お前と相合傘なんて

 梅雨も過ぎ、段々と夏を感じ始める頃。
 俺は相変わらず屋上で昼食をとっている。そして、隣には佐伯。
 前まで一人だったのに、いつの間にかこれが当たり前となっていた。
 もう、一人で食べていたときのことを、上手く思い出せないくらいに。

「一ノ瀬、今日の放課後暇?」
「は?」
 急に佐伯が聞いてきた。
 なんだかんだ放課後誘われるのは、これが初めてである。
 まあ、特に今日は用事もない。
「空いてるけど」
「じゃあさ、どっか行こうよ」

 どっかって、どこだ。
 普通、誘うならどこに行くか決めてからだろう。
 まあ、一回も話したことがなかった俺に相合傘を頼む佐伯のことだ。
 そんな常識は通用しないだろうが。

「どっかって?」
「んー、後で決めればいいっしょ」
 昼休み終了のチャイムが、聞こえてきた。

 じゃあ、校門で待ってろよ。
 佐伯はそれだけ言うと、軽やかに階段を降りていった。


 放課後のチャイム。
 俺は帰り支度を済ませ、校門へと向かった。
 もたもたしていたせいか、既に佐伯は来ていた。
「遅えよ一ノ瀬」

 ・・・・・・いや、そんな遅くもないと思うが。

「お前が早いだけだろ」
 そう言うと、佐伯は「バレたか」と頭を掻(か)いた。
「早く、行こうぜ」
 佐伯に急かされ、俺たちは歩き出した。


「・・・・・・で、どっか行くとこは決まったのかよ」
「それがねー、まだ」
 えへへ、と気まずそうに笑う佐伯。
 そんな顔してもだめだぞ。
「じゃあ、ここ、行かない?」
 俺は、最近行きたいと思っていた、カフェを指定した。

 チャレンジメニューのパフェタワーで有名で、三十分で完食できたら三千円、という、金欠高校生にありがたい企画を実施しているのだ。
 さらに、二人で挑戦もできるという。

 ・・・・・・なんで俺が今まで行かなかったかといえば、食べ切れる自信がなかったのと、店の様子を見て、とてもじゃないが男子高校生が一人で行って良いような空間でないからだ。
「どう?」
「えっ、めっちゃ面白そうじゃん!やろうやろう」
 想像以上の食いつきに少し驚いたが、まあ確かに面白そうだとは思う。
「よし、じゃあここなっ!」


 いざ店に入ってみると、明らかに場違い感がする。
 店内は予想していた通り女性客やカップルばかり。・・・・・・ミスったか。
「ここ座ろうぜ」
 佐伯はよりによって店の大きなガラス窓の前を指していた。

 いや、馬鹿か。

「もうちょっと奥に・・・・・・」
 俺の制止など聞かずに、佐伯は既にそこの席に腰を下ろしていた。
「ほら、一ノ瀬も早く」
 促されるままに座ると、周りの目線が刺さる感覚がして、俺はいたたまれない気持ちになりつつメニューを開いた。
 とはいえ、もう注文するものといえば一択である。

「あの、このチャレンジメニューの・・・・・・」
 は?――いや、こんなメニュー名、恥ずかしくて言えたものではない。
 誰だ、名前考えた奴。
「『ブルジュ・ハリファもびっくり!?な超高層メガ盛りきゅんきゅんいちごホイップパフェ』くださいっ!」
 言い淀んでいた俺の横から、佐伯は全く恥じることなく一言一句略さずメニュー名を伝えた。

 あぁ、こいつは羞恥心が欠如してんのか。
 呆れ顔で見ていると、佐伯が興味津々に聞いてきた。
「ブルジュ・ハリファって何?」
 知らんのか。カタカナとはいえ、あんなスラスラ読み上げたのに。
「世界で一番高いっていう建物。八二八メートルあるらしい」
「へー、すげー。知らんかった」
 別に興味なさそうだったので、それ以上その話は続けなかった。


 十分程度待っていると、やっと注文が運ばれてきた。

 ――やば、思ったより高ぇ。食えんのかな。
 ドン引きな俺の隣で、佐伯は目を輝かせている。
「うおーっ、すげー美味そう」
「・・・・・・マジかよ。俺より乗り気じゃん」
「だって、こんなデカいの、食ったことないし」

 パフェは、ただひたすら苺とホイップクリームのみの、耐久地獄かと思っていた。
 が、よくよく見ると色々な種類の苺スイーツが積み上げられている。
 マカロンにブラウニー、クッキー。
 ・・・・・・これは案外いけるのでは?

「よっし、いっただっきまーす!!」
 本当に食えるのか考えている俺の横で、佐伯は構わず食べ始めた。すごく美味しそうに目を細めている。
「うっま。おい、一ノ瀬。食わねぇと、俺が全部食っちまうよ?」
 脅されてるのかいないのか、どっちつかずの言葉を投げつつ、パフェを食べる手が一切止まらない。
 ――確かにこのままじゃ、全部食われるな。それは嫌だ。
 俺もパフェに手を伸ばす。スプーンで掬(すく)ったのは、苺ジェラートだった。
「・・・・・・うま」
「だよなっ!!」

 それからも俺と佐伯は話しながらも夢中で食べ続けた。
 ・・・・・・このパフェ、かなり美味いぞ?
 あんなに高かったタワーも、今や半分の高さである。
「あと何分?」
 佐伯に聞かれてハッとする。そういえば、時間制限があったんだった。
「えっと・・・・・・あと七、分・・・・・・」
 まずい、少々時間を使いすぎたようだ。
 味わって食べていたせいだろうか。
「え、待って、ヤバいじゃん。ペース上げなきゃ」
 さっきまでの和気あいあいとした空気は一切なくなり、『時間内に食べ終われなければ』という使命感に駆られ無言で手を動かす、なかなかにシュールな光景が生み出される。

 あと二分。
 自分たちが頑張ったおかげで、なんとかあと底が見える程度にはなってきた。
 と、佐伯が残っている分をまとめてがっと掬って、俺の口の前へ持ってくる。
「ほら、前の唐揚げのお返し」
 ――は?こいつ今何つった?
「どういうこと?」
「だから、食えって」
 ぐいぐい俺の口に押し付けてくる・・・・・・いや、それ一口で食べる量じゃないって。
 それに俺のプライト的に、そんなことしたくない。
「やりたくねぇ」
「・・・・・・やべ、あと一分だわ」
 そう言うやいなや、佐伯は無理やり俺の口にスプーンを押し込んだ。
「わっ、ほひ・・・・・・」
 文句を言おうと口を開くが、押し込まれたものが邪魔をして、上手く喋れない。
 頑張って全部食ってから佐伯を見る。
「お前、なにしてくれんだよっ・・・・・・」
「え?全部食べれてクリアなんだからいいじゃん」
 ははっと佐伯が遠慮なく笑い、なぜか俺の顔と見ている。
「あ、ここついてる」
 佐伯は俺の口端についたらしいクリームを、ナプキンでさっと拭った。
 ・・・・・・自分のやつは差し置いてからに。
「いや、お前こそ、変なところに付いてるぞ」
 俺も俺で、佐伯の鼻の頭についたクリームを拭ってやった。
「ふぐっ・・・・・・」
 その佐伯の顔があまりにも間抜け面で、俺は思わずふっと力が抜けて笑った。

「あ、一ノ瀬が笑った」
 なぜか佐伯は嬉しそうだ。
「何だよ」
「だって今まで、俺といるときも一回も笑ってなかったから。笑ってるとこ見ると、嬉しくて」
 そう行ってにっこりと笑った。
 その表情に、俺は一瞬胸を掴まれたような衝撃に襲われる。どきっ、と言わんばかりの。
 ――俺が、こいつに?
 いや、ないない。気のせいだ。全部、気のせい。
 そういうことに、しておきたい。


 夕日に照らされたこいつの表情がいつもより柔らかくて見惚れてしまいそうなのも、もう少しだけ長く一緒にいたいって思ってしまうのも。
 ・・・・・・全部、気のせいだ。