合唱コンクールが終わり、琉生たちの公式戦からも少しだけ時間が経った十一月の終わり。
窓の外に並ぶ木々はすっかり色づき、放課後の教室にも冬の気配が入り込み始めていた。
カーディガンを羽織る生徒も増え、教室のあちこちから「寒い」「もう冬じゃん」なんて声が聞こえてくる。
「じゃあ俺ら、部活行ってくるわ」
鞄を肩にかけた琉生が、乃愛たち三人へ片手を上げる。その隣では、颯人もサッカー部のバッグを持ち上げていた。
「あ、琉生くん。今日は自主練するの?」
「んー、今日はやめとく。明日またやるし」
「そっか」
「ちゃんと休むのも練習のうち、だろ?」
琉生がそう言って笑うと、乃愛も安心したように微笑んだ。
公式戦を迎える前の琉生は、焦る気持ちに追い立てられるように、毎日のように遅くまでボールを追いかけていた。
けれど今は、自主練をする日もあれば、早めに切り上げて身体を休める日もある。仲間と声を掛け合いながら練習する姿も、以前より増えていた。
「珍しく学習したな」
「珍しくは余計だろ」
颯人の一言に琉生が眉を寄せる。
そのやり取りを聞いていた結衣が、ふと思いついたように口を開いた。
「じゃあ、高城くんが無茶してないかは私が見てあげようか?」
「いらねーよ」
「……即答する?」
「必要ないからな」
「感じ悪っ」
結衣がむっと頬を膨らませると、ひまりが小さく笑った。
「……二人とも。そろそろ部活、行かなくて大丈夫?」
「あ、やべ」
「誰のせいだよ」
「高城くんでしょ!」
「ほら、行くぞ琉生」
「おう。じゃあな!」
琉生と颯人が教室を出ていく。
「頑張ってね」
乃愛はそう声を掛けながら、その背中を見送った。
頑張ることをやめたわけではない。
夢への気持ちが弱くなったわけでもない。
ただ、一人で全部を抱え込まなくてもいいことを、琉生は少しずつ自分のものにしている。
あの日、自分が伝えた言葉も、その変化の中にほんの少しだけ残っているのだとしたら――それだけで、乃愛には十分だった。
「……まったく。高城くんって、ほんっと感じ悪い」
帰り支度を再開しながら、結衣がまだ不満そうに呟いた。
「でも、心配なんだ?」
「え?」
「高城くんが無茶してないか」
ひまりに言われ、結衣の手がぴたりと止まる。
「そ、それは……同じ友達なんだから普通でしょ?」
「ふふ、そっか」
「な、何よ、その笑い方!」
それ以上は何も言わず、ひまりは自分の鞄を手に取った。
乃愛も黙って微笑む。
公式戦の日から、結衣が颯人のことを口にする回数は、ほんの少し増えたような気がする。
本人は、まだ気づいていないのかもしれない。
三人で昇降口へ向かっている途中、ひまりのスマートフォンが短く震えた。
「あ、ごめん」
立ち止まったひまりが画面を確認する。
その瞬間、いつも穏やかな表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
それを結衣が見逃すはずがない。
「ひまり、今笑った。誰から?」
「……別に」
「その間、怪しいんだけど」
「結衣ほどじゃないよ」
「なんで私⁉」
ひまりは答えず、スマートフォンを鞄へしまうと、何事もなかったように歩き始める。
「ちょっと、ひまりー!」
結衣がその背中を追いかけ、乃愛もくすくす笑いながら二人のあとに続いた。
ひまりのスマートフォンに届いた、短いメッセージ。
その送り主が誰なのか、このときの乃愛はまだ知らなかった。
校舎を出た途端、冷たい風が三人の間を吹き抜けた。
色づいた葉が、かさかさと音を立てながら足元を転がっていく。
「さむっ! もう冬じゃん!」
「もう十一月も終わるからね」
「そっかぁ……あっ、そうだ!」
結衣が突然立ち止まり、乃愛とひまりを振り返った。
「今年さ、みんなでクリスマスパーティーしない?」
「クリスマスパーティー?」
「そう! 乃愛と羽瀬くんと、私と高城くんと、ひまり。五人で!」
「楽しそう」
ひまりが微笑むと、結衣は「でしょ?」と嬉しそうに頷いた。
「でも、高城くん来るかな?」
「来させる!」
「さっき感じ悪いって言ってなかった?」
「それとこれとは別なの!」
胸を張る結衣に、乃愛とひまりは顔を見合わせて笑った。
クリスマス――。
その言葉を心の中で繰り返すと、乃愛の胸が小さく弾んだ。
去年までなら、十二月の中にある一日でしかなかった。
けれど今年は、琉生と出会って、隣の席になって、付箋を交わして。
たくさん笑って、泣いて――今は恋人として、同じ季節を歩いている。
「乃愛、嬉しそう」
「えっ?」
「羽瀬くんと過ごす初めてのクリスマスだもんね?」
その一言で、乃愛の頬が一気に熱くなった。
「……結衣」
「ふふ。やっぱり」
「もう……」
否定できない乃愛を見て、結衣が楽しそうに笑う。
ひまりも二人のやり取りを見ながら、静かに微笑んでいた。
冷たい風が、三人の間を通り抜けていく。
秋が終わり、もうすぐ冬がやってくる。
去年までとは少し違う冬。
乃愛には、琉生と迎える初めてのクリスマス。
そして結衣とひまりにも、まだ本人たちさえ知らない、小さな変化が訪れようとしていた。
その冬が三人にとって、それぞれ少しずつ違う意味を持つことを――このときは、まだ誰も知らなかった――。
窓の外に並ぶ木々はすっかり色づき、放課後の教室にも冬の気配が入り込み始めていた。
カーディガンを羽織る生徒も増え、教室のあちこちから「寒い」「もう冬じゃん」なんて声が聞こえてくる。
「じゃあ俺ら、部活行ってくるわ」
鞄を肩にかけた琉生が、乃愛たち三人へ片手を上げる。その隣では、颯人もサッカー部のバッグを持ち上げていた。
「あ、琉生くん。今日は自主練するの?」
「んー、今日はやめとく。明日またやるし」
「そっか」
「ちゃんと休むのも練習のうち、だろ?」
琉生がそう言って笑うと、乃愛も安心したように微笑んだ。
公式戦を迎える前の琉生は、焦る気持ちに追い立てられるように、毎日のように遅くまでボールを追いかけていた。
けれど今は、自主練をする日もあれば、早めに切り上げて身体を休める日もある。仲間と声を掛け合いながら練習する姿も、以前より増えていた。
「珍しく学習したな」
「珍しくは余計だろ」
颯人の一言に琉生が眉を寄せる。
そのやり取りを聞いていた結衣が、ふと思いついたように口を開いた。
「じゃあ、高城くんが無茶してないかは私が見てあげようか?」
「いらねーよ」
「……即答する?」
「必要ないからな」
「感じ悪っ」
結衣がむっと頬を膨らませると、ひまりが小さく笑った。
「……二人とも。そろそろ部活、行かなくて大丈夫?」
「あ、やべ」
「誰のせいだよ」
「高城くんでしょ!」
「ほら、行くぞ琉生」
「おう。じゃあな!」
琉生と颯人が教室を出ていく。
「頑張ってね」
乃愛はそう声を掛けながら、その背中を見送った。
頑張ることをやめたわけではない。
夢への気持ちが弱くなったわけでもない。
ただ、一人で全部を抱え込まなくてもいいことを、琉生は少しずつ自分のものにしている。
あの日、自分が伝えた言葉も、その変化の中にほんの少しだけ残っているのだとしたら――それだけで、乃愛には十分だった。
「……まったく。高城くんって、ほんっと感じ悪い」
帰り支度を再開しながら、結衣がまだ不満そうに呟いた。
「でも、心配なんだ?」
「え?」
「高城くんが無茶してないか」
ひまりに言われ、結衣の手がぴたりと止まる。
「そ、それは……同じ友達なんだから普通でしょ?」
「ふふ、そっか」
「な、何よ、その笑い方!」
それ以上は何も言わず、ひまりは自分の鞄を手に取った。
乃愛も黙って微笑む。
公式戦の日から、結衣が颯人のことを口にする回数は、ほんの少し増えたような気がする。
本人は、まだ気づいていないのかもしれない。
三人で昇降口へ向かっている途中、ひまりのスマートフォンが短く震えた。
「あ、ごめん」
立ち止まったひまりが画面を確認する。
その瞬間、いつも穏やかな表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
それを結衣が見逃すはずがない。
「ひまり、今笑った。誰から?」
「……別に」
「その間、怪しいんだけど」
「結衣ほどじゃないよ」
「なんで私⁉」
ひまりは答えず、スマートフォンを鞄へしまうと、何事もなかったように歩き始める。
「ちょっと、ひまりー!」
結衣がその背中を追いかけ、乃愛もくすくす笑いながら二人のあとに続いた。
ひまりのスマートフォンに届いた、短いメッセージ。
その送り主が誰なのか、このときの乃愛はまだ知らなかった。
校舎を出た途端、冷たい風が三人の間を吹き抜けた。
色づいた葉が、かさかさと音を立てながら足元を転がっていく。
「さむっ! もう冬じゃん!」
「もう十一月も終わるからね」
「そっかぁ……あっ、そうだ!」
結衣が突然立ち止まり、乃愛とひまりを振り返った。
「今年さ、みんなでクリスマスパーティーしない?」
「クリスマスパーティー?」
「そう! 乃愛と羽瀬くんと、私と高城くんと、ひまり。五人で!」
「楽しそう」
ひまりが微笑むと、結衣は「でしょ?」と嬉しそうに頷いた。
「でも、高城くん来るかな?」
「来させる!」
「さっき感じ悪いって言ってなかった?」
「それとこれとは別なの!」
胸を張る結衣に、乃愛とひまりは顔を見合わせて笑った。
クリスマス――。
その言葉を心の中で繰り返すと、乃愛の胸が小さく弾んだ。
去年までなら、十二月の中にある一日でしかなかった。
けれど今年は、琉生と出会って、隣の席になって、付箋を交わして。
たくさん笑って、泣いて――今は恋人として、同じ季節を歩いている。
「乃愛、嬉しそう」
「えっ?」
「羽瀬くんと過ごす初めてのクリスマスだもんね?」
その一言で、乃愛の頬が一気に熱くなった。
「……結衣」
「ふふ。やっぱり」
「もう……」
否定できない乃愛を見て、結衣が楽しそうに笑う。
ひまりも二人のやり取りを見ながら、静かに微笑んでいた。
冷たい風が、三人の間を通り抜けていく。
秋が終わり、もうすぐ冬がやってくる。
去年までとは少し違う冬。
乃愛には、琉生と迎える初めてのクリスマス。
そして結衣とひまりにも、まだ本人たちさえ知らない、小さな変化が訪れようとしていた。
その冬が三人にとって、それぞれ少しずつ違う意味を持つことを――このときは、まだ誰も知らなかった――。

