隣の席だったキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の充電。支え合い、乗り越える力がある~

《図書室のドキドキ、机の下の充電》
二学期が始まり、
すぐの放課後の図書室は、
数日後に迫った期末テストに向けて、
夏休み気分の抜けない生徒たちが
気持ちを押し込めて静かに
机に向かい熱気を帯びていた。


窓の外からは
まだ暑苦しい蝉の声が聞こえてくる。


校舎の冷房が
微かに唸る部屋のいつもの奥の席で、
乃愛と琉生は並んで座り、
それぞれのワークを開いていた。


夏休み前の終業式や、
あの雨の花火大会とは、
二人の関係は決定的に違っていた。


私たちは、付き合っている。


学校の誰にも秘密の、恋人同士になったのだ。


(……だけど、だからこそ、
夏休み前より何倍も緊張しちゃう……っ)


乃愛は古典のノートに
シャーペンを滑らせながら、
右隣から伝わってくる琉生の確かな体温に、
生きた心地がしていなかった。


学校の中ではまだ周囲の目があるため、
登校中も廊下でも、
ただのクラスメイトの
フリをしなければいけない。


その反動のように、
図書室の席でこうして
隣り合っている数センチの距離が、
どうしようもないほど甘くて息苦しかった。


チラリと盗み見ると、
琉生は数学の数式を睨みつけたまま、
真っ黒に日焼けした首筋を
少し赤くしてフリーズしている。


明らかに勉強に集中できていない様子が、
乃愛の胸をくすぐった。


すると不意に、
琉生がみんなの目を盗むようにして、
自分の数学ノートの余白に
ガリガリと勢いよく文字を書き込んだ。


そして、
肘で隠すようにしながら、
そのページを乃愛の視界へと
スッと滑らせてくる。


そこには、
少し不器用で真っ直ぐな
琉生の文字が躍っていた。


『乃愛、さっきから全然ノート進んでない。
……俺の隣、そんなに緊張する?笑』


からかうような言葉。


だけど、
文字の最後につけられた『笑』の文字が、
彼自身も照れ隠しで
必死なのだと物語っている。


乃愛はカッと顔が火照るのを感じながら、
自分のノートの端に急いで
小さな文字を綴った。


『琉生くんこそ、
さっきから数式のページが
一枚もめくられていません。

緊張しているのは、お互い様です……っ』


ノートを少しだけ琉生側へ傾けて見せる。


それを読んだ琉生は、
一瞬驚いたように目を見開いた後、
今度は耳の先まで真っ赤にして
「っ、だな……」と
声に出さずに唇を動かした。


ベッドの上で
LINEをしているときとも違う、
目の前に大好きな人がいるからこその、
視線と筆談のナイショ話。


琉生はノートを引き戻すと、
しばらくペンを止めて何かを
迷うように動かさなくなった。


静まり返った図書室の中で、
乃愛の心臓がドクドクと
大きな音を立てて暴れ出す。


数十秒の後、
再び滑り込んできたノートの余白には、
琉生の隠しきれない本音が、
少し掠れた文字で書かれていた。


『まじで集中できねーわ。
夏休み、花火のあと全然会えなかったからさ。

……学校始まったら、
毎日顔見れるって思ってたのに、
席離れて前みたいに話せねーし。

……早く二人きりになりてーな』


「……っ!」


乃愛は小さく息を呑み、
ノートの文字をじっと見つめた。


『早く二人きりになりてーな』。


たった一言なのに、
胸の奥がきゅっと締めつけられる。


同じことを、ずっと自分も思っていた。


学校では今まで通りの
クラスメイトでいなければならないし。


席替えで隣の席では
なくなってしまったからこそ、今、
こうして二人だけで過ごせる時間は、
前よりずっと特別だった。


それを琉生も同じように
思ってくれていたことが、
嬉しくて、恥ずかしくて。


乃愛は赤くなった顔を
隠すように髪を耳にかけた。


嬉しくて、愛おしくて、
もう教科書の文字なんて
一文字も頭に入らなくなってしまった。


乃愛は赤くなった顔を隠すように
髪を耳にかけながら、
震える指先で、自分のノートに
精一杯の答えを書き込んでいく。


『私も、
ずっと同じことを思っていました。

……だからテストが終わったら、
またあの隠れ家で、
二人きりでお話ししようね』


書き終えた文字を琉生に見せると、
乃愛は恥ずかしくなったのか、
すぐに視線を逸らした。


それでも琉生の反応が気になるのか、
ちらりと横目でこちらを見る。


目が合った。


「……っ」


乃愛は慌ててノートへ視線を落とすと、
照れ隠しをするように、
そっと髪を耳にかけた。


その拍子に、
髪に隠れていた頬があらわになる。


ほんのり赤く染まった横顔を見た瞬間、
琉生の胸がきゅっと鳴った。


(……いや、可愛すぎ)


嬉しそうに目を細める乃愛を見ていると、
さっきまで我慢していた気持ちが、
一気に溢れそうになった。


静かな図書室の中、
二人の間に短い沈黙が落ちる。


すると、机の下で、
琉生の手がそっと動いた。


乃愛の手のすぐそばで、一度だけ止まる。


まるで、触れてもいいのか確かめるように。


その仕草に気づいた瞬間、
乃愛の心臓が大きく跳ねた。


次の瞬間。


琉生は気づけば、
乃愛の手をそっと握っていた。


(……っ、マジで、ずるすぎ……)

 
そんな乃愛の笑みに胸がぎゅっとなり、
溢れそうになる愛おしさで、
胸を焦らす焦燥感に
突き動かされるようにして、
琉生は気づけば乃愛の手を掴んでいた。


「……っ、琉生……くん?」


目の前にある、
愛おしくてたまらない乃愛の手。


それを包み込むように、
そっと、けれど確かな力強さで握る。


突然触れられた体温に、
乃愛の身体が小さく跳ねた。


二人の間に、
言葉にならない熱い沈黙が流れる。


琉生は掴んだ手をそのまま、
机の下へと引き込む。


周りからは見えない、
二人だけの薄暗い空間。


自分の指を乃愛の指に絡め、
きゅっと強く、恋人繋ぎになる。


驚きで固まる乃愛の耳元に、
琉生がふわりと顔を寄せる。


そして、
他の誰にも聞こえないほどの、
低く甘い声で囁いた。


「……乃愛可愛すぎ。
ちょっとだけ、充電な」


握られた手から、
琉生の熱い体温がじわじわと伝わってきて、
乃愛の心臓は破裂しそうなほどに
跳ね上がった。


「っ……!」


声にならない悲鳴が喉の奥で詰まる。


瞬時に心臓がうるさいくらいに暴れ出し、
恥ずかしさのあまり、
乃愛は空いている左手で
自分の顔を半分覆い隠した。


机の下でぎゅっと結ばれた恋人繋ぎからは、
琉生の熱い体温がこれでもかと伝わってくる。


あまりの熱量に
頭が真っ白になりそうだったが。


――ふと、自分の小さな手を
包み込む琉生の大きな手のひらが、
かすかに震えていることに気づいた。


余裕そうに囁いてみせた彼も、
本当は必死なのかもしれない。


そう気づいた瞬間、
愛おしさが恥ずかしさをそっと上回った。


乃愛は顔を真っ赤にしたまま、
恥ずかしそうに首をすくめた。


琉生と目を合わせられず、
そっと視線を落とす。


それでも机の下では、
繋いだ手を離すことなく、
琉生の手をきゅっと小さく握り返した。


「……ちょっとだけ、だからね」


蚊の鳴くような声で呟くと、
右隣から「ん、ありがと」と、
心底愛おしそうな琉生の嬉しそうな
気配が伝わってきた。


繋がれた手はそのままに、
琉生は空いた右手で不器用そうに
シャープペンシルを握り直す。


視線だけはノートに戻したものの、
お互いの体温が気になって、
もう文字なんてまともに頭に入らなかった。


テスト前の張り詰めた空気の中で、
机の下の小さな秘密が、
これからのテスト勉強を途方もなく
甘い時間へと変えていくのだった——。