隣の席だったキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の充電。支え合い、乗り越える力がある~

クリスマスが終わり、冬休みに入ると、時間は思っていたよりも早く過ぎていった。

年が明け、三学期が始まっても、五人の日常は大きく変わらなかった。

乃愛と琉生は学校でも自然に言葉を交わし、結衣と颯人は付き合い始めたというのに相変わらず顔を合わせれば言い合っている。

ひまりはそんな四人をいつものように穏やかに見守っていた。

けれど一月が二月になり、校庭の端に残っていた雪もすっかり消える頃には、教室の中に少しずつ〝次の春〟を意識させる言葉が増えていった。

「お前らも、もうすぐ三年生だからな。そろそろ進路のことも本気で考え始めろよ」

三月に入ったある朝、担任がホームルームの最後にそう言うと、教室のあちこちから一斉に声が上がった。

「えー、もう受験生じゃん」「三年になりたくないんだけど」「ていうかクラス替えどうなるんだろ」

最後の言葉に、乃愛の手がわずかに止まった。

――クラス替え。

考えてみれば当たり前のことなのに、これまであまり意識していなかった。

三年生になれば、また新しいクラスになる。琉生と同じクラスになるかもしれないし、違うかもしれない。結衣やひまり、颯人だって同じだ。

乃愛は教室を見渡した。毎日見てきた黒板も、机も、窓の外の景色も、今ではすっかり当たり前になっている。

それなのに、この場所で五人が揃って過ごせる時間には、もう終わりが見え始めていた。

「乃愛?」

不意に名前を呼ばれ、乃愛が顔を上げる。少し離れた席から琉生がこちらを見ていた。

「どうした?」

「……ううん。なんでもないよ」

乃愛が笑うと、琉生も「そっか」といつものように笑った。

その表情を見て、胸の中に浮かんだ寂しさが少しだけやわらぐ。

席が隣ではなくなった今も、二人の関係は変わらなかった。だからきっと、クラスが変わることだって、ただ怖がる必要はない。

そう思えるようになったことも、この一年で変わった自分の一つなのかもしれない。

*-*-*

昼休み。

五人はいつものように机を寄せて昼食を食べていた。

「颯人、それ取って」

結衣が机の端に置かれたペットボトルを指さすと、颯人は「自分で取れるだろ」と言いながらも結局手を伸ばして渡した。

「ありがと」

「……どういたしまして」

そのやり取りを見ていた琉生が、乃愛へ少し顔を寄せる。

「付き合っても、あいつら全然変わんねーな」

「ふふっ。でも、ちょっと変わったよ?」

「どこが?」

「名前」

乃愛が小声で答えると、ちょうど結衣が「颯人、これ食べる?」とお菓子を差し出していた。

琉生は一瞬黙ったあと、納得したように笑う。

「……ああ。確かに」

「聞こえてるんだけど!」

結衣がこちらを睨むと、颯人は隣で面白そうに笑っていた。けれど、その一言をきっかけにまた言い合いが始まりそうになったところで、ひまりが穏やかに口を開く。

「二人とも。お昼休み、もう半分終わってるよ?」

その言葉に結衣が時計を見て、「ほんとだ」と慌ててお弁当に戻る。乃愛たちは顔を見合わせ、くすっと笑った。

そんな何でもない時間も、最近は以前より少しだけ大切に思える。

食べ終わった頃、結衣がふと教室を見回した。

「ねえ。写真撮らない?」

「写真?」

「うん。このクラスも、もうすぐ終わりじゃん。せっかくだし五人で撮っとこうよ」

明るく言った結衣の言葉に、ほんの一瞬だけ全員が静かになる。
「終わる」と言葉にすると、急に実感が増した。

「いいじゃん、撮ろうぜ」

最初に答えたのは琉生だった。颯人も「まあ、いいけど」と頷き、乃愛も自然に笑う。

「じゃあ私、撮るよ」

ひまりがスマホを手にすると、結衣がすぐに首を振った。

「え? 何言ってるの。ひまりも入るんだよ?」

「でも、誰か撮らないと」

「タイマー使えばいいじゃん。ほら、早く!」

「……うん」

ひまりは少し驚いたように瞬きをして、それから嬉しそうに笑った。

窓際の空いた机にスマホを立て、タイマーをセットする。五人で慌ただしく並んだところで画面の数字が減り始めた。

「ちょ、琉生押すな!」

「押してねーって!」

「結衣、もう撮れるよ」

「えっ、待って待って!」

「ほら、前向け」

颯人に肩を軽く押され、結衣が慌てて前を向く。

次の瞬間、シャッター音が鳴った。

写真の中には、少し姿勢の崩れた五人が、それでも全員笑って写っていた。

「いいじゃん!」

結衣が満足そうに画面を覗き込み、琉生たちもその周りへ集まる。

ひまりは自分のスマホへ送られてきた写真を、みんなが別の話を始めてからもう一度開いた。

乃愛と琉生。結衣と颯人。そして、自分。

誰かを見守るのではなく、自分もちゃんとその輪の中にいる。

「……いい写真」

小さく呟いて、ひまりはその一枚を大切そうに保存した。
 
*―*―*

それからも、日々は少しずつ春へ近づいていった。

授業の終わりに「これが二年最後の範囲だからな」と先生が言うようになり、教室の後ろには教科書やプリントを持ち帰るための袋が並び始める。

廊下を歩けば、三年生を送るための掲示物も目に入った。

そしてある日の放課後。

乃愛は荷物を鞄へしまいながら、ふと静かになり始めた教室を見渡した。

今の席は、教室の中央、前から三列目。

春には想像もしていなかった場所に座っている。

「乃愛、帰ろうぜ」

琉生の声がして、乃愛は「うん」と立ち上がった。

けれど鞄を持ったそのとき、視線が教室の一角で止まる。

――春。

あの場所で、琉生と隣の席になった。

最初は声をかけるだけでも緊張して、机の上に置かれた小さな付箋一枚に胸を鳴らしていた。

そこから始まった一年が、もうすぐ終わる。

「乃愛?」

「あ……ごめん。お待たせ」

「ん。行こ」

「うん」

乃愛はもう一度だけその席を見てから、琉生の隣へ歩いていった。

二人が教室を出ると、夕方の廊下に並んだ足音が重なる。

春になれば、また何かが変わるかもしれない。

それでも今は、その変化を以前ほど怖いとは思わなかった。

隣の席ではなくなっても、隣を歩くことはできたから。

そして二人はいつものように並んで、二年生の終わりへ近づく校舎をあとにした。