
創のベースは、曲を作り始めた頃より力強く前に出ていた。
つばめのドラムは、細かく抑えた前半から後半に向かって大きく広がり、四人の音をステージの端まで運んでいく。
ギターソロに入る直前、律はマイクから離れ、僕の隣まで来た。
練習では決めていなかった動きだった。けれど、僕が最初の音を弾くと、律は僕がどこに進もうとしているのかわかっているように体を揺らした。
彼の声を一番きれいに聞かせることだけを考えていた頃、僕のギターはいつも歌の後ろにいた。今は創のベースと向き合い、つばめのドラムに押されながら、自分の旋律で律を振り返らせている。
最後の音を伸ばすと、律が僕に向かって笑った。
それを合図に彼はマイクに戻り、四人の音が重なったまま最後のサビに入る。
律の声は、過去に取り残した誰かを呼んではいなかった。今いる場所から、自分で選んだ未来に向かって歌っていた。
演奏を終えた僕たちを迎えたのは、会場全体から押し寄せる拍手だった。
その後の記憶は、ところどころ輪郭が曖昧になっている。
ステージを降りた途端、つばめが僕と創の腕をつかみ、律が背後から三人をまとめて抱きしめた。
創は暑苦しいと言いながらも離れず、顧問に呼ばれるまで、僕らはひどく不格好な形で固まっていた。
結果発表でリーインカーネーションの名前が呼ばれたときも、すぐには自分たちのことだと気付けなかった。
「先輩たち、呼ばれました。私たちです」
つばめが隣で繰り返し、ようやく意味が追いついた。
創が眼鏡を押し上げながら大型画面に表示されたバンド名を確認し、間違いないと頷く。
その横で、律は僕の手を強く握っていた。
「めぐ、優勝だって」
「聞こえたよ。律が握りすぎて、指の感覚がなくなりそうだけど」
「悪い。でも、今は離せない」
律の手は少し震えていた。
僕も似たようなものだったから、その力が弱まるまで握り返した。
表彰式を終え、四人で優勝盾を持って写真を撮った。
「これで終わりじゃない。全国優勝は結果であって、バンドの最終目的じゃないからな」
「創先輩、今ぐらい素直に喜んでもいいと思います」
「十分喜んでいる」
「その顔で言われてもわかりません」
「僕にはわかるよ。創、さっきから優勝盾を一度も手放してないし」
僕が指摘すると、創は盾をつばめに渡そうとしたが、彼は笑って受け取らなかった。
律はそんな二人のやり取りをスマートフォンで撮影している。
以前なら、自分たちの姿を公開する理由は美紀さんに見つけてもらうためだった。
今は四人のグループメッセージに送ると言って、写真に『全国一になった日』というコメントをつけている。
「次は、新しい曲を作りたいです」
つばめが優勝盾の端に触れながら言った。
「『現在地』より難しくて、四人とももっと格好よく聞こえる曲がいいです」
「全国優勝した直後に要求を上げるのか」
「律先輩が、三か月あれば新曲を作れるって言ったんですよ」
「また三か月で作るの?」
「今度は半年ぐらい欲しい」
律が答えると、創は現実的な制作予定を考え始めた。
全国本選が終わっても、四人の会話は次に演奏する曲に続いている。
勝ったから完成したんじゃなく、今日を越えた先にも僕たちの時間が続くのだと、その声が教えてくれた。
顧問に呼ばれた創とつばめが、優勝盾を持って関係者の控室に向かう。
僕もついていこうとしたところで、律が肩に手を置いた。
「めぐは、少し残って」
「どうしたの?」
「約束した話をしたい」
全国本選が終わったら、伝えたいことがある。
その言葉を忘れた日はなかったのに、優勝の興奮に紛れ、今だけは考えずに済んでいた。
律に促されて近くの控室に入ると、閉じた扉の向こうから、廊下を行き交う人の声が遠く聞こえた。
律は衣装の上着を脱がないまま、僕の前に立った。
ステージでは迷いなく歌えていたのに、今は何度も言葉を選び直しているようだった。
「今日、『現在地』を歌ってたとき、最初の『君』が誰だったかわかる?」
「僕だろ。前にも、そう言ってくれたじゃん」
「うん。書いたときもめぐだったし、今日も最初から最後まで、めぐを見てた」
「ギターソロのときに隣まで来たから、知ってるよ」
「そういう意味だけじゃない」
律は僕の肩に手を載せたものの、いつものように腕を回してこなかった。
指先が制服越しに位置を確かめるように留まり、僕も続きを急かせずに待った。
「俺はずっと、めぐのギターが好きだから、そばにいてほしいんだと思ってた。二人で東京に行けるのが嬉しいのも、作詞を手伝ってほしかったのも、眠れないときに隣にいてほしかったのも、全部、親友に甘えてるだけだと思ってた」
どれも、今まで僕が特別な意味を持たせないように片づけてきたことだった。
美紀さんがいないとわかってから始まったことじゃない。律が前世の約束を信じ、彼女を探し続けていた頃から、僕たちのあいだにあったものだ。
「美紀がいなかったとわかったから、代わりにめぐを選んだわけじゃない」
僕が口にできずにいた疑いを読んだように、律が続ける。
「前世の記憶が勘違いだって知るより前から、もし美紀の生まれ変わりが本当に見つかっても、俺はめぐの隣を離れられないって思ってた。美紀に会えたら、約束は守れないって謝るつもりだった」
それを聞いて、驚いた。
律が美紀さんにそんなことを話そうと考えていたなんて、ちっとも思わなかった。
「いつから、そんなこと考えてたの?」
「はっきり決めたのは、『現在地』を書いた頃だと思う。あの歌詞の『君』が、何も考えなくてもめぐになったから」
「でも律は、ずっと美紀さんを探してたじゃん」
「探すのをやめたら、前世の美紀との約束を破ることになると思ってたから。それに、めぐへの気持ちを認めたら、親友のままじゃいられなくなると思った。だから、どっちも手放さないふりをしてたんだ」
律は過去を失ってから僕を見意識し始めたんじゃない。
美紀さんがいると信じていた頃から、前世の約束と今の僕とのあいだで迷い、最後には自分の現在を選ぼうとしていた。
その事実をすぐには受け止めきれず、僕は律の手が置かれた肩に力を入れた。
触れられている場所だけが、先に言葉の意味を理解してしまったように熱を持っている。
「原宿で全部やめるって言ったとき、めぐまで手放そうとして、ようやくわかった。あの街から美紀を探す理由がなくなったことより、めぐが俺を追いかけてこなくなるほうが怖かった」
「僕は追いかけたよ」
「うん。だから今度は、俺が逃げないで言う」
律の指が肩から首元に移り、髪に触れないよう慎重に頬の近くまで上がった。
客席にいるかもしれない誰かじゃなく、黒い瞳は初めから僕だけを見ている。
勘違いしないよう何度も自分に言い聞かせてきた距離に、もう別の名前をつけてもいいのだと、律自身が伝えようとしてくれている。
「俺は、めぐが好きだ。前世の運命じゃなくて、今の俺が自分で選んだ相手として、これからも隣にいてほしい」
以前なら、新幹線を降りた瞬間から美紀さんに似た女性を探し、僕が話しかけても半分しか聞いていなかった。
けれど今日は、背中に衣装を入れた鞄を負い、僕のギターケースを気にしながら、少し先を歩く創とつばめについていく。
東京に来る目的が変われば、同じ駅も別の場所に見えるらしい。
僕にとっても、今日のこの場所は律の前世の恋人を探しに来る街ではなく、四人で全国一を目指すために降りた場所になっていた。
会場に着くまで、律は普段と変わらないように振る舞っていた。創が作った当日の予定表を見て集合時刻が早すぎると文句を言い、つばめが持参した喉飴を勝手に二つ取って怒られている。
ただ、電車の窓に映る自分の姿を確かめる回数だけはいつもより多かった。
「律、髪なら乱れてないよ」
「髪を見てたんじゃない。今日の俺が、ちゃんと今の俺に見えるか確かめてた」
「鏡を見ても、そんなことまでわからないだろ」
「だから何度も見てる」
僕には、金色の髪を高い位置で結び、黒い衣装の上から十字架のチョーカーをつけた、いつもの律にしか見えない。
けれど、彼の内側にあったものは、この数か月で大きく変わった。
前世の記憶だと信じていた出来事を失い、生きる目的を失い、自分の歌まで捨てようとした律は、それでももう一度マイクを握ることを選んだ。
今日の彼が歌う『現在地』は、東海地区大会で披露したものと同じ曲でも、そこに込められる意味まで同じではないのだろう。
会場には各地区を勝ち上がったバンドが集まり、控室の廊下を歩くだけでも、ギターの調弦や発声練習の声が聞こえてきた。
演奏順を確認していた創は、ほかの出演者を見ても顔色を変えなかったものの、予定表の端は指の形に折れている。
つばめも落ち着いて座っているように見えて、膝の上では両手がずっと同じリズムを刻んでいた。
緊張しているのは僕と律だけじゃない。そう気づくと、自分の失敗で三人の音まで壊してはいけないという考えより、お互いに支え合えばいいのだと思えるようになった。
僕らの演奏順が近づき、ステージ袖に移動すると、律がマイクを持ったまま振り返った。
「今日も、後ろを見て歌っていい?」
「本番直前に確認することなの、それ」
「東海大会では、見るならギターソロの前後にしろと言ったが、今日も同じで構わない」
創がベースの音量を確かめながら答える。
「僕は律先輩が客席ばかり見ていた頃より、今のほうが演奏しやすいです」
「そんなに見てたか?」
「かなり見ていました。美紀さんらしい人がいないか探して、歌詞を間違えたこともあります」
「それ、今言う必要ある?」
つばめの指摘に律が眉を寄せたため、僕たちは揃って笑った。
これほど大きな舞台の直前なのに、四人で話していると放課後の防音室と変わらない。
僕らは手を重ね、東海地区大会のときと同じように、律が一番上から三人分を包んだ。
「この四人で、全国一になろう」
律の歌をたった一人の誰かに見つけてもらうためでじゃなく、ここにいる四人の音をたくさんの人に届けるために、律はそう言った。
バンド名が呼ばれ、照明の下に出る。客席は後方まで暗く、そこにいる一人一人の顔までは見えなかった。
律は中央のマイクの前に立っても、暗がりに誰かの姿を探さなかった。
創のベースから始まるイントロを聞き、つばめのドラムが重なると、僕のギターを確かめるようにこちらを見る。
最初の歌詞が、広い会場に放たれた。
『君の声が 僕の現在地を教えてくれる』
その「君」が誰なのか、僕は知っている。
律が歌詞を書いた日には、今は僕だと言ってくれた。やがて四人を表す言葉になり、聞く人によって違う誰かを重ねられる一節になっても、律が僕を見て歌うたび、最初に与えられた意味が失われたわけじゃないと思ってしまう。
創のベースは、曲を作り始めた頃より力強く前に出ていた。
つばめのドラムは、細かく抑えた前半から後半に向かって大きく広がり、四人の音をステージの端まで運んでいく。
ギターソロに入る直前、律はマイクから離れ、僕の隣まで来た。
練習では決めていなかった動きだった。けれど、僕が最初の音を弾くと、律は僕がどこに進もうとしているのかわかっているように体を揺らした。
彼の声を一番きれいに聞かせることだけを考えていた頃、僕のギターはいつも歌の後ろにいた。今は創のベースと向き合い、つばめのドラムに押されながら、自分の旋律で律を振り返らせている。
最後の音を伸ばすと、律が僕に向かって笑った。
それを合図に彼はマイクに戻り、四人の音が重なったまま最後のサビに入る。
律の声は、過去に取り残した誰かを呼んではいなかった。今いる場所から、自分で選んだ未来に向かって歌っていた。
演奏を終えた僕たちを迎えたのは、会場全体から押し寄せる拍手だった。
その後の記憶は、ところどころ輪郭が曖昧になっている。
ステージを降りた途端、つばめが僕と創の腕をつかみ、律が背後から三人をまとめて抱きしめた。
創は暑苦しいと言いながらも離れず、顧問に呼ばれるまで、僕らはひどく不格好な形で固まっていた。
結果発表でリーインカーネーションの名前が呼ばれたときも、すぐには自分たちのことだと気付けなかった。
「先輩たち、呼ばれました。私たちです」
つばめが隣で繰り返し、ようやく意味が追いついた。
創が眼鏡を押し上げながら大型画面に表示されたバンド名を確認し、間違いないと頷く。
その横で、律は僕の手を強く握っていた。
「めぐ、優勝だって」
「聞こえたよ。律が握りすぎて、指の感覚がなくなりそうだけど」
「悪い。でも、今は離せない」
律の手は少し震えていた。
僕も似たようなものだったから、その力が弱まるまで握り返した。
表彰式を終え、四人で優勝盾を持って写真を撮った。
「これで終わりじゃない。全国優勝は結果であって、バンドの最終目的じゃないからな」
「創先輩、今ぐらい素直に喜んでもいいと思います」
「十分喜んでいる」
「その顔で言われてもわかりません」
「僕にはわかるよ。創、さっきから優勝盾を一度も手放してないし」
僕が指摘すると、創は盾をつばめに渡そうとしたが、彼は笑って受け取らなかった。
律はそんな二人のやり取りをスマートフォンで撮影している。
以前なら、自分たちの姿を公開する理由は美紀さんに見つけてもらうためだった。
今は四人のグループメッセージに送ると言って、写真に『全国一になった日』というコメントをつけている。
「次は、新しい曲を作りたいです」
つばめが優勝盾の端に触れながら言った。
「『現在地』より難しくて、四人とももっと格好よく聞こえる曲がいいです」
「全国優勝した直後に要求を上げるのか」
「律先輩が、三か月あれば新曲を作れるって言ったんですよ」
「また三か月で作るの?」
「今度は半年ぐらい欲しい」
律が答えると、創は現実的な制作予定を考え始めた。
全国本選が終わっても、四人の会話は次に演奏する曲に続いている。
勝ったから完成したんじゃなく、今日を越えた先にも僕たちの時間が続くのだと、その声が教えてくれた。
顧問に呼ばれた創とつばめが、優勝盾を持って関係者の控室に向かう。
僕もついていこうとしたところで、律が肩に手を置いた。
「めぐは、少し残って」
「どうしたの?」
「約束した話をしたい」
全国本選が終わったら、伝えたいことがある。
その言葉を忘れた日はなかったのに、優勝の興奮に紛れ、今だけは考えずに済んでいた。
律に促されて近くの控室に入ると、閉じた扉の向こうから、廊下を行き交う人の声が遠く聞こえた。
律は衣装の上着を脱がないまま、僕の前に立った。
ステージでは迷いなく歌えていたのに、今は何度も言葉を選び直しているようだった。
「今日、『現在地』を歌ってたとき、最初の『君』が誰だったかわかる?」
「僕だろ。前にも、そう言ってくれたじゃん」
「うん。書いたときもめぐだったし、今日も最初から最後まで、めぐを見てた」
「ギターソロのときに隣まで来たから、知ってるよ」
「そういう意味だけじゃない」
律は僕の肩に手を載せたものの、いつものように腕を回してこなかった。
指先が制服越しに位置を確かめるように留まり、僕も続きを急かせずに待った。
「俺はずっと、めぐのギターが好きだから、そばにいてほしいんだと思ってた。二人で東京に行けるのが嬉しいのも、作詞を手伝ってほしかったのも、眠れないときに隣にいてほしかったのも、全部、親友に甘えてるだけだと思ってた」
どれも、今まで僕が特別な意味を持たせないように片づけてきたことだった。
美紀さんがいないとわかってから始まったことじゃない。律が前世の約束を信じ、彼女を探し続けていた頃から、僕たちのあいだにあったものだ。
「美紀がいなかったとわかったから、代わりにめぐを選んだわけじゃない」
僕が口にできずにいた疑いを読んだように、律が続ける。
「前世の記憶が勘違いだって知るより前から、もし美紀の生まれ変わりが本当に見つかっても、俺はめぐの隣を離れられないって思ってた。美紀に会えたら、約束は守れないって謝るつもりだった」
それを聞いて、驚いた。
律が美紀さんにそんなことを話そうと考えていたなんて、ちっとも思わなかった。
「いつから、そんなこと考えてたの?」
「はっきり決めたのは、『現在地』を書いた頃だと思う。あの歌詞の『君』が、何も考えなくてもめぐになったから」
「でも律は、ずっと美紀さんを探してたじゃん」
「探すのをやめたら、前世の美紀との約束を破ることになると思ってたから。それに、めぐへの気持ちを認めたら、親友のままじゃいられなくなると思った。だから、どっちも手放さないふりをしてたんだ」
律は過去を失ってから僕を見意識し始めたんじゃない。
美紀さんがいると信じていた頃から、前世の約束と今の僕とのあいだで迷い、最後には自分の現在を選ぼうとしていた。
その事実をすぐには受け止めきれず、僕は律の手が置かれた肩に力を入れた。
触れられている場所だけが、先に言葉の意味を理解してしまったように熱を持っている。
「原宿で全部やめるって言ったとき、めぐまで手放そうとして、ようやくわかった。あの街から美紀を探す理由がなくなったことより、めぐが俺を追いかけてこなくなるほうが怖かった」
「僕は追いかけたよ」
「うん。だから今度は、俺が逃げないで言う」
律の指が肩から首元に移り、髪に触れないよう慎重に頬の近くまで上がった。
客席にいるかもしれない誰かじゃなく、黒い瞳は初めから僕だけを見ている。
勘違いしないよう何度も自分に言い聞かせてきた距離に、もう別の名前をつけてもいいのだと、律自身が伝えようとしてくれている。
「俺は、めぐが好きだ。前世の運命じゃなくて、今の俺が自分で選んだ相手として、これからも隣にいてほしい」

