乃愛と一緒に帰ったあの日から、数日が過ぎた。
放課後のグラウンドには、今日もボールを追いかける琉生の姿があった。
ただ、以前とは少し違う。
一人で何とかしようと自分を追い込むのではなく、今は颯人や仲間たちと声を掛け合い、プレーについて話す時間が増えていた。
『一人で全部、頑張ろうとしないで?』
あの日、土手で乃愛から言われた言葉。
思い返すたび、あのときの自分が少し恥ずかしくなる。
(……相当ダサかったよな、俺)
一人で焦って、一人で空回りして。
それでも、だからこそ気づけたこともあった。
自分一人では越えられない壁も、仲間となら越えられるかもしれない。
「羽瀬!」
練習ゲームの最中、パスを受けた琉生の前を二人のディフェンダーが塞ぐ。
以前なら、そのまま自分で抜こうとしていた。
けれど今日は、一瞬だけ周りを見る。
「佐々木!」
近くにいた仲間へボールを預け、そのまま前へ走った。
「もう一回!」
声を上げると、すぐにボールが返ってくる。
「よしっ!」
今度は迷わない。
空いたスペースへ抜け、そのまま右足を振り抜く。
放たれたボールが、ゴールネットを揺らした。
「ナイス、羽瀬!」
「っしゃ!」
駆け寄ってきた仲間と、ぱんっとハイタッチを交わす。
その手のひらに残った感触が、妙に心地よかった。
自分が仲間を信じれば、仲間も自分を信じてボールを返してくれる。
(……そっか)
無理に一人で答えを出そうとしなくてもよかったんだ。
少しずつだけれど。
止まっていた何かが、また動き始めた気がした。
*―*―*
練習が終わると、琉生はグラウンドに転がっていたボールを拾い、片づけを始めた。
「今日は残らねーの?」
背後から聞こえた声に振り返ると、颯人が意外そうな顔をしている。
「帰る」
「……へえ」
「なんだよ、その顔」
颯人の口元が、じわっと緩む。
「いや。白石さん、すげーなと思って」
「は⁉ なんで乃愛が出てくんだよ!」
「分かりやす」
「うっせー!」
思わず声を上げた琉生を見て、颯人は肩を揺らして笑う。
「ただ、身体休めんのも試合の準備だと思っただけだよ」
「はいはい」
「その顔やめろ!」
言い返しながら、琉生はボールを籠へ戻した。
けれど、本当にそれだけではなかった。
頑張りすぎて身体を壊したら、きっと乃愛は心配する。
それに――。
(せっかく見に来てくれるんだ)
一番近くで自分を見てくれていた乃愛に、今度はちゃんとかっこいいところを見せたい。
そのためにできることは、ただ練習を増やすことだけじゃない。
休むことも。
仲間を頼ることも。
きっと全部、大切な試合へ向かうために必要なことなのだ。
琉生はようやく、それに気づき始めていた。
*―*―*
そして、公式戦前日。
昼休みの教室では、いつもの五人が机を囲んで昼食を広げていた。
「いよいよ明日じゃん!」
突然声を上げた結衣に、隣にいたひまりが箸を止める。
「結衣が出るんじゃないんだから、落ち着いて」
「落ち着いてられないでしょ! 公式戦だよ!」
「お前、うるさいから来んなよ」
向かい側から颯人がぼそっと言う。
「えっ! 行くし! 乃愛とひまりと三人で最前列から応援するし!」
「……来んのかよ」
面倒そうに答えながらも、颯人の口元はほんの少し緩んでいる。
それを見逃さなかった結衣が「ん?」と顔を覗き込もうとすると、颯人はさっと顔を逸らした。
「なに?」
「別に」
「今、ちょっと笑ったでしょ?」
「笑ってねーよ」
「笑った!」
「うるせー」
「ほら、またそうやって――」
「はいはい。そのへんにしとこうね」
静かに割って入ったひまりに、二人が同時に口を閉じる。
そんな二人を見ていた琉生が小さく笑い、乃愛へ顔を向けた。
「乃愛も来てくれるんだ?」
「うん」
乃愛は小さく頷いた。
「近くで見ていたいから。それに……琉生くんが頑張ってきたの、ずっと見てたし」
「……乃愛」
「琉生くんだけじゃなくて、みんなで声を掛け合って練習してたのも見えたよ」
乃愛は少し照れくさそうに笑う。
「だから……明日は、みんなで頑張ってね」
そのときだった。
「白石さん……!」
「えっ?」
横から突然声がして、乃愛の肩がびくっと跳ねる。
いつの間に聞いていたのか、近くで昼食を食べていたサッカー部員たちが、揃ってこちらを見ていた。
「それ、めっちゃ元気出る!」
「明日、羽瀬と高城と一緒に頑張るわ!」
「絶対いい試合にしようぜ!」
「えっ……あ、うん。頑張って……?」
予想外の反応に、乃愛が目をぱちぱちさせる。
その顔がおかしくて、琉生と目が合った。
「……ふっ」
「ふふっ」
二人は同時に吹き出した。
「なんで笑ってんだよ!」
すぐにサッカー部員たちから抗議の声が飛ぶ。
結衣まで一緒になって笑い出し、ひまりも口元を押さえている。
いつもの賑やかな昼休み。
明日の大切な試合を前にしているのに、今日は不思議とその笑い声が心地よかった。
*―*―*
放課後。
帰り支度を終えた教室で、乃愛と琉生は少しだけ二人になった。
昼休みの賑やかさが嘘のように、教室には穏やかな時間が流れている。
「琉生くん……緊張してる?」
乃愛に尋ねられ、琉生は少し考えた。
以前なら「余裕」とでも言って、笑って誤魔化していたかもしれない。
でも、今は――。
「してる。めちゃくちゃ」
「……そっか」
乃愛は笑わなかった。
ただ、いつものように優しく頷いてくれる。
その顔を見ていると、緊張していることさえ隠さなくていいのだと思えた。
乃愛が何かを言おうと、口を開きかける。
その前に、琉生が笑った。
「明日、見ててな」
「うん」
「今度はちゃんと、かっこいいとこ見せるから」
すると乃愛は、不思議そうに首を傾げた。
「……今日までだって、ちゃんとかっこよかったよ?」
「っ……!」
不意打ちだった。
あまりにも自然に言われたせいで、返す言葉がすぐに出てこない。
「乃愛、それ試合前に言うの禁止」
「えっ? どうして?」
「どうしても!」
一気に顔が熱くなった琉生を見て、乃愛はますます分からないという顔をしている。
(ほんっと、乃愛にはかなわねー……)
琉生は小さく息を吐いて笑うと、乃愛の手を握った。
乃愛もその手を、きゅっと握り返す。
明日のための、小さな充電。
緊張も、不安も、なくなったわけじゃない。
それでも、一人で抱える必要はもうない。
今まで積み重ねてきたものを信じて。
仲間を信じて。
そして、自分を信じてくれる人の想いを胸に。
明日、ピッチへ立つ――。
放課後のグラウンドには、今日もボールを追いかける琉生の姿があった。
ただ、以前とは少し違う。
一人で何とかしようと自分を追い込むのではなく、今は颯人や仲間たちと声を掛け合い、プレーについて話す時間が増えていた。
『一人で全部、頑張ろうとしないで?』
あの日、土手で乃愛から言われた言葉。
思い返すたび、あのときの自分が少し恥ずかしくなる。
(……相当ダサかったよな、俺)
一人で焦って、一人で空回りして。
それでも、だからこそ気づけたこともあった。
自分一人では越えられない壁も、仲間となら越えられるかもしれない。
「羽瀬!」
練習ゲームの最中、パスを受けた琉生の前を二人のディフェンダーが塞ぐ。
以前なら、そのまま自分で抜こうとしていた。
けれど今日は、一瞬だけ周りを見る。
「佐々木!」
近くにいた仲間へボールを預け、そのまま前へ走った。
「もう一回!」
声を上げると、すぐにボールが返ってくる。
「よしっ!」
今度は迷わない。
空いたスペースへ抜け、そのまま右足を振り抜く。
放たれたボールが、ゴールネットを揺らした。
「ナイス、羽瀬!」
「っしゃ!」
駆け寄ってきた仲間と、ぱんっとハイタッチを交わす。
その手のひらに残った感触が、妙に心地よかった。
自分が仲間を信じれば、仲間も自分を信じてボールを返してくれる。
(……そっか)
無理に一人で答えを出そうとしなくてもよかったんだ。
少しずつだけれど。
止まっていた何かが、また動き始めた気がした。
*―*―*
練習が終わると、琉生はグラウンドに転がっていたボールを拾い、片づけを始めた。
「今日は残らねーの?」
背後から聞こえた声に振り返ると、颯人が意外そうな顔をしている。
「帰る」
「……へえ」
「なんだよ、その顔」
颯人の口元が、じわっと緩む。
「いや。白石さん、すげーなと思って」
「は⁉ なんで乃愛が出てくんだよ!」
「分かりやす」
「うっせー!」
思わず声を上げた琉生を見て、颯人は肩を揺らして笑う。
「ただ、身体休めんのも試合の準備だと思っただけだよ」
「はいはい」
「その顔やめろ!」
言い返しながら、琉生はボールを籠へ戻した。
けれど、本当にそれだけではなかった。
頑張りすぎて身体を壊したら、きっと乃愛は心配する。
それに――。
(せっかく見に来てくれるんだ)
一番近くで自分を見てくれていた乃愛に、今度はちゃんとかっこいいところを見せたい。
そのためにできることは、ただ練習を増やすことだけじゃない。
休むことも。
仲間を頼ることも。
きっと全部、大切な試合へ向かうために必要なことなのだ。
琉生はようやく、それに気づき始めていた。
*―*―*
そして、公式戦前日。
昼休みの教室では、いつもの五人が机を囲んで昼食を広げていた。
「いよいよ明日じゃん!」
突然声を上げた結衣に、隣にいたひまりが箸を止める。
「結衣が出るんじゃないんだから、落ち着いて」
「落ち着いてられないでしょ! 公式戦だよ!」
「お前、うるさいから来んなよ」
向かい側から颯人がぼそっと言う。
「えっ! 行くし! 乃愛とひまりと三人で最前列から応援するし!」
「……来んのかよ」
面倒そうに答えながらも、颯人の口元はほんの少し緩んでいる。
それを見逃さなかった結衣が「ん?」と顔を覗き込もうとすると、颯人はさっと顔を逸らした。
「なに?」
「別に」
「今、ちょっと笑ったでしょ?」
「笑ってねーよ」
「笑った!」
「うるせー」
「ほら、またそうやって――」
「はいはい。そのへんにしとこうね」
静かに割って入ったひまりに、二人が同時に口を閉じる。
そんな二人を見ていた琉生が小さく笑い、乃愛へ顔を向けた。
「乃愛も来てくれるんだ?」
「うん」
乃愛は小さく頷いた。
「近くで見ていたいから。それに……琉生くんが頑張ってきたの、ずっと見てたし」
「……乃愛」
「琉生くんだけじゃなくて、みんなで声を掛け合って練習してたのも見えたよ」
乃愛は少し照れくさそうに笑う。
「だから……明日は、みんなで頑張ってね」
そのときだった。
「白石さん……!」
「えっ?」
横から突然声がして、乃愛の肩がびくっと跳ねる。
いつの間に聞いていたのか、近くで昼食を食べていたサッカー部員たちが、揃ってこちらを見ていた。
「それ、めっちゃ元気出る!」
「明日、羽瀬と高城と一緒に頑張るわ!」
「絶対いい試合にしようぜ!」
「えっ……あ、うん。頑張って……?」
予想外の反応に、乃愛が目をぱちぱちさせる。
その顔がおかしくて、琉生と目が合った。
「……ふっ」
「ふふっ」
二人は同時に吹き出した。
「なんで笑ってんだよ!」
すぐにサッカー部員たちから抗議の声が飛ぶ。
結衣まで一緒になって笑い出し、ひまりも口元を押さえている。
いつもの賑やかな昼休み。
明日の大切な試合を前にしているのに、今日は不思議とその笑い声が心地よかった。
*―*―*
放課後。
帰り支度を終えた教室で、乃愛と琉生は少しだけ二人になった。
昼休みの賑やかさが嘘のように、教室には穏やかな時間が流れている。
「琉生くん……緊張してる?」
乃愛に尋ねられ、琉生は少し考えた。
以前なら「余裕」とでも言って、笑って誤魔化していたかもしれない。
でも、今は――。
「してる。めちゃくちゃ」
「……そっか」
乃愛は笑わなかった。
ただ、いつものように優しく頷いてくれる。
その顔を見ていると、緊張していることさえ隠さなくていいのだと思えた。
乃愛が何かを言おうと、口を開きかける。
その前に、琉生が笑った。
「明日、見ててな」
「うん」
「今度はちゃんと、かっこいいとこ見せるから」
すると乃愛は、不思議そうに首を傾げた。
「……今日までだって、ちゃんとかっこよかったよ?」
「っ……!」
不意打ちだった。
あまりにも自然に言われたせいで、返す言葉がすぐに出てこない。
「乃愛、それ試合前に言うの禁止」
「えっ? どうして?」
「どうしても!」
一気に顔が熱くなった琉生を見て、乃愛はますます分からないという顔をしている。
(ほんっと、乃愛にはかなわねー……)
琉生は小さく息を吐いて笑うと、乃愛の手を握った。
乃愛もその手を、きゅっと握り返す。
明日のための、小さな充電。
緊張も、不安も、なくなったわけじゃない。
それでも、一人で抱える必要はもうない。
今まで積み重ねてきたものを信じて。
仲間を信じて。
そして、自分を信じてくれる人の想いを胸に。
明日、ピッチへ立つ――。

