『ずっと』一緒にいる約束を。

 高校最後の文化祭を控えた十月が始まった。
 文化祭の出し物を決める時間が一日の最後の授業に設定されている。それだけで朝からクラスが浮かれていた。もちろんこのクラスだけではない。次々に出し物の選定を各クラスが行い始め、どのクラスは何をするのか、話に花が咲いた学校はテンションはマックスになる。その中でも授業が減って喜ぶ者。行事が好きな者もいるが一部の人は、面倒くさそうだ。しかし一部がそうでも空気は明るい方に傾くのは文化祭という魔法なのかもしれない。
 ちなみに俺は恋人のことを抜きにすれば面倒だと思う側。
 ——十月になんて行事設定してくれてるんだよ……
 最低限のことはしよう。でもそれ以上はしないと心に決める。
 話し合いは進み、俺たちのクラスは焼きそばになり、店内装飾もすると意気込んでいる。次に役職を決めるらしい。

「楽しみだな」

 浮かれている側のやつがやってきた。

「いや、まっったく」
「勉強したいんでしょ」
「ご名答。探偵にでもなるといいよ」

 受験勉強真っ只中の貴重な二週間を奪っている学校には文句言っても良いだろうとまで思う。
 一応授業中なはずの出し物決めでも、みんな席を移動して友人たちと話し出している。慶もそのひとりである。話し合いが始まってしばらくたった頃に、移動するみんなに紛れて俺の席までやってきた。
 俺の真横に屈むと机の淵に腕を折曲げて、整った顔が見上げてくる。

「一緒にいるのに、ぎゅーもできないのきつい」
「今更?」
「てか、割と近くにいる。くっついてくる時あんじゃん」

 ムッとしながら、慶が提案してくる。

「だから係は一緒になろ」
「無理だろ」
「なんで!」
「黒板見ろ」

《宣伝係 けー》
 黒板に雑に書かれた名前は、慶のことだ。

「じゃあ、渚生も宣伝係に……」
「やだ」
「なんで!」
「話聞いてなかったの?」

 販売と宣伝をするひとは、何かを着用しようという案でまとまっていた。その何かは決まっていないようだったが俺はやりたくなかったので、真っ先に準備の方へ立候補した。残念そうな声があらゆる席から聞こえたのは言うまでもない。
 慶の意思とは関係なく宣伝係になったことで不貞腐れている。その姿がなんだかかわいそうで、俺は「校内を見て回る時間くらいはあるんじゃない?」と慰める。

「渚生と?」
「他に誰が……あ、でも慶が回れるんだったらの話か」
「えっ? 一緒に回る」
「分かった。手空いたら連絡して」

 期待していなかったわけではない。実際回れるかは別問題で、いつも誰かに囲まれている慶の手が空くとも思えないし、俺のところに来る前にいろんな人に声をかけられそうだ。
 まぁ、ハッキリ俺と回ると言ってくれるだけでもうれしい。

 それから放課後はそこそこ忙しくて、慶と二人きりがかなり難しくなった。

「しょ……」
「けーーーい‼︎」

 慶が俺に声をかけようとしても、慶が呼ばれる。かく言う俺も、すぐにクラスの誰かに呼ばれて準備の続きをする。

「飛鷹くん、ここの色塗りお願いしていい?」
「あ、うん」

 俺のやることは、『焼きそば』と書かれた文字の中を塗ること。俺は分厚い段ボールを新聞紙の敷いた床に乗せ作業を始めようとする。
 ——何色か聞いてないな……
 胡座で座りながら悩んでも意味のないことだと、女子が器用だということを思い出した俺は近くに立っていた女子に話しかけた。

「ねぇこれの色なに?」
「えっ? わたし?」
「他に誰がいんの?」

 目が合っているのはひとりだ。すると、その女子は口ごもりながら「オ、オレンジ」と答えた。
 オレンジか。『橙』と表記された絵の具が、少し離れたところにあるのを確認でき俺は手を伸ばした。それに気がついた女子が取ってくれかけ、軽く手が触れてしまった。手を勢いよく引かれ、その手をもう片方で包んでいる女子は頬を赤らめた。

「ひ、飛鷹くん、あの……!」
「はい。これでしょ? 渚生」

 ゴツゴツとした男らしい手が俺の視界で橙の絵の具を拾い上げる。

「あぁ。うん、ありがとう。もういいのか?」

 呼ばれていた用事が終わって慶が帰ってきたのだと思った矢先だった。
 背後には、布を持って笑顔なのに怒っているように見える女子たちがいる。

「けーーい? まだ途中だけど⁇」
「あ……」

 あっという間に慶は連れて行かれてしまった。
 ——これは無理だ。
 本当は一緒に帰ろうと誘おうとしたが断念した。

 恋人がいてもいなくても、去年までとあまり変化のない準備期間はすぎ、あっという間に文化祭当日を迎えた。

 暇だな。
 慶が宣伝して校内を回っている間に、後で一緒に遊べる場所がないか精査する。
 しかし生徒以外の人も来場している上に昼過ぎで混んでいて、動きたくなくなってしまった。
 ——図書室は文化祭で空いていないし、勉強できるところねーかな。
 俺は人が少ないところを探したいという一心で、校舎裏に行ったり体育館の方に行ってみたりした。
 ところがどこに行っても人がいて、人の気配がないと思ってもカップルがイチャイチャしている場面に遭遇し一目散に逃げる。
 ——なんで、学校でイチャついてんだよ!
 そうしたくてもできないことが少しずつストレスになっていっている気がする。
 俺から付き合っていることを秘密にしろと言ったのに、こんな感情になるなんて思ってなかったんだ。

 歩き疲れた俺は校舎に戻り、正門付近を見下ろせる窓に寄りかかる。
 ——入口あたりで宣伝するって言ってたからな。
 慶に特化した俺の目は、一瞬でその姿を捉えた。『三−二』と書かれたプラカードを手に持っている慶が着ているのはメイド服だ。くるぶしが隠れるほどのロングスカートのメイド服は、長身の慶に似合っていた。教室で着た直後に見たが、あまりにも似合っていて笑えもしなかった。
 むしろ、早く脱いで欲しかった。
 とは言え、慶もクラスのためか。と、元気な声に驚かされる。

「渚生くん‼︎」
「わぁ!」

 突然、真横にピタリとくっつく慶の弟に情けない声を出した。

「夏衣くん……びっくりさせないでよ」
「ごめんごめん」
「来てたんだね」
「うん。兄貴には来んなって言われたけど来ちゃった」

 あの格好は見られたくないな。と、苦笑いする。

「慶には会った?」
「会ったというか、あんな入口のそばにいたら嫌でも見えるって」
「そうだよな」
「嫌がってた割にはノリノリで着ちゃってさ。今だって楽しそう」
「……それは嫌なの?」

 俺は言葉を詰まらせる。
 ——嫌。
 でも、それは俺の考えなだけであって普通に考えたら慶の交友関係は大事。
 クラスのノリというのは俺には分からなくても慶にとっては楽しいと思えることなのだろう。

「渚生くん?」

 なかなか返事をできない俺の顔を覗かれる。距離の近さに、俺は顔をそらした。

「んーん。嫌じゃないよ。慶が楽しそうなのはいいことじゃん」
「そう……あ、兄貴こっち見てる」
「この距離で分かるか?」

 すると、夏衣くんに手を引っ張り上げられ無理やり左右に振らされる。

「ちょっ……子供みたいでやだ……」
「いーや。恋人には、こういうのが良いんだよ!」
「恋人?」
「あれ? 付き合ってるんでしょ?」

 ——アイツ……
 あんだけ念を押して誰にも言うなと言ったのに、夏衣くんには平気で言ってるのかよ。
 俺がため息をこぼすと、夏衣くんが爆笑する。

「あっはははは‼︎」

 笑われる理由が分からず、俺は眉間にシワを寄せた。

「もしかして、口止めしてた?」
「え。うん。そりゃあ……」
「兄貴が俺に言わないのは無理だよ!」
「兄弟だから?」
「そんなとこー」

 流された会話に、わだかまりが残る。
 ——なんで、ぼかされたんだ?
 俺は腕を下げようとしたが、夏衣くんが離してくれなくて下ろせないまま慶のいる入口付近に向かって上体を傾ける。好きな人と付き合った経験のない俺にとって、何も知らないに等しい。
 ——恋人のことなんて考えたことなかったし。
 振り返す気配のない慶を見て、夏衣くんを疑う。

「ねぇ。やっぱり違うんじゃない?」
「おかしいなぁ。こんな可愛く恋人がアピールしてるのにね」
「かっ……かわいいって。年上に対して何言ってんだ」
「……えー。事実だよー」

 えへへと笑う夏衣くんの笑顔は、慶と違い柔らかい空気を纏っている。時より大型犬のように見えて、撫でてみたくなるが、恋人がいるのでそんなことはしない。というか、夏衣くんを撫でるんだったら慶に触れる。
 俺は窓から届きもしない慶に向かって掴まれていない方の腕を伸ばした。

「あれ? 慶は?」

 伸ばした腕の先に、先ほどまでいた慶の姿が見えない。

「楽しそうだな」
「慶!」

 背後に現れた慶が息を切らしている。

「夏衣は帰れ」
「なんでー。来たばっかりなのにー」

 唇を尖らせ、不満をあらわにする夏衣くんは俺の腕をぎゅうぎゅうと引っ張る。

「引っ張らないで……」
「やめろ」

 俺は言葉で伝えるだけなのに対して、慶は夏衣くんの腕を思い切り引き剥がした。
 ——そこまでしなくても良かったけど、まあいいか。
 今度は慶に引っ張られ、バランスを崩した俺は抱きついてしまう。

「ごめん……っ!」

 離れようとした瞬間ぎゅっと力を強められる。

「……わざとだよ」
「へ?」

 しかしすぐに、腕は解かれ。“友達”としての距離感に戻った。
 腕を回すのは背中ではなく肩。

「うわぁ……兄貴の恋人の姿とか見たくない……」
「コイツは初めっからこんな距離感してるだろ」
「そんなの渚生くんだけでしょ、だって本当の兄貴は……」
「あ! けーい!」

 文化祭中でもいろんな人が集まるここは人通りが多いのに、慶はすぐに見つかる。慶だけではなく、俺と、そして夏衣くんもいるから余計目立っているのだろう。

「慶が意地悪してるー」
「飛鷹くんかわいそー」

 次々に揶揄う人たちの中に、ひとりの言葉は俺の気持ちを動かした。

「俺が抱きしめられてあげるぜ!」

 ——ダメ。
 俺が、肩に回されていた慶の手首を軽く触れた。

「てか、ちゃんと仲良いんだ」
「ちゃんとってなんだよ」
「一方的に慶が話しかけて、飛鷹くんが迷惑してるのかと思ってた」
「そうそう。俺ら若干心配してたんだぞー」

 ——そんな風に見られてたんだ。
 もし付き合ってることを言ったら、迷惑してるだなんて思われないだろうか。
 俺が隠そうとしなかったら、慶は伝えるつもりだったんだろうか。
 いつもならハッキリなんでも言えるのに、コイツが絡むとどうもうまく行かない。でも、言えば面倒な誤解は避けれるかもしれない。

「大丈夫。だって、俺ら……!」
「心配いらない。迷惑だったらコイツ逃げるし」

 俺の言葉に慶が口を挟んだ。
 ——言うなって?
 ほのかに寂しい気持ちになってしまった。
 ——『誰にも言うな』なんて言わなければよかった。

「まじー? まぁ、飛鷹くんの前だったら元気だから大丈夫なのか」
「みんなの言う元気って何? うるさいだけじゃん」
「いや、まじでコイツ冷たいし」

 ——え? やっぱりそうなの?
 でも慶は、そこまでじゃないって言っていたし……慶を信じていたい気持ちが強いはずなのに、みんながここまで言う理由を知りたいと思っている時点で信じきれていないと頭では理解している。
 俺が慶と周りにいた人たちに聞こうとすると、ひとりが写真撮ろうと、話の腰を折る。

 慶が打ち上げを終えたら、すぐに慶の家へ向かえるようにスウェットの部屋着ではなくパーカーを着ていつでも出れる準備をしていた。そして、俺は家で課題をしながら待っていると通話がかかってくる。
 俺は手短に今から慶の家に行くと伝えると、慶は迷いをみせた。

『俺ん家? うーん……渚生の家はダメ?』
「いいけど。近いのは慶の家じゃん」
『……渚生の家、行ってみたい』
「わかったよ。住所送るから」

 突如、慶が来ると決まったことで俺は、特に埃もない自室に掃除機をかけた。
 程なくすると、チャイムが鳴り扉を開けると制服のままの慶が家へ上がってくる。