隣の席だったキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の充電。支え合い、乗り越える力がある~

《届いた歌声、みんなの金賞》
すべてのクラスの演奏が終わり、
市民ホールには再び生徒たちが集まっていた。


客席には、
演奏を終えた安堵と結果を待つ緊張が
入り混じったざわめきが広がっている。


乃愛もクラスのみんなと並びながら、
膝の上で両手をぎゅっと握っていた。


演奏が終わってから、
もうしばらく経っている。


それなのに、
まだ指先には鍵盤を叩いた感触が
残っているような気がした。


(ちゃんと……弾けたんだよね)


最初はあんなに震えていた。


けれど琉生の合図を受け取った瞬間から、
不思議なくらい怖くなくなった。


最後まで、みんなと一緒に弾けた。


それだけで十分だと思っていた。


「乃愛」


隣から小さな声がして顔を向けると、
結衣がこちらを見ていた。


「緊張してる?」


「……ちょっとだけ」


「わかる、結果待つ方が緊張するよね」


ひまりもくすっと笑った。


「うん……」


そんな三人の少し前では、
琉生と颯人が並んでいた。


「なあ、颯人。
俺、試合より緊張してるかも」


「嘘つけ、結果発表でお前が何すんだよ」


「だから、何もできねーから緊張すんじゃん」


「あー……それはちょっと分かる」


そんな声が聞こえてきて、
乃愛は思わず頬を緩めた。


ステージの上では、
いよいよ結果発表が始まろうとしている。


それまでざわついていた客席も
少しずつ静かになり、
いくつかの賞が発表されるたび、
呼ばれたクラスから歓声が上がった。


拍手を送りながら、
乃愛の鼓動も少しずつ速くなっていく。


そして――。


「続いて、金賞を発表します」


空気が変わった。


隣にいる結衣の手が、
乃愛の手をぎゅっと握る。


「……結衣ちゃん?」


「ちょっとだけ!」


乃愛も「う、うん……」と握り返す。


前にいる琉生たちも、
さっきまでの軽い雰囲気は消え、
真っ直ぐステージを見つめている。


発表者が結果の書かれた紙へ目を落とした。


ほんの数秒。


それだけの時間が、ひどく長く感じられる。


そして。


「――二年二組」


「…………え?」


乃愛は一瞬、意味が分からなかった。


隣を見ると、結衣も目を丸くしている。


ひまりも、前にいた琉生も颯人も振り返った。


誰もが一瞬だけ、同じ顔をしていた。


次の瞬間――。


「――っしゃああああああ!!」


琉生の声をきっかけにしたように、
クラス全体が一気に弾けた。


「やったぁぁぁぁ!」


「金賞⁉ マジ⁉ すげえええ!」


あちこちから歓声が上がる。


「乃愛ぁぁぁ!」


「わっ、結衣ちゃん!?」


結衣が勢いよく乃愛に抱きついた。


「やった! やったよ、乃愛!」


「う、うん……! やった……!」


「結衣、乃愛潰れてる」


笑いながらひまりも二人へ近づいてくる。


「だってぇ……! 
みんな、頑張ったもん……!」


結衣の目には、もう涙が浮かんでいた。


「……うん」


その言葉に、乃愛の胸も熱くなる。


顔を上げると、
男子たちは琉生や颯人の肩を叩いて
大騒ぎしていた。


「羽瀬! 指揮最高だったぞ!」


「白石のピアノもだろ!」


「お前ら二人、マジでやったな!」


「いや、みんなだろ!」


琉生が笑いながら言い返す。


「俺と乃愛だけじゃ金賞なんて取れねーって。
みんなが歌ったからだろ!」


「おおっ、指揮者がいいこと言った!」


「うるせー!」


また笑い声が弾ける。


その光景を見ながら、乃愛も笑った。


そして、ふと視線を動かす。


少し離れたところに、あの女子たちがいた。


彼女たちも笑っている。


一人は目元を拭い、
もう一人は隣の子と手を取り合っていた。


目が合った。


一瞬だけ、時間が止まったような気がした。


けれど今度は、乃愛から小さく笑ってみせた。


すると彼女たちも、
少し照れくさそうに笑い返してくれた。


それだけなのに、
胸の奥に残っていた何かが、
また一つほどけたような気がした。


同じクラス。


同じステージに立って、同じ歌を歌って。


そして今、同じ結果を喜んでいる。


(……みんなで取った、金賞なんだ)


「乃愛!」


呼ばれて顔を向ける。


少し離れたところから、
琉生がこちらを見ていた。


周りにはクラスメイトがたくさんいる。


だから今は、
二人きりで言葉を交わすことはできない。


それでも、琉生は満面の笑みを浮かべていた。


――やったな。


そう言っているような顔。


乃愛も笑って、こくんと頷いた。


――うん。


今は、それだけで十分だった。


*―*―*


学校へ戻ってきたころには、
窓から差し込む光が
少しずつ夕方の色へ変わり始めていた。


教室へ戻っても、
クラスの興奮はまったく収まらない。


「金賞だぞ、金賞!」


「写真撮ろうぜ! 賞状、ちゃんと真ん中!」


みんなで賞状を囲み、何枚も写真を撮る。


担任も最初こそ呆れた顔をしていたものの、
最後には一緒になって笑っていた。


「よーし、お前ら。今日は本当によくやった」


その一言で、教室が少し静かになる。


「最初のころはどうなることかと思ったけどな」


「先生、それ今言う⁉」


「事実だろ」


笑い声が起こる。


「でも、今日の歌はよかった。
結果ももちろん嬉しいが、
全員で最後までやり切ったことのほうが
大事だからな。胸張って帰れ」


「はーい!」


「あと――、浮かれて羽目外しすぎるなよ」


先生が教室を見渡した。


一瞬の沈黙。


「先生! 今日、
打ち上げ行っていいっすか!」


男子の一人が勢いよく手を挙げた。


「今の話聞いてたか?」


教室が爆笑に包まれた。


「打ち上げ行こうぜ! ファミレスとかは?」


「え? 全員入れんの? 無理じゃね?」


「んー、じゃあ
何グループかに分かれようぜ!」


あっという間に話が広がっていく。


「乃愛!」


結衣が振り返った。


「私たちも行こ!」


「え? う、うん! ひまりもね」


「もちろん!」


その向こうから琉生も顔を出す。


「俺らも混ざっていい?」


「えー、どうしよっかなぁ」


「橘、さっきまで
泣いてたくせに復活早すぎだろ」


「颯人は来なくていいよ?」


「じゃあ帰るわ」


「えっ」


本当に帰ると言われるとは
思っていなかったらしく、
結衣の肩がしゅんと落ちた。


「……なんだよ」


「べ、別に! 帰りたいなら帰れば⁉」


「じゃあ帰る」


「だから、なんでそうなるの!」


また始まった、
と言いたげにひまりが二人を見比べる。


「もう。せっかく金賞取ったんだし、
今日はみんなで行こうよ」


「……まー、今日くらいいいか」


颯人がそう言うと、結衣はぱっと顔を上げた。


「べ、別に私はどっちでもいいけど!」


さっきまでしゅんとしていたのが嘘みたいに、
声にはもう元気が戻っている。


「はいはい」


「なによ、その言い方!」


また言い合いを始める二人に、
乃愛は思わず笑ってしまった。


今日一日、緊張して、怖くなって、
それでもステージに立った。


みんなで歌って、金賞を取って、
今こうして一緒に笑っている。


胸の奥が、じんわりと温かかった。


「じゃあ、一回荷物まとめて出ようぜ!」


誰かの声を合図に、
教室が再び慌ただしくなる。


乃愛も鞄へ手を伸ばした。


そのとき、
机の中に入れていた一枚の紙が目に入る。


今日の、合唱コンクールのプログラム。


乃愛はそれをそっと取り出した。


『指揮:羽瀬 琉生 / 伴奏:白石 乃愛』


並んだ二人の名前を見つめると、
乃愛の口元に小さな笑みが浮かんだ。


「乃愛ー! 先行ってるよー!」


廊下から結衣の声がする。


「うん! すぐ行く!」


返事をしながらも、
乃愛はもう一度だけ
プログラムへ目を落とした。


今日という日を、
もう少しだけこの場所で
感じていたくなった。


「……あと、ちょっとだけ」


少しずつ静かになっていく教室で、
乃愛は小さく呟いた――。