「遅ーい!」
外へ出た瞬間、結衣の声が飛んできた。
乃愛とひまりも一緒だ。
「ごめんごめん。ちょっと監督に呼ばれてて」
琉生が駆け寄ると、乃愛がほっとしたように笑った。
「お疲れさま、琉生くん」
「ありがと、乃愛」
その一言だけで、試合とは違うところに残っていた緊張までほどけていく。
「で、なんで呼ばれてたの?」
結衣に尋ねられ、琉生は颯人と顔を見合わせた。
「実はさ――」
監督から聞いた話を伝えると、三人の表情が一斉に変わった。
「ええっ⁉ Jクラブ⁉」
「結衣、声大きい」
「だってすごいじゃん!」
結衣は興奮したまま、颯人へ向き直る。
「高城くんもすごいじゃん! 今日、本当に何回も止めてたもん!」
「……まあな」
颯人はいつものように素っ気なく答える。
けれど、少しだけ嬉しそうに見えた。
そして――。
ふと結衣を見て、口元をわずかに上げる。
「……試合中は名前で呼んでたくせに」
「……え?」
結衣の動きが、ぴたりと止まった。
「いや。聞こえた気がしただけ」
「えええっ⁉ 聞こえてたの⁉」
「だから〝気がした〟って言ってんだろ」
「だ、だって! あんなに人いたし! 絶対聞こえてないと思ってたから……!」
「じゃあ、聞こえないと思って名前で呼んだのかよ」
「わ、わざとじゃないし!」
「へえ」
颯人が面白そうに眉を上げる。
「じゃあ無自覚なんだ?」
「…………」
結衣の顔が、みるみる赤くなっていく。
「結衣?」
「~~~~っ! 知らない!」
「なんでキレんだよ」
「高城くんのせいでしょ!」
「……ほら、戻った」
「え?」
「なんでもねーよ」
颯人がぷいっと顔を逸らす。
けれど、その耳もほんの少し赤い。
「へえー? 〝颯人〟ねえ?」
今度は琉生が楽しそうに割って入った。
「琉生、お前は黙れ」
「なんでだよ。俺、何も言ってねーじゃん」
「言ってるのと同じだ」
「二人とも、もう名前で呼べばいいのに」
ひまりがさらりと言う。
「ひまり⁉」
「余計なこと言うな!」
結衣と颯人の声が、ぴたりと重なった。
一瞬の沈黙。
それから乃愛が堪えきれずにくすっと笑い、琉生も吹き出した。
「ちょっと! 乃愛まで笑わないでよー!」
試合中の張り詰めた空気が嘘だったように、五人の笑い声が秋空の下に広がっていった。
*―*―*
それから少しして。
結衣たちが先を歩き始め、乃愛と琉生は自然とその後ろを並んで歩いていた。
「……琉生くん」
「ん?」
「今日、本当にお疲れさま」
「ありがと」
琉生が笑う。
乃愛も微笑み返して――それから、少しだけ迷うように琉生の右手を見た。
「あのね……試合の途中で……やったよね?」
「何を?」
「その……ぐるぐる」
琉生の足が止まった。
乃愛も立ち止まる。
「……見えてた?」
「うん」
乃愛は小さく頷いた。
「あんな遠くから?」
「だって……」
少し恥ずかしそうに視線を落とす。
それでも、乃愛はちゃんと言葉にした。
「ずっと、琉生くんのこと見てたから」
「…………」
「琉生くん?」
「乃愛、それ今日二回目の反則」
「えっ?」
意味が分からないという顔をする乃愛に、琉生は困ったように笑った。
本当に、かなわない。
「……あれさ」
琉生は自分の右手を見る。
「乃愛が言っただろ。自分のこと信じられなくなったら、乃愛のこと思い出せって」
「……うん」
「だから、思い出した」
乃愛が目を見開く。
「ちゃんと効いたよ。乃愛の合図」
「……ほんと?」
「うん」
琉生は頷いた。
「それ思い出したらさ、急に周りが見えたんだ。颯人も、佐々木も、みんなずっと走ってくれてたのに、俺だけ一人でなんとかしようとしてた」
試合中の景色を思い返すように、琉生は続ける。
「だから今度は、俺がみんなを信じてみようって思った。そしたら――ちゃんと返ってきた」
「……ボールが?」
「うん」
琉生は少しだけ笑った。
「それに、信じてくれてるって気持ちも」
乃愛は、しばらく何も言わなかった。
自分には、サッカーの難しいことなんて分からない。
琉生に何かを教えることもできない。
ただ、頑張ってきた姿を見ていた。
うまくいかなくても、それまで積み重ねてきたものまでなくなるわけじゃないと信じていた。
それだけだった。
「……私、何もしてないよ?」
「したじゃん」
「え?」
「俺が自分を信じられなくなったとき、代わりに信じててくれた」
乃愛の胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……うん」
小さく頷いた乃愛の手に、琉生の指先がそっと触れた。
確かめるように手を重ねると、乃愛もその手を握り返す。
「ありがとな、乃愛」
「……うん」
「ちゃんと届いた」
その言葉に、乃愛は嬉しそうに微笑んだ。
やがて、前を歩いていた結衣が振り返る。
「二人ともー! 置いてくよー!」
「今行く!」
琉生が答える。
それから、繋いだ手を一度だけ握り直した。
まだ何も決まったわけじゃない。
スカウトに名前を覚えてもらっただけ。
夢までの道は、きっとまだ遠い。
それでも――。
「乃愛」
「なに?」
「俺、もっと頑張るよ」
そこに、試合前までの焦りはなかった。
一人ですべてを背負おうとする強がりでもない。
「今日より、もっと上手くなる。次に見てもらったときも、ちゃんと俺のサッカーできるように」
乃愛は繋いだ手に、少しだけ力を込めた。
「うん。私、応援してる」
「……ありがと」
二人は顔を見合わせて笑うと、先を歩く三人のもとへ駆けていった。
琉生の夢は、まだ遠い。
そして颯人には今日、これまで考えたこともなかった道が、初めて姿を見せた。
二人がその先で何を選ぶのかは、まだ誰にも分からない。
けれど今日――。
それぞれの未来へ続く道に、小さな一歩が刻まれた。
その一歩はもう、一人で踏み出したものではなかった――。
外へ出た瞬間、結衣の声が飛んできた。
乃愛とひまりも一緒だ。
「ごめんごめん。ちょっと監督に呼ばれてて」
琉生が駆け寄ると、乃愛がほっとしたように笑った。
「お疲れさま、琉生くん」
「ありがと、乃愛」
その一言だけで、試合とは違うところに残っていた緊張までほどけていく。
「で、なんで呼ばれてたの?」
結衣に尋ねられ、琉生は颯人と顔を見合わせた。
「実はさ――」
監督から聞いた話を伝えると、三人の表情が一斉に変わった。
「ええっ⁉ Jクラブ⁉」
「結衣、声大きい」
「だってすごいじゃん!」
結衣は興奮したまま、颯人へ向き直る。
「高城くんもすごいじゃん! 今日、本当に何回も止めてたもん!」
「……まあな」
颯人はいつものように素っ気なく答える。
けれど、少しだけ嬉しそうに見えた。
そして――。
ふと結衣を見て、口元をわずかに上げる。
「……試合中は名前で呼んでたくせに」
「……え?」
結衣の動きが、ぴたりと止まった。
「いや。聞こえた気がしただけ」
「えええっ⁉ 聞こえてたの⁉」
「だから〝気がした〟って言ってんだろ」
「だ、だって! あんなに人いたし! 絶対聞こえてないと思ってたから……!」
「じゃあ、聞こえないと思って名前で呼んだのかよ」
「わ、わざとじゃないし!」
「へえ」
颯人が面白そうに眉を上げる。
「じゃあ無自覚なんだ?」
「…………」
結衣の顔が、みるみる赤くなっていく。
「結衣?」
「~~~~っ! 知らない!」
「なんでキレんだよ」
「高城くんのせいでしょ!」
「……ほら、戻った」
「え?」
「なんでもねーよ」
颯人がぷいっと顔を逸らす。
けれど、その耳もほんの少し赤い。
「へえー? 〝颯人〟ねえ?」
今度は琉生が楽しそうに割って入った。
「琉生、お前は黙れ」
「なんでだよ。俺、何も言ってねーじゃん」
「言ってるのと同じだ」
「二人とも、もう名前で呼べばいいのに」
ひまりがさらりと言う。
「ひまり⁉」
「余計なこと言うな!」
結衣と颯人の声が、ぴたりと重なった。
一瞬の沈黙。
それから乃愛が堪えきれずにくすっと笑い、琉生も吹き出した。
「ちょっと! 乃愛まで笑わないでよー!」
試合中の張り詰めた空気が嘘だったように、五人の笑い声が秋空の下に広がっていった。
*―*―*
それから少しして。
結衣たちが先を歩き始め、乃愛と琉生は自然とその後ろを並んで歩いていた。
「……琉生くん」
「ん?」
「今日、本当にお疲れさま」
「ありがと」
琉生が笑う。
乃愛も微笑み返して――それから、少しだけ迷うように琉生の右手を見た。
「あのね……試合の途中で……やったよね?」
「何を?」
「その……ぐるぐる」
琉生の足が止まった。
乃愛も立ち止まる。
「……見えてた?」
「うん」
乃愛は小さく頷いた。
「あんな遠くから?」
「だって……」
少し恥ずかしそうに視線を落とす。
それでも、乃愛はちゃんと言葉にした。
「ずっと、琉生くんのこと見てたから」
「…………」
「琉生くん?」
「乃愛、それ今日二回目の反則」
「えっ?」
意味が分からないという顔をする乃愛に、琉生は困ったように笑った。
本当に、かなわない。
「……あれさ」
琉生は自分の右手を見る。
「乃愛が言っただろ。自分のこと信じられなくなったら、乃愛のこと思い出せって」
「……うん」
「だから、思い出した」
乃愛が目を見開く。
「ちゃんと効いたよ。乃愛の合図」
「……ほんと?」
「うん」
琉生は頷いた。
「それ思い出したらさ、急に周りが見えたんだ。颯人も、佐々木も、みんなずっと走ってくれてたのに、俺だけ一人でなんとかしようとしてた」
試合中の景色を思い返すように、琉生は続ける。
「だから今度は、俺がみんなを信じてみようって思った。そしたら――ちゃんと返ってきた」
「……ボールが?」
「うん」
琉生は少しだけ笑った。
「それに、信じてくれてるって気持ちも」
乃愛は、しばらく何も言わなかった。
自分には、サッカーの難しいことなんて分からない。
琉生に何かを教えることもできない。
ただ、頑張ってきた姿を見ていた。
うまくいかなくても、それまで積み重ねてきたものまでなくなるわけじゃないと信じていた。
それだけだった。
「……私、何もしてないよ?」
「したじゃん」
「え?」
「俺が自分を信じられなくなったとき、代わりに信じててくれた」
乃愛の胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……うん」
小さく頷いた乃愛の手に、琉生の指先がそっと触れた。
確かめるように手を重ねると、乃愛もその手を握り返す。
「ありがとな、乃愛」
「……うん」
「ちゃんと届いた」
その言葉に、乃愛は嬉しそうに微笑んだ。
やがて、前を歩いていた結衣が振り返る。
「二人ともー! 置いてくよー!」
「今行く!」
琉生が答える。
それから、繋いだ手を一度だけ握り直した。
まだ何も決まったわけじゃない。
スカウトに名前を覚えてもらっただけ。
夢までの道は、きっとまだ遠い。
それでも――。
「乃愛」
「なに?」
「俺、もっと頑張るよ」
そこに、試合前までの焦りはなかった。
一人ですべてを背負おうとする強がりでもない。
「今日より、もっと上手くなる。次に見てもらったときも、ちゃんと俺のサッカーできるように」
乃愛は繋いだ手に、少しだけ力を込めた。
「うん。私、応援してる」
「……ありがと」
二人は顔を見合わせて笑うと、先を歩く三人のもとへ駆けていった。
琉生の夢は、まだ遠い。
そして颯人には今日、これまで考えたこともなかった道が、初めて姿を見せた。
二人がその先で何を選ぶのかは、まだ誰にも分からない。
けれど今日――。
それぞれの未来へ続く道に、小さな一歩が刻まれた。
その一歩はもう、一人で踏み出したものではなかった――。

