夏休みが明け、とうとう学校登校日が来てしまった。
今日は始業式。長期休みはあっという間だ。
来て欲しかったような来て欲しくなかったような、複雑な気分だ。
また俺は、『いつもの佐伯』でいなければいけない。たくさん友達がいて、誰にでも気さくで、ノリの良い『佐伯』。
正直そんなの、俺の柄に合わない。
『見た目よりつまんない』と言われないように、期待されて傷つかないように、そういうキャラをやって無理やり自分を誤魔化しているだけだ。
重い気持ちで教室のドアを開けると、まだ一ノ瀬は来ていなかった。
すっと自分の席に座る。と、俺の前の席の北山が話しかけてきた。
「なぁ渚。そういやお前、最近付き合い悪くね?前までこんなに誘い断んなかったじゃん。夏休みもさ、めっちゃ誘ったのによー」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
プールだって、夏祭りだって、カラオケの誘いでさえ断った。自分でも、今までこんなことをするタイプではいことはわかっている。
誘ったらいつでも来る。それが今までの『佐伯』だった。
「そう?気のせいっしょ」
ムキになってそう答える俺に、北山が更に畳み掛けてくる。
「じゃあ何だよ。彼女でもできた?」
・・・・・・こいつのことだから、どうせそう言うと思った。
北山は自分の誘いが断られると、ものすごく不機嫌になる。それを俺は嫌というほどわかっていた。でも、断ってしまった。
あれもこれも全部、あの雨の日、一ノ瀬に出会ったからだ。
それまで一ノ瀬とは同じクラスでありながら、一度も話したことがなかった。
教室でも誰とも話さず常に真顔の一ノ瀬は、どことなく人を寄せ付けない雰囲気を纏っていたのだ。
シュッとした輪郭に形の良い鼻。少しツリ目気味の綺麗な黒い瞳。一切表情の
顔の整った奴の真顔というのはなかなかに圧がある。
女子たちも、『一ノ瀬くんってかっこいいよね』と噂をしている声が時折聞こえるが、当の本人は聞こえていないのか完全無視。
――本当に人に興味ないんだ。
最初はそれくらいにしか思っていなかった。変な奴もいたもんだ、と。
そしてあの日。
俺は内心傘を忘れて焦っていた。
同じクラスの友達の田中や佐々木に聞いたが、『お前、足速いから走って駅まで行けよ』と笑って、そのまま帰ってしまった。
――薄情な奴らめ。
ムカつきはしたが、結局忘れた自分が悪い。
入れてもらおうという方が図々しいのだろう。
一人で昇降口まで向かい、靴を履き替えた。周りを見渡したが、人がほとんどいない。
そうか、ほんとに濡れながら帰らなくてはいけないのか。
そう思ったとき、後ろからそーっと帰ろうとしている一ノ瀬に気づいた。
多分入れてくれないだろう。
しかし俺は、藁にもすがる思いで声をかけた。
まさか、了承されるとは思わなかった。
人と群れず、ほぼ誰とも会話をしない一ノ瀬が。
ある日の放課後に傘に入れてもらってから。
今まで関わったことのなかった一ノ瀬に、俺は執拗に話しかけた。
朝も、休み時間も、昼も、放課後も。
無視されたり薄い反応しか返ってこなかったこともある。でも、少しでも一ノ瀬と接点ができたのは嬉しかった。
しつこい自覚はある。でも、俺自身もよくわからないのだ。
どうして俺はこんなにも、一ノ瀬と仲良くなりたいと思うのだろう。どうして、少しでも長く一緒にいたいと思うのだろう。
一ノ瀬の笑った顔を見て、どうしてこんなに胸が苦しくなるのだろう。
全部わからない。
がらがら、と音を立てて教室のドアが開き、静かに一ノ瀬が入ってきた。
一ノ瀬の席は俺よりだいぶ遠い場所にある。
そこに一ノ瀬は無言で向かい、静かに腰を下ろした。
それだけのことだ。なのに流れるような一連の動作が、無駄に絵になる。俺は思わず見入ってしまった。
俺の足が、自然と一ノ瀬の席へ向く。
「一ノ瀬、おはよ」
「ん、はよ」
気だるそうに言った彼だが、拒絶ではないことはわかった。
やはり一ノ瀬は優しい。
面倒だと思っているけど、なんだかんだ俺に構ってくれる。
「今日・・・・・・放課後、どっか行こ」
言葉を選ぶなんて、今までしたことなかったのに。
・・・・・・声が震えないにするので精一杯だった。
どうして俺は、一ノ瀬と話すだけでこんなにも緊張するのだろう。声が強張るのだろう。
全部、わからない。
「またかよ」
そう言って、一ノ瀬がふっと息を吐くように笑った。
少し目を細め、気持ち口角が上がった、その表情。
うわ、出た。ギャップ萌え・・・・・・
普段真顔なイケメンの笑顔の破壊力を、本人は知らないだろう。
――あー、ずる。
前までは一切表情が変わらず真顔だったが、最近俺といるとき、たまに笑ってくれるようになった。
その笑い方、なんというか・・・・・・ちょっと眩しい。思わず、目を逸らしてしまうような。
今日は始業式。長期休みはあっという間だ。
来て欲しかったような来て欲しくなかったような、複雑な気分だ。
また俺は、『いつもの佐伯』でいなければいけない。たくさん友達がいて、誰にでも気さくで、ノリの良い『佐伯』。
正直そんなの、俺の柄に合わない。
『見た目よりつまんない』と言われないように、期待されて傷つかないように、そういうキャラをやって無理やり自分を誤魔化しているだけだ。
重い気持ちで教室のドアを開けると、まだ一ノ瀬は来ていなかった。
すっと自分の席に座る。と、俺の前の席の北山が話しかけてきた。
「なぁ渚。そういやお前、最近付き合い悪くね?前までこんなに誘い断んなかったじゃん。夏休みもさ、めっちゃ誘ったのによー」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
プールだって、夏祭りだって、カラオケの誘いでさえ断った。自分でも、今までこんなことをするタイプではいことはわかっている。
誘ったらいつでも来る。それが今までの『佐伯』だった。
「そう?気のせいっしょ」
ムキになってそう答える俺に、北山が更に畳み掛けてくる。
「じゃあ何だよ。彼女でもできた?」
・・・・・・こいつのことだから、どうせそう言うと思った。
北山は自分の誘いが断られると、ものすごく不機嫌になる。それを俺は嫌というほどわかっていた。でも、断ってしまった。
あれもこれも全部、あの雨の日、一ノ瀬に出会ったからだ。
それまで一ノ瀬とは同じクラスでありながら、一度も話したことがなかった。
教室でも誰とも話さず常に真顔の一ノ瀬は、どことなく人を寄せ付けない雰囲気を纏っていたのだ。
シュッとした輪郭に形の良い鼻。少しツリ目気味の綺麗な黒い瞳。一切表情の
顔の整った奴の真顔というのはなかなかに圧がある。
女子たちも、『一ノ瀬くんってかっこいいよね』と噂をしている声が時折聞こえるが、当の本人は聞こえていないのか完全無視。
――本当に人に興味ないんだ。
最初はそれくらいにしか思っていなかった。変な奴もいたもんだ、と。
そしてあの日。
俺は内心傘を忘れて焦っていた。
同じクラスの友達の田中や佐々木に聞いたが、『お前、足速いから走って駅まで行けよ』と笑って、そのまま帰ってしまった。
――薄情な奴らめ。
ムカつきはしたが、結局忘れた自分が悪い。
入れてもらおうという方が図々しいのだろう。
一人で昇降口まで向かい、靴を履き替えた。周りを見渡したが、人がほとんどいない。
そうか、ほんとに濡れながら帰らなくてはいけないのか。
そう思ったとき、後ろからそーっと帰ろうとしている一ノ瀬に気づいた。
多分入れてくれないだろう。
しかし俺は、藁にもすがる思いで声をかけた。
まさか、了承されるとは思わなかった。
人と群れず、ほぼ誰とも会話をしない一ノ瀬が。
ある日の放課後に傘に入れてもらってから。
今まで関わったことのなかった一ノ瀬に、俺は執拗に話しかけた。
朝も、休み時間も、昼も、放課後も。
無視されたり薄い反応しか返ってこなかったこともある。でも、少しでも一ノ瀬と接点ができたのは嬉しかった。
しつこい自覚はある。でも、俺自身もよくわからないのだ。
どうして俺はこんなにも、一ノ瀬と仲良くなりたいと思うのだろう。どうして、少しでも長く一緒にいたいと思うのだろう。
一ノ瀬の笑った顔を見て、どうしてこんなに胸が苦しくなるのだろう。
全部わからない。
がらがら、と音を立てて教室のドアが開き、静かに一ノ瀬が入ってきた。
一ノ瀬の席は俺よりだいぶ遠い場所にある。
そこに一ノ瀬は無言で向かい、静かに腰を下ろした。
それだけのことだ。なのに流れるような一連の動作が、無駄に絵になる。俺は思わず見入ってしまった。
俺の足が、自然と一ノ瀬の席へ向く。
「一ノ瀬、おはよ」
「ん、はよ」
気だるそうに言った彼だが、拒絶ではないことはわかった。
やはり一ノ瀬は優しい。
面倒だと思っているけど、なんだかんだ俺に構ってくれる。
「今日・・・・・・放課後、どっか行こ」
言葉を選ぶなんて、今までしたことなかったのに。
・・・・・・声が震えないにするので精一杯だった。
どうして俺は、一ノ瀬と話すだけでこんなにも緊張するのだろう。声が強張るのだろう。
全部、わからない。
「またかよ」
そう言って、一ノ瀬がふっと息を吐くように笑った。
少し目を細め、気持ち口角が上がった、その表情。
うわ、出た。ギャップ萌え・・・・・・
普段真顔なイケメンの笑顔の破壊力を、本人は知らないだろう。
――あー、ずる。
前までは一切表情が変わらず真顔だったが、最近俺といるとき、たまに笑ってくれるようになった。
その笑い方、なんというか・・・・・・ちょっと眩しい。思わず、目を逸らしてしまうような。


