《外階段の惚気、琉生の優しさ》
購買のパンを買い、
わざわざ人の少ない旧校舎への
渡り廊下の外階段まで移動して迎えた昼休み。
「――でね? 『ちょっとだけ、充電な』
って言われて……気づいたら、
机の下で恋人繋ぎされてて……」
乃愛が顔を真っ赤にしながら
昨日の出来事を打ち明けると、
隣に座る結衣が「うわあああ!」と
両手で口を押さえて身悶えした。
ここなら教室と違って、
誰かに聞きつけられる心配はほとんどない。
「ちょっと待って乃愛、
何それ最高すぎるんだけど!
クラスのムードメーカーでサッカー部の星、
あのいつも完璧な琉生が、
乃愛の前だけでそんな甘えん坊になるの⁉
ギャップで死ぬ!」
「ちょ、結衣、声大きい……っ!
いくら人が少ないからって、
誰か通るかもしれないし……」
焦る乃愛が慌てて周囲を見渡すと、
隣のベンチに座るひまりが、
呆れたように苦笑しながら
結衣の制服の袖をちょんちょんと引っぱった。
「結衣、静かに。
みんなの人気者な琉生くんと
乃愛がやっかまれないように、
せっかく場所を変えて話してるんだから。
結衣がバラしちゃ意味ないでしょ」
「あ、ごめんごめん!つい興奮しちゃって。
でもさ、勉強ちょっと苦手な琉生が
必死にテスト乗り越えようとして
『充電』って……可愛すぎ!」
ひまりは結衣を優しくなだめながら、
乃愛に温かい視線を向けた。
「でも、素敵な話だね。
琉生くん、いつも周りを気遣って、
みんなを笑顔にしてるから。
自分が甘えたいときは、
後回しにしちゃうのかもしれないね。
でも昨日は、乃愛と一緒にいたくて
……ちょっとだけ甘えたく
なったんじゃないかな」
「ひまり……」
「それに、乃愛が握り返したとき、
きっとすごく安心したと思うよ」
「……うん。ちょっとだけだからね、
って言ったら、すごく嬉しそうだったんだ」
乃愛が赤くなった頬を両手で押さえていると、
「何がちょっとだけなんだよ」と、
上から低く通る声が降ってきた。
驚いて見上げると、
サッカー部部室の方から歩いてきた
副キャプテンの颯人が、
意地悪そうな笑みを浮かべて立っていた。
頭脳派キーパーであり、
琉生の親友でもある彼は、
二人の関係を知る数少ない理解者だ。
「げっ、高城!
何よ、あんたには関係ないでしょ!」
結衣がすかさず噛みつくと、
颯人は結衣の頭にぽんと軽く手を乗せ、
犬をあしらうようにくしゃくしゃと揺らした。
「関係大あり。
お前の声、部室のあたりまで響いてたぞ。
……どうせまた琉生の話だろ?
あいつ、さっきの部活のミーティング中も、
自分の左手見つめてニヤついてたからな。
分かりやすすぎんだよ」
「ちょっと高城、
髪乱れるでしょ! 引っ張るな!」
ギャーギャーと小声でじゃれ合い始めた
結衣と颯人を見て、
ひまりが「ほら、外でも静かにね」
とクスリと笑う。
颯人の口から出た具体的な暴露によって、
琉生が自分を信頼して
颯人に電話で惚気ていたこと、
そしてミーティング中も自分と同じように
昨日の秘密を思い出していたのだと知り、
乃愛の胸はさらに甘い熱で
満たされていくのだった。
「……あ、噂をすれば」
ひまりが渡り廊下の先を見つめて、
小さく声を上げる。
乃愛がドキッとして
そちらに視線を向けると、
少し大きめのサッカー部の
ジャージを羽織った琉生が、
こちらに向かって歩いてくるところだった。
「颯人、探したぞ。
監督が部室でお前を――って、
なんでお前らもいんの」
颯人に用事があって来たらしく、
いつものように自然なトーンで
話し始めた琉生だったが、
そこに乃愛がいることに気づいた瞬間、
ピタッと足が止まった。
「――あ」
琉生の目が丸くなる。
学校では『内緒』と決めているからこそ、
不意打ちの対面に琉生の耳が
みるみるうちに赤くなっていく。
さっき颯人がバラした、
ミーティングでの余裕のない姿が、
そのまま目の前に現れたようだった。
颯人が横で「ほらな?」と言いたげに
からかうように笑うのを見て、
琉生は焦ったように
自分の左手で口元を覆い隠した。
けれど、
そんな隠し方では赤くなった
耳まで隠せるはずもない。
「……んだよ、
みんなしてニヤニヤしてんなよ」
そう言って颯人を
睨みつけた琉生だったが、
ふと、階段で小さくなって
顔を真っ赤にしている乃愛に視線を留めた。
琉生は自分がからかわれていることよりも、
階段で真っ赤になっている乃愛の方を見た。
「……おい、颯人」
少しだけ低くなった声に、
颯人が視線を向ける。
「乃愛、困ってんだろ。
あんまからかうなって」
琉生に詰め寄られた颯人は、
白白しく両手をパッと少し上にあげて、
「さーね」とだけ呟く。
すべてをお見通しのくせに
楽しんでいる親友の態度に、
全てを察した琉生は観念して、
少しだるそうに開き直った。
「あーもう! なしなし、
今の全部忘れて。お願いだから!」
必死に乃愛を守ろうとしつつも、
結局は自分も完全に
キャパオーバーしている姿に、
結衣が待ってましたとばかりに身を乗り出す。
「いやー、琉生くんお疲れ様!
私たち、何も聞いてないよー? ちょっと
『充電』の話をしてただけだよー?」
「結衣、ストップ。
琉生くんが恥ずかしさと乃愛への
心配で本当に爆発しそうだから」
結衣の楽しそうな突っ込みを、
ひまりがクスクスと
笑いながら冷静に制止する。
琉生は顔を真っ赤にしたまま、
チラリと乃愛の方を見た。
まさに今、
真っ赤な顔をして階段に小さく座り、
どうしていいか分からなくなっている乃愛。
琉生は乃愛を見たまま、
一瞬だけためらった。
学校では、いつも通りにする。
そう決めたはずなのに。
次の瞬間、
琉生の手は自然と乃愛の頭へ伸びていた。
「……気にすんな」
ぽん、と一度だけ優しく触れられる。
その手のひらの温かさに、
乃愛の胸がまたきゅっと鳴った。
ゆっくりと顔を上げると、琉生と目が合う。
一瞬だけ、二人とも動けなくなった。
そして、先に乃愛が少しだけ笑う。
それにつられるように、
琉生も照れくさそうに目を細めた。
ほんの数秒。
誰にも気づかれないほど
短い時間だったけれど。
その笑顔だけで、昨日、
机の下で繋いだ手の温かさが、
また胸の奥によみがえった。
「……ほら颯人、行くぞ!
監督待たせてんだから!」
これ以上ここにいたら
自分の理性が保てないと察したのか、
琉生は颯人の背中をぐいぐいと押して、
逃げるように部室棟へと歩き出す。
「わかったから押すなよ。
……白石さん、あいつ昨日から
ずーーっとそんな感じだから、
後でまたたくさん充電してやってね」
「颯人、黙れって‼」
遠ざかっていく二人の、にぎやかで、
でもどこか必死な声が廊下に響く。
嵐のように去っていった
琉生の後ろ姿を見送りながら、
乃愛は自分の頭にそっと手を置いた。
触れられた場所に残る心地いい熱が、
まるで頭の上からも『充電』
してくれたかのように、
じんわりと心に染み渡っていく。
乃愛はその場所を愛おしそうに
そっと撫でながら、
嬉しさと愛おしさで
胸をいっぱいにさせるのだった——。
購買のパンを買い、
わざわざ人の少ない旧校舎への
渡り廊下の外階段まで移動して迎えた昼休み。
「――でね? 『ちょっとだけ、充電な』
って言われて……気づいたら、
机の下で恋人繋ぎされてて……」
乃愛が顔を真っ赤にしながら
昨日の出来事を打ち明けると、
隣に座る結衣が「うわあああ!」と
両手で口を押さえて身悶えした。
ここなら教室と違って、
誰かに聞きつけられる心配はほとんどない。
「ちょっと待って乃愛、
何それ最高すぎるんだけど!
クラスのムードメーカーでサッカー部の星、
あのいつも完璧な琉生が、
乃愛の前だけでそんな甘えん坊になるの⁉
ギャップで死ぬ!」
「ちょ、結衣、声大きい……っ!
いくら人が少ないからって、
誰か通るかもしれないし……」
焦る乃愛が慌てて周囲を見渡すと、
隣のベンチに座るひまりが、
呆れたように苦笑しながら
結衣の制服の袖をちょんちょんと引っぱった。
「結衣、静かに。
みんなの人気者な琉生くんと
乃愛がやっかまれないように、
せっかく場所を変えて話してるんだから。
結衣がバラしちゃ意味ないでしょ」
「あ、ごめんごめん!つい興奮しちゃって。
でもさ、勉強ちょっと苦手な琉生が
必死にテスト乗り越えようとして
『充電』って……可愛すぎ!」
ひまりは結衣を優しくなだめながら、
乃愛に温かい視線を向けた。
「でも、素敵な話だね。
琉生くん、いつも周りを気遣って、
みんなを笑顔にしてるから。
自分が甘えたいときは、
後回しにしちゃうのかもしれないね。
でも昨日は、乃愛と一緒にいたくて
……ちょっとだけ甘えたく
なったんじゃないかな」
「ひまり……」
「それに、乃愛が握り返したとき、
きっとすごく安心したと思うよ」
「……うん。ちょっとだけだからね、
って言ったら、すごく嬉しそうだったんだ」
乃愛が赤くなった頬を両手で押さえていると、
「何がちょっとだけなんだよ」と、
上から低く通る声が降ってきた。
驚いて見上げると、
サッカー部部室の方から歩いてきた
副キャプテンの颯人が、
意地悪そうな笑みを浮かべて立っていた。
頭脳派キーパーであり、
琉生の親友でもある彼は、
二人の関係を知る数少ない理解者だ。
「げっ、高城!
何よ、あんたには関係ないでしょ!」
結衣がすかさず噛みつくと、
颯人は結衣の頭にぽんと軽く手を乗せ、
犬をあしらうようにくしゃくしゃと揺らした。
「関係大あり。
お前の声、部室のあたりまで響いてたぞ。
……どうせまた琉生の話だろ?
あいつ、さっきの部活のミーティング中も、
自分の左手見つめてニヤついてたからな。
分かりやすすぎんだよ」
「ちょっと高城、
髪乱れるでしょ! 引っ張るな!」
ギャーギャーと小声でじゃれ合い始めた
結衣と颯人を見て、
ひまりが「ほら、外でも静かにね」
とクスリと笑う。
颯人の口から出た具体的な暴露によって、
琉生が自分を信頼して
颯人に電話で惚気ていたこと、
そしてミーティング中も自分と同じように
昨日の秘密を思い出していたのだと知り、
乃愛の胸はさらに甘い熱で
満たされていくのだった。
「……あ、噂をすれば」
ひまりが渡り廊下の先を見つめて、
小さく声を上げる。
乃愛がドキッとして
そちらに視線を向けると、
少し大きめのサッカー部の
ジャージを羽織った琉生が、
こちらに向かって歩いてくるところだった。
「颯人、探したぞ。
監督が部室でお前を――って、
なんでお前らもいんの」
颯人に用事があって来たらしく、
いつものように自然なトーンで
話し始めた琉生だったが、
そこに乃愛がいることに気づいた瞬間、
ピタッと足が止まった。
「――あ」
琉生の目が丸くなる。
学校では『内緒』と決めているからこそ、
不意打ちの対面に琉生の耳が
みるみるうちに赤くなっていく。
さっき颯人がバラした、
ミーティングでの余裕のない姿が、
そのまま目の前に現れたようだった。
颯人が横で「ほらな?」と言いたげに
からかうように笑うのを見て、
琉生は焦ったように
自分の左手で口元を覆い隠した。
けれど、
そんな隠し方では赤くなった
耳まで隠せるはずもない。
「……んだよ、
みんなしてニヤニヤしてんなよ」
そう言って颯人を
睨みつけた琉生だったが、
ふと、階段で小さくなって
顔を真っ赤にしている乃愛に視線を留めた。
琉生は自分がからかわれていることよりも、
階段で真っ赤になっている乃愛の方を見た。
「……おい、颯人」
少しだけ低くなった声に、
颯人が視線を向ける。
「乃愛、困ってんだろ。
あんまからかうなって」
琉生に詰め寄られた颯人は、
白白しく両手をパッと少し上にあげて、
「さーね」とだけ呟く。
すべてをお見通しのくせに
楽しんでいる親友の態度に、
全てを察した琉生は観念して、
少しだるそうに開き直った。
「あーもう! なしなし、
今の全部忘れて。お願いだから!」
必死に乃愛を守ろうとしつつも、
結局は自分も完全に
キャパオーバーしている姿に、
結衣が待ってましたとばかりに身を乗り出す。
「いやー、琉生くんお疲れ様!
私たち、何も聞いてないよー? ちょっと
『充電』の話をしてただけだよー?」
「結衣、ストップ。
琉生くんが恥ずかしさと乃愛への
心配で本当に爆発しそうだから」
結衣の楽しそうな突っ込みを、
ひまりがクスクスと
笑いながら冷静に制止する。
琉生は顔を真っ赤にしたまま、
チラリと乃愛の方を見た。
まさに今、
真っ赤な顔をして階段に小さく座り、
どうしていいか分からなくなっている乃愛。
琉生は乃愛を見たまま、
一瞬だけためらった。
学校では、いつも通りにする。
そう決めたはずなのに。
次の瞬間、
琉生の手は自然と乃愛の頭へ伸びていた。
「……気にすんな」
ぽん、と一度だけ優しく触れられる。
その手のひらの温かさに、
乃愛の胸がまたきゅっと鳴った。
ゆっくりと顔を上げると、琉生と目が合う。
一瞬だけ、二人とも動けなくなった。
そして、先に乃愛が少しだけ笑う。
それにつられるように、
琉生も照れくさそうに目を細めた。
ほんの数秒。
誰にも気づかれないほど
短い時間だったけれど。
その笑顔だけで、昨日、
机の下で繋いだ手の温かさが、
また胸の奥によみがえった。
「……ほら颯人、行くぞ!
監督待たせてんだから!」
これ以上ここにいたら
自分の理性が保てないと察したのか、
琉生は颯人の背中をぐいぐいと押して、
逃げるように部室棟へと歩き出す。
「わかったから押すなよ。
……白石さん、あいつ昨日から
ずーーっとそんな感じだから、
後でまたたくさん充電してやってね」
「颯人、黙れって‼」
遠ざかっていく二人の、にぎやかで、
でもどこか必死な声が廊下に響く。
嵐のように去っていった
琉生の後ろ姿を見送りながら、
乃愛は自分の頭にそっと手を置いた。
触れられた場所に残る心地いい熱が、
まるで頭の上からも『充電』
してくれたかのように、
じんわりと心に染み渡っていく。
乃愛はその場所を愛おしそうに
そっと撫でながら、
嬉しさと愛おしさで
胸をいっぱいにさせるのだった——。

