隣の席だったキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の充電。支え合い、乗り越える力がある~

《隠れ家のご褒美、夏の約束》
新学期が始まってから続いていたテスト勉強。


五人がそれぞれの場所で
頑張ったテストも、無事に終わった。


数日後、
テスト返却がすべて終わり、
終礼のチャイムが鳴り響いた放課後。


クラスメイトたちが部活や下校へと
教室を去っていく中、
乃愛はあらかじめ決めていた通り、
少し時間を潰してから、
旧校舎の奥にある用務備品室の前へと向かった。


人の来ないその場所は、
学校に住み着くノラ猫の『茶トラ』が
よく寝ている、二人だけの特別な隠れ家だ。


角を曲がると、予想通り、
サッカー部のジャージを羽織った
琉生がすでに待っていた。


足元では、
気持ちよさそうに目を細めた茶トラが、
琉生の大きな手のひらに
頭を擦りつけている。


乃愛の足音に気づいた琉生は、
パッと顔を上げて
花が咲いたような笑顔になった。


「乃愛! 遅い」


「ご、ごめんね。ちょっと遅くなっちゃった」


「いいけど。待ちくたびれた」


そう言いながらも、琉生は嬉しそうだった。


「それより、テストどうだった?」


「聞きたい?」


「うん」


琉生は得意げに笑いながら、
ポケットから答案用紙を取り出した。


「ほら」


そこに赤ペンで書かれていたのは、
いつもギリギリだった琉生からは
想像もつかないような、
平均点を大きく超えた点数だった。


「すご……っ!
琉生くん、本当に頑張ったんだね!」


「乃愛のおかげだよ。
一緒に頑張ろうって言ってくれたから」


「私は少し教えただけだよ」


「それでも」


琉生は答案用紙をポケットにしまうと、
乃愛の方へと、ずいっと顔を近づけた。


「乃愛が一緒に頑張ってくれたから、
俺も頑張れた」


「……そっか」


乃愛は嬉しそうに微笑んだ。


すると琉生が、
そんな乃愛の顔をじっと見つめる。


誰も来ない、二人と一匹だけの空間。


琉生は少し照れくさそうに
自分の後頭部を掻きながら、
乃愛を真っ直ぐに見つめた。


いつもの完璧なムードメーカーの姿は消え、
乃愛の前だけで見せる、
格好つけきれない愛おしい瞳をしている。


「あの日、机の下で
乃愛が繋ぎ返してくれただろ? 」


「……っ」


思い出しただけで、乃愛の頬が赤くなる。


「それに、渡り廊下でも頭ぽんぽんしたし」


「それは……琉生くんが勝手にしたんでしょ」


「そうだけど」


琉生が楽しそうに笑う。


「でも、あの『充電』が切れる前に
早く解かなきゃって思ったら頑張れた」


「もう……大げさだよ」


「大げさじゃないって」


あの時の恥ずかしさが蘇り、
乃愛がまた顔を真っ赤にしてうつむく。


すると琉生は、
茶トラを撫でていた自分の右手を、
乃愛の目の前まで差し出してきた。


少し大きくて、引き締まった、
大好きな彼の手のひら。


「だから……ご褒美、ほしい」


「ご褒美……?」


「うん。充電」


乃愛は思わず、くすっと笑った。


「……もう、仕方ないなぁ」


そっと手を重ねる。


琉生も嬉しそうにその手を握った。


悪戯っぽく微笑みながらも、
琉生の耳はまた少し赤くなっている。


やっぱり余裕がないのはお互い様なのだ。


誰にも見られない場所で、
ただ手を繋いでいる。


それだけなのに、
学校では決してできないことだから、
いつもより特別に感じた。


やがて琉生が、ふっと息を吐く。


「……なあ、乃愛」


「うん?」


「もうちょっとだけ、
このまま甘えてもいい?」


「ふふ。うん」


乃愛が頷くと、
琉生は安心したように笑った。


そして、
甘えるように乃愛との距離を少し縮める。


繋いだままの手を優しく引っぱられ、
乃愛の身体がわずかに後ろへと傾く。


「え…っ?」


乃愛の背中に、すとん、と
心地いい重みと熱がぶつかり、
気づけば琉生が乃愛の真後ろに
座り直していた。


伸ばした長い腕で、
乃愛の身体を後ろからすっぽりと包み込む。


完全に琉生に背中を預ける形で、
後ろから抱きしめられていた。


「る、琉生くん……っ⁉ 誰か来たら……」


「大丈夫だって、ここ誰も来ないし」


焦る乃愛の肩口に、
琉生は諦めたように
自分のあごをちょこんと乗せた。


「……あーあ、マジで
まだ部活行きたくないな」


普段のしっかり者の
副キャプテンからは想像もつかない、
どこか甘えたような低い声。


耳元でダイレクトに響く彼の声、
乃愛の心臓は再び、
昼休みの時以上にうるさく暴れ出す。


「みんなの前では格好つけてるけど
……乃愛の前だけは、
ホッとできてただの俺でいられるんだ」


そう言って琉生は、
乃愛を包み込んでいる腕の力を
きゅっと強めた。


ジャージ越しでも分かる
引き締まった胸板の厚みと、
自分を優しく閉じ込める彼の力強さ。


乃愛は真っ赤な顔のまま、
小さく呼吸を整え「うん」と頷いた。


恥ずかしさで
頭がどうにかなりそうだったけれど、
いつも周りのために気を張っている
大好きな彼に、今度は自分から、
ちゃんと温かい言葉を返したかった。


乃愛は重ねられた
琉生の手をきゅっと握り直し、
少しだけ首を傾けて、
耳元の彼にそっと囁いた。


「……私もね?
琉生くんの隣にいるときが、
一番ホッとできるよ」


「一緒だな」


琉生が嬉しそうに笑った。


そんな二人の足元で、
茶トラが「にゃあ」と小さく鳴いて、
ゴロンと横に転がる。


「あ、茶トラもいるね」


「こいつにも見られてんな」


「ふふ。秘密、守ってね」


乃愛が茶トラに話しかけると、琉生も笑った。


「頼むぞ、茶トラ」


二人と一匹だけの、静かな放課後。


テストを乗り越えた二人にとって、
その時間そのものが何よりのご褒美だった。


そして――。


繋いだ手の温もりを確かめながら、
二人の夏は少しずつ
秋へ向かって動き始めていた——。