なあ、聞いてくれよ。
今さ、僕の好きなやつが、ステージの上から僕じゃない誰かに向けて、ラブソングを歌ってるんだ。
しかも僕は、そいつの隣でギターを弾いて、その歌に伴奏を付けてる。
これって、かなりひどい役回りだと思わない?
まあ、こいつは僕が自分のことを好きだなんて知らないんだから、しょうがないけどさ。
そう、これは僕の絶対に叶わない片想いの話なんだ。
「君がピアニッシモで僕がラーク
一本ずつ取り替えてみたら
『重すぎる』って君は笑った」
古びたスピーカーから、律の歌声が流れている。
ここは地方都市の駅から歩いて十分ほどの、小さなライブハウス。
参加費さえ払えば誰でも出演できる対バンイベントだから、別にプロへの登竜門でも、業界関係者が見に来る特別なライブでもない。
客席にはかなり余裕があり、かといって閑散としているわけでもない。
前方には出演者の友人や家族が集まり、後方では出番を終えたバンドのメンバーが知り合いと飲み物を片手に話している。
そんな会場でも、律は絶対に手を抜かない。
目元にかかる金色の前髪が照明を受けるたび、汗に濡れた毛先が光る。
肌は男にしては白く、伏せた目を縁取る睫毛も長い。
整った顔をしているのに、普段の律は自分が人からどう見られているのか、ほとんど気にしない。
誰かと話していても、どこか遠くを見ているような目をするから、同級生にはよく不思議なやつだと言われている。
けれど、マイクを握った律が客席を見渡すと、女の子たちは自分だけを見つめられたような顔になる。
実際には、律は彼女たちを見ているわけじゃない。
たった一人の女の人を探してるんだ。
律の声は低く、言葉の終わりが少し掠れている。
歌うとその掠れが音の輪郭になり、狭いフロアのいちばん後ろまで伸びていく。
無理に張り上げているわけでもないのに、ほかの音に埋もれない。
僕は初めて律の歌を聴いたときから、この声に自分のギターを重ねたかった。
できることなら本当は、その声で僕のことを歌ってほしかった。
「四つ葉じゃなくて五つ葉の
クローバーを見つけた午後
『幸せがひとつ余ったね
次の人生に持っていこう』」
前方にいる女の子が、かわいい歌詞だと思ったのか、隣の友達と笑い合っている。
煙草の銘柄も、五つ葉のクローバーも、恋人の得意料理も、全部この曲のために考えた設定だと思っているのだろう。
普通、そう思うよな。
僕だって何も知らずに聴いたら、きっと同じように受け取る。
けど、律はこの歌を作り話じゃないって言う。
高校生の律は、煙草を吸ったことなんてない。それなのに、煙の匂いも、相手が咳き込んだときの顔も、自分は覚えていると言う。
僕には律が嘘をついていないことはわかる。
中学の頃から毎日一緒にいる僕には、律が適当なことを言っているときと、本気で信じていることを話すときの違いくらい見分けられるんだ。 もっとも、律のことなら何でもわかると言いたいわけじゃない。
僕が知っているのは、今の律だけだ。
朝はいつも眠そうで、教科書を忘れても平然としていて、頼み事をするときだけ僕を「めぐ」と甘い声で呼ぶ。
歌詞を思いつくと授業中でもノートの端に書き始め、消しゴムを貸せば返すのを忘れる。そんな律なら、ほかの誰より知っているつもりだった。
なのに、この歌に出てくる律を僕は知らない。
「君の得意なペペロンチーノ
ニンニクはいつも多すぎて
明日は誰にも会えないねと
似たような匂いで笑っていた」
客席から小さな笑いが起こった。
律は笑わない。楽しげな歌詞とは似合わないほど真剣な顔で、そこにいるはずのない誰かを見つけようとしている。
ニンニクを入れすぎたペペロンチーノを、律と一緒に食べた人がいる。五つ葉のクローバーを見つけ、最初の誕生日に星のピアスを贈られた人がいる。
その誰かは、僕が知らない律を知っている。
顔も名前もわからない相手に、どうやって勝てばいいんだろう。
僕が律を好きになったのは、中学二年の夏だった。けれど、気づいたときにはもう遅かった。
律の中には最初から、僕の入る場所なんて残っていなかったんだ。
それでも離れられず、同じ高校を選び、軽音楽部に入った。
律が歌うならその隣でギターを弾きたいと願ったのは、彼のそばにいられる理由が欲しかったから。
律は知らない。僕が律の書いた歌詞の中の「君」を自分に置き換えて、毎晩妄想を繰り広げていることを。
もしこの歌が本当に探している相手に届いたら、律はどんな顔をするんだろう。
普段は何を考えているのかわかりにくいあの目が、その人だけを映すところなんて、想像したくもない。
それなのに、僕は律の歌が少しでも遠くまで届くように、自分の音を重ねている。
「何万人が聞き流しても
君ひとりが気づけばいい
約束を覚えているのなら
今度は君が僕を見つけて」
最後の音を弾き終えると、客席から拍手が上がった。
前方の同級生たちが律の名前を呼び、後方にいたほかの出演者も手を叩いている。
律はマイクを下ろしても、しばらく客席を見ていた。歌詞の意味に気づいた顔がないか、一人ずつ確かめているようだった。
やがて次のバンドと入れ替わるため、僕たちは機材を抱えてステージ脇に戻る。
そのとき、出演を待っていた大学生らしい男が、律を呼び止めた。
「さっきの曲、ずいぶん大人っぽい歌詞だけど、煙草とか料理とか、全部自分で考えたの?」
「考えたんじゃない。覚えてることを書いただけ」
「覚えてるって、元カノとか? 年上の女と付き合ってたん?」
「年は、1つ下だった」
男は意味がわからないと笑いながら離れていった。
律は気にした様子もなく、僕のギターケースからはみ出していたストラップを中に押し込んでくれる。
「今日も、客席にはいなかったの?」
「たぶんな。あの歌を知っているような顔はなかった」
「でも、誰かが動画を拡散してくれたら、見つけてもらえるかもしれないよ」
僕がそう言うと、律は僕の肩に腕を回し、体重をかけてきた。
「有名になろうな、めぐ。世界のどこにいても、あいつが俺を見つけられるくらい」
頬がくっつきそうなぐらいすぐそばで、大好きな声が言う。
ひどいよね。汗で湿ったTシャツ越しに伝わってくる体温に、僕がどれだけときめいているかも知らないでさ。
あ、ちなみに『めぐ』っていうのは僕のあだ名で、本名は篠宮巡。
「うん。僕も頑張るよ」
僕が律を有名にすれば、彼の歌はいつか探している相手に届くかもしれない。
そうしたら僕は、律の隣でギターを弾く理由さえ失うのかもしれない。
それでも僕は、律の願いを一緒に叶えるって約束してしまった。
だって、好きな人の願いは叶えてやりたいじゃん?
でも、律が探しているのは、僕じゃないたった一人の人。
つまり僕は、好きな人の好きな人を探すのを手伝ってるってこと。
どれほど近くに立ち続けても、僕は君の運命の相手じゃない。運命の相手には、なれない。
こんなひどい話ってある?
自分でもバカだなぁって思うよ。
でもね、どうしてもやめられないんだ。律のことを好きでいるの。
今さ、僕の好きなやつが、ステージの上から僕じゃない誰かに向けて、ラブソングを歌ってるんだ。
しかも僕は、そいつの隣でギターを弾いて、その歌に伴奏を付けてる。
これって、かなりひどい役回りだと思わない?
まあ、こいつは僕が自分のことを好きだなんて知らないんだから、しょうがないけどさ。
そう、これは僕の絶対に叶わない片想いの話なんだ。
「君がピアニッシモで僕がラーク
一本ずつ取り替えてみたら
『重すぎる』って君は笑った」
古びたスピーカーから、律の歌声が流れている。
ここは地方都市の駅から歩いて十分ほどの、小さなライブハウス。
参加費さえ払えば誰でも出演できる対バンイベントだから、別にプロへの登竜門でも、業界関係者が見に来る特別なライブでもない。
客席にはかなり余裕があり、かといって閑散としているわけでもない。
前方には出演者の友人や家族が集まり、後方では出番を終えたバンドのメンバーが知り合いと飲み物を片手に話している。
そんな会場でも、律は絶対に手を抜かない。
目元にかかる金色の前髪が照明を受けるたび、汗に濡れた毛先が光る。
肌は男にしては白く、伏せた目を縁取る睫毛も長い。
整った顔をしているのに、普段の律は自分が人からどう見られているのか、ほとんど気にしない。
誰かと話していても、どこか遠くを見ているような目をするから、同級生にはよく不思議なやつだと言われている。
けれど、マイクを握った律が客席を見渡すと、女の子たちは自分だけを見つめられたような顔になる。
実際には、律は彼女たちを見ているわけじゃない。
たった一人の女の人を探してるんだ。
律の声は低く、言葉の終わりが少し掠れている。
歌うとその掠れが音の輪郭になり、狭いフロアのいちばん後ろまで伸びていく。
無理に張り上げているわけでもないのに、ほかの音に埋もれない。
僕は初めて律の歌を聴いたときから、この声に自分のギターを重ねたかった。
できることなら本当は、その声で僕のことを歌ってほしかった。
「四つ葉じゃなくて五つ葉の
クローバーを見つけた午後
『幸せがひとつ余ったね
次の人生に持っていこう』」
前方にいる女の子が、かわいい歌詞だと思ったのか、隣の友達と笑い合っている。
煙草の銘柄も、五つ葉のクローバーも、恋人の得意料理も、全部この曲のために考えた設定だと思っているのだろう。
普通、そう思うよな。
僕だって何も知らずに聴いたら、きっと同じように受け取る。
けど、律はこの歌を作り話じゃないって言う。
高校生の律は、煙草を吸ったことなんてない。それなのに、煙の匂いも、相手が咳き込んだときの顔も、自分は覚えていると言う。
僕には律が嘘をついていないことはわかる。
中学の頃から毎日一緒にいる僕には、律が適当なことを言っているときと、本気で信じていることを話すときの違いくらい見分けられるんだ。 もっとも、律のことなら何でもわかると言いたいわけじゃない。
僕が知っているのは、今の律だけだ。
朝はいつも眠そうで、教科書を忘れても平然としていて、頼み事をするときだけ僕を「めぐ」と甘い声で呼ぶ。
歌詞を思いつくと授業中でもノートの端に書き始め、消しゴムを貸せば返すのを忘れる。そんな律なら、ほかの誰より知っているつもりだった。
なのに、この歌に出てくる律を僕は知らない。
「君の得意なペペロンチーノ
ニンニクはいつも多すぎて
明日は誰にも会えないねと
似たような匂いで笑っていた」
客席から小さな笑いが起こった。
律は笑わない。楽しげな歌詞とは似合わないほど真剣な顔で、そこにいるはずのない誰かを見つけようとしている。
ニンニクを入れすぎたペペロンチーノを、律と一緒に食べた人がいる。五つ葉のクローバーを見つけ、最初の誕生日に星のピアスを贈られた人がいる。
その誰かは、僕が知らない律を知っている。
顔も名前もわからない相手に、どうやって勝てばいいんだろう。
僕が律を好きになったのは、中学二年の夏だった。けれど、気づいたときにはもう遅かった。
律の中には最初から、僕の入る場所なんて残っていなかったんだ。
それでも離れられず、同じ高校を選び、軽音楽部に入った。
律が歌うならその隣でギターを弾きたいと願ったのは、彼のそばにいられる理由が欲しかったから。
律は知らない。僕が律の書いた歌詞の中の「君」を自分に置き換えて、毎晩妄想を繰り広げていることを。
もしこの歌が本当に探している相手に届いたら、律はどんな顔をするんだろう。
普段は何を考えているのかわかりにくいあの目が、その人だけを映すところなんて、想像したくもない。
それなのに、僕は律の歌が少しでも遠くまで届くように、自分の音を重ねている。
「何万人が聞き流しても
君ひとりが気づけばいい
約束を覚えているのなら
今度は君が僕を見つけて」
最後の音を弾き終えると、客席から拍手が上がった。
前方の同級生たちが律の名前を呼び、後方にいたほかの出演者も手を叩いている。
律はマイクを下ろしても、しばらく客席を見ていた。歌詞の意味に気づいた顔がないか、一人ずつ確かめているようだった。
やがて次のバンドと入れ替わるため、僕たちは機材を抱えてステージ脇に戻る。
そのとき、出演を待っていた大学生らしい男が、律を呼び止めた。
「さっきの曲、ずいぶん大人っぽい歌詞だけど、煙草とか料理とか、全部自分で考えたの?」
「考えたんじゃない。覚えてることを書いただけ」
「覚えてるって、元カノとか? 年上の女と付き合ってたん?」
「年は、1つ下だった」
男は意味がわからないと笑いながら離れていった。
律は気にした様子もなく、僕のギターケースからはみ出していたストラップを中に押し込んでくれる。
「今日も、客席にはいなかったの?」
「たぶんな。あの歌を知っているような顔はなかった」
「でも、誰かが動画を拡散してくれたら、見つけてもらえるかもしれないよ」
僕がそう言うと、律は僕の肩に腕を回し、体重をかけてきた。
「有名になろうな、めぐ。世界のどこにいても、あいつが俺を見つけられるくらい」
頬がくっつきそうなぐらいすぐそばで、大好きな声が言う。
ひどいよね。汗で湿ったTシャツ越しに伝わってくる体温に、僕がどれだけときめいているかも知らないでさ。
あ、ちなみに『めぐ』っていうのは僕のあだ名で、本名は篠宮巡。
「うん。僕も頑張るよ」
僕が律を有名にすれば、彼の歌はいつか探している相手に届くかもしれない。
そうしたら僕は、律の隣でギターを弾く理由さえ失うのかもしれない。
それでも僕は、律の願いを一緒に叶えるって約束してしまった。
だって、好きな人の願いは叶えてやりたいじゃん?
でも、律が探しているのは、僕じゃないたった一人の人。
つまり僕は、好きな人の好きな人を探すのを手伝ってるってこと。
どれほど近くに立ち続けても、僕は君の運命の相手じゃない。運命の相手には、なれない。
こんなひどい話ってある?
自分でもバカだなぁって思うよ。
でもね、どうしてもやめられないんだ。律のことを好きでいるの。

