隣の席だったキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の充電。支え合い、乗り越える力がある~

《新しい席、新しい日常》
「……あ、そうだ」


先生が、ふいに思い出したように言った。


「まだ何かあるんですかー?」


誰かが嫌そうな声を上げると、
先生は教卓の上に置いていた紙を手に取った。


「あるぞ」


嫌な予感がして、
教室の空気が少しだけ静かになる。


「二学期も始まったことだしな。
よし、席替えするぞー!」


先生は教室をゆっくり見渡してから、
にやりと笑った。


一瞬、教室の時間が止まったような気がした。


「……え?」


誰かの小さな声。次の瞬間。


「えええええっ⁉」


教室中から驚きの声が上がった。


「今⁉」


「聞いてない! 先生、急すぎ!」


「だから今言ったんだろ」


先生が平然と答えると、
あちこちから不満の声が上がる。


乃愛は、しばらく先生の顔を
見つめたまま固まっていた。


(……席替え?)


ゆっくりと隣を見る。


すると、ちょうど琉生もこちらを見ていた。


二人の視線が重なる。


春。


この教室で、先生が同じように
席替えを宣言した日があった。


あの日、乃愛は隣が誰になるのか不安だった。


男の子の隣になるかもしれないと
思うだけで緊張して、
できれば女の子がいいな、なんて考えていた。


そして隣になったのが、琉生だった。


あの日から、いろいろなことが始まった。


琉生も同じことを思い出したのか、
少しだけ目を細める。


「……なんか、デジャブじゃない?」


「うん……」


乃愛も小さく頷く。


けれど、春とは違う。


今は、隣にいることが当たり前になっていた。


だからこそ、胸の奥が少しだけざわつく。


(……琉生くんと、離れちゃうのかな)


そんな気持ちが
顔に出てしまったのかもしれない。


琉生が乃愛を見て、
ほんの少しだけ表情を和らげた。


そして机の下で、右手を小さく動かす。


――ぐる、ぐる。


乃愛は一瞬だけ目を丸くした。


言葉にしなくても伝わる。


大丈夫。
たぶん、そんな意味だった。


乃愛も机の下で、そっと右手を動かす。
 

――ぐる、ぐる。


琉生が小さく笑った。


「よし、じゃあ順番にくじ引けー」


先生が教卓の前に小さな箱を置いた。


「引いた番号が新しい席だ。
引いたら黒板の席表を確認しろ」


生徒たちが順番に前へ出ていく。


教室のあちこちで、
「よっしゃ!」「えー、そこかぁ」
と声が上がった。


順番が来るまでみんな集まり、
結衣が声をあげる。


「急すぎて、心の準備できてないんだけど!」


「席替えに心の準備とかいるか?」


颯人が呆れたように言った。


「いるでしょ!」


「知らねえよ」


「ひまりは?」


「私は……どこになるかなって、
ちょっと楽しみかも」


「えー、ひまり余裕!」


その会話を聞きながら、乃愛も少し笑った。


春のときは、席替えそのものが不安だった。


でも今は、少し違う。


寂しくないわけじゃない。


それでも、席が変わっただけで、
みんなとの関係まで変わるわけではないのだ。


乃愛の番が来た。


少し緊張しながら箱の中へ手を入れ、
一枚の紙を取り出す。


「……十五番」


紙に書かれた数字を見て、
乃愛はもう一度確認した。


今よりかなり前の席だ。


黒板の席表を見ると、
窓側から三列目、前から三番目。


少し見慣れない場所に、
自分の名前が書かれている。


そのあとも、五人のくじ引きは続いた。


「二十二番!」


結衣の明るい声。


「……二十七」


颯人は紙を見て、短く呟いた。


「二十九番!」


琉生が番号を読み上げる。


乃愛は思わずそちらを見た。


琉生の新しい席は、
今までと同じ後ろの方だった。


「ひまりは?」


「……三十六番」


「一番後ろじゃん!」


「うん」


ひまりはくすりと笑った。


五人の席は、
今までよりずっと離れてしまった。


乃愛は自分の荷物をまとめ、
十五番の席へ向かった。


スクールバッグを机の横に掛け、
椅子を少し引いてから座ろうとしたとき、
隣の十六番に座る男子と目が合った。


「あ」


男子が先に、小さく声を上げた。


「白石さんだ」


「うん。よろしくね」


乃愛も、以前より自然に笑って答える。


「……あの」


「ん?」


乃愛は少し考えてから、
思い出したように言った。


「前に、ペン拾ったことあったよね」


男子が一瞬、目を丸くした。


「え。覚えてた?」


「うん。春だったかな」


「ああ……」


男子は少し照れたように
視線を逸らしたあと、小さく笑った。


「そっか。じゃあ、改めてよろしく」


「うん」


乃愛も笑って頷く。


それはほんの短い会話だった。


それでも、前だったら、
男子の隣になっただけで
緊張していたかもしれない自分が、
こうして普通に話していることに、
乃愛自身も少しだけ驚いていた。


ふと視線を感じて振り返る。


教室の後ろの方で、
琉生がこちらを見ていた。


目が合うと、
琉生は少しだけ驚いたような顔をしてから、
ふっと笑った。


(……変わったな)


そんなふうに言われたような気がして、
乃愛は少し照れながら笑い返す。


隣の男子はまだ乃愛のことを
気にしているようだったけれど、
乃愛はそれには気づかない。


「はい、移動終わったなー。
じゃあ、次の授業からこの席だからな」


先生の声が響く。


乃愛は前を向き、
新しい机の上に教科書を置いた。


いつもなら、すぐ隣に琉生がいる。


でも、今度は違う。少しだけ寂しい。


そんな気持ちが胸をよぎったときだった。


「乃愛ー!」


結衣が自分の席から、
こちらへ身を乗り出した。乃愛が振り返る。


「休み時間、そっち行っていい?」


「うん、もちろん」


「ひまりも来るよね?」


結衣が教室の一番後ろを見る。


「うん。休み時間になったら行く」


ひまりが笑って手を振った。


「前より近いから、ここなら集まれるよね」


乃愛が微笑む。


「そうだね。あ! 
ここでお弁当食べようよ!」


結衣はお弁当を思いつき楽しみで喜ぶ。


すると、少し後ろから琉生の声がした。


「俺も行っていい?」


振り返ると、琉生が笑っている。


「もちろん!」


「じゃあ、俺も」


颯人が何気なく言う。


「高城くんも⁉」


結衣が嬉しそうに声を上げた。


「いや、別にお前に許可取ってねえし」


「なんでよ! 仲良し5人でしょー」


「……まぁな」


颯人が小さく笑う。


乃愛も、みんなを見ながら笑った。


席は離れてしまった。


ひまりは教室の一番後ろ。


結衣も颯人も琉生も、それぞれ違う場所だ。


でも、休み時間になれば集まれる。


ひまりは乃愛の隣の席に
遊びに来ると言ってくれた。


結衣も、琉生も、颯人も、
少し歩けば話せる距離にいる。


(……何も終わるわけじゃないんだ)


そう思った瞬間、
胸の奥にあった小さな不安が、
ふっと軽くなった。


窓から風が吹き込み、
スクールバッグにつけた
イエロー色のキーホルダーが小さく揺れる。


色は違っても、同じ形。


それぞれ違う場所にいても、
五人が繋がっていることを
思い出させてくれるようだった。


ふと後ろを見ると、
琉生がこちらを見ている。


乃愛が笑うと、琉生も笑った。


春は、偶然隣になった。


でも今は違う。


隣の席じゃなくても、
会いたいと思えば自分から会いに行ける。


話したいと思えば、話しに行ける。


新しい席。新しい二学期。


少し変わった教室の中で、
乃愛はまた
新しい毎日が始まるのを感じていた——。