隣の席だったキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の充電。支え合い、乗り越える力がある~

颯人が守ったところから、再び攻撃が始まった。

パスが繋がり、やがて琉生のもとへ届く。

「よし!」

前を向く。

しかし、すぐに二人のディフェンダーが身体を寄せてきた。

「っ……!」

強引に前へ出ようとした瞬間、相手と足が絡み、琉生は芝の上へ倒れ込んだ。

「くそっ……!」

手をついて起き上がろうとする。

まただ。

また、うまくいかない。

(俺が……やらなきゃ)

時間は残り少ない。

一点取らなければ。

自分が決めなければ。

焦りで、呼吸が浅くなっていく。

そのとき――。

不意に、あの日の夕暮れが浮かんだ。

『一人で全部、頑張ろうとしないで?』

土手で、自分をまっすぐ見つめていた乃愛。

そして――。

『琉生くんなら大丈夫って信じてる――私のこと、思い出して』

「……乃愛」

小さく、その名前が零れた。

琉生は一度、目を閉じる。

乃愛を探す必要はなかった。

右手を軽く握る。

そして、自分に言い聞かせるように、その手首をゆっくりと回した。

ぐる、ぐる。

二回。

乃愛がくれた、二人だけの合図。

それから大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

顔を上げる。

そこには、ずっとゴールを守り続けてくれた颯人がいる。

何度ボールを失っても走り、声を掛け、パスを繋いでくれる仲間たちがいる。

(……俺、一人じゃねーじゃん)

琉生は立ち上がった。

さっきまでより、ピッチが広く見えた。

*―*―*

再び、琉生へボールが渡る。

目の前には、また二人のディフェンダー。

同じ状況。

けれど――今度は違う。

一人目が距離を詰めてくる。

琉生はボールを足元へ引き寄せた。

その瞬間、視界の端に走り込んでくる仲間が見えた。

「佐々木!」

迷わず、ボールを預ける。

そして琉生自身も走った。

ディフェンダーの意識が一瞬、ボールへ向く。

その隙に二人の間を抜ける。

「琉生!」

仲間から返ってきたボールが、ディフェンダーの裏へ転がった。

(いける!)

琉生が追いつく。

ゴールキーパーが前へ出てくる。

もう、力む必要はなかった。

仲間を信じて、ここまで来た。

あとは――自分を信じるだけ。

「――っ!」

右足を振り抜く。

ボールは滑り込んできたディフェンダーより一瞬早く、その足元を離れた。

ゴールキーパーが手を伸ばす。

その先を抜けて――。

ネットが、大きく揺れた。

一瞬の静寂。

次の瞬間――。

「うおおおおおおっ!」

スタンドが、今日一番の歓声に包まれた。

「入ったぁぁぁ!」

結衣が飛び跳ねる。

「乃愛! 琉生くん決めたよ!」

「……うん!」

乃愛は胸の前で両手を握り締めたまま、何度も頷いた。

目の奥が熱くなる。

ずっと見てきた。

うまくいかなくて、焦っていた日も。

一人で頑張ろうとしていた日も。

仲間と声を掛け合い、少しずつ変わっていった姿も。

そして今――。

仲間を信じて繋いだボールが、ゴールへ届いた。

ピッチでは、仲間たちが琉生へ駆け寄っていた。

「ナイス、琉生!」

「今の最高!」

「佐々木もナイスパス!」

次々に肩を叩かれ、琉生も笑顔で仲間たちとハイタッチを交わす。

自分一人で決めたゴールじゃない。

仲間を信じて出したパスが、信頼と一緒に返ってきた。

だから生まれた一点だった。

少し離れたゴール前から、颯人が大きく拳を突き上げている。

琉生もそれに気づき、拳を上げて応えた。

(サンキュー、颯人)

前半からずっと、こいつが守ってくれていた。

そのゼロを、ようやく一点へ繋げることができた。

そして――。

試合終了の笛が、ピッチに響いた。

1対0。

颯人が守り抜いた〝0〟。

仲間たちと繋いだ〝1〟。

その二つが並んだスコアを見上げ、琉生は大きく息を吐いた。

スタンドから聞こえる歓声の中で、真っ先に浮かんだのは、あの言葉だった。

『琉生くんなら大丈夫って信じてる――私のこと、思い出して』

琉生はスタンドへ顔を向ける。

たくさんの人の中から、今度は乃愛の姿を探した。

やがて視線の先に、胸の前で小さく手を振っている乃愛を見つける。

目が合った――気がした。

琉生は笑う。

そして、右手を軽く上げた。

今度は、合図を送らなくても大丈夫だった。

ちゃんと、届いている気がしたから。

*―*―*

その頃――。

バックスタンドの一角では、一人の男が手元の資料へ静かにペンを走らせていた。

その視線は、試合を終えた選手たちへ向けられている。

やがて男は再び手元へ目を落とし、二つの名前の横へ短く何かを書き加えた。

そこに並んでいた名前は――。

『羽瀬 琉生』

そして。

『高城 颯人』

二人はまだ、そのことを知らない――。