僕は君の運命じゃない

 七月最初の金曜日。
 放課後の防音室で練習を終え、アンプの電源を落とす。
 閉め切った室内は冷房が効いているものの、首筋には汗が滲んでいる。
 律は長い金髪を結び直し、床に伸びたマイクのコードを巻き取りながら僕に聞いた。

「めぐ、明日って空いてる?」
「空いてるけど、なんで?」
「買い物に付き合って」
「いいよ。何買うの?」
「まだ決めてない。見てから考える」

 僕たちは土曜の午前十時に駅で待ち合わせることにした。
 学校にも部活にも関係なく律と出かけるのは珍しくない。それでも翌朝、鏡の前で何度も服を取り替えて悩んだのは、仕方ないよね。
 ただの白Tシャツじゃ気を抜きすぎな気がして、かといって襟のあるシャツだと張り切っているのが伝わりそうで、結局、淡い水色のタイダイ染めTシャツを選ぶまでにずいぶん時間がかかってしまった。
 家を出た途端、強い陽射しが剥き出しの腕に突き刺さった。
 駅までの道では街路樹の蝉が競うように鳴き、アスファルトから照り返す熱のせいで、待ち合わせ場所に着く頃には額に汗が浮いていた。
 駅前にいた律は、黒いシャツの袖を肘まで折り、長い金髪を普段より高い位置で結んでいる。耳元の十字架のピアスと首の黒い革のチョーカーが真夏の光を弾き、休日の人混みの中でもすぐに見つけられた。

「めぐ、今日の服いいな」
「そうかな? 普通だと思うけど」
「いつもより格好いい」
「そんなことないよ。……律はいつも格好いいけどさあ」

 強い陽射しから逃れるように駅前の商業施設に入ると、冷房で冷やされた空気が汗ばんだ肌を包む。
 律は最初に楽器店をのぞき、その次にCDショップに寄った。
 文化祭のライブで着る服も見たいと言うから、何軒かの衣料品店にも入ったけど、試着どころか値札を確かめようともしない。
 僕が勧めた黒いジャケットには「今持ってるのと同じに見える」と言い、深い赤のシャツには「めぐのほうが似合いそう」と答えるだけで、全然買う物が決まらなかった。

「本当に欲しい物があるの?」
「あるよ。たぶん」
「たぶんって何だよ」

 律は答えず、通路の先にあった店に入った。
 入口には夏物の帽子やトートバッグが並び、奥の棚にはスマートフォンケースや香水、財布、鞄やアクセサリーが所狭しと置かれている。メンズ向けもレディース向けも扱っている若者向けの雑貨店だ。
 律は涼しげな色のキャップを一つ持ち上げて僕の頭に載せ、似合わないと言ってすぐに戻した。その次はサングラスを僕にかけようとするから、手で止める。

「律の買い物じゃなかったのかよ」
「めぐに似合う物も見たっていいじゃん」
「僕は何も買う予定ないよ」
「別にいいよ」

 ますます目的がわからない。
 律は店の奥まで進むと、壁一面に並んだアクセサリーの前で足を止めた。
 黒い革紐のペンダントや太いチェーン、石のついた華奢なネックレスまで、形も値段もばらばらの品が小さな札と一緒に吊るされている。
 文化祭の衣装に合わせるつもりなんだろうと思い、僕も隣から商品を眺めた。
 律が手に取ったのは、二本のシルバーネックレスだった。
 一つは、細長いプレートの中央に黒い線が入ったもの。もう一つは、小さな平たいリングに短い銀色の棒を重ねた、飾りの少ないデザインだった。

「めぐ、こっち向いて」
「どうしたの?」
「比べたいから、動かないで」

 律は細長いプレートのほうを僕の首元に当てた。
 チェーンを持つ指が首の両側に近づき、外を歩いているあいだに滲んだ汗まで見られそうで、急に落ち着かなくなる。
 店内には鏡があるんだから自分で試せばいいのに、律は僕を正面から見下ろしたまま、ペンダントの位置を少しずつ変えていった。
 黒い瞳が喉元に注がれているせいで、呼吸の仕方まで意識してしまう。

「なんで僕に合わせるんだよ」
「いいから、次も見させて」

 最初のネックレスを外し、今度は小さなリングのついたほうを当てられる。
 律は僕の肩越しに鎖を回し、留め具をつける真似をした。
 高い位置で結んだ髪からこぼれた金色の一房が頬をかすめる。
 冷房が効いているはずなのに、触れられた場所が熱い。
 少し離れた場所にある鏡には、僕の背後から首に腕を回す律が映っている。
 事情を知らない人が見たら、友達のアクセサリー選びにしては距離が近すぎると思うんじゃないだろうか。
 だけど律はそんなことを気にする様子もなく、二本を僕の胸元に交互に並べた。
 銀色の飾りが店の照明を反射し、輝いている。

「めぐは、どっちがいいと思う?」
「僕が選ぶなら、リングのほうかな。服を選ばなさそうだし、飽きずに使えそう」
「プレートのほうは?」
「律には似合うと思う。でも、僕には少しシャープすぎるかも」
「じゃあ、こっちにする」

 律が選んだのは、僕がいいと言ったリング型のネックレスだった。
 文化祭で自分がつけるなら、律に似合うほうを選べばいいのに、と言いかけた。
 けど、律はもう商品を持って会計に向かっている。
 僕もその背中を追い、レジの横に並んだキーホルダーを眺めながら待った。

「こちら、プレゼント用ですか?」
「はい。ラッピングお願いします」

 店員に聞かれ、律が答える。
 僕はキーホルダーから顔を上げた。
 店員は値札を外したネックレスを平たい箱に収め、包装氏で包んでいる。
 プレゼントだったなら、相手の好みや普段の服装を先に聞くべきだった。
 ……けど、誰に?
 店を出ると、律は包んでもらった箱を紙袋ごと鞄にしまった。

「誰かにあげる物だったの?」
「うん」
「それなら最初に言ってよ。僕の好みで決めてよかったの?」
「いいんだよ」

 そこで、僕は自分の誕生日が近いことを思い出した。
 当然、親友の律も僕の誕生日が三日後だと知っている。
 もしかしたら、あれは僕へのバースデープレゼントなんじゃないか?
 期待しちゃいけないってわかってるのに、冷房に冷やされた身体の内側で、消えかけていた線香花火がもう一度明るく燃え始める。
 誕生日に律からこれを渡されたら、僕はどんな顔をすればいいんだろう。
 律は僕の肩に腕を回して歩き出した。
 触れ合ったところに互いの体温が重なり、涼しい館内にいるのに、シャツの下にまた汗が滲みそうになる。
 僕の誕生日まであと三日。律が何も言わずに準備しているなら、僕が気づかないふりをしていればいい。  
 そう思い込もうとしたとき、律がふいに足を止めた。

「いいのが見つかって良かった。これなら美紀に似合いそう」

 律は通りの向こうにある店のショーウィンドウを見ながら、紙袋が入った鞄を軽く叩いた。

「……美紀さんに?」
「うん。美紀に会えたら渡そうと思ってさ。美紀はこういうシンプルなのが好きなんだよ」
「そう……なんだ」

 さっきまで灯っていた小さな火が、不意に降った夕立に濡らされたように消えていった。
 僕の誕生日が近いから、自分へのプレゼントだと思ってしまった。
 僕の好みを聞いたのも、首元に当てたのも、僕に似合う物を選びたかったからじゃなかった。僕は、美紀さんの代わりだった。
 律は僕の表情の変化に気づかないまま、通りがかった店に目を留めている。

「めぐ、今日はありがとな。選ぶの手伝ってくれたお礼に、好きなもの奢るよ」
「いいよ。そんなの」
「いいから。俺一人だったら、たぶんまだ決められてなかったし」
「……じゃあ、ビックマックとポテトのエルサイズ。デザートにサーティワンのアイスも付けて。ダブルで」

 糠喜びさせてがっかりさせたんだから、このぐらいしてもらったっていいだろう。僕が勘違いしたのは、この男が思わせぶりなことするせいなんだから!
 僕はじろりと律を睨む。

「了解」

 だけど律はちっとも動じていない様子で、僕の肩に腕を回したまま、フードコートのある方に向かって歩き出した。
 こっちの気なんて全く知らないで、鼻歌まで歌うほどご機嫌だ。
 親友っていう立場は、限りなく恋人に近い距離感なのに、だからこそ叶わない恋をなかなか諦められなくなるから、つくづく厄介だよな。