隣の席だったキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の充電。支え合い、乗り越える力がある~

《いつもの朝、新しいふたり》
翌朝――。


乃愛は、
いつもより少し早めに教室へ来ていた。


まだ登校している生徒もまばらで、
教室には朝特有の静けさが残っている。


窓から差し込む柔らかな光が机の上を照らし、
開けられた窓から入り込んだ風が、
カーテンをふわりと揺らしていた。


乃愛は自分の席に座りながら、
何気なく琉生の席へ目を向ける。


まだ誰も座っていない、琉生の席。


それを見ただけで、
昨日の光景が頭の中によみがえった。


――『白石さんは俺の彼女』


みんなの前で、
迷うことなくそう言ってくれた琉生。


「……っ」


思い出した途端、
乃愛の頬がじわじわと熱くなっていく。


恥ずかしい。


でも、それ以上に――嬉しい。


昨日のことを思い返すだけで、
胸の奥がくすぐったくて、
自然と口元が緩んでしまう。


そのとき、


ガラッ――。


勢いよく教室の扉が開いた。


「おはよー、乃愛!」


朝の静けさを吹き飛ばすような
元気な声とともに、結衣が教室へ入ってくる。


「おはよう、結衣」


乃愛が振り返ると、
結衣は鞄を持ったままこちらへ歩いてきて
――ふと、その顔を覗き込んだ。


「ん?」


そして、
すぐに何かを察したように目を輝かせる。


「朝から顔赤いけど――あ! 
昨日のこと思い出してたんでしょ⁉」


「……っ!」


図星を突かれ、乃愛の肩がぴくっと跳ねた。


「そ、そんなんじゃないよ」


慌てて視線を逸らす。


けれど、そんな反応を見逃す結衣ではない。


「またまたー。バレバレだよー」


「もう……結衣ったら」


ますます熱くなった頬を隠すように、
乃愛は両手を添える。


結衣はそんな乃愛を見ながら、
朝から楽しそうに笑っていた。


やがて登校する生徒も増え始め、
静かだった教室にも少しずつ
いつもの賑やかさが戻ってくる。


そして――。


ガラッ。


再び教室の扉が開いた。


「おはよー」


「はよ」


今度は琉生と颯人が並んで入ってくる。


琉生がいつものように
クラスのみんなへ挨拶をしながら
教室を見渡し――すぐに乃愛を見つけた。


その瞬間、
琉生の表情がふっと柔らかくなる。


「おはよ、乃愛」


「……!」


乃愛も琉生を見る。


目が合う。


「おはよう、琉生くん」


それだけ。


たった、それだけのやり取りなのに。


乃愛の顔には、
隠しきれない笑みが浮かんでいた。


――今までなら。


『おはよう、白石さん』


学校では、そう呼ばれていた。


二人きりのときとは違う呼び方。


誰かに気づかれないように。


二人の関係を知られないように。


それが当たり前になっていた。


でも今は違う。


二人きりのときと同じように、
みんなの前でも自然に名前を呼んでもらえる。


その小さな変化が、
乃愛にはたまらなく嬉しかった。


すると――。


「うわぁ……!」


横から声が飛んでくる。


結衣が乃愛と琉生を交互に見ながら、
目を輝かせていた。


「昨日までと全然違う!」


「いや、名前で呼んだだけだろ」


琉生はそう言いながら、自分の席へ鞄を置く。


平然としているように見えるけれど、
耳がほんのり赤い。


結衣はそれを見逃さなかった。


「それが全然違うじゃん!」


「そういうもん?」


「そうだよ!」


琉生は首を傾げながら、
乃愛の隣までやってくる。


「だって、もう隠さなくていいし」


そう言って、乃愛を見る。


自然に視線が重なった。


「な、乃愛」


「……うん!」


乃愛は嬉しそうに頷いた。


――もう、隠さなくていい。


琉生本人の口から改めて
そう言ってもらえたことが、嬉しかった。


これからは、
みんなの前でも自然に話していい。


目が合ったら笑っていい。


名前を呼んでもいい。


そんな当たり前のことを、
もう我慢しなくていい。


「きゃー! 朝から見せつけますねー!」


結衣が両手を合わせながら、
わざとらしく騒ぐ。


その様子を後ろから見ていた颯人が、
呆れたように息を吐いた。


「橘、喜びすぎ」


「だって名前呼びになったんだよ! 
全然違うじゃん!」


「まあ、気持ちは分かるけどな」


颯人は自分の机に鞄を置くと、
椅子を引いて腰を下ろした。


「分かるなら、もっと喜びなさいよ!」


「俺は昨日の時点で驚いたんだよ」


「じゃあ今日は喜ぶ番」


「意味わかんねー」


「なんでよ!」


いつものように言い合いを始める二人。


そんな結衣と颯人を見て、
乃愛と琉生は顔を見合わせて笑った。


そこへ――。


「おはよー。みんな早いね」


穏やかな声とともに、
ひまりが教室へ入ってきた。


「おはよう」


「ひまり、おはよう」


乃愛が振り返り、
にこにこと笑いながら手を振る。


するとひまりは足を止め、
乃愛の顔をじっと見つめた。


「……乃愛ちゃん」


「ん?」


「朝から良いことあった顔してる」


「えっ」


その言葉に、乃愛は思わず琉生を見る。


琉生も乃愛を見ていた。


また目が合って
――二人同時に照れたように笑う。


その様子を見た結衣が、
待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。


「そりゃそうだよ! 
今日から公認カップルだもんね! 
乃愛ちゃん!」


「もー、結衣ったら……」


「本当のことでしょ!」


「まあ、本当のことだな」


琉生がさらっと答える。


「琉生くん……っ」


否定するどころか認められてしまい、
乃愛の頬がまた赤くなった。


「ほらほら、また赤くなった!」


「結衣……!」


五人の笑い声が、朝の教室に広がっていく。


少し離れた席では、
以前乃愛のことを気にしていた女子たちも、
二人の様子をちらりと見ていた。


その視線に気づいて、
乃愛の胸がほんの少しだけ揺れる。


けれど、
女子たちは何かを言ってくることもなく、
やがていつもの会話へ戻っていった。


乃愛も、
もうその視線から逃げるように
俯くことはしなかった。


隣で笑う琉生を見て、
『もう大丈夫』と、そっと微笑んだ。


そんな様子は、
当然、近くにいたクラスメイトたちの
目にも入っていた。


「昨日のこと、本当だったんだな」


「マジで付き合ってるんだな」


「でも、今までのこと思い出すと、
羽瀬って結構白石さんのこと気にしてたよな」


「え? 全然気づかなかった」


「鈍感!」


「マジかよ!」


そのやり取りに、周りから笑いが起こる。


近くにいた女子たちも、
乃愛のほうを見ながら会話に加わった。


「でも白石さん、
前よりよく笑うようになったよね」


「そうそう。
なんか、すごく嬉しそうでいいよね」


「……っ」


次々と飛んでくる言葉に、
乃愛は恥ずかしくなって
両手で熱くなった頬を覆った。


「……そんなに分かる?」


おそるおそる聞いてみる。


すると――。


「分かる分かる!」


真っ先に答えたのは、やっぱり結衣だった。


にやにやしながら大きく頷いている。


「もう、顔に全部書いてあるもん」


「そんなぁ……」


乃愛が困ったように眉を下げると、
また周りから笑い声が起こった。


けれど――嫌じゃなかった。


恥ずかしいけれど、嬉しい。


みんなが笑ってくれている。


誰かが責めるわけでもなく、
からかいながらも二人のことを
受け入れてくれている。


昨日までと同じ教室。
同じ机。
同じ窓。
同じクラスメイトたち。


何ひとつ変わっていないはずなのに――。


自分たちが一歩踏み出しただけで、
見える景色まで少し違って見える。


乃愛は隣にいる琉生を見た。


琉生も同じことを思っていたのか、
乃愛を見て小さく笑う。


これからは、
きっと新しい二人の始まりなんだ。


乃愛も嬉しそうに微笑み返した。


朝から続く、五人の穏やかな会話。


その何気ない時間の中で、
乃愛は今まで知らなかった
『普通の幸せ』を噛みしめていた。


そのとき――。


ガラガラガラ――。


教室の前の扉が開き、
担任が出席簿を手に入ってきた。


「おはよう。なんだ、朝から楽しそうだな」


教室を見渡しながら、先生が声を張る。


「ほら、そろそろ席に着けー」


「やば、先生来た!」


結衣のひと言を合図に、
それまで集まっていた生徒たちが
慌ただしく自分の席へ戻っていく。


颯人も椅子を引き、
結衣とひまりもそれぞれの席へ向かう。


琉生も自分の席へ戻ろうとして
――その前に、乃愛へ振り返った。


「今日もよろしくな、乃愛」


「……うん!」


乃愛は満面の笑みで頷く。


「よろしくね、琉生くん」


琉生も嬉しそうに笑い、自分の席へ向かった。


ひまりも席に着くと、ふと教室を見回す。


まだ少しだけ笑い声の残っている教室。


照れながら席に座る乃愛。


いつもよりどこか嬉しそうな琉生。


相変わらず言い合っている結衣と颯人。


そんな光景を眺めながら、
ひまりがぽつりと呟いた。


「……なんか、すごく良い朝だな」


その声が聞こえたのか。


斜め前の席にいた琉生がくるりと振り返る。


そして――。


「だろ」


にっと笑って、親指を立てた。


ひまりも思わず笑う。


乃愛はそんなみんなを見ながら、
胸の奥に広がる温かさをそっと感じていた。


昨日までとは違う。


教室の中でも。みんなの前でも。


もう、他人のふりをしなくていい。


廊下ですれ違ったときも、
知らないふりをしなくていい。


声をかけてもいい。


話してもいい。


目が合えば、
気持ちを隠さず笑い合ってもいい。


――もう、隠さなくていい。


ただ、それだけのこと。


けれど、その『当たり前』が
今まではできなかった。


ずっと我慢してきた気持ち。


胸の奥へしまっていた想い。


それを隠さずにいられることが、
こんなにも幸せだったなんて。


これからは、お互いに堂々と隣にいられる。


昨日までとは少し違って見える教室で。


二人はまた、新しい一歩を踏み出していく。


これから始まる新しい日々に
胸を弾ませながら――。