梅雨の時期でジメジメとして気持ち悪い。
朝は降っていなかった雨が帰りのホームルームが始まったくらいに降り始めた。バケツをひっくり返したように強く降り頻る外を眺めながら、もう少し弱まるまで教室で待っていよう。
——傘をさしても、全部濡れそう。
通り雨だろ。
少し経てば止むだろうと、教室で待つことにした。
ワークを引っ張り出したところに、誰かが来る。その誰かは、目の前の椅子を本来座る向きと逆向きに、跨いで座った。
——こんなに俺に構うのは、明日川しかいない。
加えて、豪快な座り方も俺の知り合いには明日川だけだ。声を聞かずとも、視界の端が捉えた行動で分かってしまう。
「何?」
「なんとなく」
明日川の髪の毛があっちこっちに跳ねまくっていた。大きなピンで止めていても、隙間から髪の毛が暴れていて意味がなさそうだ。
「そのピン意味ある?」
「少しは留まってるでしょー」
明日川は、ピンをいじりながらもう一度留め直した。それに対し、俺は「変わってない」と言い放つ。
「俺じゃ無理だよーー」
明日川の嘆きに集まってきた女子たちが、明日川の髪の毛をいじり出す。
一方で女子たちに触られていることで、少し離れた場所から男子たちがわざとらしく羨む。
「慶くんは大人気だねぇ」
「触れた髪に俺も触れば関節的に……」
「え、きもーい」と笑いながら騒ぐ女子たちは、明日川の髪をいじり続ける。明日川はヘラヘラと笑っていた。
「飛鷹くんの前だと慶が元気だ」
——明日川が元気?
いつもうるさいくらい元気だろ。
もうひとりも続けて言う。
「それに普段だったら絶対触らせてくれないしー」
「確かに。全体的に優しい」
談笑する女子たちを背にした明日川は、目を細めて見えもしない後ろを睨んでいるようにも見える。
「なんつー顔してんだ……」
「ん? かっこいい顔でしょ?」
間違いない。かっこいい顔だ。目に入った明日川の椅子を抱えている腕の上で、指が落ち着きなく動いている。
——こんなときでもうるさい。
俺が課題を進めていて、明日川は女子に囲まれていて……変な空間。普段一緒にいない人たちと妙に静かな空間に、余計な思考が巡る。
——この女子たちは明日川の彼女とかになる気はないのだろうか。
顔と愛嬌の良さは学年……いや、学校で一番くらいだろう。
“誰とでも仲良くします”という看板を背負っているようにさえ見える。愛嬌の良さに騙されているだけじゃないか。
——って、なんで女子が明日川のことを好きなのが前提で、しかも諦めさせようとするみたいな考えになってるんだ……
「難しいね」
明日川の声にびくりと顔をあげる。
ワークに向き合っているだけでシャーペンが止まっていた俺は、問題文さえ読めていなかった。
流し目で問題文を読む。
「簡単だ」
「飛鷹にとったら全部そうじゃん」
「そんなわけあるか」
——そんなわけあるかよ。
俺にとって全部簡単ならば、今考えていたこと全てに答えがあって……ワークノートの最後をめくれば答え合わせができるはずだ。
この気持ちの答えが全然簡単にわからない。と、女子たちが明日川の髪の毛から手を離す。
「できた」
「ど? うちら天才?」
「てんさーい」と棒読みする明日川の髪を結って満足した女子たちは、教室から出て行った。教室には雨が止むのを待つ俺と、なぜか明日川もいまだ、椅子に跨って座っている。
「何見てんだ」
「これで飛鷹のことよく見えるなーって」
頭頂部で結われた前髪は、ピンにしっかりと収まっていた。
女子というのは器用らしい。
——さっきまでと大違い。
犬みたいに丸い目がハッキリと現れている。収まってしまった髪の毛がなんだか、不思議だ。
「下向いて」
俺の言葉に対して、素直に従う明日川は椅子の背もたれを抱えて下を向く。毛量の多い方であろう明日川の前髪は三つ編みにされて頭の後ろに持ってこられていた。それをいつものピンで留めてある。
——どうりで綺麗に見えるわけだ。
俺は三つ編みの部分が気になり指で突いたあと、なんだか凹凸が面白く感じなぞるように触れた。
「ひ、飛鷹」
力のない声を明日川が出す。
——首の後ろまで真っ赤。
こういうとき、俺のことを好きだと思い出させる。そして確認したくなる。
——学校で人気の明日川慶は、俺のことが好きだと。
「おまえ、俺のことほんと好きだな」
「そう、言ってるじゃん」
「なんで? もしかして顔?」
初めて話したのは、高三の始業式。告白されたのも高三の始業式。俺の噂で性格を知っているはずなのに、好意を持ち続けてられている。
——というか、話す前から好意的だったようにも思える。
「助けられた」
「いつ?」
俺に助けた記憶などない。
「……印象に残ってる人いるって言ってたじゃん」
「あー自販機の前で絡まれてたってやつね」
「その時……助けられたんだよ」
「そうだったんだ」
俺は、視線を外の雨に移した。
自販機の前にへたり込んでいた同じ中学の制服を着た男。
——あんなナヨナヨしいのが、明日川ねぇ。
にわかに信じられない。信じられないし、俺にとってはそんな良いことをした気分にはなれなかった。だから思い出すことがなかった出来事。
少なくとも恐怖を感じていたはずの明日川にとっては、俺があの時どう思ってたかを知ったら幻滅するかもしれない。
まぁ、あれで救われた人がいるのなら、良いことをしたってことでいいか——
中学のある日、同じ制服を着ていた人を助けた、らしい。
ただ暑くて喉が渇いて、田舎すぎてコンビニはおろか自販機すら見つけるのにも一苦労する。だから見つけた自販機を逃すわけにはいかなかった。
——誰か絡まれてる……
自販機の前で同じ制服の男がへたり込んでいて、頬を押さえていた。
——イケメンだ。
その男の正面にまた同じ制服を着た男が棒立ちしていた。立っている方の冷淡な目つきは、コイツが何かしたと判断するには充分すぎる。
視界には入っていたけど、優先順位は当然自分だ。
喉乾いた。とにかく水が飲みたくて、無視してお金を入れる。
——水。水……
ゴンッと鈍い音がした。
その音の根源は俺が自販機のボタンを勢いよく押した音。理解するのに数秒かかった。そんな強く押したつもりじゃなかったのに、背中に誰かがもたれかかってきたせいで勢いがついたのだ。
ワイシャツからジワッと感じた人の体温で、自覚ができた。でも、喉の渇きには耐えられず、即座に出てきた飲み物を手に取る。
俺はペットボトルのラベルを見てギョッとした。
——れんこんジュース……
喉に流し込んだときにわずかに鼻を抜けた泥臭さ。
——あれは最悪だったな。
あの味を思い出し口角が上がるのを感じて、すぐに戻した。が、明日川には気づかれてしまうらしい。
「飛鷹?」
「なんでもない」
「なんでもないって顔じゃなかったー」
明日川が不満そうな顔をする。
「思い出してみただけだ」
そう。思い出せるんだ。人と関わっても基本的にその場だけのものだという感覚で片付けていた。思い出せるくらいには俺にとって、あの日のことは印象深い。
れんこんジュースも、自販機の前に不良がいたのも。
それと……俺の性格を作った日、だと思うから。
かっこいいのにナヨナヨしてたから覚えているのも嘘じゃない。けど、ジュースを飲んでからむしゃくしゃして放った、いわゆるノンデリ発言で不良がどこかに行ったんだ。これが助けたことにも繋がったらしいが……
——俺にとっては、冷たいとかノンデリとか言われてきた自分の性格を肯定された気がして、この性格に拍車をかけたんだと思う。
明日川に視線を戻すと、首を傾げられた。
「何か思い出した?」
「特に」
肯定された気がして良かったなんて言ったら、嫌な気持ちになるだろうな。
——ん? なんで、嫌だと思われるのを気にしてるんだ?
それに、あの時好きになったんだよな?
助けたつもりないって言ったら好きだと言う気持ちは薄れるものだろうか。
——なんか、やだ。
「絶対なんか思い出してるでしょ」
「助けられたら好きになるとか、俺じゃなくても良かったってことかなって」
豆鉄砲を喰らった顔をされる。
「そんなわけないだろ。助けられたのはきっかけであって、俺は飛鷹に恋してた」
直球な言葉に、胸がドキッと音を鳴らした。
——その自信はどこから来るんだ……
俺らしくない思考を吹き飛ばしたい。それなのに、この話を続けようとするのは俺だ。
「たとえば?」
「あの時が飛鷹じゃなくて同じクラスで話してなくても、ひと言、会話するだけで落ちてたよ」
「そんなことは……」
「ある」
きっぱりと言い切る明日川は、まっすぐと俺の瞳に吸い込んできて思わず生唾を飲み込んだ。
こんな綺麗でまっすぐな目、初めて見た。
——俺のこと、どんだけ……
ふいと目線を逸らした。
「どう足掻いても飛鷹のことが好きって……分かんない?」
「……分かってる」
「え?」
——分かってるんだよ。ここまで諦めない奴見たことないから。俺のことを顔だけで好きじゃないことも性格含めて好きでいてくれていることも理解しているんだ。
俺は瞬きをしてもう一度、「分かってるから」と繰り返し言った。
「飛鷹。そうゆーの本当ずりぃ」
明日川が身を乗り出して、俺の手に手を重ねる。突如として近づいてきた顔は、イケメンを崩さない。
前触れもなく触れ合った唇に俺は抵抗しなかった。
——なんで、キスなんかしてんの?
突き飛ばせばいいだけ。
頭では分かっているのに、身体が動かなかった。当然、生まれる疑問に答えなど見つからない。
明日川といると分からないが増えていく。
答えがワークの最後に書かれているわけでも、別冊子になってあるわけでもない問題は初めてだ。
あの日……れんこんジュースを飲んだ日、俺の元からハッキリと言う性格が加速した。
俺の放ったひと言で、不良が退散したから。
もちろん思ったことを言っただけ。
顔が整ってるせいで性格が浮き彫りになって、『顔は良いのに性格が……』とか『ノンデリなのもったいない』とか……周りから言われる言葉に辟易していた。直す気もないのに、悩んでみたりもした。
——勝手に期待されて、失望されて面倒だ。
それが、肯定された気がしたんだ。
明日川は腰が抜けるほど怖い思いをしただろう。へたりこんでいた明日川には悪いが、俺のぐらついた気持ちを持ち直したのが、不良が逃げ出した瞬間だった。
——だから、このキスは罪滅ぼしみたいなものだ。
無理やりつけた答えは、テストで一点ももらえないだろう。
——明日川がキスした理由ではなく、俺がキスをする理由をこじつけたのだから……
朝は降っていなかった雨が帰りのホームルームが始まったくらいに降り始めた。バケツをひっくり返したように強く降り頻る外を眺めながら、もう少し弱まるまで教室で待っていよう。
——傘をさしても、全部濡れそう。
通り雨だろ。
少し経てば止むだろうと、教室で待つことにした。
ワークを引っ張り出したところに、誰かが来る。その誰かは、目の前の椅子を本来座る向きと逆向きに、跨いで座った。
——こんなに俺に構うのは、明日川しかいない。
加えて、豪快な座り方も俺の知り合いには明日川だけだ。声を聞かずとも、視界の端が捉えた行動で分かってしまう。
「何?」
「なんとなく」
明日川の髪の毛があっちこっちに跳ねまくっていた。大きなピンで止めていても、隙間から髪の毛が暴れていて意味がなさそうだ。
「そのピン意味ある?」
「少しは留まってるでしょー」
明日川は、ピンをいじりながらもう一度留め直した。それに対し、俺は「変わってない」と言い放つ。
「俺じゃ無理だよーー」
明日川の嘆きに集まってきた女子たちが、明日川の髪の毛をいじり出す。
一方で女子たちに触られていることで、少し離れた場所から男子たちがわざとらしく羨む。
「慶くんは大人気だねぇ」
「触れた髪に俺も触れば関節的に……」
「え、きもーい」と笑いながら騒ぐ女子たちは、明日川の髪をいじり続ける。明日川はヘラヘラと笑っていた。
「飛鷹くんの前だと慶が元気だ」
——明日川が元気?
いつもうるさいくらい元気だろ。
もうひとりも続けて言う。
「それに普段だったら絶対触らせてくれないしー」
「確かに。全体的に優しい」
談笑する女子たちを背にした明日川は、目を細めて見えもしない後ろを睨んでいるようにも見える。
「なんつー顔してんだ……」
「ん? かっこいい顔でしょ?」
間違いない。かっこいい顔だ。目に入った明日川の椅子を抱えている腕の上で、指が落ち着きなく動いている。
——こんなときでもうるさい。
俺が課題を進めていて、明日川は女子に囲まれていて……変な空間。普段一緒にいない人たちと妙に静かな空間に、余計な思考が巡る。
——この女子たちは明日川の彼女とかになる気はないのだろうか。
顔と愛嬌の良さは学年……いや、学校で一番くらいだろう。
“誰とでも仲良くします”という看板を背負っているようにさえ見える。愛嬌の良さに騙されているだけじゃないか。
——って、なんで女子が明日川のことを好きなのが前提で、しかも諦めさせようとするみたいな考えになってるんだ……
「難しいね」
明日川の声にびくりと顔をあげる。
ワークに向き合っているだけでシャーペンが止まっていた俺は、問題文さえ読めていなかった。
流し目で問題文を読む。
「簡単だ」
「飛鷹にとったら全部そうじゃん」
「そんなわけあるか」
——そんなわけあるかよ。
俺にとって全部簡単ならば、今考えていたこと全てに答えがあって……ワークノートの最後をめくれば答え合わせができるはずだ。
この気持ちの答えが全然簡単にわからない。と、女子たちが明日川の髪の毛から手を離す。
「できた」
「ど? うちら天才?」
「てんさーい」と棒読みする明日川の髪を結って満足した女子たちは、教室から出て行った。教室には雨が止むのを待つ俺と、なぜか明日川もいまだ、椅子に跨って座っている。
「何見てんだ」
「これで飛鷹のことよく見えるなーって」
頭頂部で結われた前髪は、ピンにしっかりと収まっていた。
女子というのは器用らしい。
——さっきまでと大違い。
犬みたいに丸い目がハッキリと現れている。収まってしまった髪の毛がなんだか、不思議だ。
「下向いて」
俺の言葉に対して、素直に従う明日川は椅子の背もたれを抱えて下を向く。毛量の多い方であろう明日川の前髪は三つ編みにされて頭の後ろに持ってこられていた。それをいつものピンで留めてある。
——どうりで綺麗に見えるわけだ。
俺は三つ編みの部分が気になり指で突いたあと、なんだか凹凸が面白く感じなぞるように触れた。
「ひ、飛鷹」
力のない声を明日川が出す。
——首の後ろまで真っ赤。
こういうとき、俺のことを好きだと思い出させる。そして確認したくなる。
——学校で人気の明日川慶は、俺のことが好きだと。
「おまえ、俺のことほんと好きだな」
「そう、言ってるじゃん」
「なんで? もしかして顔?」
初めて話したのは、高三の始業式。告白されたのも高三の始業式。俺の噂で性格を知っているはずなのに、好意を持ち続けてられている。
——というか、話す前から好意的だったようにも思える。
「助けられた」
「いつ?」
俺に助けた記憶などない。
「……印象に残ってる人いるって言ってたじゃん」
「あー自販機の前で絡まれてたってやつね」
「その時……助けられたんだよ」
「そうだったんだ」
俺は、視線を外の雨に移した。
自販機の前にへたり込んでいた同じ中学の制服を着た男。
——あんなナヨナヨしいのが、明日川ねぇ。
にわかに信じられない。信じられないし、俺にとってはそんな良いことをした気分にはなれなかった。だから思い出すことがなかった出来事。
少なくとも恐怖を感じていたはずの明日川にとっては、俺があの時どう思ってたかを知ったら幻滅するかもしれない。
まぁ、あれで救われた人がいるのなら、良いことをしたってことでいいか——
中学のある日、同じ制服を着ていた人を助けた、らしい。
ただ暑くて喉が渇いて、田舎すぎてコンビニはおろか自販機すら見つけるのにも一苦労する。だから見つけた自販機を逃すわけにはいかなかった。
——誰か絡まれてる……
自販機の前で同じ制服の男がへたり込んでいて、頬を押さえていた。
——イケメンだ。
その男の正面にまた同じ制服を着た男が棒立ちしていた。立っている方の冷淡な目つきは、コイツが何かしたと判断するには充分すぎる。
視界には入っていたけど、優先順位は当然自分だ。
喉乾いた。とにかく水が飲みたくて、無視してお金を入れる。
——水。水……
ゴンッと鈍い音がした。
その音の根源は俺が自販機のボタンを勢いよく押した音。理解するのに数秒かかった。そんな強く押したつもりじゃなかったのに、背中に誰かがもたれかかってきたせいで勢いがついたのだ。
ワイシャツからジワッと感じた人の体温で、自覚ができた。でも、喉の渇きには耐えられず、即座に出てきた飲み物を手に取る。
俺はペットボトルのラベルを見てギョッとした。
——れんこんジュース……
喉に流し込んだときにわずかに鼻を抜けた泥臭さ。
——あれは最悪だったな。
あの味を思い出し口角が上がるのを感じて、すぐに戻した。が、明日川には気づかれてしまうらしい。
「飛鷹?」
「なんでもない」
「なんでもないって顔じゃなかったー」
明日川が不満そうな顔をする。
「思い出してみただけだ」
そう。思い出せるんだ。人と関わっても基本的にその場だけのものだという感覚で片付けていた。思い出せるくらいには俺にとって、あの日のことは印象深い。
れんこんジュースも、自販機の前に不良がいたのも。
それと……俺の性格を作った日、だと思うから。
かっこいいのにナヨナヨしてたから覚えているのも嘘じゃない。けど、ジュースを飲んでからむしゃくしゃして放った、いわゆるノンデリ発言で不良がどこかに行ったんだ。これが助けたことにも繋がったらしいが……
——俺にとっては、冷たいとかノンデリとか言われてきた自分の性格を肯定された気がして、この性格に拍車をかけたんだと思う。
明日川に視線を戻すと、首を傾げられた。
「何か思い出した?」
「特に」
肯定された気がして良かったなんて言ったら、嫌な気持ちになるだろうな。
——ん? なんで、嫌だと思われるのを気にしてるんだ?
それに、あの時好きになったんだよな?
助けたつもりないって言ったら好きだと言う気持ちは薄れるものだろうか。
——なんか、やだ。
「絶対なんか思い出してるでしょ」
「助けられたら好きになるとか、俺じゃなくても良かったってことかなって」
豆鉄砲を喰らった顔をされる。
「そんなわけないだろ。助けられたのはきっかけであって、俺は飛鷹に恋してた」
直球な言葉に、胸がドキッと音を鳴らした。
——その自信はどこから来るんだ……
俺らしくない思考を吹き飛ばしたい。それなのに、この話を続けようとするのは俺だ。
「たとえば?」
「あの時が飛鷹じゃなくて同じクラスで話してなくても、ひと言、会話するだけで落ちてたよ」
「そんなことは……」
「ある」
きっぱりと言い切る明日川は、まっすぐと俺の瞳に吸い込んできて思わず生唾を飲み込んだ。
こんな綺麗でまっすぐな目、初めて見た。
——俺のこと、どんだけ……
ふいと目線を逸らした。
「どう足掻いても飛鷹のことが好きって……分かんない?」
「……分かってる」
「え?」
——分かってるんだよ。ここまで諦めない奴見たことないから。俺のことを顔だけで好きじゃないことも性格含めて好きでいてくれていることも理解しているんだ。
俺は瞬きをしてもう一度、「分かってるから」と繰り返し言った。
「飛鷹。そうゆーの本当ずりぃ」
明日川が身を乗り出して、俺の手に手を重ねる。突如として近づいてきた顔は、イケメンを崩さない。
前触れもなく触れ合った唇に俺は抵抗しなかった。
——なんで、キスなんかしてんの?
突き飛ばせばいいだけ。
頭では分かっているのに、身体が動かなかった。当然、生まれる疑問に答えなど見つからない。
明日川といると分からないが増えていく。
答えがワークの最後に書かれているわけでも、別冊子になってあるわけでもない問題は初めてだ。
あの日……れんこんジュースを飲んだ日、俺の元からハッキリと言う性格が加速した。
俺の放ったひと言で、不良が退散したから。
もちろん思ったことを言っただけ。
顔が整ってるせいで性格が浮き彫りになって、『顔は良いのに性格が……』とか『ノンデリなのもったいない』とか……周りから言われる言葉に辟易していた。直す気もないのに、悩んでみたりもした。
——勝手に期待されて、失望されて面倒だ。
それが、肯定された気がしたんだ。
明日川は腰が抜けるほど怖い思いをしただろう。へたりこんでいた明日川には悪いが、俺のぐらついた気持ちを持ち直したのが、不良が逃げ出した瞬間だった。
——だから、このキスは罪滅ぼしみたいなものだ。
無理やりつけた答えは、テストで一点ももらえないだろう。
——明日川がキスした理由ではなく、俺がキスをする理由をこじつけたのだから……



