お前と相合傘なんて

 あれから一週間。
 俺の平穏な日々は、少しずつ崩れ始めている。
 他でもない、アイツのせいで。


 昼休み。
 俺はいつもの場所へ行くため、終業の挨拶が終わると、すぐ教室を出る。

 相変わらず人気(ひとけ)のない屋上。俺は天気が良ければ決まってここで食べている。
 自分以外誰も来ない。余計な音もないし、視界を遮るものがない。 
 ここに来ると、俺はやっと一息つける。
 面倒な人間関係なんて、全部どうでも良くなる。胸の奥に仕舞(しま)った傷が痛むことも、ない。

 さっき購買で買ったメロンパンの封を開けると、独特の甘い香りが鼻腔を刺激する。購買のパンは、学校近くのパン屋から取り寄せているらしい。
 俺は、購買で水曜日しか売っていないこのメロンパンが、結構気に入っている。そして俺は、飽きることなく毎週これだ。
 右手でメロンパンを持ち、もう片方の手には紙パックのコーヒー牛乳。週に一度、この二点セットは欠かせない。

 ――現代版の張り込み刑事(でか)の昼飯か。
 心の中でツッコミを入れる。毎週水曜はずっとこのメニューなのに、俺としては全く飽きない。

 今日は少し風が強いし、ひんやりしている。もしかしたらもうじきこの辺りで雨が降るのかもしれない。

 そんな事を考えながら昼飯を食っていると、俺の背後で屋上のドアが開く音がした。

「やっぱここにいた」
「・・・・・・は?」
 佐伯の呑気な声が聞こえた。いつも教室で大人数で食うヤツがここまで来るなんて、イレギュラーだ。
 さらに佐伯は、俺の右隣にすっと腰掛けた。左手には、自販機で買ったのであろう、ストローの刺さったいちごオレ。

「よっ、一ノ瀬。今日なんか疲れてね?」
 誰のせいだと思ってるんだ。それに今日、だけでなく最近ずっと疲れている。
 この、コミュ強陽キャめ。
「別に」
「えー、冷(つめ)たっ。それ、絶対なんかあるときのやつじゃん」
 佐伯はぐっと身を乗り出す。俺の目の前、まつげの一本一本が見えるほどの距離に、佐伯の顔がある。
「・・・・・・近(ちけ)ぇって」
「そうか?」
 なるほど、これがコイツの正常の距離感なのだ。

 ふと佐伯の視線が俺の手元に落ちる。
「あっ・・・・・・てかそれ、水曜限定メロンパンじゃん。人気なのに買えたんだ、すごっ」
 何を言い出すかと思えばそれか。
「購買の佐藤さんが取り置きしてくれてる、俺の分」
 佐藤さん、とは購買の店員(?)である。

 俺が毎回のようにこのメロンパンを買いに来るものだから、佐藤さんには完全に、『水曜に限りメロンパンとコーヒー牛乳を買うヤツ』だと思われているようだ。
 最近は、購買に行くと佐藤さんは俺を一瞥(いちべつ)し、すぐ奥からメロンパンとコーヒー牛乳を出してくるようになった。

「え、すっげぇ。おもろ」
 佐伯はケラケラ笑って、いちごオレを一口飲んだ。
 メロンパン好きなのは確かだが、メロンパン好きな男子高校生という覚えられ方は心外だ。
 正直、ちょい恥ずい。

「今度俺も一緒に買いに行っていい?」
「は?」
「だめ?」
 なんで俺が、コイツなんかと。
「知らね」
「じゃあ、行くわ。来週な。一人で先行くなよ」

 一方的にそう言うと、佐伯は屋上から去って行った。


 三日前のあの会話以降、佐伯は昼休みに屋上に来て、俺の許可なく隣に座ってくる。
 前までコイツは、クラスの友達とかと一緒に食べていたはずなのに。とんだ物好きもいたものだ。

 今日も佐伯は、右隣のアスファルトの上に座る。
「一ノ瀬ってさ、水曜以外はいつも弁当だよな。めっちゃ美味そう」
 そう言って、俺の弁当を覗き込んできた。
 俺の弁当は、ご飯や唐揚げ、野菜炒めなどがバランス良く詰まっている。
「まあ、毎朝四時起きで作ってるから」

 俺の言葉に、佐伯は目を丸くした。
「えっ、これお前作ったん?料理できるんだな、すげー」
 そんな感心してもらえるとは思わなかった。・・・・・・別にそんな手の込んだもの作ってないんだけどな。
「いいなー、俺いっつも買ったやつだし」
 なるほど確かに佐伯は、いつも購買かコンビニで買ったっぽいパンや弁当が多い。
 急に佐伯は何かを企むかのように、にっと笑った。

 あ、嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。
「お前の唐揚げ、一個くれない?」

 ――あーはい、来ました、陽キャイベント『一口ちょうだい』。はい俺、完全に詰みました。これは、相合傘のときより確実な詰みを感じますね。
 心の中の俺が、冷静に実況をしている。やめろ。黙れ。
 しかも佐伯は口を開けて待っていた。・・・・・・まさか、あーんさせる気か。
 絶っ対にやりたくない。なんでコイツなんかに。
 しかし俺は、これを逃れる方法を持ち合わせていない。
 もう逃れようがない。詰んだ。
 まあ、コイツみたいな陽キャからしたら全くもって大したことではない、のだろう。普通に、友達同士のコミュニケーションの一貫。

「いいだろ、なあ」
 口開けてるとこもイケメンとか、ふざけんな。
「・・・・・・一個だけだからな」

 あー、言ってしまった。終わった。
 俺は嫌々弁当の隅にぎゅっと詰まっている唐揚げを一つ摘み上げ、佐伯の口へ運んだ。
「・・・・・・ほら」

 佐伯がぱくっと言わんばかりに食べる。餌付けみたいだ。
「うっま・・・・・・店できんじゃん」
 ――いや、店舐めんなよ。
 心の中で軽くツッコミを入れ、改めて唐揚げを頬張る佐伯を見た。

 ――可愛い。
 ・・・・・・は?俺は今、何を考えた?
 いや、馬鹿。コイツは可愛くなんかない。簡単に誰とでも距離を詰めてくる、距離感バグ野郎なのに。

 ああ、ムカつく。俺はどんどん、コイツのペースに飲まれていく。


 一週間後。今日は水曜日。メロンパンを買える日、かつ佐伯との約束の日だ。

 あれから佐伯とは、いつもの無駄な会話をぽつぽつするだけだった。メロンパンの話は、あれっきり一切していない。正直、忘れているんじゃないかと思う。
 そして俺的には、忘れていてほしい。

 昼飯のメロンパンを買うときくらい、一人で行かせてくれ。


 昼休み。俺はチャイムが鳴ると同時に、廊下側の最後列というのをうまく活かし、ゆっくりと外へ出た。これならバレないだろう。

「おい、先行くなよっ」
 ん?廊下の壁に誰かがもたれかかっている。そして、聞き覚えのある声。
「なんで俺より先に廊下いるんだよ」
 佐伯だった。

「んー、お前がこっそり外に出たの見えて」


 ギリギリ残り一個で買えた佐伯は、満足そうにメロンパンを頬張り、ニヤッと笑った。
「ってか、うっま。俺も常連になって取り置きしてもらおうかな」
「バカ言え」
 コイツが言うと本気か冗談かわからない。

「お前、最近ずっと屋上で食ってるけど、いいの?いつものヤツらは?」
「・・・・・・一ノ瀬といるほうが、落ち着くから」
 佐伯は、ふっと息を吐いた。いつもの陽キャで騒がしい佐伯と思えない、複雑な表情。

 ――前見たのに似てる。
 俺は一瞬、胸のざわつきを感じた。なんだこれ。

「それに俺は、お前といるほうが楽しいし」
 さらっとそういうことを言う佐伯に、やっぱりチャラいな、と思う。
 陰キャの俺には、そんな半告白みたいなセリフはどう頑張っても吐けない。
「あー、美味かった。案外イケるな」
 佐伯はにっこり笑ってそう言うと、口の端についた砂糖をペロッと舐めた。
「また買いに来ようぜ、な?」
 いや、『また』があってたまるか。
 でも。

 心の何処かで俺は、『また』があってもいいと思ってしまった。