『ずっと』一緒にいる約束を。

*

「飛鷹ぁ……」

 明日川がカバンも置かずに、俺の席まで来る。
 眠いのか瞼を擦りながらメガネを外すと、いつもの明日川慶になる。俺が無視を決め込んでも、明日川は気にせず毎日のように来ていた。
 それだけじゃない。

「飛鷹ー」

 ある時は、移動教室。

「ひーだか」

 ある時は、お昼休み。
 距離を取ろうとしている俺に対して、明日川は後ろを追いかけてくる。ありとあらゆる時間に来るせいで俺は逃げ場を失っていた。授業中は大丈夫ということもない。

「飛鷹!」

 体育の時間にペアを作る時は、絶対に明日川が来るからだ。
 ——この状況に慣れそうなのが癪だ。

「またかよ」
「まただよ!」

 今日の体育は卓球だ。ラケットも持たず、壁際に座っているところを明日川に見つかった。

「お前がいると目立ちすぎる」
「いいでしょ」
「なんも良くねぇよ」

 前髪が止められ、ジャージ姿の明日川は無邪気という言葉がよく似合う。二週間くらい前に好きだと言われたときから、こんな状況が続いていた。
 明日川が俺に何を言われても気に留めないせいだからだ。
 ——普通だったら、こんなこと言われて話しかけるやついないのに。
 そして、流れるように俺の左を陣取る。

「定位置なんだな」
「俺、右から見たほうがかっこいいから!」

 自慢気な顔をされる。

「顔の向きとか気にするんだ」
「当たり前! 好きな人にはふとした時にかっこいいと思われたいの‼︎」

 ——それを好きな人である俺の前で言っていいのか?
 まぁ、なんでもいいか。とにかくこの時間を乗り切る方法はないかと模索する。
 卓球台が人数分ないせいで、俺たちは空くまで待つしかない。

 隣のクラスと一緒の時間に体育があり当然人数が倍になる。そのせいで、半分くらいの生徒に待ち時間が発生するのだ。
 合同授業で効率がいいのなんて、学校だけだろ。だらけた雰囲気は、会話に花を咲かせる時間になっていて授業とは到底言い難かった。
 ——明日川も俺じゃなくていつものメンツといろよ。
 そうすれば、俺ががんばらずとも距離が置けるのに。
 ——こんなことを考えている時間さえも惜しい。
 隣のクラスと合同なんだから、一軍男子のうちひとりだけ別のクラスになったと言っていた奴も同じなんじゃないか?
 偶数なはずなのに、こちらに来る意味が分からない。

「お前ら四人なのに、なんでこっち来んの?」
「体育の時間も実質三人だよ。ひとりが、女の子たちとお話ししてたいって」

 苦笑いする明日川が壁にもたれかかる。

「うわ」
「女の子大好きだから仕方ないよ」

 軽く指をさした方向を目で追うと、確かに一軍男子のひとりが上機嫌な顔で女子数人に囲まれている。いつも女子に囲まれている彼は、どんな時間でもそうらしい。でも、女子の方も満更でもない顔をしている。イケメンでコミュ力があるからだろう。
 ふと一軍男子の中でも一際目立っている明日川が、ここにいることに疑問に思った。

「明日川は行かねーの?」
「え? 俺?」

 目を丸くしびっくりされたことにびっくりする。

「お前らはそういう奴らだと思ってたから今更びっくりしないって……」
「俺は好きな子と話していたいんだもん!」
「『だもん』ってぶりっ子かよ」
「かわいいでしょ?」

 首を傾けて言われても、俺の視界にはイケメンしか映っていない。

「まったく」
「えー」
「かわいいと思うなら、他の男でも落としてこい」
「そういうんじゃないじゃん……」
「だる」

 口先だけの会話すべてに、返事する明日川は健気だとは思う。が、だからと言って、俺の気持ちが揺らぐことはなかった。
 ——どうやったら距離取れるんだ?
 授業を休むのは避けたいし、昼休みにどこかに逃げ込むのも考えたが面倒でやりたくない。
 ——勉強に影響があるとかではないけど、今だってこちらを見てくる女子がうざい。
 一緒にいると、これがあるから面倒なんだ。二倍になった視線がうるさすぎる。
 ——視線だけじゃなくて、声もうるせぇけど。
 すると、終わったと思った会話が明日川によって再開される。

「……飛鷹は? 彼女作ろうとかないの?」
「俺は勉強優先」
「そうだよね!」

 うれしそうな顔をされる。勉強しないといけない時期なんだから当たり前だ。
——まぁ。勉強を優先させなくても別にチヤホヤされるのも恋愛も、興味はないか。
 高校生ながらに思ってしまっているのには理由があった。

「彼女とか楽しいもんじゃなかったから、もういい」
「……え?」
「何?」

 恋愛経験くらいあったって不思議ではないのに、なんでそんなびっくりするんだ?

「その……いたことあったん……だ」

 視線が泳ぐ姿に動揺を感じ取る。

「なんだその反応。誰とも付き合ったことないの? 誰とも?」

 俺の繰り返した言葉に、明日川は顔を真っ赤に染め上げた。

「え。マジ?」
「こ、高校生なんて付き合ったことないひと多いでしょ!」
「そうか? イケメンなのにな」
「関係ない! 好きな人としか……付き合いたくなくて」

 ——つまり現状、俺か。
 俺は短く息を吐いた。

「そんなん待ってたら一生できねぇんじゃない?」
「う、るさぁ……飛鷹が俺のこと好きになればいいんだし」
「いや、ないわ」

 隣で項垂れて床に倒れ込む明日川は、耳も首の後ろも赤く恥じらいを見せた。
 ——俺のこと好きになんてなるからだ。
 体育館の天井を見上げて、どうしようかと思考を戻そうとすると顔だけ起こした明日川が細々と口を開く。

「好きになる人ってどんな人?」
「俺の情報いる?」
「いるに決まってるでしょ!」

 放った言葉の勢いで、一気に俺の隣に戻ってきた。そういえば俺のことが好きだと言う女子には、好みの人を聞かれていたと思い出す。
 ——ほんとに俺のこと好きなんだな。
 ただ、誰に聞かれても答えは同じだ。

「好きになったことないから好みとかない。そもそも会った人そんなに覚えてないし」
「……好きになったことない?」
「うん。興味ないし」

 謎の間を置かれた理由は、なんとなく分かっていた。
 ——元カノは好きな人じゃなかったの? って言いたいんだろうな。
 答えは、好きじゃなかったけど恋人というのがちょっと気になって付き合ってみただけだ。告白してきた女子は、好きじゃなくてもいいからと言ったのに、結局、好きにはなれなかった。それどころか恋人らしいことを求めてきたり、俺の気持ちを確認してきたり……面倒だった。
 大した恋愛話ではない。この経験から、恋愛感情を持つことは出来なさそうだと学んだくらい。
 まぁ、黙りこくったまま明日川が聞いてこないということは、聞きたくないか。適当なひとだと失望したか。
 ——どっちでもいい。

「……そう、なんだ。会った人覚えてないって、たとえば隣の席の子も?」
「名前知らない」
「えぇ……じゃあ、印象に残ってるひととかいないの?」
「印象?」

 そんな十七年くらいの範囲にいるかよ。
 考えるつもりはなかったのに、印象に残っている人を聞かれるのは初めてのことで過去を思い返した。

「あ、いつか忘れたけど多分中学? 自販機の前で不良に絡まれてた同じ制服着てた奴は覚えてる」
「へぇ。印象的だったんだ?」

 ありきたりなシチュエーションにびっくりしたのを覚えてる。
 ——それと……

「顔かっこいいのに言い返せなくてナヨナヨしてたから」
「顔覚えてんの⁉︎」
「いや? かっこいいっていう印象だけ」
「……そっか」

 ——どんな感情だ?
 印象だけで言ったら、明日川も相当だぞ。と思ったが、なんか悔しくて言わなかった。
 すると、目の前の卓球台を使用していた男子二人に「慶、いいよー」と声をかけられ、成り行きで俺もラケットを受け取る。

「負けない」

 口を尖らせて意気込む明日川にため息をつく。

「体育の卓球で本気だすかよ」
「体育だけじゃない」
「あ、恋愛経験? 勝ち負けではないだろ」
「ちが……!」

 何が違うんだか。
 あ、もしかして印象に残った人がいるだけで、嫉妬したか? だったら、明日川も相当なんだけど。

「ダブルスにしよーぜ‼︎」

 俺たちを誘ってきたのは一軍男子たちだ。特に不都合はないし、ダブルスくらいにしないと授業の時間ないに卓球台は使えないだろう。俺が「別に良いよ」と同意すると明日川も頷き、ダブルスにすることにした。
 しかし、これでは対戦できなくなってしまうと俺は気を利かせてやった。

「明日川が俺に負けたくないらしいから、どっちかが俺と組め」

 一軍男子の二人が、俺の提案に顔を見合わせて「いいけど」と言った瞬間だった。片方が爆笑する。

「だっはは! おい、見ろよ! 慶の顔‼︎」

 膨れ顔をさせ、誰が見ても不満と顔に書いてある。

「自分で言ったんだろ。『負けたくない』って」
「だから、卓球のことじゃないって!」
「あぁ。れんあ……!」

 手で口を塞がれ、阻止された。

「飛鷹は俺と組むの‼︎」

 思い切り引っ張られ、半分くらい引きずられている感覚だ。同じくらいの背丈なのに体格は明日川の方が良く、多分力も強い。
 改めて同じ男であると感じる。
 ——なんで、俺なんだよ。
 明日川の俺への好きという理由が分からず謎が深まるばかりだ。
 そして距離を置くどころか、ずっと近くにいる明日川をどうしようかと、頭を悩ませても解決策が浮かばない。それほどに、明日川がいることに慣れ始めていた。