隣の席だったキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の充電。支え合い、乗り越える力がある~

《5人のお揃い、作戦会議》
夏休みが終わり、
まだ朝から強い日差しが照りつけている。


けれど、
制服姿の生徒たちが校門をくぐり、
久しぶりに会った友達と楽しそうに
話している姿を見ると、
新しい学期が始まったのだと実感する。


乃愛は昇降口で上履きに履き替え、
二年生の教室がある階へ向かった。


肩に掛けたスクールバッグを持ち直すと、
そこについたイエロー色のキーホルダーが
小さく揺れる。


夏休みに、
五人で出掛けた日に買ったものだ。


同じニコちゃんマークに、それぞれ違う色。


下についた小さなタグには、
『BEST FRIEND』
の文字が入っている。


あの日のことを思い出しながら
教室の前まで来て、乃愛は自然と足を止めた。


「……久しぶり」


開いた扉の向こうに、
見慣れた机と椅子が並んでいる。


そして、教室の後ろ。


窓側の一番後ろにある自分の席。


その隣には、琉生くんの席。


夏休み前まで、
毎日当たり前のように座っていた場所だった。


乃愛は小さく笑って、自分の席へ向かう。


スクールバッグを
机の横に掛けて椅子へ座ると、
不思議なくらい安心した。


夏休みの間にも琉生とは会った。


五人でLINEもしていたし、
みんなで出掛けた日もある。


それでも、
こうしていつもの教室へ戻ってくるのは、
やっぱり少し特別だった。


(また、ここに帰ってきたんだ)


そんなことを思いながら
窓の外を眺めていると、
後ろの扉から聞き慣れた声がした。


「おはよー」


乃愛が振り返ると、
教室に入ってきた琉生と目が合った。


琉生も乃愛に気づき、一瞬だけ笑う。


「おはよう、白石さん」


「おはよう、羽瀬くん」


琉生はそのまま隣の席へ来て、
スクールバッグを机に掛けた。


そこには、
乃愛のものと同じキーホルダーが揺れている。


ただし、色は空色だ。


乃愛のひまわり色。琉生の空色。


――青空の下で咲く、ひまわりみたい。


そう思うと、なんだか少し嬉しくなった。


乃愛がそれを見ていると、琉生が気づいた。


「ちゃんとつけてきたな」


「うん! みんなと一緒って嬉しくて」


「だよな」


琉生が笑って椅子を引く。


そのとき、ふいに乃愛の方を見た。


そして、
席に座ると机の下で右手を小さく動かす。


――ぐる、ぐる。


乃愛は一瞬だけ目を丸くした。


けれど、
すぐに笑いそうになるのをこらえ、
周りに気づかれないよう
机の下で同じように手を動かした。


ぐる、ぐる。


琉生が少しだけ目を細め微笑む。


夏休みの間にも会っていた。


だから、本当に久しぶりというわけではない。


それでも、また同じ教室で、
同じ時間を過ごして、
こうして隣の席に戻ってきた。


新学期最初の「ぐる、ぐる」は、
前とは少し意味が違っているような気がした。


もう、
誰にも知られないように
するためだけの秘密ではない。


結衣たちは
二人が付き合っていることを知っている。


それでも、
この合図の意味だけは
琉生と乃愛だけが知っているものだ。


言葉にしなくても伝わる。


――また、隣だね。


そんな気持ちを、二人だけが分かっている。


「おはよー!」


突然、教室の扉から明るい声が響いた。


「乃愛ー! 久しぶり!」


「結衣、おはよう」


「なんか学校、久しぶりすぎない? 
夏休み、終わるの早すぎるよー」


「昨日もLINEで言ってただろ」


琉生が笑うと、結衣は頬を膨らませた。


「だって本当に早いんだもん!」


その後ろからひまりも入ってくる。


「おはよう」


「ひまり、おはよう」


「おはよー!」


さらに少し遅れて、颯人も教室に入ってきた。


「おはよ」


「遅い!」


「まだ始業式前だろ」


「そういう問題じゃないの!」


「じゃあ何の問題だよ」


「新学期初日の気持ちの問題!」


「分からん」


結衣と颯人のやり取りに、
乃愛と琉生が思わず笑う。


気づけば、
五人が自然と近くに集まっていた。


「あれ?」


そのとき、
近くの席にいたクラスメイトが
結衣のスクールバッグを見て声を上げた。


「橘さん、それ新しいキーホルダー?」


「あっ、これ?」


結衣が嬉しそうにバッグを持ち上げる。


「夏休みに買ったんだ!」


「へえ、かわいいじゃん」


「でしょー! 
夏休みに五人で買ったんだよね」


得意げに笑った結衣が、くるりと振り返った。


その声に、
クラスメイトたちの視線が乃愛たちへ向く。


「あ、本当だ」


「え、みんな同じじゃん。色違い?」


乃愛のイエロー。琉生のブルー。
結衣のオレンジ。颯人のミントグリーン。
ひまりのピンク。


同じ形のキーホルダーが、
それぞれのスクールバッグに揺れている。


「そうそう!」


「なにそれ、めっちゃ仲いいじゃん」


「なんか、いつの間にか
その五人セットになってるし」


別のクラスメイトも笑いながら言った。


「前から仲良かったけど、
最近さらに仲良くない?」


その言葉に、
乃愛は少しだけ頬が熱くなる。


けれど、嫌ではなかった。


夏休みの出来事を
全部知っているわけではないのに、
それでも今の自分たちを見れば、
仲がいいことは伝わるらしい。


「あそこ、すごく仲いいんだなって感じ」


誰かの言葉に、
乃愛は五人のバッグを見た。


それぞれ違う色。でも、同じ形。


少しだけ迷ってから、乃愛は笑った。


「……うん。仲良しだよ」


一瞬、結衣が目を丸くする。


「乃愛から言った!」


「え?」


「なんか嬉しい! だって、
前だったら照れて言わなかったでしょ?」


否定できなくて、
乃愛は困ったように笑う。


ひまりも、やさしく頷いた。


「うん。私も嬉しい」


「俺は別に」


颯人が小さく言う。


「高城くんも嬉しいくせに」


「は?」


「ほら、否定しない!」


「橘、お前な……」


また笑いが広がった。


「はいはい、お前ら朝から元気だなー」


教室の前から聞こえた声に、
全員が振り向くと、
担任の先生が出席簿を持って立っていた。


「久しぶりに会ったからって、
始業式に遅れるなよ」


「はーい!」


生徒たちがそれぞれ席へ戻って行き、
乃愛も座り直し、
ふと隣を見ると琉生と目が合った。


この賑やかで、
でも温かいクラスに戻ってきた感覚に、
二人は小さく笑った。


*―*―*
     

始業式を終えて教室へ戻ると、
先生は二学期の予定について
簡単に話し始めた。


「二学期は行事も多いからな。
夏休み気分は今日までにして、
明日からはしっかり切り替えろよー」


教室から、あちこちで気の抜けた返事が聞こえる。


「……あ、そうだ」


先生がふと思い出したように顔を上げた。


「お前ら、夏休み明けテストのこと、
忘れてないよな?」


一瞬、教室が静かになった。


「……テスト?」


誰かが呟く。


「そう。来週だぞ」


「ええええっ!?」


一斉に悲鳴が上がり、
そのあとには教室中からため息が漏れた。


乃愛も少しだけ固まった。


(……来週)


宿題は終わらせていたし、
まったく勉強していなかったわけではない。


でも、もう少し復習しておきたい。


そんなことを考えていると、
隣から小さな声が聞こえた。


「……白石さん」


「え?」


「俺、夏休み……延長できないかな」


「ふふっ、できないよ?」


即答すると、琉生が大げさに肩を落とした。


「だよなぁー。ねぇ、白石さん、困ったら助けて」


「もー、じゃあ一緒にまた頑張ろうね」


「やった!」


琉生が笑う。


「はい、そこ。もう作戦会議するなー」


先生の声に、琉生がすぐ顔を上げた。


「してませーん」


「怪しいなー」


周りから小さな笑いが起こる。


乃愛も笑いながら、そっと隣を見る。


夏を越えて、いろいろなことが変わった。


けれど、変わらないものもある。


隣にいる琉生。
教室のどこかにいる結衣、颯人、ひまり。


そして、五人で繋いだ絆。


スクールバッグの
イエロー色のキーホルダーが、
窓から吹き込んだ風に小さく揺れた。


二学期も、
きっといろいろなことが待っている。


楽しいことばかりじゃないかもしれない。


それでも――。


(みんなとなら、大丈夫)


乃愛はそう思いながら、小さく微笑む。


新しい季節が、
またここから始まろうとしていた——。