《繋いだ手、ステージへの一歩》
「貸して」
「え?」
乃愛が聞き返すより先に、
琉生はその手をそっと取った。
「……!」
乃愛の肩が小さく跳ねる。
琉生の大きな手が、
乃愛の冷たくなった手を包み込む。
ぎゅっ。
強すぎない。
けれど、
ちゃんとここにいると伝わる握り方。
「琉生くん……」
「冷たっ」
「だ、だって緊張してるから……」
「じゃあ、あっためとく」
「……みんな、いるよ?」
乃愛が周囲を気にして、小さな声で言う。
以前なら、琉生も反射的に
手を離していたかもしれない。
けれど今は――。
「いいじゃん」
琉生は笑った。
「もう隠さなくていいんだから」
その一言に、
乃愛の胸がじんわりと温かくなる。
公認されたから、というだけではない。
あの日まで隠していた気持ちを、
もう無理に押し込めなくていい。
それが今でも、
乃愛には夢のように嬉しかった。
「それに」
琉生は握った手を、ほんの少しだけ持ち上げる。
「乃愛が俺の緊張なくしてくれたんだから、
今度は俺の番」
「……琉生くん」
まっすぐに目を見る。
「大丈夫、俺がいる」
乃愛はその言葉を聞きながら、
握られた手へそっと力を返した。
「……うん」
琉生の手は温かい。
さっきまで冷たかった指先へ、
その温もりが少しずつ移っていく。
不思議だった。
緊張そのものがなくなったわけではない。
それでも、一人で震えているわけじゃない。
そう思うだけで、
怖さが少しずつ小さくなっていった。
「琉生くん」
「ん?」
「ありがとう」
「おう」
二人はしばらく、そのまま手を握っていた。
すると――。
「……あのー」
少し離れたところから声がした。
二人が同時に振り返る。
結衣が、にやにやしながらこちらを見ていた。
その隣では、
ひまりが口元を押さえて笑っている。
颯人は呆れたように肩をすくめた。
「本番直前までやってんな、お前ら」
「ち、違うの!」
乃愛が真っ赤になる。
「何が違うんだよ。
がっつり手握ってんじゃん」
「颯人!」
「はいはい。緊張ほぐしてたんだろ」
結衣が楽しそうに笑う。
「でも、乃愛。顔、さっきより全然いいよ」
「……ほんと?」
「うん!」
ひまりも優しく頷いた。
「琉生もね」
「俺も?」
「さっきまで楽譜に
穴開きそうなくらい見てたから」
「見てたのかよ!」
小さな笑いが、五人の間に広がった。
その笑いにつられるように、
近くにいたクラスメイトたちの
張りつめた表情も少しずつ緩んでいく。
「なんか、ちょっと緊張ほぐれたかも」
誰かがそう言って笑うと、
「俺も」と別の声が重なった。
少し離れたところでは、
昨日乃愛と言葉を交わした女子たちも、
顔を見合わせて小さく笑っている。
それを見つけた乃愛も、そっと微笑んだ。
やがて――。
舞台袖のスタッフから声がかかった。
「二年二組のみなさん、次です。
準備してください」
空気が変わった。
全員の顔から笑みが消え、前を向く。
乃愛と琉生も、そっと手を離した。
けれど――。
離れた指先には、
まだ相手の温もりが残っていた。
「乃愛」
「うん」
琉生は乃愛の前へ、
からっぽのグーを差し出した。
「最後に、合わせとく?」
乃愛はその意味をすぐに理解した。
柔らかく笑い乃愛もグーを作る。
そしてお互いに、ぐる、ぐる。二回。
二人だけの、ひみつの合図。
そして、拳をコツンと合わせた。
――大丈夫。
――一緒にいこう。
言葉にしなくても、もう分かる。
琉生は拳を握り直した。
指揮棒を持つ手から、震えは消えていた。
乃愛も自分の指先を見る。
もう、震えていない。
「よし」
琉生がクラスのみんなを振り返った。
そして、いつもの明るい笑顔を見せる。
「みんな――いこうぜ!」
「おおっ!」
小さく、それでも力強い声が重なった。
ステージへ続く扉の向こうで、
前のクラスの歌が終わる。
一瞬の静寂。
そして、大きな拍手。
次は――自分たちの番。
乃愛はピアノへ向かう手を、そっと握る。
琉生は左胸にしまった
二枚のひまわり色の付箋を感じながら、
指揮棒を握り直した。
二人の視線が重なる。
もう、言葉はいらなかった。
――行こう。
指揮者と伴奏者として。
ここまで一緒に頑張ってきた、
クラスのみんなと。
二人は同じステージへ向かって、
一歩を踏み出した——。
「貸して」
「え?」
乃愛が聞き返すより先に、
琉生はその手をそっと取った。
「……!」
乃愛の肩が小さく跳ねる。
琉生の大きな手が、
乃愛の冷たくなった手を包み込む。
ぎゅっ。
強すぎない。
けれど、
ちゃんとここにいると伝わる握り方。
「琉生くん……」
「冷たっ」
「だ、だって緊張してるから……」
「じゃあ、あっためとく」
「……みんな、いるよ?」
乃愛が周囲を気にして、小さな声で言う。
以前なら、琉生も反射的に
手を離していたかもしれない。
けれど今は――。
「いいじゃん」
琉生は笑った。
「もう隠さなくていいんだから」
その一言に、
乃愛の胸がじんわりと温かくなる。
公認されたから、というだけではない。
あの日まで隠していた気持ちを、
もう無理に押し込めなくていい。
それが今でも、
乃愛には夢のように嬉しかった。
「それに」
琉生は握った手を、ほんの少しだけ持ち上げる。
「乃愛が俺の緊張なくしてくれたんだから、
今度は俺の番」
「……琉生くん」
まっすぐに目を見る。
「大丈夫、俺がいる」
乃愛はその言葉を聞きながら、
握られた手へそっと力を返した。
「……うん」
琉生の手は温かい。
さっきまで冷たかった指先へ、
その温もりが少しずつ移っていく。
不思議だった。
緊張そのものがなくなったわけではない。
それでも、一人で震えているわけじゃない。
そう思うだけで、
怖さが少しずつ小さくなっていった。
「琉生くん」
「ん?」
「ありがとう」
「おう」
二人はしばらく、そのまま手を握っていた。
すると――。
「……あのー」
少し離れたところから声がした。
二人が同時に振り返る。
結衣が、にやにやしながらこちらを見ていた。
その隣では、
ひまりが口元を押さえて笑っている。
颯人は呆れたように肩をすくめた。
「本番直前までやってんな、お前ら」
「ち、違うの!」
乃愛が真っ赤になる。
「何が違うんだよ。
がっつり手握ってんじゃん」
「颯人!」
「はいはい。緊張ほぐしてたんだろ」
結衣が楽しそうに笑う。
「でも、乃愛。顔、さっきより全然いいよ」
「……ほんと?」
「うん!」
ひまりも優しく頷いた。
「琉生もね」
「俺も?」
「さっきまで楽譜に
穴開きそうなくらい見てたから」
「見てたのかよ!」
小さな笑いが、五人の間に広がった。
その笑いにつられるように、
近くにいたクラスメイトたちの
張りつめた表情も少しずつ緩んでいく。
「なんか、ちょっと緊張ほぐれたかも」
誰かがそう言って笑うと、
「俺も」と別の声が重なった。
少し離れたところでは、
昨日乃愛と言葉を交わした女子たちも、
顔を見合わせて小さく笑っている。
それを見つけた乃愛も、そっと微笑んだ。
やがて――。
舞台袖のスタッフから声がかかった。
「二年二組のみなさん、次です。
準備してください」
空気が変わった。
全員の顔から笑みが消え、前を向く。
乃愛と琉生も、そっと手を離した。
けれど――。
離れた指先には、
まだ相手の温もりが残っていた。
「乃愛」
「うん」
琉生は乃愛の前へ、
からっぽのグーを差し出した。
「最後に、合わせとく?」
乃愛はその意味をすぐに理解した。
柔らかく笑い乃愛もグーを作る。
そしてお互いに、ぐる、ぐる。二回。
二人だけの、ひみつの合図。
そして、拳をコツンと合わせた。
――大丈夫。
――一緒にいこう。
言葉にしなくても、もう分かる。
琉生は拳を握り直した。
指揮棒を持つ手から、震えは消えていた。
乃愛も自分の指先を見る。
もう、震えていない。
「よし」
琉生がクラスのみんなを振り返った。
そして、いつもの明るい笑顔を見せる。
「みんな――いこうぜ!」
「おおっ!」
小さく、それでも力強い声が重なった。
ステージへ続く扉の向こうで、
前のクラスの歌が終わる。
一瞬の静寂。
そして、大きな拍手。
次は――自分たちの番。
乃愛はピアノへ向かう手を、そっと握る。
琉生は左胸にしまった
二枚のひまわり色の付箋を感じながら、
指揮棒を握り直した。
二人の視線が重なる。
もう、言葉はいらなかった。
――行こう。
指揮者と伴奏者として。
ここまで一緒に頑張ってきた、
クラスのみんなと。
二人は同じステージへ向かって、
一歩を踏み出した——。

