隣の席だったキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の充電。支え合い、乗り越える力がある~

《公認の夜、君への充電》
午後十時を少し過ぎた頃。


自宅のベッドに入った乃愛は、
部屋の明かりを落としたまま、
スマートフォンの画面を
ぼんやりと見つめていた。


今日一日の出来事が、
何度も頭の中を駆け巡っている。


合唱練習。


男子たちにからかわれて、
何も言えなくなった自分。


そして――。


『白石さんは、俺の彼女』


みんなの前で、そう言ってくれた琉生くん。


「……今日、本当に……
すごいことになっちゃった……」


思い出しただけで、頬が熱くなる。


布団の中で枕をぎゅっと抱きしめながら、
乃愛は小さく身をよじった。


学校では、ずっと秘密だった二人の関係。


それが今日、
一瞬にしてクラス公認になった。


嬉しい。


でも、恥ずかしい。


そして何より。


琉生くんがあんなふうに
自分を守ってくれたことが、
胸の奥に残っていた。


その時。


スマートフォンが、
ぽこん、と小さく震えた。


画面を見ると、見慣れた名前。


――琉生くん。


乃愛の胸が、また小さく跳ねる。


少しだけ迷ってから、通知を開いた。


『乃愛、起きてる? 』


思わず口元が緩む。


『うん。起きてるよ』


すぐに既読がついた。


けれど。
次のメッセージが来るまで、少し時間が空いた。


乃愛は首を傾げる。


いつもの琉生くんなら、
もっと勢いよくメッセージを
送ってきそうなのに。


やがて、画面に文字が浮かんだ。


『今日は……勝手にあんなこと言ってごめん』


「……え?」


乃愛は、
思わずスマートフォンを両手で持ち直した。


昼間、あんなに堂々として、
みんなの前で「俺の彼女」
と言い切った琉生くんが。


夜になった途端、
こんなにも弱気になっていて、
乃愛は少しだけ驚いた。


『え?』


送ってから、すぐに返事が来る。


『乃愛が嫌だったらどうしようって、
今になってめちゃくちゃ不安になってきた』


乃愛は、しばらく画面を見つめた。


そして、ふっと頬を緩める。


きっと琉生くんは、
今日一日ずっと平気な顔をしていたのだ。


クラスのみんなを盛り上げて、
指揮者として声を張って、
自分を守るために、迷わず前に出てくれた。


でも。本当は、
ずっと不安だったのかもしれない。


『嫌じゃなかったよ』


送信。


少しして、既読がつく。


けれど、今度は返事がなかなか来ない。


乃愛が画面を見つめていると、
ようやくメッセージが届いた。


『……ほんと?』


乃愛は思わず小さく笑った。


『うん』


『他のやつに乃愛のこと言われて、
頭にきたのは本当。
でも、それだけじゃない』


乃愛の指が、画面の上で止まる。


『うん』


しばらくして――。


『あの時、
乃愛がすごく困ってる顔してたから。
もう、黙って見てるの無理だった』


その文字を見た瞬間。


乃愛の胸の奥が、じんわりと温かくなった。


昼間の光景が蘇る。


自分の前に立ってくれた、大きな背中。


低く響いた、いつもとは違う声。


そして、まっすぐに向けられた優しい瞳。


あの時、怖かった。


けれど同時に、
琉生くんがいてくれることが、
どうしようもなく心強かった。


乃愛はスマートフォンを
胸元へそっと抱き寄せる。


そして、今度は自分から言葉を送った。


『琉生くん……じゃあ、
今度は私が琉生くんを充電する番』


送信した瞬間。


乃愛は、自分で言っておきながら
恥ずかしくなり、布団に顔を埋めた。


けれど、すぐに返信が来る。


『LINEで?』


「……ふふ」


乃愛は思わず笑ってしまった。


『うん』


『どうやって?』


乃愛は少しだけ考えて、
ゆっくりと文字を打ち込んだ。


『……今日、
私を助けてくれた琉生くんに、
大丈夫だよって伝えたいから』


既読。


少し間があって――。


『うん』


たった二文字。


それなのに、
乃愛には琉生くんが
スマートフォンを握りながら、
少し照れている姿が目に浮かぶようだった。


乃愛は小さく息を吸う。


そして、
今日一日胸の中にしまっていた想いを、
少しずつ言葉にしていく。


『……私ね。
今日は……びっくりしたけど、彼女だって、
みんなの前で言ってくれたこと
……嬉しかったよ』


送信。


胸がどきどきする。


でも、まだ伝えたい。


『それにね、
琉生くんの指揮を見ながら
ピアノを弾いてる時、私、すごく幸せなの』


そこで、既読がついた。


けれど、返事は来ない。


「……琉生くん?」


乃愛は首を傾げながら、画面を見つめる。


数秒。


十秒。


そして――。


『みんなの前では言えないけど
……私の心の中には、
ずっと琉生くんしかいないよ』


送信した瞬間。


乃愛自身も、顔が一気に熱くなった。


「……言っちゃった……」


枕に顔を埋める。


既読はついた。


けれど――返信が来ない。


「……あれ?」


乃愛は恐る恐る画面を確認する。


既読。


でも、返事がない。


しばらく待っても、来ない。


『……琉生くん?』


すると――。


ぽこん。


『……無理』


「……え?」


続けて、もう一通。


『充電どころか、今のでしばらく動けない』


乃愛は思わず口元を押さえた。


「ふふ……」


目の前に琉生がいたら、
きっと耳まで真っ赤になっている。


そんな姿が簡単に想像できてしまう。


『ふふ』

少しして、またメッセージが届いた。


『今、めちゃくちゃ充電された』


『……ほんと?』


『ほんと。というか、一気に満タン超えた』


乃愛は、胸の前で
スマートフォンをぎゅっと抱きしめた。


昼間は琉生に守ってもらった。


そして今夜は、言葉だけで、
お互いの心を満たしている。


それが、なんだかとても嬉しかった。


『よかった』


少しして、琉生から新しいメッセージが届く。


『明日からは、
学校でも普通に話していいんだよな』


その一文を見て、乃愛はふっと笑った。


ずっと二人だけの秘密だったこと。


遠くから見つめるだけだったこと。


それが、明日から少しずつ変わっていく。


『……うん』


『じゃあ、明日も隣行くから』


乃愛は、その言葉を何度も読み返した。


教室でも。音楽室でも。


もう、遠くから見つめるだけじゃない。


明日は、ちゃんと隣にいられる。


『うん。待ってるね』


送信したあと、
乃愛はスマートフォンを胸元に置いた。


窓の外では、夏の夜が静かに広がっている。


今日まで秘密だった恋が、
明日からは少しだけ、
みんなの知る恋になる。


それでも、
二人にしか分からない「充電」は、
これからもきっと変わらない。


乃愛は小さく微笑んで、そっと目を閉じた。


明日、教室で会えるのが楽しみだった――。